千代子讃江・その2

舞台版『千年女優』がいかに素敵なのかを書き出すときりがないし、原作者があまりに褒めすぎると、原作版の「営業目的」とも思われかねないので(思われてもいいんだけど)、単純に今 敏の感激の観劇体験を記してみたい。日々記している日誌は年を追うごとに昂進する物忘れを補ってくれるであろう。
2009年1月16日〜18日までの三日間は自然と分量が大きくなっており、舞台版を見た感動の大きさを素直に表している。
私は計3回、舞台版『千年女優』を拝見……というより体験させてもらった。初日、二日三日目は遅い方の回である。
各上演後のトークショウはすべて参加させてもらった。客席で見ていない回も、トークショウの出番を待つ間、控え室のモニターで後半30分くらいは見ていた。
どうせなら全部の回を見れば良かった、と後になって思ったが、回を追うごとに観客数が多くなり席が足りないという、嬉しい事態になっていたようだ。3回の観劇でも贅沢であった。
控え室のモニターで見る舞台もたいへん美しい一幅の絵になっており、これは客席からは味わえない貴重な映像的記憶となって脳裏に刻まれている。
おそらく、舞台版がDVD化されるときに味わえるはずだ!……と思っていたら、撮影が入った土曜日夜の公演では、何と控え室のモニターで見たカメラポジションは撮影されていなかったという話を聞いた。
「……え?」
少しばかりガッカリしたが、トークショウでモニター越しの舞台版がいかに美しいかをお話ししたせいか、後の上演でそのポジションはフォローされたとか。
ああ、良かった。編集時にあのポジションも使用されることを期待しよう。

今回、大阪公演に合わせて関西に出張するだけでは勿体ないということで、前日にアートカレッジ神戸出前講義を抱き合わせにしていただいた。だから前日、15日からの出張である。
吉祥寺ユザワヤ地下にある書店で、新幹線やホテルで読むための本を物色する。近頃は何しろ「志ん生師匠」にどっぷりと浸っている。
一旦何かにはまるとどんどんどんどん、どんどんどんどん一日中はまりたくなるもので、自然と読む本も志ん生関係が多くなる。この度も志ん生関係の本『背中の志ん生』『ヨイショ志ん駒一代』『志ん生の忘れもの』『志ん生全席落語事典』の4冊を購入する。
出社しても仕事はろくに手につかない。
まぁ、「孫」が翌日生まれるようなものと思えば、ソワソワと落ち着かないのも無理はなかろう……ってこっちが次に生み出さねばならない「息子」のことをもっと考えろ。
はい。
「孫」のために出来ることも特にないので、せめてその誕生をお祝いする記念品でも用意する。

舞台に関して、私は原作を提供すること以外なにもしていないし出来ないが(されても迷惑だろうし)、わずかばかりの宣伝協力としてトークショウ「マグロもびっくり!『千年女優』徹底解体!」への出演と、そこでのプレゼントの品を提供することになっていた。制作現場の不要品を押しつけようというわけではない、決して。
来場されたお客さんの中から抽選で各回1名様(初回のみ勝手に2名にさせてもらった)にお渡しするセルを選別する。原作の『千年女優』で実際に使用されたセルである。撮影がデジタル化された現在では、お目にかかれない代物だから、多少は価値もあろう。私が監督したアニメーションとしては、『千年女優』が最後のアナログ撮影である(本当はオンエアされなかった某CMが最後だが)。
『千年女優』のセルは昨年開催した展覧会「十年の土産」前後に仕事場から発掘された。映画の完成が2001年の初頭で、すでに8年が経過している。
カット袋に入ったまま、さして整理もされず、スタジオの片隅に邪魔者として保管されていたにもかかわらず、『千年女優』のセルは比較的良好な状態で保存されていた。状態が悪ければセルなんて時の移ろいと共に死んで行く。儚いものである。
セルに描かれた千代子たちは、幸運なことにいまだその輝きを失っていない。
「さぁ、お前たちもどなたかお客さんの元へ嫁に行け」
6枚のセルを選ぶ。セルは動画と重なって組になっているので、動画の方に原作者のサインを入れておく。これならヤフオクに出されても少しは価値が上がるであろう。

セルだけではなんだか「孫」の「誕生祝い」として物足りない気がしてきたので、『千年女優』のイラストを2枚ほどプリントアウトしておく。
DVDボックスジャケットとサントラCDジャケット用のイラスト。いずれもこれまで描いた版権イラストの中では割と気に入っている。特に後者は特別な思い入れがある。
『千年女優』宣伝の際には、随分と頑張って版権イラストを描いていた。後にも先にも、あれ以上1タイトルについてイラストを描くことはないであろう。
何せ当時は「娘」の千代子に「晴れ着」を着せてやりたかったのだ。
その「親千代子」からのお下がりで申し訳ないが、ささやかな贈り物のつもりだ。「孫」にも衣装というではないか……って、字が違うよ、字が。
これら2枚の晴れ着は使い道が決まっていないものなので、TAKE IT EASY!さんにお渡しして、先方のお好きなようにしてもらおうと思っていた。
最終的に、これらは最終日の打ち上げにおいて、勝ち抜きジャンケンによってスタッフの方の手元に渡ることになった。

弁当とアルコールを片手に19時50分の「のぞみ」で新神戸へ向かう。
車中、読みかけの『志ん生讃江』(矢野誠一・編/河出書房新社)を読了。
この本は、色々な方の志ん生への賛辞を集めた内容で、特に印象的だったのはお弟子さんによる鼎談で、中でも次の言葉に大きく頷いた。
「師匠の話は映画でいうカット割りになっている」
そうそうそうそう。そう思っていたのだ、私も。
志ん生の落語は、以前NHK教育でオンエアした「風呂敷」の映像しか見たことがなく(当時ベータで録画した)、音声で楽しむしかないのだが、それでも間と呼吸で「カット変わり」が目に見えるようなのだ。
そのテンポが実に心地よい。つまり、編集が巧みである。
台詞の後の間、カットが変わってそれを受ける台詞までの間が絶妙だ。
だから、同じ音源を何度聞いても心地よく楽しめるのであろう。
志ん生を聞きながらウトウトする。

……は。
気がつくと新大阪だった。危ねぇ、寝過ごすところだった。
新神戸で降りて、途中のコンビニで酒とつまみ、入浴剤やらなどを仕入れて、いつものホテルにチェックイン。
ウィスキーのロックを飲みつつ、手慰みにブログを更新し(「いよいよ初日、舞台版『千年女優』!」)、「孫」のための名曲「数え歌 無限千年回廊」と「娘」のための名曲「ロタティオン」を交互に繰り返して、明日への気分を盛り上げる。
この2曲を聞き比べていて、思った。
「あ。末満さんが「千代子主観で演出するつもり」と言っていた通り、多分舞台版は女性の物語なんだろうな。やっぱり映画版って、男っぽいや」
曲だけで印象を決めるのはどうか、という向きもあるかもしれないが、音楽は内容を顕著に象徴するものであろう。
この印象は、きっと間違ってないだろうと、酔っぱらった頭で勝手に確信した。
「酒ぇ、輪廻のおおおぉお……と来たもんだ、な?おう」
ホテルの部屋で、一人で飲んで何言ってんだかねぇ、まったく。
輪廻どころかこっちの頭がいい具合に廻ってきたので、寝床に潜り込む。

さあ、明日はいよいよ「千代子たち」に会える。

と、千代子たちに期待に胸を膨らませながらもイヤフォンから聞こえてくるのは、近頃毎夜お馴染みの声なのであった。
「えー……おなじみさんばかりでございましてな……」

千代子讃江・その1

TAKE IT EASY!×末満健一『千年女優』公演に足をお運びくださった皆さま、不肖の原作者からも心から御礼申し上げます。
本当に素晴らしい舞台で、御覧になった方は深い感動と満足を体験されたのではないかと思います。
私も原作という立場からも一観客という立場からも、また同じ創作に携わる者という立場からも深い感銘を受けました。
舞台版『千年女優』に関わったすべての方々に心から感謝したいと思います。

聞くところによると舞台版『千年女優』に関して、ネット上での評判もすこぶる宜しいようで、原作とその監督をした者としてたいへん喜んでいる。
何度でも何度でも言いたくなる。
「いやぁ、本当によかった」
よかった、というのは舞台そのものも勿論、その評判がよかったこともよかったのであり、舞台化してもらったこともそれを楽しめたことも評判を喜べるようなことも含めて、そんな経験をさせてもらったこともよかった、なのである。
幾重にも重なるレイヤーのように喜びが、相互干渉して満足が増幅される。
その構造はひどく『千年女優』的である。

我がことのように嬉しい、という表現があるが、原作を提供しただけの立場でそういうと何だか図々しい気がするし、それにこの喜び方は我がことのようにというのとちょっと違う。
というのも、もし本当に「我がことのように」となると、当然至らぬ点も気になるはずで、だから自分が監督したアニメーション版『千年女優』はあまり楽しめないのだが、舞台版『千年女優』にはいっさいのネガティブを感じないのである。本当に。
劇中、「吉原」と「島原」を取り違えたからって、何ほどのことであるか!(笑)

すべて可愛い。
この喜び方に近いものを世間に探すとすると、こういうことに似ているのではないか。
「孫が可愛い」
孫を持った経験などないが、きっと、そうだ。
これは初孫を見るような気持ちに違いない。
無論、娘であるアニメーション版『千年女優』だって可愛いが、映画における一番の責任者である者にとってはおのれの不明による出来の悪い面がクローズアップされてしまい、無条件に可愛いというわけにはいかない。
原作の『千年女優』に対して、私はあの「あやかしの婆さん」みたいなものである。
「私はお前様が生まれる前からお前様のことをよぉく知っている」
うん、そりゃそうだ。形になる前から、知ってんだこっちは。
おまけにだ。
「われはそなたが憎い、憎くてたまらぬ。そして愛おしい、愛しくてたまらぬのじゃ」
別に原作を憎いわけではないが、可愛いがゆえに不出来な点(主に監督の拙さに由来する)が憎いのである。

しかし「娘」から生まれた「孫」は可愛いのである。
その可愛がり方を具体的に探すと、あれだ。あれに近い。
「おお、金吾、金吾!」
無邪気に孫をあやす津雲半四郎(仲代達矢演じる)の、あの大仰さ!……って、大仰なのは津雲半四郎じゃなくて演じている方の問題かもしれないが。
『切腹』(監督・小林正樹/松竹、1962)を知らない人にはさっぱり分からない話題だろうが、橋本忍脚本による「回想物」の名品。確か『千年女優』制作に当たって、参考に見直した覚えがある。同じ小林正樹監督、橋本忍脚本『上意討ち・拝領妻始末』ともども是非見ておきたい逸品である。
いけない。大仰な芝居に煽られて『千年女優』の話がどこかに行ってしまったじゃないか。

舞台版『千年女優』の、原作者としての感想を一言でまとめるとこうだ。
「原作より面白い」
私は正直にそう思う。
だって、舞台版なら何度でも見たいんですもの(笑)
そして、私が舞台版を見て、もしかしたら一番感謝したいのはこういうことに気づかせてもらったことかもしれない。
「『千年女優』って話は……実は……面白いんだ……」
妙に捻れた話で恐縮だが、別に自慢したいわけではない。全然ない。
何せ、前述したとおり、今 敏が監督した原作版を今 敏が素直に楽しめるわけもなく、しかし少なからぬお客さんから好評をいただいたし、中には何度も繰り返して楽しんでいる奇特な方もおられるという。
実にありがたい。
無論原作の映画は個人の著作物ではないし、関わった人の中にはたいへん素晴らしい仕事を残してくれたスタッフやキャストがおられるし、その仕事ぶりは監督の拙さを補って魅力を放っている。私だってそういう部分は楽しめる。
ただ、それにしても一番の当事者には分からない「何か」があるのだろうとは思っていた。
ようやく、原作者もその「何か」が少し分かった気がした。
他人が作った『千年女優』を迂回することで、自分が何を作っていたのかに辿り着けたように思える。少しばかりかもしれないが。
映画版、舞台版という区別なく『千年女優』の持つ物語そのものは面白い。
それじゃ……やっぱり自慢か(笑)
それ故なのか、それにつけてもなのか分からぬが、えーい、映画版の監督のぼんくら具合が憎くてたまらぬのじゃ。

見ないと損する『千年女優』舞台版

16日、いよいよ舞台版『千年女優』初日であった。
客席は満員。
舞台は、その期待に応えてあまりあまってお釣りがきた上に、お土産と車代、それにお小遣いまで出るような、そのくらい素晴らしい内容だった。
書きたいことは山ほどあるが、まだ初日を終えただけなので、千秋楽まで楽しんで見守りたい。
ただ、これだけは是非。
原作を面白いとか、興味を持ってくれた人ならば、絶対見た方がいい。
原作に忠実でありながら、それでいて随所にアレンジのひねりが効いている。
演出も、役者も、音楽も実にいぃぃぃぃぃぃぃ。
正直、原作者涙目(笑)
舞台だけでも感動、原作と比べれば興味百倍。

日曜日の最終公演はまだ少しだけ席があるとか。
是非、この機会をお見逃しなく。

いよいよ初日、舞台版『千年女優』!(付録「デジスタ」収録)

世間的にはそろそろ正月気分も抜けてきた頃だろうか。
エ?もうとっくに抜けてる?
気ぜわしい世の中だよ、まったく……って、元旦からカレー食ってる人間が何が正月気分だよ。
気がつけば、1月ももう半分が過ぎている。詐欺に遭った気分だ。
しかし、昔から言うではないか。
「師走と正月は合わせて一月」
言ったのは私だが。

2009年の1月も半ばを迎えたということは、つまりは舞台版『千年女優』であり、今日16日が初日である。どんな舞台を披露してくれるのか、わくわくしている。
千代子に会うのも、久しぶりだな。
思えば、藤原千代子という人物が最初に浮かんだのは、東京は武蔵野市、吉祥寺の飲み屋においてであった。名付けはその二つ隣の地にある自宅の6畳間だった。
初めて「ふ、じ、わ、ら、ち、よ、こ」と叩かれたキーボードが繋がっていたパソコンは、アップルコンピュータのパワーマッキントッシュ8500であった。
以来、私の操るパソコンは進歩し、その間に『千年女優』はもちろんのこと、『東京ゴッドファーザーズ』『妄想代理人』『パプリカ』を監督してきたが、私にはさして進歩は訪れないもののその分確実に歳だけは食った。遠近両用レンズのお世話になるくらいだ。
遠くの物も近くの物もよく目に入らないなんて、何だか千代子みたいだ。
約1000カットの、多くのスタッフとキャストによる決して楽ではない世話を受け、健やかに育った千代子。宇宙の果てに向かってロケットで飛び出して行った千代子が、さぞやひたむきに月を越え、宇宙の彼方まで駆け巡り、遥かな円を描く軌道を辿り帰ってきた。大阪市北区角田町5-15へ。
武蔵野市から大阪市北区角田町5-15へ。
あまりにかいつまむと夢もロマンもありゃしないが、辿り着いたら大阪市北区だった、なんてある意味たいへん千代子らしいかもしれない。
後先のことなんか、考えちゃいない人である。
どうせ帰ってくるならお盆のころが似合いだったんだじゃないのか、という考え方は最近志ん生に耽溺している原作者に似合いではあるが、これまた夢のない話である。
原作者が夢も華もない話をしてばかりで申し訳ないが、何、TAKE IT EASY!さんと脚本・演出の末満健一さんたちスタッフ・キャストが補って余りある大輪の花を舞台に咲かせてくれるに違いない。
さて、『数え歌 無限千年回廊』でも聞いて、期待をさらに高めよう。
この曲、たいへん気に入って繰り返し聴いている。
会場でサントラ買おう。
あ、関係者の皆さんにサイン貰っちゃお。

以下は、今日のブログの付録みたいなものである。

14日はNHK「デジスタ」の収録。
「デジスタ」は一日二回分収録で、ここのところ私は遅い方の収録でさして日常のペースを阻害されることもなく楽をさせてもらっていたのだが、今回は早い方の収録。
お昼12時に渋谷はNHK入りである。私にとってはそれなりに早起きせねばならない。
文句も言わずに9時過ぎ起床。
「ああ、眠い」
口に出してみるが、眠気は晴れない。外は快晴なのに。
コーヒーを飲みながらメールチェックすると、
「【デジスタ】本日の収録よろしくおねがいします」
という件名のメールがあり、台本が添付されていた。
「いまもらってもしょうがないような気もするのだが(笑)」

最寄りの駅から新宿を経由して原宿へ。渋谷駅からNHKまで歩くと面倒なので、いつも原宿駅前からタクシーを使うことにしている。
電車の中では『志ん生讃江』(矢野誠一・編/河出書房新社)を読み進める。
志ん生の落語を聞くだけでは収まらず、最近は『志ん生、語る。』(岡本和明/アスペクト)、『志ん生芸談』(古今亭志ん生/河出書房新社)と、志ん生関係の本を楽しんでいる。周辺のことを知れば、なおのこと志ん生を楽しめるというものだろう。
原宿には11時半には着いてしまった。早いね、また。
時間にあまりに余裕があるので、駅のそばにある喫煙所で本を読みながら、タバコを二服とリポビタンBizという見慣れないバージョンを一気に飲み干す。
「ファイト一発!」
いや、口に出したわけではない。

NHKに入ってすぐにメイク。
メイクさんの話によると、近頃はすべての番組においてメイクもハイビジョン対応になったそうで、それだけ予算もかかるようになったらしい。
髪の毛の乱れ一筋だってきっちり映し出してしまうハイビジョンというのもありがたいのか迷惑なのかよく分からないが、今 敏の顔なんか放送禁止にさえならなければいいという程度である。モザイクなんかかけられたらそれはそれで困るが。
控え室でお弁当をいただく。
血糖値もすっかり上がって、仕事をしようという気になってくるが、食べた後はまず何より煙草だ。
や。喫煙コーナーは人でいっぱいになっている。人気の割にスペースが狭いね、また。ま、喫煙スペースがあるだけ民主的だが。
「ああ、煙草の美味いこと美味いこと」
いや、口に出したわけじゃない。
本を読みながらタバコを吸っていると、仕切りのガラスを叩く音がする。
コツン、コツン。
今日のゲスト、藤谷文子さんが和服姿で微笑んでおられる。
いいねぇ、女性の和服姿は。
私がキュレーターを担当する「デジスタ」ここ3回続けてゲストは藤谷さん。
彼女がゲストだと話がしやすくてたいへんありがたい。誰だとありがたくない、というわけでもないのだが。
「いやいや、こんなヤニ臭いところにお入りいただかなくても、ね、立ち話もなんですから、どうぞどうぞこちらにおかけ下さい。汚いソファですが」
って、NHKの備品に失礼だが(笑)
新年のご挨拶などを交えつつ、藤谷さんとロビーでしばし雑談。
彼女はめざとく私が手にしていた本に気づいて、「あ、志ん生」。
久しぶりにお会いしたばかりだというのに、落語の話からあれこれ芸談義になる。そうなるあたりが、私にとって藤谷さんのありがたいところなのである。いや、くれぐれも誰だとありがたくない、というわけでもないのだが。

番組収録前の打ち合わせはごく簡単である。
「デジスタ」は年を追うごとに打ち合わせも台本も簡単になっている気がする。それだけ、番組の年季が入ってきたということだろうし、ゲストやキュレーターの、より「生」の発言を期待してのことであろう。
それにしたって、出演者の台本に「○○」なんて伏字はないじゃないか。
スタッフの台本は違うことになっているそうで、なんだかどうも本番でこちらの発言を試されるみたいな気もしてくるが、まぁいいや。そのくらいの緊張感はあった方が面白い。
キュレーターとして関わるようになってから数年になるが、その間「デジスタ」のセットはその分代替わりしている。収録時に台本をそばに置くわけにはいかないセットに変わってから、確かに喋りやすくなったように思える。
台本があればあったで、ついつい期待される発言をしたくなるだけ、「生」の勢いは失われるものだ。

13時半からさて本番。
本番前に「もしや!?」とも思い、「社会の窓」の開閉状態をそれとなく確認する(笑) 事前にちゃんとしとけよ。
もちろん、全国に恥をさらすような状態になっていなかったが、気がつくと目の前にいるスタッフの一人が堂々と「全開」になっていた(笑)
「社会の窓」を大きく開け放っているのだから、きっと社会性にあふれた風通しの良い人間に違いない、などとバカなことを考えつつも、しかし指摘するのもいかがなものかという気もするし、そのうち「5、4、3……」と本番へのカウントダウンが始まってしまった。ま、彼が全国に恥をさらすこともないのだし。
今回は音楽にまつわる作品3本をピックアップ。
作者のスタジオゲストは一人、というか一団というか。彼女らのナイスな「ミニライブ」なども交えつつ、収録はスイスイと進行。
実際、開始から2時間ばかりで出番は終了。たいへんスピーディな収録であった。こりゃあ、楽でいいや。
紹介する各作品についてあれこれ話をするのは毎度のことで、それを依頼されている仕事なので苦も何もないが、去年から「キュレーターズプロファイル」というコーナーが出現した。要するにその回担当のキュレーターが最近どういう仕事をしているか、を紹介するコーナーである。
これが厄介だ。
前回はまだ「アニ*クリ15」用に制作した短編「オハヨウ」という素材があったので事なきを得たが、現在の今 敏の仕事というと新作『夢みる機械』で、これはまだまだお披露目するような状態ではない。
まぁ、コンテ作業もお見せすれば面白い部分もあるだろうが。
さて「そこで……」とピックアップされたのが、武蔵野美大・映像学科のゼミ。確かに今 敏の仕事の一つである。
ということで先月26日に行ったゼミに「デジスタ」の取材が入った。
この様子をまとめた映像を収録中に見て、あれこれと質問に答えてコメントするのだが、これがかなり「お恥ずかしい」というか実に「決まりが悪い」のである。
こりゃ、参った。
普段だって自分がモニタに映っている様なんてのはなるべく見たくないうえに、スタジオで番組収録中という「映されている状況」の中で、さらに「モニタに映った自分」を見ねばならぬのである。
うう……マトリョーシカ状態というか何というか。
気恥ずかしさが圧縮されたみたいだ。
場違いなものを見せられているようで、ただでさえ身の置き所に困るというのに、編集された映像の中でゼミ生たちがまた「かわいいこと」を言ってくれるのである。
何ていい人たちなんだ(笑)
自分たちに要求されているであろうことをよく呑み込んでいる。偉い。
いやぁ、どうもすみません、皆さん。ご協力ありがとうございます。
ゼミに撮影が入るという落ち着かない状況に協力していただいた上に、「空気を読んだ」発言までしてもらって。
助かりました。
どうもありがとう。今度、酒でもおごらせてください。

ちなみに、皆さんの映りはたいへん良かったと私は思いますが、自分で見るときっとそうは思えないのではないかとも思われます。
その時、上の私の発言も少しは理解いただけるのではないかと(笑)
オンエア、見てね。
親は喜ぶぞ、きっと。

名曲「数え歌 無限千年回廊」

今週金曜日に上演初日を迎える舞台版『千年女優』、演じるは劇団「TAKE IT EASY!」。
http://www.tekuiji.com/index.html
当ウェブで「TAKE IT EASY!」さんのウェブサイトを紹介しておきながら、原作者が「『千年女優』特設ページ」をまめにチェックをするのを失念していた。申し訳ない。

この特設ページがたいへん充実してきていて、初日がいよいよ期待が高まる。
すでにお聞きになった人もいるかもしれないが、ここで紹介されている劇中歌がたいへん素敵。
『千年女優』特設ページ
http://www.tekuiji.com/1000.html
ここの「Movie」内で聴けるので、是非聞いてみてください。

劇中歌「数え歌 無限千年回廊」
作曲:和田俊輔(デス電所)
作詞:末満健一(ピースピット)
歌:TAKE IT EASY!

泣ける曲である。
これが劇中で歌われるかと思うと、ちょっと「やられそう」(笑)
詩もいいのである。
詩に出てくる「アパンナカ」という言葉を恥ずかしながら知らなかったが、いい響きの言葉で、その意味もたいへんはまっている。
『千年女優』は映画といい舞台といい、きっと音楽に恵まれるタイトルに違いない。
舞台版『千年女優』の音楽を担当されている和田俊輔氏は、何と19日(土)19:00の回トークショウにゲスト参加が決定とのこと。
楽しみなのである。

このページには他にも「TAKE IT EASY!が、舞台版『千年女優』のみどころを紹介!」というMovieがあり、演出の秘策「入れ子キャスティング」について紹介している。稽古の様子なども垣間見えて、健気にしてハードな舞台が想像されてくるのである。

また特設ページ内「観劇初心者のための、千年女優よもやま話」では脚本・演出の末満健一氏のテキストが読める。
その第一回は「あんなの舞台化できるのか!?」
何て親切なんでしょう(笑)
誰もが思うであろうそんな素朴にして重大な疑問に、自信いっぱいに答えてくれている。
第二回を楽しみにしているが、しかし、初日はもうすぐ!

末満さん、TAKE IT EASY!の女優さん、スタッフさん、頑張ってください!
って、言われなくても頑張っていることでしょうけれど。

『千年女優』の舞台はきっと面白い

トップページでも案内しているが、『千年女優』が舞台化される。
今日、27日木曜日は大阪で制作発表があり、私も参加する予定。
邪魔にならないようにしよう。

制作発表に先立ち、先日日曜日、舞台版『千年女優』の作・演出である末満健一氏と劇団「TAKE IT EASY!」のプロデューサーである水口美佳さんがマッドハウスに来社され、舞台化について色々とお話を伺った。
水口さんとはすでに神戸で一度お会いしていたが、末満さんとは初めて。
「お会いした」のは初めてであるが、私は過去に何度も見たことがあった。ステージの上の末満さんを。
彼は、私がかつて多くの刺激を受けた劇団「惑星ピスタチオ」のメンバーであった。

『千年女優』の「元ネタ」、その一つは「惑星ピスタチオ」の『ナイフ』である。
私が見たのはその再演だったが、その衝撃は私の中で現在も光を放って衰えることはない。
そのくらい私には印象的な舞台であり、物語だった。映画にしたいくらいだったが、見たのはちょうど『千年女優』のシナリオにかかっていた頃だった。確か、同公演中3回ほど足を運んだ記憶がある。
『ナイフ』は、同じ形の小さなエピソードが繰り返され、そして全体もその相似形になっている。私は『ナイフ』にフラクタル構造を感じ、それは『千年女優』の全体の構成を考える上で大きな参考になった。それが『千年女優』の冒頭でSEのように流れる平沢さんの、正確には「旬」名義での「フラクタル」をモチーフとした楽曲使用につながった。
因果は味なまねをしてくれる。

『千年女優』に大きな影響を与えてくれた「惑星ピスタチオ」、そのメンバーだった末満さんが『千年女優』舞台化の作・演出を担当してくださるというのだから、これぞ正しく『千年女優』に相応しい因果である。
「作・演出 末満健一」の名前を見た時の私の驚きと喜びはまことに大きかった。
実をいえば、『千年女優』のコンテビデオには、既成の曲からイメージに近いものを当てていたのだが(仮の音声も収録されている)、重要なシーンには『ナイフ』のサントラからも曲を借りていた。
というような話をのっけからしたところ、「妙なところ」を踏んだらしい。
急に話がディープなところに潜りそうだったので、一旦回避され、この話題は大きく迂回して後の酒席に因果のようにつながることになった。
話題は内緒。

そんな話に始まり、演出家とプロデューサーから『千年女優』舞台化のイメージを伺う。
何しろ、時代と空間を行き来する法螺話である。しかも劇団員はたったの5人で女性ばかり。そしておそらく予算は大変苦しい台所事情と推察される。
『千年女優』を具体化する上で、およそ困難な条件ばかりが想像されるが、しかし映画の『千年女優』だってその状況に大差はなかったのだから(笑)、むしろそうした制限はたいへん『千年女優』に相応しいであろうし、制限から生まれるある種「無理矢理なアイディア」こそが何より『千年女優』的であると思われる。
「制限があるからこそ生まれるアイディア」、末満さんもそれを楽しんでおられる様子。
衣裳はどうするのだろう?まともに考えると100着とか必要になるというが……。
「それはですね……」
おお、なるほど、私もその方が好みだ。
セットはどうするんですか?
「それは……」
おお、それは素敵なイメージではありませんか。
どうするのかは見てのお楽しみ。

しかし、それにしても役者5人というの制限が難題である。
女優一人あたり200年という計算になる。二百年女優。さぞや大きな負担だろう。
映画に登場する人物で欠けるキャラクターはないそうだが、だとしたらけっこうな数の登場人物である。どうするんだろう?
「それは……」
おおおお!なるほど、それは面白い!
わずか5人で『千年女優』に登場する人々すべてを演じる以上、場合によっては「千代子が足りなくなる」という笑うに笑えない事態が出来しうる。
そこで、末満さんが『千年女優』舞台化にあたって、諸条件を現実的に考慮して考えに考えた結果行き着いたのが、この「かなり特殊なキャスティング」の仕方だという。
構成が厄介な『千年女優』をさらに複雑にするキャスティングで見せるという、その発想そのものが好ましくも頼もしい。
時に複雑な問題はさらに複雑化することによって前景化した問題を後退させる。私も絵を描いていて時折使う手口だ。
それがいかなるキャスティングなのか、これも見てのお楽しみ。

舞台版の稽古はすでに始まっているそうだ。
「千代子の人物像がまだ分からないですねぇ……」とのこと。
どこかで聞いた覚えのある言葉だ。『妄想代理人』アフレコ初日に能登麻美子さんが口にしていたのとまったく同じである。
「ああ、それは……」
『千年女優』制作当時の資料を引っ張り出して机の上に並べ、あれこれ話をしていると、私も当時のことを少しずつ思い出してもくる。
演出の足しになるのか分からないが、私が千代子や『千年女優』に抱いていたイメージをあれこれ素直に申し上げる。
「千代子を分かっちゃいけません(笑)」
これはあくまで私が千代子を演出するうえでの考え方だ。
「千代子っていうのは、ひどい言い方をするとある意味「空っぽ」でして、「こう思うからこのように行動する」といった理路を理解できる人ではなくて、「反応の人」なんじゃないかと思っていました。「反応の人」というのは……」
などと、好き勝手にお話しさせてもらった。スタッフや役者さんの邪魔にならなければよいのだが。
原作や監督の言葉など気にせず、私の知らない千代子や『千年女優』を見せてもらえればこれに勝る喜びはない。
もっとも、その心配は全然ない。
末満さんの舞台版『千年女優』解釈は、ある意味映画版と「対」になる一方のようであり、それだけでも期待は大きくなってくる。

演出イメージをもっともっと聞いてみたいと思う反面、イメージを先に聞いてしまうと舞台を見るときの印象に影響を与えてしまい、勿体ないという気もしてくるが、実に面白そうなのである。
初演の日が益々楽しみになってきた。ワクワク。

おっと、その前に制作発表だ。

新春特大号!その一・所信表明

sho01
題字・中山“温泉番長”勝一氏
 もう聞き飽きている言葉ではありましょうが、とりあえず明けましておめでとうございます。
遂に1999年。ノストラダムスも黙っちゃいなかった正真正銘の世紀末です。
何が待ちかまえているのか予断を許さないこの年の初めに、抱負の一つも書いてみることにさせてもらいます。

何と言っても今年は既に動きはじめている新作が私の仕事の中心になるはず。企画が潰れないことを祈りますが、既に脚本の初稿も上がり、現在は軌道修正のためにプロットをまた練っているところ。
今回はオリジナル作品で、原案は私が考えまして、「パーフェクトブルー」でもお世話になった村井さだゆき氏に脚本化してもらってます。
お正月記念としてここにタイトルを発表してみましょう。

 「千年女優」

断っておくが松本零士のアニメじゃあない。それは「千年女王」。真似してるわけなんかじゃあ無論、ない。
内容的なことはまだ発表できませんが、私が考えているキャッチコピーは、

 「愛に生き、逢いに行く」

いい加減にしろ、お前のキャラクターじゃないだろ、などという声も聞こえてきそうですが、冗談じゃありません。本気です。
お話的には一応シリアスではありますが、かなり冗談みたいな内容で、明るいムードの作品を狙っております。しかし放っておくと暗くなりがちな私の演出ゆえ、どうなりますやら。ここ一年ほどの間に、この当バカページで培ったお気楽さが生かされることを自分でも期待しています。何事も無駄にせずに使いたいものです。
完成予定はこれから一年先、本音を言えばもう少し先になるでしょう。また、長い長い旅が始まるわけです。
肝心な作監様のめども立ちまして、「この男の絵で作品を作りたい」と私が思っていた、願ってもない人を掴まえました。嬉しいったらありゃしない。
「パーフェクトブルー」でもお世話になった大変有能な原画マンです。素晴らしい腕です。凄いです。キャラクターデザインからお願いするつもりなので期待してみて下さい。
他にも何人かの原画マンから協力して下さるとのありがたい確約もいただきまして、「パーフェクトブルー」同様スタッフには恵まれそうな気配で、大変喜んでおります。
私自身は今月からでも設定作業に入っていこうかという感じでしょうか。この作品はとにかく色々な時代背景が出てくるので、コスチュームや美術設定の量が膨大になることは間違いなく、先が思いやられるところ。
いくら何でも今回は、一人でコンテを描きながら設定も並行して作っていく、という離れ業は出来そうにもありません。私も鬼じゃありません。
どなたかコスチュームや設定等に興味のある方はいらっしゃいませんでしょうか。資料を調べて衣服や舞台背景を描いてみたいという奇特な絵描き募集中。
それとこの作品の制作最中に是非実現させたいと思っているのが、ホームページ上でのリアルタイムの制作進行記録、いわば「生戦記」。恐らく忙しくなるとそんなことをしている暇はないでしょうが、何とか実現させてみたいものです。
それと、これは別に平沢進師匠のインタラクティブライブの真似というわけでもないのですが、「在宅スタッフ」みたいなことが出来ないかと考えております。
先にも書きましたように資料や設定が沢山必要になる作品ですので、制作中に浮上した疑問や必要な資料や写真等を現場から提示し、読者の方に応えてもらおうという、他力本願な企画。無論、有益な情報提供者は「スタッフ」としてエンドロールにクレジット。もっとも、扱いはエラク小さくなるかもしれませんが。
いずれも作品のホームページを新たに作って、そこで行うつもりですが、それを管理する人間は恐らくは、また私、ということになってしまうので、こちらの方で協力してくれる奇特な方がいらっしゃるようでしたら、その節は宜しくお願いします。いや、お願いしたい。

色々と本編も制作中のお遊びの企画も盛りだくさんなこの作品のために、今年は粉骨砕身の覚悟で働きたいと思います。