たわけて神戸・その1

先日、11月1日から四泊五日で神戸。
アートカレッジ神戸のレギュラーの講義は二泊三日のスケジュールだが、今回はアニメーション神戸授賞式と抱き合わせにしてもらい、四泊五日の小旅行。その分荷物がかさばる。
いつもは大きめのショルダーバッグだが、今回はタイヤのついたカート。ゴロゴロ。
いつもは新幹線で直接新神戸駅に行くが、今回は少々イレギュラー。
いつもより早めの16時50分東京発の「のぞみ」でまずは新大阪へ。
前日、アートカレッジ神戸の広報課長から心躍る提案がなされたのだ。
「前に言うてた、あの一日8人しか取らない焼き肉屋へ行きません?」
「行かない」という選択肢が用意されているわけがない。

車中、来るべき焼肉に胸ときめかせて浮かれてばかりもいられないので、VAIOを起動して仕事をする。来月収録のNHK「デジスタAWARD2007」のために各作品の採点をしなければならないのだ。締め切りが迫っている。
「デジスタAWARD」は、その年放送されたレギュラーの「デジスタ」でベストセレクションに選ばれた作品を集め、その中からさらに年間のベストを決めるという年末恒例となっている番組。「映像部門」「インタラクティブ・インスタレーション部門」それぞれ一点が選出される。
番組収録に先立ち、グランプリを選ぶための下ごしらえとして、キュレータたちがエントリー作品を採点しておくことになっている。
映像部門が全部で25点、インタラクティブ・インスタレーション部門が全13点。これらにすべて目を通して採点する。去年までは10段階評価だったように記憶しているが、今年は5段階評価に変わっている。
いずれの作品も各回でベストセレクションに選ばれただけあって、力作である。
大半の作品は既に自宅で目を通してきたので、コメントをまとめて点数を決める。採点表には5段階評価の他に各作品へのコメント欄があるので、簡単な評価も書き入れる。
どれもいい点を付けてあげたいが、近年の流行は「格差」である故、私も世間に倣うことにする。
5段階という狭い序列をいっぱいに使って、非情な気持ちで点数を振り分ける。
「おお、この人の作品は素晴らしかったな。うーんと……5点」
「う〜ん、これはちょっとなぁ……表現というより表現の真似事くさいんだよな……でも技術的には見るべき物があるから……3点」
「あ、こういうのはいかんよなぁ……自己満足を見せられるのは嫌……0点」
ウソウソ。さすがに0点は付けない。

ビールを飲みながら採点しているうちに新大阪駅に到着してしまった。
大阪駅まで移動して、アートカレッジ神戸校長、広報課長と合流。噂の焼き肉屋へタクシーで移動。雑居ビルの4階に入っているその店は「炭・やき肉 やまがた屋」。
http://www.eonet.ne.jp/~yamagataya/
カウンターだけの店内は狭く、椅子は確かに8人分……と思ったら、補助椅子みたいな物が追加されていて9つ並んでいた。カウンターだけの小さなスナックを想像してもらえば宜しかろう。実際、元スナックだったという店らしい。
店内にはマンガ雑誌などがうずたかく積まれており、雑然としているだけに却ってマニアックな香りが立ちこめている。ついでに焼肉の煙も立ち込めている。

まずはビールを飲んで乾杯。料理は基本コースを注文。
コースの内訳は、キムチの盛り合わせ、塩ホルモン7種類、野菜で¥6,000。
焼肉といってもカルビやロースといったお馴染みの物ではない。ホルモンばかりを塩味で食するらしい。渋いね、そりゃまた。
先客の様子を見ていると、自分たちで肉を焼くのではなく、店主自らが焼いてくれるようだ。軍手をはめてトングで慎重に肉を焼くその様はかなりマニアックである。ワクワク。
あっさりめのキムチが美味い。さらにワクワク。
まずは牛タン。厚めにスライスされており、歯ごたえ味共にたいへん美味い。
出された順番は忘れてしまったが、ネクタイ(食道)、肺、ハツ(心臓)、キモグレンス(脂肪肝)、小腸、ハラミ(横隔膜)などが出される。
普段食べ付けない食材なだけに、自分ではどの程度焼けばいいのかよく分からないが、いずれも店主の焼き加減は絶妙に思える。なぜなら美味いから。
一種類ずつ炭火の上に置かれて焼かれるのもまた良い。というのも、生のままの状態だと中にはあまり見た目が美しくはないものもあるし、もしこれが7種類すべて皿の上に一盛りにされていたら、ちょっと食欲が減じられる可能性もある。

これまでホルモン焼きはそれほどたくさん食べたことはないが、たいていは濃いめの下味がついていた。牛タンを除けば、塩味で食べるホルモンというのは初めての経験だと思うが、あっさりした塩味で出すということはそれだけ食材が新鮮であり、そこが店の自慢なのであろう。
そして料理をさらに美味しくするのは酒である。そしてまた酒をさらに美味しくするのが料理である。
ポジティブなスパイラル関係。
そういうのを近頃では「ウィン・ウィンの関係」というのだろうか。
け。まじめな席でまじめな顔で「ウィン・ウィンの関係」なんて口にする人がいるらしいが、かなり恥ずかしい言葉の響きだ。オノマトペにしか思えない。
「これからの時代は両者どちらかの勝ちとか負けというのではなく、両者にとって「ウィン・ウィンの関係」を構築することこそ……」
何がウィン・ウィンだ。唸ってるんじゃないよ、まったく。
そんなものはパンダの名前にでもしておけ。
そんなことより酒である。マッコルリである。韓国の濁り酒である。
隣の客が注文して飲んでいるのを見て、目を奪われた。
この店で出している「虎マッコルリ」がまた実にマニアックなのである。
店主の解説によると、マッコルリは元々は韓国の酒ではあるがこの店で出すものは日本で醸造されたものだという。福島の造り酒屋だったと記憶している。しかも一般の市場には出回らない一品だとか。
それだけでも十分に魅力的であるが、開栓の「儀式」がまたアトラクティブなのである。
勝手に開けてはいけない。店主がそーっと、これまたマニアックな手つきで開けるのである。
開栓前のマッコルリは上半分が透明で、下側は成分が沈殿して不透明に白濁している。店主がキャップを静かに開けると、沈殿部から細かな泡が立ち上がり、独りでに両者が混合して行くのである。おお、テーブルマジックみたいだ。
頃合いを見計らって、店主は栓を閉めて静かにボトルを傾けては起こし、起こしては傾ける。こうして混じり合ったところでいただくのだ。
思わず我々も声を上げた。
「同じの下さい!」
実に美味いのである、これが。マッコルリは何度か飲んだことはあるが、こんな味は初めてである。普通マッコルリというとヨーグルトを思わせる甘みのある味だが、ここのマッコルリは全然甘くない。切れるようなマッコルリ、というと形容矛盾にも思えるが実際そうなのである。しかも、ラベルを見ると製造年月日はわずかに3日前。
新鮮にしてコクがありキレがある。
何て凡庸な表現なんだ。
甘みがないので飽きずに飲めて、実に焼肉に合う。私は甘い酒は嫌いだ。
これはスイスイ飲める。
「新たに注ぐときはボトルをやさしく傾けて、混ぜ合わせてからどうぞ」
店主のコーチを受けつつどんどん飲む。どんどん食べる。
「もう一本、虎マッコルリ」
こんなに美味しくて一本¥2600とは。
コースの品はすべて終了した後でも、こう言いたくなるというもの。
「これ、もう一本」
3本も空けてしまった。
確かアルコール度数が9度だったろうか。低めなのでそれほど酔いはヘビーではない。

いい感じで酔いが回ったところで校長と広報課長と世間話を続けていると、隣にいた3人組の客と店主との会話に混じって、妙に耳に馴染んだ単語が聞こえてきた。
「ジョジョがどうしたこうした」だの「スタンドがあーだのこーだの」
確かに店内には「少年ジャンプ」が積まれていたからそうした話題が出るのも頷ける。
そしてさらには。
「あれってゴックだっけ?ズゴックだっけ?」
ええ? そういうの有りなの?
少々酔っぱらった私の脳内は回路がショートしがちになっていたので、後先を考えずに店主に向かって口走っていた。
「アッガイとか言って通じる店なんですか?」
通じた。当たり前だろうけど。

「この人、ジョジョのアニメやってるんですよ」
校長が言い出す。「この人」とは無論私のことである。
「あ、そうなんですか?」
嫌な予感がしたのだが、校長がさらに店主にこんなことを言い出す。
「『パーフェクトブルー』いうアニメ知ってます?」
なしてそこで『パーフェクトブルー』だってさ。『パプリカ』くらい言えばいいっしょ。だいたい相手が知らなかったらみっともないべさ。
酔いが回った頭の中で方言がスパークする。
「あ、知ってますよ『パーフェクトブルー』」
ふぅ……いがった、知っててくれて。
「この人ね、監督」
相違ないべさ。
店主がわざわざ色紙を出してくれたので、サインをする。
隣にいた客の一人も「今 敏」の名前に大きく反応してくれた。某大手広告代理店の方で、名刺までいただいた。30代半ばのその男性は何でも『千年女優』がとてもお気に入りだそうで、DVDも買ってくれたのだとか。ありがとうございます。
「監督にお目にかかれるとは光栄です」
いえいえ、こちらこそお買い上げいただき光栄です。
店からもらった色紙に千代子を描いてお渡しする。
若干、酔いが後退した気がしたが、おつりが来るほど気分が良くなって店を出た。
ふう、満腹。

大阪から三宮まで車で移動。
校長はお帰りになる。お疲れさまでした。そして、ご馳走様でした。
私も、そ・こ・で・ホ・テ・ル・に・か・え・れ・ば!、翌日アルコールの余韻が主張することもなかったのだろうが、気分がいいので課長とさらにバーで一杯飲みつつバカ話を展開する。
そ・こ・で・か・え・れ・ば!、まだ翌日の食欲は旺盛だったのだろうが、ついつい酔っぱらいの王道を千鳥足で歩んでしまった。
「う〜む、うどんを食いたい」
数行前に書いた「満腹」の二文字をどこへ消化されたのだ。いつから私はそんな食いしん坊になってしまったのだろう。
しかし。酒飲みなんてそんなもんだ。
「うどんですか…ほな、こっち行ってみましょか」
うどんを探して三宮の飲み屋街をウロウロするが、なかなかそれらしい店に遭遇できない。
「うどん、うどん、うどん……と」
食べたいとなったらどうしても食べたいのだ。締めには麺類がいいのだ。
「うどん、うどん、うどん……ないね、なかなか、え?」
煌々と光を放つ看板の洪水の中を「うどん」もしくは「饂飩」、出来れば「手打ち」の文字が記された看板を探し求めるが、目につくのは飲み屋ばかりだ。ふと目についた看板に触発され、唐突に予定を変更することにした。
「寿司でもいいや」
……何が「締めには麺類がいいのだ」だか。
先客は二組くらいか。いずれも中年男性がいかにもなキャバクラのお姉さんを侍らせて座っている。
ビールで喉を潤し、焼酎の水割りを飲んで寿司をいくつかつまみながら、課長と二人で酔っぱらいのたわごとを並べる。
や。気がつくと店内は人で埋まっている。うーむ、甘くてべたついた臭いがすると思ったら、どちらの男性の周りにも「夜の蝶」(古い表現だが)が乱舞している。
いかにも深夜の寿司屋だな。
よし、撤収。
本当にもうお腹がいっぱい。
やっとホテルに引き上げる。

ホテルの部屋が、ツインのシングルユースだったので、空いているベッドに酔っぱらった課長が収まることにした。
「課長、明日学校は何時からなの?」
私は昼から行けばいいのだが。
「9時ッス」
ということで、7時半に目覚ましをセットする。
「えーと、モーニングゴールは、と。34を押して、0730」
硬質な女性の声が答える。
「ゴシテイノ、ジコクハ、ゴゼン、シチジ、サンジュップン、デス」
おやすみなさい、機械のお姉さん。
すでに時計は2時を過ぎ。
初日から飛ばしすぎだ。
まったくもって、たわけである。

脳ストップアメリカ−その4

●4/16(月)七日目

4時に一旦目が覚める。時差ボケの傾向が解消していない。
7時過ぎ、本格的に起床。
曇天。
大事な命の煙が残り少ない。どこかでマルボロライトでも買おう。
ネットで日本の動画ニュースを見る。日課だ。
ルームサービスでトーストとコーヒー。
入浴してから出発の準備。大きな荷物は家内がまとめてくれる。自分の手荷物と貴重品をまとめるだけで済むのでたいへん助かる。

10時過ぎにホテルのロビーに集合。
強風の中をDulles空港へ。
この空港はニューヨークから到着した空港とは別らしい。市内から30分ほどかかる。ニューヨークの方では暴風で飛行機に欠航が出ているというニュースを見たが、ワシントンは風が強いが問題はない様子。
と思ったら、強風の影響でボーディングブリッジに異常が発生したとかで、飛行機を移動して別のブリッジに変更、出発が遅れる。
機内では客室乗務員のちんたらした段取りでなかなか食事にありつけない。
ワゴンの一つも使ったらどうだ、姉ちゃんよ。
トマト味のパスタ、というよりは赤色の細長いものを口の穴に流し込んでとりあえず胃の腑の抗議を沈静化する。
寝る。胃の腑よりも脳の手当が重要だ。
『柳生忍法帖』の下巻をどんどん読み進めてしまい、読む本が切れる可能性も出てきたのでポッドキャストを聞きながら寝る。現実逃避の重要性を改めて実感する。
飛行所要時間は5時間半くらいか。広いな、アメリカ。

無事ロスの空港に到着。東部時間との時差は3時間。
私は腕時計をしないので、日本では携帯電話を時計代わりにしている。というより、私にとっては電話の付いた時計みたいなアイテムである。アメリカで使えもしない携帯電話を時計のためだけに持ち歩くのもバカバカしいので、iPodの時計を使っている。これだと選択一つで世界各地の時間に合わせられる。便利だ。
せっかくやり過ごした時間を時差によって3時間キャンセルされたので、この日は長い一日になりそうだ。

さすがにロスは暖かい。
迎えの車でソニーピクチャーズの建物や『ダイ・ハード』の舞台になったビルなどを遠くにを眺めながらホテルへ向かう。
運転手の情報によると、ワシントンにある大学で銃の乱射事件があって、学生33人が死亡したとのこと。
人殺しが好きな国だな、まったく。
少しは殺される身にもなったらどうだ。

17時過ぎ。ホテルにチェックイン。宿泊するフォーシーズンズホテルは映画『プリティウーマン』の舞台にもなったところらしい。映画は見てないが。
1169号室は眺めもよく快適な感じ。
タバコはバルコニーじゃなければ吸えないのが玉に瑕だが、仕方あるまい。
このホテルもネットの接続に料金を取りやがる。ニューヨークで泊まったホテルとだいたい同じくらいで一日1800円ほど。そういえば、ワシントンで宿泊したホテルはネットの接続が無料だった。
ニューヨークで送信が出来なかったウィンドウズメールは、ワシントンではあっさり使えるようになった。どうしても連絡しなければならないということがあるわけではないが、使えないと思うと不快になる。
相変わらず「KONTACT BOARD2」が何度アクセスしてもつながらない。
放っておくとゴミみたいな書き込みが溜まるのでチェックしたいのだが・。
あ。思い出した。
ゴミの書き込みを少しでもブロックするために掲示板の設定で「日本からのアクセス以外を全て排除」していたのであった。
自分で自分を閉め出した格好だ。アホや(笑)

19時20分にロビーに集合、現地ソニーピクチャーズのIさんのお迎えで和食レストラン「ki ra la」へ。
開店して半年くらいだという、小ぢんまりとしたきれいなお店。
得てして店に入った途端に、落ち着けるかそうでないかは分かるものだ。ここは○。
シャンパンで乾杯して予約しておいてもらったコースを美味しくいただく。
アサリの味噌汁がすこぶる美味い。
締めには寿司。
いい感じで疲労が酔いを回してくれる。
車でホテルに送ってもらって就寝。
明日は10時から仕事。

●4/17(火)八日目

4時に目が覚めて、ベランダでタバコを一服する。
ああ、美味い。
ニコチンとタールを含んだ煙が西海岸の風に消えて行く。
排気ガスよりはよほど環境への負荷は少なかろう。
ポッドキャストを聞きながら再び横になり、7時に本格的に起き上がる。
さぁてと、どっこいしょ。
15分、定刻どおりルームサービスの朝食が届く。
コーヒーが薄いなあ。朝は濃いめのコーヒーが望ましい。
天気は曇りだが、朝から13℃あるので温かい。
食事後入浴。
動画のニュースを見る。
昨日のワシントンの大学での乱射事件に続いて、といっていいのかどうかは疑問だが、日本でも現役の長崎市長が遊説後、暴力団の男に銃撃されて重体とか。
道具なんてあれば使いたくなるに決まっている。銃だってそうに決まっている。

取材の開始時間は予定の10時から少し遅れて11時前から。
場所はホテルの別室。
最初は、「LA Times」紙用の写真撮影。
1ポーズでわずかなバリエーションを撮る女性カメラマン。段取りも良く、注文も少ないので素人モデルとしては大変助かる。
これまでの経験では、フランスでの写真撮影が得てして注文が多く、その注文には多くの無理難題が含まれていた。被写体は得てしてこんな思いをさせられた。
「私の身体はそういう風には出来てないっちゅうの」
たとえばあるフランス人カメラマンはこんなことを要求した。
「ジャケットの両方の襟を両手で掴んで少し前に出す感じで」
「はぁ?……こうですか?」
「そうそう。(カシャッ)それで上半身を前に、カメラの方へ出す感じで」
「え?……こうですか?」
「そうそうそう。(カシャッカシャッ)もっと前へ」
「え?……こ、こうですか?」
上半身をΓのように折るのではなく、足を突っ張らせて/のようにせよと言うのである。
「そうそうそうそう!(カシャッカシャッカシャッ)もっともっともっと」
「え?……こ、こ、こんな……あ」
足が耐えきれず私はこうなってしまった。

無理だっちゅうの。

11時過ぎから、「San Francisco Chronicle」紙の電話インタビュー。
続いて、「JATV」という日本語と英語の地元テレビ局。さすがに西海岸には在米邦人が多いからこうしたメディアがあるのだろう。
次が何とかマガジンというサブカル誌、らしい。
あまり知性が感じられない兄ちゃんのあまり知性の感じられない質問にげんなりする。
兄ちゃん曰く、「『パプリカ』のメッセージは?」
親からもらった脳をもっと効率的に運用したって罰は当たらないと思うが、どうか。
いやいや、これでは私の気分が伝わらない記述だ。
素直に表すとこうだろう。
「自分の頭を少しは使えよ、バカたれ」

車で移動してMadhouse U.S.A.仕切りの関係者向け試写会場へ。
世界のアニメファンにその名を知られるマッドハウスはU.S.A.に支社があるのだ。他にはないけど。
関係者向けに『パプリカ』が上映されるのは、出来たばかりの立派なビルのシアターだ。まずは館内に入る前に一服。すぐ近くに『ダイ・ハード』のビルが聳えている。劇中では「ナカトミビルディング」だったか。しかし実は20世紀フォックスのビルだとか。
『パプリカ』上映にはクロックワークスのKさんとヴィンチェンゾ・ナタリ監督が来ていた。やあ、久しぶり。
Kさんは『千年女優』海外プロモーションでお世話になった女性だ。ヴィンチェンゾは映画『CUBE』や『カンパニー・マン 』『ナッシング』 の監督。
お二人は結婚して、Kさんは現在妊娠中のご様子。
上映前に『パプリカ』の紹介をする。
何を喋ったか、すっかり忘却の彼方。

昼食のため移動。
日本の食材を扱う中型(小型というべきか、アメリカでは)スーパーマーケット内にあるフードコートでラーメン「山頭火」の「醤油ラーメンと納豆ご飯定食」を平らげる。
日本にいたら絶対に食べないであろう取り合わせだが、うまい。
納豆ご飯が泣けそうなくらいおいしい。うう。
ラーメンの味はもう一つだが、麺も固めだし現状では十分以上に美味しい、と言える。
スーパー店内を見学。
日本人向けのレンタルDVD、書店、雑貨屋なども入っている。
DVDの多くは海賊版ではなかろうか。こうした商売はパリでも見かけたが、在留邦人にとっては重宝するのであろう。
ラーメン屋の隣は讃岐うどんの店。スーパーの品揃えはほとんど日本と変わりない。
さすがに「輸入品」だから値段は高いけど。
「おかめ納豆」3パックで2ドル。倍から3倍といったところか。
カルピスウォーターは商品名が「Calpico」になっている。こちらで「Calpis」のままでは、イメージが「おしっこ」になるそうだ。「カリフォルニアのおしっこ」。
ユンケルなんかも売っている。リポビタンはラベルイメージがまったく違っている。表記が違うだけでもまがい物のように思える。
「Lipovitan」。
さて、ファイト一発。

15時、ホテルに戻って再び取材。
「Flont Line」という、以前にも取材してくれた日本人向けのペーパー。
IHさんは、『千年女優』のときに阿佐ヶ谷のスタジオにお越しくださった人。言われて思い出した。『千年女優』に関するインタビューが掲載された「Flont Line」を送ってもらった。後のフォローまでしてくれるのは珍しい媒体だ。
日本語の取材は楽でいいな。
続く「サン」というタブロイド紙も日本人向け。
YHさんはたいへん感じのよい方で、これまでの監督作も見てくれているとのこと。楽しくおしゃべりする。こんな取材なら2時間だって平気なのだが。
続く取材は「Animation World Network」。
事前に質問項目をプリントアウトしてくるなど気を使っているのがよろしい。質問内容もまじめなもので、アニメーションのクリエイターを励ますような内容、とのこと。
ここで、とりあえず取材は一区切り。
用意されたリムジン(!)で市内観光ドライブ。
ビバリーヒルズの超高級住宅街、ハリウッドのメッカ、コダックシアターやらチャイニーズシアターも見学。
ホテルに戻って少しだけ休憩。

「The Fine Arts Theatre」へ移動。
アールデコ調の素敵な映画館。アールデコといっても西海岸のそれはひどく陽気で明るい。しかしこれもまたいい。
ここで『パプリカ』の上映がある。何だか嬉しい。
上映後にQ&Aのために登壇。小山のような兄ちゃんが司会をしてくれる。
客席からは作り手側に寄った質問が多く寄せられる。シナリオとか演出とか。
無難な話しかできなかったであろう。
小一時間ほどの質疑応答で終了。
ディナーはコリアタウンにある「Chousun Galbee」へ。
ナイスな焼肉レストラン。焼肉とスープで満腹。
ホテルに戻ってダウン。

●4/18(水)九日目

6時に目が覚める。
入浴してコーヒー。
今日は晴れるようだ。街の遠くまでが見渡せて気持ちが良い。
ホテルのレストランで朝食。
お勧めだという料理をいただく。ロブスターだのトリュフだのポーチドエッグだのが皿に盛られている。
すごいご馳走なんだろうけど美味しいのか美味しくないのかよく分からない。というより私の低調故においしく感じられないのだろう。味だって脳が感じるもんだ。
だがしかし。醤油をかけたら途端に美味しかった。海外旅行に特選丸大豆醤油のミニボトルは必需品だ。日本のエッセンス、それは醤油。ソイソースなんかではない。
しかしそれにしてもやかましい店だ。あああああああ、うっとうしい。
声を出すのも面倒なのに大きな声なんか出したくもない。黙るしかないや。
さあて、飯も食って血糖値もアップして最後の仕事だ。おっしゃあ!!
気合いなんか入るわけがないっちゅうの。

10時から「Animation Magazine」の取材が50分。
インタビューアーはまじめな感じの中年男性だが、彼には少々不似合いなアイテムが見える。レコーダーにトトロのアクセサリーを下げている。ジブリ美術館にも行ったことがあるとかで、宮崎さんに取材したことも何度かあるそうな。
続いては「Lalala」という日本人向けに4万部ほど出している情報誌。
日本人のインタビューアーなのでとても楽。
「LA Weekly」の写真撮影。
カメラマンから少々変わった趣向を提案される。
ごくナチュラルなポートレートは押さえておいて、それとは別に「動きのある」写真を撮りたいという。
「ホテルの廊下でジャンプして欲しい」
エ?
「ジャンプした瞬間を捉えたい」
断るのも面倒なので引き受ける。何でもやりますよ、もう。
テストとしてまず一飛び。ピョーン。
注文が出る。
「ジャンプした瞬間に、何かポーズを取って欲しい」
ポーズ……って。ジャンプしてポーズといわれて閃く姿は萩本欽一しかないのだが。
ピョーンと飛んで欽ちゃんのポーズ!
「Very good!!」
ホントかよ。そんな感じで何ポーズか取ってくれとのさらなる難題が出される。
素直にジャンプする。
ピョーン、ハッ!
ピョーン、ホッ!
ピョーン、フムッ!
ピョーン、ダーッ!
飛べ、ガンダム!
疲労戦士ガンダム。

取材の合間にポスターにサインをする。20〜30枚だろうか。
休憩を利用して飽きないように少しずつ描こう。

「Los Angeles Times」紙の取材に現れた女性には、かすかに見覚えがあった。
ベルリン映画祭の時、『パーフェクトブルー』について取材をしてくれたという。
そうそう、思い出した。
ベルリン映画祭見聞記「ベルリンは燃えているか」にも書いた覚えがある。
『パーフェクトブルー』をこう評した女性だ。
「フェミニストの映画ですね」
どうもお久しぶりです。
知的な質問は楽しめたが、終わりが少々くどい。
「もう一つだけ質問させてください」
というセリフは一回だけにしましょうよ。
この後まだ取材はあるし、私の脳はそれほど長くはもたない状況になっているのだから。何だかんだで50分を少しオーバーする。
続けて「LA Weekly」が50分。
何だか鼻息の荒いヤンキーの兄ちゃんが勢い込んでやってくる。
大柄な身体にTシャツ、バミューダパンツ。西海岸の制服か。
私から見て右手にあるソファにドスンと座り、鼻息フーフー。
急いできたのかもしれないが、インタビューには似つかわしくない効果音だ。
荒い鼻息も少し収まった彼は面白い意見を披露してくれた。
「『パプリカ』の理事長、乾は強制的に同じ夢を見せつけるが、映画監督というのもお客に強制的に映像を見せるという点で似ているのではないか?」
つまり。乾と私がパラレルな関係だ、と。少し笑える。
だけどね、いいかい、兄ちゃん?
「同じ夢を強制的に見せるといっても、その解釈まで強要しているわけではありません」
どこかの国じゃあるまいし。

ランチはホテルから歩いて数分の寿司レストランの「Kiyono」。
うどんとにぎり寿司を食べる。
和食で助かるが、何だか味も良く分からなくなってきている。
少しばかり散歩してホテルに戻る。
恥ずかしいほどに明るい日差しが目に痛いほどだ。

「Venice Magazine」の写真撮影。
続いて「A’int It Cool News」というウェブの電話インタビュー。
最後は大学生が発行しているペーパーだか何だかの電話取材。
これで最後だ。一頑張り!
と少しは気を奮い立たせてにもかかわらず、相手が何を言っているのかさっぱり分からない。通訳の方も首をかしげるし、Tさんが変わって話してもやはり要領を得ない。
英語話者同士で伝わらないことが私に分かるか。
知るか。アメリカには義務教育はないのか。
ああ、もういい。終わりにしよう。終わりだ、終わり。
はい、終わり。
脳の鉛混入率、95%。
脳ストップ。
力尽きた。

取材に使っていた部屋で椅子に座り込んで固まる。脳も身体も言うことを聞かない。
シャンパンをオーダーしてもらうが、いつもなら感じるはずの泡の心地よさも味もほとんど感じられない。気を遣ってオーダーしてくれた方にも申し訳ないし、シャンパンにも済まない気がするが、自分でもどうにもならない。
きっと、この状態でその筋の病院に行けば何らかの病名を付けられるのかもしれない、とぼんやり考えたりする。
しかし、そんな「名前」を与えられたら、それは存在を立派に主張し始め、長期間継続的に固定されてしまうであろう。ご免だ。
それに、どうせ治療法など決まっている。
「十分な休息を取ること」
そうだろうともさ。
しかし、病気の都合で生きられるほど悠長ではない。

予約してもらっていたソニーピクチャーズのスタジオ見学はパスさせてもらう。
とても残念だ。しかし、脳には替えられない。
家内は見学に出かける。
一人で部屋に残してもらう。この時間を作ってもらったのが何よりありがたい。
iPodで音楽を聴いて、半分眠った時間を過ごす。
断線した神経網が少しずつ手をつなぎ始めるが、修復率はごくわずか。

19時、関係者との会食。
ベトナム系のレストラン。人気のある店らしいが今の私にはまったく落ち着かないし、とにかくやかましい。がさつ極まりない。
折角手をつなぎかけていた神経網の握力が再び一気に低下する。断線断線。
スープとチキンを食べたものの、味も何も分からない。
また脳が停止。
店の外にタバコを吸いに出るが、座り込んで固まってしまう。
頼んだコーヒーも飲まずにホテルに帰る。
23時には就寝。

●4/19(木)十日目

6時半起床。7時にルームサービス。
やっと日本に帰れると思うと少しは気が晴れる。空も快晴。
入浴。
家内が荷物をまとめてくれる。
ネットの接続の様子がおかしい。
ま、いいや、どうせじきにチェックアウトだし。
ああ、日本が懐かしい。

空港でマクドナルドを食べる。
なぜポテトフライがこんなに美味しいのだろう。
やっぱり脳が壊れているせいだろうか。
壊れた頭には不自然な食べ物が相応しいのかもしれない。

脳ストップアメリカ−その3

●4/13(金)四日目

朝6時起床。年寄り並みだな。
疲れていたから爆睡出来るかと思ったが、意外に早く目が覚めた。時差ボケが解消していないのだろうか。
日本から持参した簡易湯沸かし機でお湯を沸かし、コーヒーを飲む。貧乏性のようだが、フロントに電話して英語を喋るのも面倒くさい気分だ。手前勝手に出来る方がよほど気楽である。
ゆっくりと入浴。
ポスターの残りにサインする。
ポスターを持ってTさんの部屋を訪ねたら、Tさんが右足に激痛を覚えるとのことで、片足を引きずって出てきた。そりゃまた難儀な。ひどいことにならなければいいが。
10時10分、ホテルのロビーに集合。今日はワシントンへの移動だけで仕事はなし。軽く観光の予定だ。
Tさんは痛んだ右足に自前で針治療を施して回復基調とのこと。自分で針を打てるとは、またまことにもって多彩な方である。
タクシーでチャイナタウンへ。
昼前から紹興酒をいただき、飲茶と炒飯と麺を食す。アワビと鳥の米麺が美味しい。すっかり満腹。
散歩がてらチャイナタウンからイタリア街、そしてソーホーへ。途中で買い物などしつつブラブラと歩く。
タクシーに乗ってグラウンドゼロを左手に見つつ、バッテリーパークへ。風が強くて寒いが、観光客が目立つ。カラフルな観光バスが目立つのは洋の東西を問わず観光地に見慣れた風景だ。
ニューヨークが初めてというHさんは遠く小さく見える自由の女神にたいへん感激の様子。
曰く「小さいですねぇ!自由の女神」
遠くに見えるからだっちゅうの。
携帯電話のレンズではさらに女神は遠のいて映る。まことに小さい女神である。
タクシーでタイムズスクウェアへ。冷えた身体をコーヒー2杯で温めてホテルへ戻る。
16時前、ホテルをチェックアウト。迎えの車でラガーディア空港へ。日本から到着したのとは別な空港だ。
途中、ハーレムを通る。
ハーレムに近づくに従って見かける白人が減って来て、ハーレムに入るとほぼすべて黒人の方々。住む場所ははっきりと別れているのだな。

18時の飛行機でワシントンへ。
1時間と15分ほどのフライト。すぐに到着した感じである。
迎えの車でホテルへ。
ワシントンは初めてだ。移動の途中、車から見た景色が大変美しかった。水と緑が目に優しく、空気も澄んでいて、清潔な感じのする場所だ。アメリカなのに。ニューヨークの車と建物が目にやかましい風景とは大違いだ。ニューヨークの風景の方も好ましいが。
空港からホテルまではあっという間だった。
宿泊はパークハイアットホテル。まだ新しい建物のようで、ロビーが美しい。ポーターがエクセレントな部屋に案内してくれる。
ベッドルームとリビングが大きな棚で仕切られていて、棚の中央に収まった薄型テレビが回転するようになっている。どちら側からでも見られる仕組みだ。部屋のあちらこちらには、地元の名産らしいデコイなどが飾られている。
趣味のいい内装だ。
バスルームがまた素晴らしい。石造りの大きな浴槽もいいが、天井から雨のように降ってくるシャワーが良い。
おや? しかし肝心の灰皿が見あたらない。
「キャン アイ スモーク ヒア?」
案内してくれたポーターに聞くと、申し訳なさそうにこんな返事。
「Sorry, no smoking room」
冗談ではない。
Tさんに確認したら、スモーキングで予約していたのでフロントに言って変えてもらうとのことだったが、何のことはない。結局部屋に灰皿が届けられた。
悪いね、部屋を汚して。
プッカ〜。ああ、美味い。

ホテルのレストランで夕食。
ワシントンでも美味しいと評判のレストランとのこと。たしかに美味しい。
ナパヴァレーのロゼシャンパンで乾杯。カリフォルニアのワインも美味しいことだよ。
海外のプロモーション仕事では、現地の美味しい食事も楽しみだが(もちろん、いつも日本食を食べているわけではない)、現地のワインもとても楽しみである。
ワインのメッカ、フランスやイタリアでは著名なワインはもちろんのこと、イタリアの田舎町を訪ねた際は、ローカルでしか売られていないワインをいただいた。スペインではリオハのワインが美味しかった。
アニメーションの監督もしてみるもんだね、まったく。
さて料理。前菜のフォアグラがとても美味しい。これは期待できる。
しかし。メインで頼んだサーモンはもう一つ。垢抜けない味だ。北海道のシャケの方がはるかに美味いぞ。無難に肉にしておくべきだった。
マッシュポテトは非常に美味しい。マッシュポテトが美味しく思えるなんて珍しいかもしれない。ビックリするほど滑らかな舌触りだ。
うう、満腹。

あたりの散策に出かける。
ワシントンはとても清潔で上品な街という印象だ。
お土産屋で滞在中に飲むコーヒー用にマグカップを買う。
「I love DC」「FBI」「CIA」だのとプリントされたお定まりのTシャツがズラリと並ぶ店内には、なぜかアフリカの民芸品も多数売っている。妙な土産屋だ。
スーパーマーケットでミネラルウォーターを買って、帰りは途中からタクシーで帰る。
疲れて就寝。

●4/14(土)五日目

いったん5時半に起床。
ポッドキャストを聞きながらもういちど眠る。
7時過ぎに起床。
8時過ぎ、ルームサービスで朝食。たっぷりのコーヒーとオレンジジュース、パンが幾種類か。コーヒーが美味い。仕事に備えて血糖値を上げるために、さして食欲はないがジュースでパンを胃袋に流し込む。
入浴。天井から降り注ぐシャワーが目を覚ましてくれる。
11時から取材スタート。
地元紙「The Washington Post」が1時間と長めの取材。理知的な感じの男性がインタビュアーである。とりたてて難しい質問もなかったが最後になって少々厄介な質問が来る。
「では最後に簡単な質問ですが、『パプリカ』の中では“テロリスト”という言葉が多用されていました。ご存知のようにアメリカでは“テロリスト”という言葉はたいへん重く受け止められます。この言葉の多用には意図がおありでしたか?」
どこが簡単な質問だ(笑)

「テロリスト」という言葉の使い方については、シナリオ執筆の際に水上さんからも質問があった。
「この言葉を出すのは早いんじゃないですかね?」
『パプリカ』で最初にこの言葉を口にするのは理事長の乾。DCミニの盗難が発覚したとき、乾が言う。
「盗み出したテロリストがそうは思うまい!」
うろたえた時田が答えて言う。
「……そんな……まだ悪用されたわけじゃ……」
その通り。時田の言うように、この段階で「テロリスト」という言葉を発するには無理がある。水上さんもたいへんそれを気にしておられた。それは承知の上で使用している。
理由は二つ。
この「強い言葉」を使うことによって、起こった事態の重大性を直截に表すため。つまり、悪用されて大変な事態になったから「強い言葉」が出てくるのではなく、「強い言葉」によって重大な事態を想定する、と。
これは監督の演出的意図である。
もう一つは、先にも絡むことで、先の構図を別の言い方で表したようなものだが、こちらは今 敏個人の意見が反映されている。
何も起きていないにもかかわらずよその国をテロリスト呼ばわりする「ならず者国家」への皮肉と揶揄である。だから乾がこの言葉を最初に発しないといけない。というのも、『パプリカ』における「テロリスト」の総元締めは他ならぬ乾だからである。

しかし、そんな私的な意見をU.S.Aの、しかも首都で口にするわけにも行くまい(笑)
「テロリスト」という言葉の多用についてはこちらも気にはしていたので、ある意味こちらの予想していた質問であった。そりゃ、アメリカ人にとっての「テロリスト」という言葉の重みは私には想像する以外にないが、デリケートな言葉であることは重々承知していたし、完成した『パプリカ』がアメリカでもリリースされることは最初から分かってはいたことだ。
分かっていたから敢えて使ったのだが、いざ実際にアメリカでそのことについて聞かれるとさすがに口ごもる(笑)
ただでさえ理解できない言語の中で思考が乱れ、脳のパフォーマンスが低下してきている。切れ切れになりつつある思考の断片を寄せ集めて何とかお答えする。
朝、ネットで読んだパソコンの情報流出やサイト攻撃の記事が手がかりだ。
「『パプリカ』における“テロリスト”というのは……そう、サイバーテロのようなものをイメージしていました。日本でもネットにおける情報流出や、ウェブサイトへの攻撃や内容の書き換えといった問題が日常的に報じられています。アメリカではもっと問題になっているのではありませんか? いまはコンピュータというと人間にとって外在化した脳のようなもので、それが勝手に書き換えられるというのは非常に怖いことです。あるいは人間の脳そのものも日々垂れ流されるメディアによって都合良く洗脳されていると言ってもいい。あれを買え、これも欲しかろう、ほらもっと欲しがれもっと欲望しろもっとバカになれ、とね。これも一つの……なんたらかんたら」
インタビューで大事なのは「思っていたこと」を思い出して話すのではなく、その場で「思いついたこと」を話すことだ。インタビューに限らないか(笑)
とにかく最初の思いつきが肝心だ。伊達に何百回も取材を受けてきたわけではない筈。が、思いついたことをしゃべり出して、それをなにがしかのまとまりを与えるには少なからぬ脳の働きが必要である。
だが脳の皺に鉛が混じり始めた頭では困難になってくる。
答えを粉飾しなければ簡単だったかもしれないが、やっぱり、アメリカでは言えないわな。
「テロリストとはテロリストと名指すことによって生み出されるものではないのですか?」

続いて「TokyoPop.com」というオタク系のサイトらしい。インタビューに来られたのは見るからに「そういう」男性である。分かりやすいなぁ。
巨漢、というか何というか「身体がバブル」な若者。これが30分。
続いて地元のフリーペーパーが30分。
何を考えているのかさっぱり分からない目玉だ。
質問もピントがぼけていて理解しづらい。
思考がさらに乱されてくる。やばいな。

ワシントンか、それに近い場所で行われたアニメ関係のイベント「オタコン」(とか何とか)に参加していたザ・マッドハウス丸山さんが無事ホテルに到着して合流する。
ソニーのTさんの後をついて行くと美味しい物にありつける、という話を紹介したが、丸山さんの後について行くとやはり美味しい物に出会える。素晴らしい水先案内の先生である。
ただ、私は丸山さんとは二つだけどうやっても趣味が合わない点がある。
酒とあんこ(笑)
丸山さんはまるで酒を飲まないし、私はあんこを始め和菓子が全くダメである。
裏返して言うと、丸山さんはあんこに目が無く、私は酒に目がない。
まことに残念である。
部屋に戻ってコートを取ってきて昼食へ向かう。
車で10分ほどの、ただし渋滞で20分近くかかったが、マンダリン・オリエンタルで和食。
メニューを開くと「神戸ビーフ」の文字。即座に決定。世界に冠たる神戸ビーフ。
だが、あいにくなことに神戸ビーフのハンバーガーである。
すると丸山さん。
「この神戸ビーフをハンバーガーじゃなくて、御飯と味噌汁のセットでもらえる?」
賛成賛成賛成賛成!
シェフにお伺いを立てたボーイの返事は可能とのこと。
私もそれに乗る。
さすがだなぁ、丸山さん。「メニューの外」まで見ているんだもんな。プロデューサーとはそうしたものであろう。プロデューサー志望の制作は少しは見習うが宜しい。ま、学ぶにはあまりに巨大な相手だろうけど。
かくして神戸ビーフはバーガーではなくご飯とのセットでいただく。
だがしかし。どこが神戸牛なんだろう(笑)
私の知っている神戸で食べる神戸ビーフとは随分違う味だ。このくらいで美味しいと言われては神戸ビーフが泣くぞ。モォ。
しかし前菜にいただいた味噌汁が美味い。うう、日本人だなぁ。

上映のあるスミソニアン博物館に移動。
日本についての特集みたいなものが行われている建物、らしい。そのイベントの一環として上映があるということのようだ。そうした背景を全然理解していなかった。
スミソニアン博物館で自作が上映されるというのは、とても光栄な気がする。しかしその光栄を味わうには、思考能力の低下が著しい。脳の鉛はさらに重さを増している。
『東京ゴッドファーザーズ』上映はありがたいことに満席。
舞台挨拶に出る。いかん、脳がまずい。
スペインのときほどではないが、出力低下、不快感度が著しい。
iPodを持ってこなかったのは失敗だった。この場に関係ない話でも音楽でも聞ければ少しは脳を整調できるかもしれないが。
いよいよ気が晴れない。
ウィルスを食ったパソコンみたいな状態だ。思考が穴だらけになり、言葉がまとまらない。吐けるものなら吐きたい気分だ。ウゲェ。

外は雨。
近くにあるカフェに行くが、安い油の匂いで気持ちがますます悪くなる。ウゲェ。
『東京ゴッドファーザーズ』の上映の間、控え室の椅子で固まって休む。
体力を回復している最中のレインボーマンみたいだ……って、そんな古い話を思い出している場合ではない。
同行している方々には申し訳ないが、身体に閉じこもることでしかやり過ごせない。脳内引きこもり。
だが、社会人としての仕事はちゃんとするのだ。
上映後のQ&Aに出る。
好評の拍手が救いになる。ありがとう、ワシントンのお客さん。
通訳の方もプロフェッショナルな感じで負担は少ない。
何とか25分ほどのQ&Aをクリア。何を聞かれて何を答えたのかもさっぱり覚えていない。ほとんど記憶にない。
再度控え室で固まり、今度は『パプリカ』の舞台挨拶。
登壇しただけで拍手をいただけるのはたいへん光栄だが、喜びを味わう余裕まるでなし。
上映終了後にやはりQ&Aが予定されているが、脳の負荷がさらに大きくなっていて、この場所で上映時間をやり過ごすのはしんどい。どなたかが気遣ってくれてホテルへ戻ることを提案してくれる。丸山さんだったろうか。助かります。
一旦ホテルに戻ってわずかばかりでも脳の回復に努める。まだ仕事が残っているのだ。
ポッドキャストを聞きつつ身体を横たえる。日本語のリズムが身体に入ってきて、いくぶんか回復するが、焼け石に水かもしれない。
再び車で上映の場所へ。
『パプリカ』上映終盤、出番を待っていると中からやけに笑い声が聞こえる。悪くない兆候だ。
大きな拍手で迎えられてステージに上がる。ありがとう。
無難にQ&Aをこなす……こなしたと思われる。全然覚えていない。
まとまった言葉が出てこない。なけなしの言葉を寄せ集めてなんとかクリアした感じだ。
観客の皆様、すいません。
もっとも、調子が良くても気の利いた話が出来るわけではないのだが。
これにてワシントンでのオフィシャルミッション終了。青息吐息とはこのことか(笑)
囲んでくれたファンに出来るだけサインをする。脳の出力低下で喋ることはままならないが、サインするのはどうということはない(わけでもないが)。サインには勿論簡単な絵を添えるが、絵といってもこれは自分の名前を書くのと大差ないレベルだ。考えなくても描けるので「反射」に近い。だから脳の調子はあまり関係ないのだろう。
しかし、そういえばスペインの映画祭でやはり脳がストップして、ホテルの部屋に避難する途中、あまりにしんどくてサインを求めてきた若者を断ったことがあった。すまない、スペインの君よ。
その時のことを考えると、サインを描けたくらいだから先にホテルで休息した分いくらか回復していたのかもしれない。出来るだけのことはしてみるものだ。
こうした上映後のサービスでは少し珍しいくらいに若い子が多い。中学生くらいに見える子たちが目立つ。中にはひどく感激した面持ちでこんな可愛いことを言ってくれるティーンエイジャーも。
「You are my new hero!!」
微笑ましく思いつつも、壊れた脳でこんなことも思う。
「Who was your old hero?」

客がはけた後、日本大使館の方から挨拶をいただき、意外なものまで賜る。
小切手だった。
額面は確か791ドル89セント。
なして? 何のお金ですか?
先にも少し触れたが、この『東京ゴッドファーザーズ』と『パプリカ』の上映は日本特集といったイベントの一環であり、その主催がおそらく日本大使館なのであろう。それで大使館から報酬が出るということらしい。
こちらとしては『パプリカ』プロモーション協力費として、ある程度まとまった額は委員会からいただいているし、アメリカでの『パプリカ』プロモーションの一環としてワシントンに来たので、大使館から税金の一端をいただくのは心苦しくもあった。だがマッドハウスのHさんが明るくこう仰る。
「いいんじゃないですか?貰っときましょうよ(笑)」
はい。
ただ、アメリカの小切手を日本で換金するのは厄介だとのこと。そんな面倒になるくらいなら「要らない」とも思ったのだが、Hさんが代理で大使館員とあれこれ交渉してくれる。
後で聞くと、小切手の宛名をマッドハウスU.S.A.にしてもらい、そちらを経由して後日振り込んでもらうように手配してくれたとのこと。助かります。
しかし、何だろう?791ドル89セントって。
どういう名目、基準で算出された額なのかよく分からない。
単純に、もしこのイベントのために日本から監督を呼ぶとしたら旅費にもならない額である。宿泊費? 旅費もなしで? まさかね。
出演の報酬だろうか。しかしそれにしては中途半端じゃないか、791ドル89セントって。
日本円に換算しても半端に思える。
ともかく、ありがたくいただいておこう。
丸山さんが理事をつとめる「オタコン」関係者の方々にサインなどして一緒に写真に収まる。男女数人だったろうか。皆さん見るからにオタクな感じで……体型は…その「小山」のような人ばかり(笑)
何だか微笑ましい。

スミソニアンを後にして、車でレストランへ移動する。
車中、オベリスクが雨に煙って見える。疲れた。
今日のディナーはジャパニーズレストラン「Sushi-Ko」。
おしゃれな感じのSushiレストランだ。
低調なことに変わりはないが、脳はだいぶましになった気がする。
ビールと枝豆。ああ、ありがたい。
「お疲れさまでした!」
本当に。
ワインリストを眺めると「Meursault」の文字。
Tさんが一緒の時はワインのセレクトはお任せしているが、最近このワイン、ムルソーが美味しいと思ったことがあるので珍しく選ばせてもらう。
頭も身体も、回復には美味しい物が一番である。
美味い物を口に入れていると、それだけで幸せになるというもの。他に何がある?
うう、美味しい。
コミュニケーションの障害をコミュニケーションだけで回復するのは難しいのかもしれない。美味しい物と自分という小さな回路から調整するのも一つの手だな。
次にはシャブリを頼んで、寿司を食べる。うむ、なかなか美味い。
しかし、なぜアメリカ人は海苔巻きを逆に巻くのであろう。逆とはつまり、海苔が内側になって、御飯が外側になる。
そんなに黒い食物が嫌なんだろうか。
それとも何かい?アメリカの白人は外は白いが腹は黒い、なんてぇ冗談かい、え?
寿司は美味いが、残念ながら味噌汁は日本のインスタントにも遠く及ばない。あるいは、これもアメリカ人向けに改良された結果なのだろうか。
店内は当然禁煙なので、外に出て一服も二服もする。ふぅ、タバコが美味い。
外はまだ雨が降っている。
街は静かだ。雨も遮音の一助となっているのか。ありがたい。
ふと見ると、この寿司レストランの隣に「GOOD GUYS」という看板を出した店がある。外からでは何の店なのか分からないのだが、店の前に立つ客引きの黒人に誘われるように、男たちがニコニコして入って行く。
何だろう?
Tさんが後で聞いてくれたところによると「ストリップ」らしい。
客たちのニコニコ顔が何だか微笑ましく思えてくる。隠微な香りが薄い。
雨の中、車でホテルへ戻る。
ポッドキャストを聞いて眠る。
疲れた。

●4/15(日)六日目

7時起床。雨。
実に残念だな。ワシントン観光の予定だったのに。今日は仕事はない。
お湯を沸かして、コーヒーをいただく。美味い。
入浴。風呂とトイレだけはまったくの一人になれる大事な時間だ。
よく考えてみれば、同行者のいずれもが一人になる時間がある。Tさん、Hさんはそれぞれ個室だし、家内も私の仕事中に部屋で一人になることは可能だ。
しかし、私は一人になる時間はない。風呂とトイレだけ。
もちろんそばに人がいるのが嫌なわけではないが、一人になる時間が自分の選択肢にないのはやはりしんどいものである。脳の出力が不安定なときは特に。

10時半にホテルのロビーに集合。丸山さんは単独行動。
ランチタイムにはまだ早く、店も開いてないのでまずはホワイトハウスを見学に行く。車での移動だ。
雨が強く、寒い。まばらだが観光客の姿も見える。中には、傘も差さず歩いているカップルがいる。あれは傘を差さないと言われるイギリス人であろうか。
我々は日本人なので、土砂降りの雨を小さな傘で防ぎながら観光する。この構図はさながらアメリカ流グローバリズムの豪雨に耐える庶民と同じかもしれない(笑)
ホワイトハウス前の道路に、戦争に対する抗議の看板が立っている。
その看板の真ん中に配されたホワイトハウスの写真の下にこんな見出しが付けられていた。
「Welcome to the Mad House」
たくさんのアニメーションを作っているマッドハウスではなく、ここはたくさんの紛争の種を作っているマッドハウスである。

リンカーン記念館(Lincoln Memorial)へ移動。
雨に煙るオベリスクを遠くに望む。目の前には広大なプール。リフレクティング・プールというらしい。映画『フォレストガンプ』で主人公が彼女と群衆の中、抱き合ったのはこの場所であったか。
記念館内部ではリンカーン大統領の坐像がこちらを見下ろしている。
「やっぱりあんたも戦争が好きか?」
雨の中を「ベトナム戦争記念碑」を眺める。長く黒い石の壁面にはベトナム戦争で死んだ兵士の名前が刻まれている。
雨が悲しさを増している。

車で移動してランチ。
「Bonsai sushi」という、その名前からしていいかげんなエセ和食店。海の家を少し立派にしたような食堂だ。
何だか、このでたらめさ加減が癒しを与えてくれる気がする(笑)
あるはずのない日本の仮想の食堂みたいだ。シミュレーションレストラン。シミレス。
熱燗、ギョーザ、焼きソバ、照り焼きチキン、ネギトロ巻き、うどんなど、惹かれる名前を次々にオーダーする。
しかし。どれも知らない日本食みたいだ。バーチャルを食べている気分。
熱燗が甘いのはまだいい。だが照り焼きチキンの甘さと来たらさながらお菓子だ(笑)
餃子も不思議だ。日本風でもましやて中華風にも思えない。餃子のいとこか。

車で移動して、大きなショッピングモールを散策。
ワシントン市内に戻る。
「Spy museum」は今ひとつだが、非常に混んでいる。もっと笑える内容かと思ったが、期待はずれ。だが、雨の観光なのだ。文句はない。

ホテルに戻って休息、読書で過ごす。
滞在中に読もうと思って携行してきた本は山田風太郎の『くノ一忍法帖』と『柳生忍法帖』の上下巻。なぜに山田風太郎(笑)
別に私の趣味というわけでもないのだが、用あって集中的に読む必要があったのだ。
それに、長期のプロモーション仕事は頭が疲れることが予想されてはいたので、こうした娯楽一直線が何より適すると考えたのである。
何故か、海外旅行では時代物がはまる気がする。
去年、ヴェネチア映画祭では司馬遼太郎と慶一郎、これがはまったので帰国後もヨーロッパ2週間の旅行でもずーーーっと慶一郎を読んでいた。
慶一郎はそれ以前に『吉原御免状』『かくれさと苦界行』を読んでいた。この2冊はいわば続き物で、特に面白い。これらの再読と合わせ、刊行されている物はすべて読んだ。
そしてアメリカでは山田風太郎。
笑ってしまうほどの荒唐無稽さが脳の回復に役立ってくれる。

仮眠。
20時、丸山さんも合流してホテルのレストランで食事。
疲れて眠る。
明日はロサンゼルスへ移動だ。
やっとスケジュールの約三分の二を終了したことになる。やれやれ。

脳ストップアメリカ−その2

4/11(水)二日目
朝早くに起床。
VAIOを起動して、ネットで日本の動画ニュースを見る。おお、これは便利。
日本のニュースを見られるのも嬉しいが、日本語が聞けるだけでもありがたい。
ルームサービスで朝食を取る。
パンとコーヒーとオレンジジュースで21ドル(税・サービス別)は高い気がするなぁ。ま、日本のホテルでもこんなものか。コーヒーは美味い。
取材は午後からだが、10時半にロビーで待ち合わせてまずは買い物へ。さすがに寒さに耐えかねるので、コートを一着購入することにした。デパートなどを物色するが好みと用途に合致する物がない。結局、DKNYでセールになっていたコートを買う。ものすごい値引率で、なかなかいい物だ。色はもちろん黒。
こうした買い物一つでもちゃんとアテンドしてくれるのだから製作委員会さまさまである。
「おにがしま」という麺のお店で昼食。親子丼とうどんのセット。何故に海外の日本食は総じてこうも甘い味付けなんだろう。うどんはいいが親子丼の甘さに閉口する。
現地食とどっちがいいか?
うう、甘くても我慢しておく。

ホテルに戻ってうたた寝。
14時からいよいよ取材。場所は宿泊しているホテルの別室。
まずは「The New York Times」紙。
以前、『東京ゴッドファーザーズ』でニューヨークに来たときも取材してくれた方かと思われる。一時間半と長めの取材。『パプリカ』に対して好意的である。サンキュー。
ま、批判的な人は滅多に取材には来ないけど。
15分休憩。
次は「The Museum of Moving Image」という映画博物館みたいなところのウェブ取材が30分。
続いて「The Washington Times」の電話取材が30分。
通訳はUさんというチャーミングな女性。私の拙い日本語をとても上手に通訳してくれている……らしい。多分。しかとそれが分かるくらいなら少しは英語を話せる、っちゅうの。
彼女のおかげで私の負担は全然大きくない。非日本語話者からの取材ではとにかく通訳の方のセンスや能力の問題が大きい。単に語学に堪能なだけでは通訳が出来るわけではない。扱われる話題について広範囲な知識が必要である。アニメーションならば、作画や背景などといった役職についてある程度の知識が必要になるし、広く映像のことを知らないと取材中に言葉の渋滞を引き起こすことになる。もちろん、こちらとしてもあまりに業界的な言葉は平易な言葉に置き換えるように心がけるが、それも限度がある。
だから通訳次第で喋り手の負担は大きく変わるのだ。

通訳は大きく二種類に分かれる。ネイティブが日本語話者か外国語話者か。平たく言えば日本人か外国人か。
日本語、当該外国語のどちらもネイティブ並みに話せる方なら問題は少なくなるが、得てしてネイティブの言語の方が得意な方が多い。当たり前だが。
日本語に難のある外国人が通訳についた場合、私の負担はかなり増大する。何しろ通訳の言葉を理解するのに困難を伴うし、通訳がこちらの言葉を理解しない場合も多い。特に熟語などはその意味を解説しなくてはいけないケースが多いので、平易な言葉を探さねばならない。
だがこの場合、一度通訳の方に話を理解してもらえれば、通訳から取材者には容易に伝わる。同じ言語を使用する者同士だから当たり前と言える。
逆に当該外国語に多少難のある場合。同じ日本語話者だから私と通訳の間のコミュニケーションは円滑になるので私の負担は軽減されるが、今度は通訳から取材者への伝達に何を生じることが多くなる。喋る内容に漢字や熟語が多くなると、外国語に翻訳するのも難しいのであろう。通訳の能力があまり高等でない場合、結局、こちらが訳しやすい日本語を探すことになる。
自分のナチュラルな言葉を脳内で一旦平たい日本語に翻訳してから喋るのはかなりのストレスである。
海外のイベントや映画祭で、これまで何人もの方に通訳をしてもらったが、なかなか両言語共に堪能な方は決して多くはなかった。
語学の能力だけでなく、事前のリサーチ等によって話す内容のバックグラウンドまでフォローしてくれる人となると尚のこと少ない。これまで私の通訳をしてくれた方の中では、パリでお願いした日本人女性がもっともこちらの負担が少なく、通訳上のストレスはまったく感じなかった。彼女は『東京ゴッドファーザーズ』のフランス版の字幕も担当されていたとか。道理で。
そう言えば、海外取材での通訳は女性の比率が多い気がする。何故だろう? 通訳の職に就いている女性の絶対数が多いのだろうか。通訳は女性に人気の職業なのか。

ニューヨークの仕事初日はわずかに3本だった。拍子抜けするほどだが、とても助かる。
部屋で休憩。
どうしてもウィンドウズメールの送信が出来ない。ポート番号を変更してもうまく行かない。やれやれ。
うたた寝。

18時半にホテルのロビーで待ち合わせて、ビレッジの方にあるレストラン「Frank」へ。
03年にNYに来たときも食べに来たイタリアンレストランでたいへん美味しくいただいた記憶がある。だから再びこの店へ。
この店は予約不可、クレジットカード不可という風変わりなのだが、驚くほど客でいっぱい。店に向かって右側がレストラン、左側がバーカウンターになっていて、中で繋がっているものの、体裁としては一応左右で別な店ということになっているらしい。食事待ちの人たちがバー側に溢れている。
待つこと1時間。やっとテーブルへ。
ムール貝、ミートローフ、パスタを3種ほど。どれもたいへん美味しいがミートローフは特に絶品。
満腹して店を出る。
満腹によるお腹の曲線を少しでも滑らかにするためにあたりを散策。本屋なども覗いてみる。
いよいよ寒くなってきたのでタクシーでホテルへ。
23時前に就寝。
疲れた、というより珍しく時差ボケ気味のようだ。
これまで時差ボケで困ったことなんかないのにな。

4/12(木)三日目
朝の5時前起床。トホホ。
うまく寝られないもんだ。ゆっくり入浴する。
雨が降っている。
ルームサービスでベーグルとコーヒーを食べる。ポッドキャストを聞きながら一眠りしてみる。
昨日依頼されたポスターへのサイン、35枚のうち三分の二くらいを描く。
サインするのは面倒ではないが、これも数が多いとしんどい。というより飽きてくる。
しかし35枚なら可愛いものだ。台湾での『東京ゴッドファーザーズ』プロモーションではどっさりと色紙を渡された。その数100枚。私ゃプリンタじゃないっちゅうの。
さてと、この日は本格的な取材の地獄になりそうだ。
ファイト。

いきなり予定変更。最初に予定されていたインタビューがこの日のラストに回る。
最初が「CHUD.com」というウェブサイト。
すぐに休憩10分。
次が囲み取材。以前『東京ゴッドファーザーズ』でNYに来たときに取材してくれた方もおられる。
計5媒体である。
「Cinemattraction.com」
「El NuevoHudson Newspaper」
「loncinema.com」
「TheReeler.com」
「TimesSquare.com」の面々。
10分休憩。
次が「IGN.com」。
さらに続いて「Wired.com」の電話インタビュー。
どれも40〜50分くらいだったろうか。
質問の内容はこれまでと大きくは変わらないが、傾向として分析的な質問が多いような気がする。『パプリカ』単体についてはもちろんだが、業界とかアニメーションという表現ジャンルなどについて、あるいは私の監督作の特徴などについて。
「これからの日本のアニメーションはどうなって行くのか?」
「アメリカで『パプリカ』のような知的なアニメーションが作られないのは何故だと思いますか?」
「日本での3Dアニメーションの可能性は?」
「夢と現実の境界が曖昧になるのが特徴ですが、それは現代社会の何かを反映されているのですか?」
「なぜそうした題材を扱うのでしょう?」
などなど。
こうした傾向はニューヨークの土地柄なのだろうか。
難しいことを聞きやがるといえば、何と言ってもパリでの取材が思い出されるが、それに次ぐ難しさである。
通訳のUさんが救いだ。とてもよく予習をしてきてくれているので非常に助かる。こちらが言ってないことまで補ってくれているようだ。ありがとう。

ようやくランチにありつく。腹減った。
ホテルのレストランでハンバーガー。山盛りのフレンチフライなど盛りだくさん。日本なら大盛り、いやそれより多い量ではないか。グエ。
チキンヌードルスープは美味しかったが、全然食べきれない量だ。
少し休憩して雨の中を車で移動、ソニーピクチャーズのビルへ。
通訳のUさんがベリープリティなレインコートを着ておられる。白地に「傘」の柄が全面にプリントされている。これ以上はないというほどレインコートらしいではないか。
ソニーピクチャーズでは巨大なスパイダーマンのはりぼてが迎えてくれる。
ここにある試写室で「School of Visual Arts Students」の学生が『パプリカ』を鑑賞しているとのこと。その上映終わりに合わせて到着。学生相手にQ&Aを行う。
和気藹々としたムードで楽しくお答えし、何とプレゼントとして花束までいただく。私には不似合い極まりないが。ありがとう。
気をよくして、サインやら写真撮影やらファンサービス。
車でホテル戻り、引き続きインタビューを受ける。
「Comingsoon.net」というこれもウェブサイト。
以前に比べて、ウェブサイトが混じる率が高くなっている。映画の情報を得るのにウェブを利用する人が増え、その影響力も大きくなっているということなのだろう。これは日本国内でのプロモーションの際にも感じたことだが、アメリカやフランスの方が割合は高いように思える。
そして最後のインタビューは、今日最初の予定だった「NY Press」のJennifer Merinさんという、とても可愛いらしい老婦人からの取材。
プリティな柄がプリントされた小さなアルミ缶からレコーダーをゆっくりと取り出す手つきがとてもチャーミングだ。何も話す前からすっかり楽しい気分になる。ごゆるりと準備してください。
彼女は1971年に日本で仕事をしていたそうで、日本という土地をたいへんお気に召している様子。
チャーミングな外見からは想像できないくらい鋭い質問だった。
「日本語がアニメに与える影響」だとか「なぜ現実と夢が曖昧になるような原作小説が支持されるのか」とか。
う〜ん……「日本語がアニメに与える影響」か……。難しいなぁ。
自分の監督作に限って言えば、日本語の特徴として代表的に上げられる「主語の曖昧さ」だろうか。本来、社会的には明確に区別される「あなたと私」や「夢と現実」の境界が揺らぐといった今 敏監督作の特徴に上げられる部分は、日本語の主語の曖昧さからよって来たる面はあるだろう、などといった話をする。
彼女の『パプリカ』に対する理解は深く、質問は難しいがたいへん気持ちの良い取材だった。
『300』という映画についてどう思うかとも聞かれたが、あいにく見ていない。全米で人気があるというが、日本ではまだ公開もされていない。
聞くと「CGで加工され尽くしたスタイリッシュな画面」とのことで、つまりCGによって実写と絵の境目が薄らぐことや、そうした新しい映像が人気のあることをどう思うか?というようなことであった。
映画を見てないので何とも言えない、では何の芸もないので、とりあえず思いついたことを答えておく。
「スタイルだけではすぐに飽きられますよ、多分。スタイルとしてもてはやされるものの多くは内容的には感心しないものが多いし、飽きられるのも早いですからね」

以下は、現在(2007年10月)の話。
この時私は『300』を見ていなかったので、近そうなものとして『マトリックス』を思い浮かべて答えていた。
先日、わざわざDVDを買って『300』を見てみた。先の答えは大外しというわけではないが、否定的な態度は間違いであったと思わされた。
『300』は笑ってしまうほど面白かった。いや、笑うといっても何も内容が滑稽だとか面白おかしいという意味ではなく、こういうような笑い。
「よくやるなぁ(笑)」
画面の狭さ、というか絵の広がりの無さはいただけないが、画面は美しいしアクションシーンなどもたいへん目に楽しい。まぁ、ストーリーはあまりに捻りがないが、それを期待する映画ではなかろうし、ストーリーの推進力で見せようという映画ではないので気にならない。
作り物の美しさを楽しむ映画として『300』は良いと思う。

では再びニューヨークに戻る。

このインタビューでニューヨークでの媒体取材のミッションは終了。後のお仕事はニューヨーク映画祭の関係者の方々と会食だけである。
通訳をしてくれたUさんにサインを描く。なるべく丁寧に。
彼女は今回の通訳の仕事にあたってきちんとこれまでの今 敏監督作を「おさらい」してくれたらしい。時折、私が発言していないのに登場人物の固有名などを補ってくれたりしていた。
感謝。本当にありがとうございます。
英語能力の高さはもちろんのことだが、事前のリサーチまでしてくれる人はなかなかおられない。人柄もたいへん感じの良い、可愛らしい方だった。
お疲れさまでした。

部屋でしばし休憩。ああ、疲れたよ。
町山智浩さんのポッドキャストで頭をほぐす。
車で移動してレストランへ。
ニューヨーク映画祭の運営委員の方やニューヨーク大学で映像を教えている日本人の方、昨日取材に来られたニューヨークタイムズの記者、ソニークラシックスの社長やらなんやらかんやらに囲まれる。よく分からないがニューヨークの映画関係者、その知識人の集まりということらしい。
ニューヨーク映画祭では『パプリカ』を上映してもらったのでなるべくにこやかに応対したいのだが、広々とした店内は人の声が反響してたいそうやかましい。声の乱反射。苦手だ。
店内はもちろん禁煙なので、増大するストレスを沈静化できないし、少しずつ脳に鉛が侵入してくるような気がする。うう、出力低下。
オーダーはサラダとステーキだけにする。それでも昼飯が遅かったのでほとんど食べられない。グエ。
美味しいのに申し訳ない。まさに「モッタイナイ」。
ホテルに戻る途中、ワインとビールを買い、Tさんの部屋に皆で集まって飲む。
ふう。脳の鉛が洗われる気がする。
ニューヨークミッション終了お疲れさまでした。
明日はワシントンに移動だ。

脳ストップアメリカ−その1

古い話で恐縮である。
パソコン内のファイルを整理していたら、2007年4月に『パプリカ』のプロモーションで渡米した際の日誌が出てきた。海外にパソコンを持って行ったのはこの時が初めてだったので、こうした形で記録が残っていた。
どれどれ。
うん……うん……うーむ……読み返していたら、思い出して泣けてきた(笑)

「監督作のプロモーションで海外旅行」などと聞くと、さぞや至れり尽くせりで羨ましいと思う人も多いだろうが、その通りだ。半分は。
確かに製作委員会担当者のおかげで、『パプリカ』のプロモーションにおいてはこのアメリカに限らず、ヴェネチアだってフランスだってハワイだって国内だって、いずれも行き届いたアテンドによって快適な旅行をさせてもらっていた。
飛行機はビジネスクラスだし、宿泊だって快適なホテルばかりだった。休憩だってオフの日だってある。観光もした。美味しい物だって高価な物だって食べた。美味しい酒だって高い酒だって飲んだ。羨ましいだろ? ワッハッハ。
であるのに、何故アメリカツアーを思い返すと泣けてくるかというと、タイトルにもある通り脳がストップ、そしてクラッシュしたからだ。
かなり深刻な壊れ方だった(笑)
何しろ取材に次ぐ取材なのである。当然だ、取材を受けに行っているのだから。プロモーションは歴とした仕事、それもハードな部類に入る仕事である。
そうは言っても、このファイルに記されているだけで取材やQ&Aなどが約30。
10日間でこの数であれば、決してハードではないし、それどころから超楽。パリでの取材などは2日間で24〜5本、ヴェネチアなんて2日で50以上の媒体をこなしている。
だから、アメリカでの取材スケジュールは全然ハードではないのだが、そこに至るまでに『パプリカ』に関する取材にはもうすっかりうんざりしていたのだ。
渡米前の正直な気持ちはこんな感じ。
「アメリカですかぁ……勘弁してください!…ってわけには行かないだろうから、しょうがないか」
珍しく後ろ向きだった。
渡米期間は2007年4月10日から19日までの10日間でニューヨーク、ワシントン、ロサンゼルスの三都市。すでに日本での劇場公開が終わり、翌月にはDVDがリリースされる時期。ということは、渡米前に国内外合わせてすでに250本ほどの取材を受けている。そりゃ厭きる、っちゅうの。
媒体数にして250くらいだから、囲みの取材(複数媒体が同時に取材する)の重複分を除いても少なくとも200回は下るまい。200回も同じような話をするのだぞ。どんな荒行だ、それ。私ゃカセットデッキじゃないんだから。
こんなにハードなケースはさすがに『パプリカ』が初めてだったが。
これまでの監督作ではせいぜい1本につき50〜100くらいではなかったろうか。

取材そのものは楽しいのだが、数が増えればそうも言ってられなくなる。しかし、だからといって何も取材の数や蓄積された疲労だけでアメリカ滞在中に脳の調子が崩れたわけではなかろう。何故そんなことになるのか自分にもよくは分からない。
脳がストップ&クラッシュした状態を他人に伝わるように記述するのは難しいが、私の場合は脳が鉛でコーティングされたように重たくなる。コーティングというより脳の皺が鉛で埋まる感じだろうか。
コンピュータにたとえると、ハードディスクに負荷がかかっていてデータの読み出しや書き出しが極端に遅くなる状態みたいな感じだろうか。応答なし。
これまでに同じような症状に陥ったことは、このアメリカを含めて3度。最初はロスのドリームワークスで取材を受けたとき。二度目はスペイン。そしてまたアメリカ。国内ではそれほど重い症状が襲ったことはないので、おそらく言葉の問題が一番大きいと思われる。分からない言葉を大量に浴びるという負荷が私には堪えるのであろう。
この症状が進行したときに私はたいていこんなことを思う。
「喋るなお前ら!」
そりゃ無茶だ。取材なんだっちゅうの(笑)

以下に記すのは、一人のアニメーション監督が海外のプロモーションでどういう仕事をしているのか、という具体的なサンプルだ。当時の日誌を補い、思いついたことを書き散らしてみる。
そのスケジュールの隙間にどのような苦労とストレスがあるのかをくみ取っていただければ幸いである。
もっとも、楽しそうにしか見えないのが残念だが(笑)
羨ましがってもいいけど。

4/10(火)一日目
朝の5時半起きである。非常識な時間だ。
7時半にマッドハウスのHさんが車で迎えに来てくれる。運転は若手の制作H君。
「おはぃーッス」
Hさんには昨年からのプロモーション仕事などで毎度お世話になっている。H君も成田への送りや国内でのプロモーション仕事での送り迎えで度々ドライバーを担当してくれている。ありがとうございます。
車中、半分眠りつつ成田空港へ。
意外なほどに道路状況が良く9時半前には到着する。
ソニーピクチャーズのTさんと空港で合流。
「おはぃーッス」
渡米メンバーはソニーTさん、マッドハウスHさん、そして家内と私。ワシントンからマッドハウスの丸山さんと合流する予定になっている。
Tさんにまとめて搭乗便のチェックインをしてもらう。流暢な英語を話すTさんは、この渡米に限らず『東京ゴッドファーザーズ』『パプリカ』では海外でも国内でもたいへん快適なアテンドをしてくれている。以前から私はこう確信している。
「Tさんの後について行くと美味しい物が待っている」

成田空港のサクララウンジでビールとワイン。ラウンジはビジネスクラスの客が利用する場所でスモーキングエリアも用意されている。ドリンクと軽食はフリー。しかし、経営難からか置いてあるワインが以前より貧相になっている。
「あ。シャブリが無くなってるじゃねぇか」
生意気言うなよ、まったく。

ラウンジといえば、思い出すのは去年(2006)のハワイ。ハワイ映画祭でやはり『パプリカ』プロモーションのために渡航したとき。帰りのフライトを待つラウンジで隣り合わせたのはモックン一家だった。
「あ。シブガキ隊」
いや、声には出さない。
ご夫人が樹木希林によく似ていることと、飲み物をこぼした子供に躾をする態度が印象的であった。
ハワイといえば思い出すのは俳優、渡辺謙氏だ。現地通訳の方が紹介してくれたので、少しだけ話をさせてもらった。この映画祭で特別賞か何かを受賞されると聞いたが、氏としてはご自身が製作に関わった映画のプロモーションが主な目的であったらしい。であるにもかかわらず、その映画の上映が聞いていた条件と全く異なり、一般の方向けに上映できないとか何とかで、少々引きこもりみたいになってしまったとか何とか。ハワイの青空の下、ホテルの部屋に。
そうした手違いなどは映画祭ではよくある話だ。
「気の毒に、ナベケン」
私の中ではハリウッドスターも一度話したからには「ナベケン」呼ばわりだ(笑)
冗談ですよ、謙さん。

まだアメリカ行きの飛行機にも乗っていなかった。
航路を戻して、ここは成田空港。

デューティフリーでキャビンのスーパーマイルドを1カートン購入。命の煙である。
12時ちょうどのJAL006便でニューヨークに向けて出発。命の煙とはしばらくお別れ。
機内でシャンパンなどいただき、いい感じになってうたた寝する。だがすぐに食事となる。食っちゃ寝、食っちゃ寝。これが長時間フライトの基本。ブロイラーもかくやといった状態。
昨日買ったばかりのiPod80GBで町山智浩さんのポッドキャストを聞きつつ寝たり起きたりする。読書ばかりしていると目の負担も大きいのでiPodは重宝する。
12時間のフライトは結構長い。
ビジネスクラスのシートは最新のコクーン型ものでたいへん快適。フルフラットとまでは行かないが、快適に眠ることが出来る。
目的地に近づき、朝食替わりにとんこつラーメンを食べる。ただのカップ麺だ。美味くないし。
出されるはずと思っていた朝食が、ない。おやつのつもりでラーメンを食べたので到着時には空腹だ。同日(4/10)の午前11時半、ジョン・F・ケネディ空港に到着。
同じ便のファーストクラスに、ジェニファー・コネリー一家が乗っている。
JFK空港は2度目だ。以前、『東京ゴッドファーザーズ』プロモーションで訪れたのが最初。
まずは建物の外に出て、命の煙を肺いっぱいに吸い込む。
「プッフウ……!ああ、美味い」
クラクラくる。
たまらんね。ニコチンの毒を感じる瞬間。
このクラクラ、最初は驚いた。
以前、モントリオール・ファンタジア映画祭に行く途中、バンクーバーで飛行機を乗り継ぐときのこと。長時間の禁煙の後、やはり肺いっぱいに命の煙を吸い込んだら、あっという間にクラクラに支配され、ギョッとした。
「エコノミークラス症候群か!?」
ただのニコチンの毒だった。

ニューヨークは寒かった。すごく寒い。
同行したH氏の事前の情報はこうだった。
「ニューヨークは暖かいみたいです、大丈夫ッス」
服のセレクトは大失敗である。うう、寒い。
迎えの車でマンハッタンにあるホテル・リージェンシーへ。
渋滞があるも小一時間くらいでホテルへ到着する。ホテルでは『パプリカ』を配給してくれる「ソニークラシックス」の方が出迎えてくれる。
「ハロー、ナイストゥミーチュ」
私が滞米中に口にする英語は他に「サンキュー」と「サンキューベリーマッチ」がある。
日本の英語教育はかなり問題があると指摘しておかねばなるまい。
すでにチェックインをしておいてもらったホテルの部屋へ入る。とりあえず荷物だけ置いて、空腹を癒しに出る。ニューヨーク入りした私の感想をまとめると次の通り。
「寒い寒い腹減った腹減った寒い寒い腹減った腹減った」
さながら難民だ。高等難民。
ホテルのエレベータ内で白人のご老体が私の姿を見て強い言葉でこう言った。
「Cold! outside cold!」とかなんとか。
分かってるっちゅうの。
その通り大変寒い中を4人連れだって歩き、ホテル近くにある「バーガーヘブン」というレストランでハンバーガーとフレンチフライ、マッシュポテトを貪り食べる。ビールには寒いのが少々残念だ。
アメリカらしい山盛りでマッチョな食い物で、無駄なほどにカロリーを補給したおかげで少しは寒さに対抗できる身体になる。
あたりを散策する。気温は低いものの天気は良く、セントラルパークは子供連れでいっぱい。
ふと見ると、見慣れたリンゴのマーク。
「おお、アップルストア」
フィフスアヴェニューにあるアップルストアを物色。iPodのケースを買う。透明なプラスチック製。

ホテルに戻って休憩。うう、寒かった。
持ってきたVAIOを開き、部屋からネットに接続。
接続にあたって、何やら見慣れぬウィンドウが開く。ホテルからのインフォメーションらしい。何々?
「一日14ドル95セント!?」
ざっけんなよ、ヤンキー!
ネットに繋ぐだけで一日1800円なんてぼったくりではないか。日本のホテルで接続料なんて取られたこと無いぞ。
ま、いいや。委員会が出してくれるということだし。まことに何から何までかたじけない。
とりあえずネットには無事接続。速度は遅いが用は足りる。
何故か、自分のところのBBS「KONTACT BOARD2」に接続できない。どうしたんだろう?
それはともかく困ったことにウィンドウズメールの送信が出来ない。後で考えよう。
晩御飯はTさんが予約しておいてくれた「酒蔵」という日本食屋、というより高級な居酒屋という感じの店でいただく。のっけから日本食とはありがたい。私は海外で現地の食事ばかりが続くとストレスが極端に増大する方だ。
締めに稲庭うどんをズルズルッとすする。満腹。
店を出るとクライスラービルが見える。美しいビルだ。
ホテルに戻って入浴してすぐに就寝。ああ疲れた。

続きはまた明日。

海外からのコンタクト

サイトリニューアル後、「お問い合わせフォーム」に初めて到来したメールはドイツからであった。
『パプリカ』がお気に召したようで、その人にとっては他人の夢に入ることが出来るデバイスを作るのが夢だったそうだ。
そして文末には。
「ARIGATO^-」
こちらこそダンケシェーン。

仕事上、海外からのコンタクトが珍しいわけではないが、珍しい部類に入る国というものはある。いまだにアフリカや中東との接点は直接にはない。中東の航空会社で『パプリカ』を機内上映するとか、西アフリカのニジェール共和国で働く青年海外協力隊の方から『東京ゴッドファーザーズ』を非営利上映したいという問い合わせがあったくらいだろうか。
北欧も未だに珍しい方であろう。覚えている限りではヴェネチア映画祭の時に、確かノルウェーのメディアがインタビューに来ていた。他にはスウェーデンの新聞記者の方がマッドハウスまで取材にいらしたことがあったろうか。
今度はそのスウェーデンのTV局からマッドハウス経由で取材申し込みがあった。スウェーデンの公共放送局SVTである。ウィキペディアによると「イギリスのBBC同様、受信料で賄えている」ということなので、日本のNHKみたいなものだろうか。
さらには「1987年のTV3開局までスウェーデン唯一のテレビ局であった」ということなので、現在もそれほどチャンネルは多様化していないと思われる。
何故にスウェーデンの公共放送が私にインタビューしたいのか、転送されてきたメールによるとこういうことらしい。
「パーフェクトブルーはSVTで9月7日に放送されましたし、パプリカは最近DVDがリリースされましたので」
ははぁ…どうもありがとうございます。
しかし気になるのは、『パプリカ』のリリースはともかく公共放送で『パーフェクトブルー』をオンエアするとはなかなか見上げたものではないか。TV局の数も少ないのに。
Tack, SVT.
どういう時間帯に放送されたのかは分からないが、日本では考えられないだろう。NHKが『パーフェクトブルー』を放送するなんてあり得ない(笑)
その心意気に打たれたので、気持ちよく取材をお受けすることにした。ノーギャラだけど。
そうだ。折角の機会だから取材の時に逆に聞いてみよう。
「『パーフェクトブルー』はどういう映画に見えました?」

細かい仕事あれこれ

今日は涼しく過ごしやすかったですね。往生際の悪い夏にはとっととお引き取り願いたいものです。
最近は、映画のプロモーション期間でもないのに細かい仕事というか、本業のアニメーション制作以外の用事が多いです。もちろん、アニメーションの仕事にまつわる仕事なので、これもまた本業の一つにカウントするべき事柄なんでしょうけど。
先日もお伝えした、某テレビ番組の一コーナーへの出演、「特典映像」の収録もそうした仕事の一つです。
先月には某大手広告代理店の聞き取り取材、多摩美大の芸術祭スタッフからの取材というのもありました。こちらは芸術祭のパンフレットに使用するということでした。ある映画のコメントを頼まれたりもしました。
今週も某雑誌、某業界紙の取材が入っていたり、およそアニメーションとは無縁に思える雑誌や、私には懐かしき新聞の地方版から取材依頼もあります。来月頭には講演の予定もあります。
こうした本業とは言えない仕事も、たいていは興味本位からついつい引き受けてしまいます。
映画のプロモーション期間であれば、一つ一つの取材やイベント出演などには報酬がありませんが、製作委員会からプロモーション協力費としてまとまった額をいただいているので問題はありません。
右も左も分からなかった『パーフェクトブルー』の頃は、手弁当で取材に協力していたのですが、あまりの数や負担の大きさに「いくらなんでもおかしい」と思い、スポンサーに直訴したらある程度まとまった報酬を出してくれました。
それはそれでありがたかったとは言え、『パーフェクトブルー』を劇場公開したくせにビデオ・LD・DVDなどの二次使用の印税をよこさなかったのですから、基本的にはひどい目に遭ったわけですが。
おかげで学習させてもらったので、いただくものはきちんといただくように注意するようにしてきました。当たり前の話ですけどね。

基本的には報酬の発生しない取材はお断りするのですが、報酬が安かったり無償であっても私が協力したいものは喜んで引き受けます。出るとうちの親が喜ぶようなものも喜んで引き受けます(笑)
これは本業でも同じことで、楽しめそうなもの、私が協力したいものなら引き受けています。
あるいはその媒体に出ること自体、「今 敏」個人の宣伝になるという場合などは無償であっても、それはこちらがわが広告宣伝費を使ったという考え方をするようにしています。
基準はあくまで恣意的ですね。
報酬が良いから仕事を引き受ける、というパターンは今までありませんでしたね、残念ながら。
「おいしい仕事」というものには当たったことがない……いや、随分昔に二度だけあったかな(笑)
まぁ、それも基本は引き受けることにした後でおいしいことが判明した次第です。
仕事を引き受けたら思いの外待遇が良かった、ということなら他にもわずかにありますが、引き受けるかどうかは仕事内容そのもので判断しています。
明らかに予算がなさそうなものは気の毒になって協力することもありますし、担当者が一所懸命だったりする場合なども喜んで引き受けるということもありますが、逆に想定されうる全体の規模から考えて明らかに不当と思われる報酬ならばお断りします。
しかし基本的に、こちらの宣伝目的ではない取材の場合などは、話を聞きに来る方は給料なり報酬を貰っているにもかかわらず、誌面を実際に埋める文章の元を話している方が無償という非対称はどうにも理不尽に感じるというか、納得し難いものはあるのですが。

先日依頼のあったある仕事は、その報酬があまりに不当と思われて即お断りしました。
某大手メディアが主催する映画の競演会、そのある部門の選考委員を依頼したいとのことでした。
元々、公の場で人様の作品にランク付けするような真似に対しては消極的ではありますが(デジスタでキュレータという立場にはあるけど)、そんなことはともかくあまりの報酬の安さに驚きを通り越して呆れてしまいました。
大の大人、それも「その筋である程度の権威があると先方が想定したであろう」人間を、二日間に渡って拘束しておいて○万円(もちろん一桁、半ば)とは一体どういう料簡なんでしょう(笑)
冗談にも程があります。ギャラの安いので有名な国営放送だってもう少し出るでしょうに。
これがもっと規模の小さなものなら全然問題にしないのですが、大手のメディアが長年続けてきたそれなりの知名度と歴史のある、「文化」を表彰するような場において、その選考委員への対価が○万円ということは、つまりは文化に対する見識の程度が透けて見えるような気さえしてきます。
まさか予算がない、なんてことは考えにくいでしょうからね。
仮に私と同じ年代で、依頼してきたメディアの社員だったら結構な額の年収があるでしょう。その日当二日分より安いギャラしか出さないって話はありませんわな。

こういう場面に遭遇する度に感じるのが次のような態度です。
「君たちは好きなことをしているのだから報酬は安くても良いだろう」
金銭だけが目的で仕事をしているわけではありませんが、「クリエイター」とか言われるような人間が霞を食って生きられるわけではありません。
よもや「名誉な仕事」だから安くても引き受けるなんてことを思っているのでしょうか。だとしたら随分と傲慢な態度ですから、当然断ります。
儲かっている人たちだから安くても良いだろうなんて思っているのでしょうか。まさかね。少なくともアニメーション業界の賃金の低さを報じているようなメディアなんですから、事情を知らないわけはありますまい。
あるいは、それだけ安い賃金で働いているんだから二日間で○万円なら十分以上の高給だろうくらいに思われているんでしょうか。
こういう無神経な人たちがご自身のメディアで「格差問題」を声高に煽り立て、アニメーション業界の賃金の安さや空洞化を報じているのですから、呆れるばかりです。
ま、今更言うことでもないでしょうけどね。

ちなみに。
http://ranking1.nobody.jp/salary/tv.html
メディアの人たちはたいそう貰ってますなぁ。

かれこれ一年

気がつけばそろそろ『パプリカ』制作が終わって一年になります。
その間、私は何をしていたのか。
まとまった仕事なんて何一つしてません。がっかりするくらい。
こんなに長い休み(休んでいるわけではないのですが)なんていつ以来でしょうか。アニメーション業界に入ってからは初めてのことかもしれません。
作りかけていた短編が諸事情があって中止になったので、これは仕方ないとしても、他に実作業をした仕事といえば、パッケージがリニューアルされる予定の某アニメのためにイラストを一枚、NHK「アニクリ」用に1分のコンテを描いたくらい。
他にも新作長編のプロットや某映画のためにアイディアを提供したり、あの企画やらこの企画など水面下での動きはあるものの具体的にお披露目できる仕事はありません。けっこう寂しいものです。
この一年の仕事はほとんど『パプリカ』がらみです。
メインビジュアル、DVDボックスジャケットそれぞれのためにイラストを一枚ずつ。
プロモーションのために国内外を行脚して、結果300本に届きそうな取材。
いまだに海外からは『パプリカ』に関するメールインタビューが届いたりします。
うんざりすら通り越して、単に質問に反応しているような気分です。

本業の方があまり進展していないのに、というか進展していないからなのかよく分かりませんが、本業以外の仕事で妙な依頼が多くなっている気がします。
先日こちらの掲示板でも紹介した脳理化学研究所主催のパネルディスカッションもそんな一つです。
「デジスタ」の収録が2回あった他、「アニメギガ」という番組にも出演させてもらいました。
「アートカレッジ神戸」での講師の仕事も続けておりますが、レギュラーの講義以外で「特別講義」や学校説明会での簡易イベントにも協力させてもらいました。
本業の方だって覚束ないくらいですが、本業ではない「喋る仕事」をする度に覚束ない日本語能力にガッカリさせられます。
だというのに、「講演」の依頼なんてのが来るのです。
某有名私大のイベントにもお誘いいただきました。こちらは残念ながら同日にとある式が入っているのでお断りしてしまいましたが。
某大手広告代理店の方から、あることについてヒアリング取材をしたいとのお話もありました。
ただのアニメーション監督なんですけどね。
私なんかのところにそんな依頼が来るということは、それだけアニメーション業界とそれを取り巻く状況が変化したということなんでしょうね。
私の実感としても、業界に入ってから18年ほどの間に状況が大きく変化したと思います。
昨日も、某学校から「講師」のお誘いを受けました。
無縁なところではないので、つい前向きに考えてしまいますが、将来的にこうした副業が本業を圧迫することは十分に予想がつくだけにねぇ……。
現場を見学させてもらって考えてみるつもりです。

いいから本業を進めろ?
ええ、私もそうは思うんです。

さて、仕事しよ。

ご無沙汰しておりました

お久しぶりです。
『パプリカ』のDVDをお買い上げ下さった皆様、制作スタッフを代表して御礼申し上げます。
おかげさまで売れ行きも良好と聞いておりますし、アメリカでの公開もアート映画としてはかなり健闘しているとのこと。上映館数も当初の80館から1.5倍に増えたと耳にしました。
最近、『パプリカ』制作を振り返ってあれこれ考えておりました。
『パプリカ』は本当に私のわがままに溢れた作り方だったように思います。次回への反省等、多々ありますが、『パプリカ』を作って本当に良かったと思えます。
劇場に足を運んでいただいた皆様、DVDをお買い上げ下さった皆様、そして製作・制作に貢献いただいた皆様、映画『パプリカ』に成り代わりまして感謝したいと思います。

『パプリカ』DVDは特典など含め、一応私もチェックしました。
通常版・ボックス版の特典映像はいずれも丁寧に作られていましたね。制作中、長期に渡って取材をしてくれたスタッフのおかげです。
本編制作終了後に、あわててDVD特典として撮影したものとは異なり、制作の臨場感みたいなものが漂っていました。
元々、特に特典のために撮影をしていたわけではなかったのですが、DVD特典という長く残る形で収録されてたいへん良かったと思います。
オーディオコメンタリーに関しては、少々反省してます。収録中、飲み過ぎです、私。
ボックス版収録のコンテ本の出来も非常に良いです。ちょっとした辞書並みの厚さになっていますが、この重さも制作の労苦を忍ばせてくれます。紙も悪くないし、印刷もとてもいい感じです。『東京ゴッドファーザーズ』のコンテ本は、少しばかり印刷が薄めで、少々絵の迫力に欠けたのが残念でしたが(私のチェックがいい加減だったせいです)、『パプリカ』のコンテ本の状態はとても良いと思います。
肝心の本編の画質もたいへん良好です。
確か『東京ゴッドファーザーズ』はフィルムからマスターを起こしたはずですが、今回『パプリカ』ではデータから直接マスターを作った…はず。なので、単純な意味での画質は向上していると思います。

『パプリカ』は通常版、ボックス版の他に、ブルーレイ版とUMD版がリリースされております。
後の二つは、視聴環境を持っていないので細かいことは分かりませんが、動画の女性にPSPでUMDを見せてもらった感じでは、たいへん良かったです。
小さい画面に密度が圧縮されて、何というか「映画が手の中に収まっている」ような感触でした。
ブルーレイ版は先日、「ニュータイプ」という雑誌の誌上企画で、視聴させてもらいました。
これもたいへん素晴らしかったです。
私は過度に高画質を追求することに興味がなく、むしろネガティブに感じているくらいで、ブルーレイにも少々懐疑的ではありましたが、実際『パプリカ』を見て、その再現性に感動しました。
これまで見た『パプリカ』の画面で、もっとも監督の意図が再現されているのではないか、と。
発色もフィルムよりも好ましいです(劇場用として作っているので、本末転倒といわれても仕方ありませんが)。

実際に視聴するまでは、「高画質であるが故に、同時に粗までよく見えてしまうのではないか」という危惧の方が大きかったのですが、杞憂に終わってホッとしました。
DVDがリリースされる前に、参考としてあるアニメ映画をブルーレイで視聴させてもらったのですが、この時は愕然としました。
粗だけが拡大されているような感じだったのです。
背景は紙の目(紙の細かい凹凸)が際だち、空間としての背景ではなく、単なる書き割りに見える。「そこに絵を描いた紙が置いてある」ようにしか見えない。
セルのトレスラインも悲惨なもので、アンチエイリアス(ジャギのある2値データを滑らかにする効果)がかかってないんじゃないか、と思えるほど黒い実線が際だち、浮き上がって見える。
人物が描かれているというより、人物を描いた絵が動いているようにしか見えず、全体にえらく小さなものに見える。
高画質というより、画面のマイナス面だけが拡大されたように思えたんです。
『パプリカ』もこれと同じようなことになるのかと思うと、夜も眠られぬほどに気鬱になってしまいましたというのは嘘に決まっていますが、『パプリカ』は画面の作りがハイビジョンに向いていたのか、結果は本当に良好でした。あっちゃいけないゴミを見つけたりしたのはご愛敬ですが。

その向き不向きがどこに起因するのか少し考えてみたのですが、テスト視聴したアニメは画面にあまり加工を施さない、素朴な画面でした。近年の劇場アニメーションですから、3D、CGはもちろん使用されているのですが、紙の背景にセルを重ねて合成(撮影)するという、シンプルな構成を基本にしているような感じでしたし、それが狙いのアニメーション映画に見受けられました。
セルごとに異なるグラデーションをかけるとか、紙の背景をスキャンした後処理を加える、画面全体に最終的にノイズをかける、処理をするといった加工が少ない。加工が少ないから、各素材の生の質感が浮き上がった結果、貧相に見えてしまうのかもしれません。
高画質であるが故に貧相になってしまうのではシャレになりません(笑)
『パプリカ』がその滑稽な悲劇から免れられたのは(その判断は私の主観に過ぎませんが)、テスト視聴したアニメと画面の作りがまったく逆の方向性を持っていたからではないかと思います。
これは何も『パプリカ』を自慢しているわけでもなく、単に向き不向きの問題ですし、映画の満足度の比較でもありません。ただ、今後の制作では当然ハイビジョンも視野に入れることになるので、その対策を考えているだけです。実際、失敗した点、改善すべき点も多々発見しました。内緒ですけど。

『パプリカ』は加工に加工を重ねた画面作りです。
制作中盤までは、「今回は内容的にも加工をしないシンプルな画面作りの方が向いているんじゃないか」と思っていたくらいで、実際最初の50カットくらいは私が撮出しをせず、かなりシンプルな撮影をしていた。
しかし、これがやはり上手くなかったんですね。
とにかくちゃちな画面にしか見えない。
密度の不足が露わとなり、スケール感も全然出ない。
ちなみにラッシュチェック(最終的なカットの上がりのチェック)はハイビジョンのマスターモニタを使用していました。
この画面では甚だまずい、ということで、予定を変更して撮出し時に監督が細かな加工を施すようにしたわけです。さらに、すべてのカットに対して最終的に加える処理も考えました。
これらの対処でようやく見られる程度の画面になってきたのですが、これらの加工がハイビジョン対策としても有効だったようです。
加工に加工を重ねてやっと普通に見える、ということらしい。
これって、テレビの撮影に似ていると思いました。
私も数は少ないとはいえ、テレビ出演の機会がこれまでにも何度かありました。主にNHKで(笑)、十数回くらいはスタジオ撮影の経験があります。
最初の頃、どうせこちとら素人なんだからメイクなんて仰々しいまね何かしなくていいと思っていたんですが、すぐにそうじゃないことに気がつきました。
要するに「メイクをしてやっと普通に映る」ということなんです。
一緒に出演している方々を間近に見ると、メイクは濃いのだけれどモニタを通すと「普通に見える」。
これもまた、加工してやっと普通に見える、ということです。
逆に言えば、加工しないものは普通にすら見えない。
これを肝に銘じて、今後の制作に取り組もうと思っています。

近況

KON’S TONE書籍

 以前うちの掲示板でもご紹介させていただいた、私の書籍の仕事もありました。
タイトルについては掲示板読者の皆さんにもアイディアを賜りましたが、商業的な理由などからもたいへん分かりやすいタイトルに落ち着きました。
『KON’S TONE 「千年女優」への道』(晶文社・¥1800・9/14発売予定)
こちらは書き下ろしやあとがきのテキストはもちろん、ゲラチェックなど私の仕事は終わりました。
内容的にはイラストがカラーで8枚、他は皆テキストです。内容はこちらでも紹介しております。
「千年の遙かなる呼び声」というホームページ上では中途で放り出されているテキストを増補改訂。制作記録ではなく、「千年女優」の物語誕生までのプロセスを記してみました。
この書籍のために「パーフェクトブルー戦記」を久しぶりに読み返していたら、あまりにひどい制作現場の様子に胸が悪くなりました(笑)いや(泣)。書籍版では内容は読みやすくシェープアップされています。
カバーイラストは以前当ホームページの表紙を飾っていたこともある「月にウサギ」の絵。書籍表紙用にデータをリファインしました。同じ絵柄ではあまりに芸がないと思い、「月にアンモナイト」というバージョンを作ったのですが、あまりに意味不明(笑)という理由からカバーは「月にウサギ」に落ち着き、アンモナイトバージョンは扉絵に使用されています。
一部ではこの眼鏡をかけたウサギは私に似ているといわれています。言われているうちに私も「あれは自画像である」と胸を張るようになってしまいました。
ブックデザインは平沢ファンにはお馴染みの稲垣 潔さん。中味のオバカさを補ってあまりあるほどかっこいいデザインです。買ってね。

redrabbit
「ウサギにアンモナイト」バージョン

東京ゴッドファーザーズ

 

 そして何といっても新作「東京ゴッドファーザーズ」の制作も忙しく……忙しくなってないと困るのですが、千代子の世話に追われていて作監・演出・美監様に面倒を見てもらっています。
私のレイアウトチェックも溜まっているのですが、細切れにされた時間の中で集中して絵を描くのは難しいので原画チェックが中心になっています。今回の原画上がりはどれも実に楽しく、原画マンの面子も非常に心強い人たちばかりです。
ここで改めて「東京ゴッドファーザーズ」のスタッフ編成を紹介させてもらいます。

企画 丸山正雄
原作 脚本 キャラクターデザイン 監督 今 敏
脚本
(共同) 信本敬子(「白線流し」「カウボーイ・ビバップ」)
キャラクターデザイン
(共同) 作画監督 小西賢一(「となりのヤマダ君」「千年女優」原画・作監)
美術監督 池 信孝(「パーフェクトブルー」「千年女優」)
演出 古屋勝悟
(「人狼」作監補、「千年女優」原画・作監)
色彩設計 橋本 賢
(「パーフェクトブルー」「千年女優」)
撮影監督 須貝克俊
(「カウボーイ・ビバップ」「ラーゼフォン」)
音響監督 三間雅文(「パーフェクトブルー」「千年女優」)
制作プロデューサー 豊田智紀
(「千年女優」)
製作 GENCO
(「千年女優」)
制作 製作 マッドハウス
(「パーフェクトブルー」「千年女優」他あまりにたくさん)

現状フィックスしているメインスタッフは概ね以上で、音楽などはまだ未定。
豪華なメインスタッフといえる布陣ですが、今回特筆すべきはやはり原画スタッフでしょうか。完成後、宣伝の際には原画マンの名前が売りになるのではと思えるほどの陣容です。(以下、敬称略)
大塚伸治(「平成狸合戦ぽんぽこ」作監)、安藤雅司(「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」作監)、濱洲英喜(「パーフェクトブルー」「千年女優」作監)、井上俊之(「彼女の想いで」「千年女優」作監、「人狼」副作監)を初め、川名久美子数井浩子鈴木美千代藤田しげる(「メトロポリス」作監)など錚々たる面々がメインの原画マンとして素晴らしい仕事をしてくれています。
また外部スタッフにも劇場作品の作監経験者などが多数参加。
お陰で監督の仕事は随分と楽になっています(笑)
本来制作の山場を迎えてチェックに追われていなければならない状況にも拘わらず、「千年女優」の宣伝に時間を割かせてもらえるのも、こうした素晴らしい原画マンとメインスタッフのお陰です。
正直な話をすれば、「千年」の成果次第で「東京ゴッド〜」の先行きも大きく変わってくるので、千代子には頑張ってもらわないと困るのです(笑)。
しかし、いかに素晴らしい原画マンが参加してくれていると言っても、残念ながらいまだ全923カットを埋めるには至っておりません。業界は人手不足です。
原画経験者募集。

「千年女優」の公開が終われば「東京ゴッドファーザーズ」の制作がいよいよ忙しくなります。来るべき山場に備えてパソコンも新調しました。私個人で仕事場用にG4のデュアルを買いました。新宿のヨドバシに買いに行ったら、ちょうどその日アップルの新型が展示されていましたが、そんなものには目もくれず10万円も値が下がっていたデュアルを買いました。21インチモニタもゲット。
ゲットしたのはいいのですが、OS-Xをいじり始めたらよく分からないことになって、2日3日かけてパソコンと格闘して時間を奪われてしまいました。
「何だこのOS-Xのオモチャみたいなインターフェースは」と毛嫌いしていましたが、使い始めると物珍しさも手伝って使ってみたくなりました。もっとも仕事では相変わらずOS9を使っていますが。

godfathers
「東京ゴッドファーザーズ」企画書のためのイラスト

顔も見ぬ新作

 

 新作「東京ゴッドファーザーズ」がまだまだゴールが見えないにもかかわらず、もう早さらなる劇場新作の話が聞こえ出しました。
作ることは決まっていて、器に盛るものはまだはっきりしていませんが、「ファミリー向け」を予定しています。あ、モニター前のあなた今笑いましたね。私がそんなものを作るはずがないと思っていますね。その通りです。いえ、ウソです。きっとファミリー向けになるはずです。ジュブナイルです。少年の成長と冒険、愛と勇気の物語です。漫画映画の王道です。多分。変わるかもしれませんが(笑)
まだ顔も見えぬその新作は、来年「東京ゴッドファーザーズ」制作終了と共に制作開始予定!!……大丈夫なんでしょうか、私(笑)

それらに加えて、さらにまた自分の首を絞めるような企画を立ち上げてしまっています。テレビシリーズ13本で、私のオリジナル企画。私は原作・プロデュース。監督はしませんが、シリーズ構成と脚本まではなるべく関わりたいと思ってしまってます。
内容は詳しく紹介できませんが、「パーフェクトブルー」系統のホラー風なものです。
元もと私が漫画用に考えていたネタから「パーフェクトブルー」に随分アイディアを流用しているのですが、その元になった漫画の別な発展形が今回の企画で、かなり変則的なストーリーです。主人公は一応いるのですが、「事件」そのものが主人公といってもよい。ささいな出来事に端を発した事件が思わぬ形であちこちに波及して行く、というのが基本コンセプトです。「風が吹けば桶屋が儲かる」式とでもいいましょうか。
なので毎回の話数毎に見かけ上の主役が変わって行くことになり、以前からやってみたかった「主人公リレー方式」が実現できそうです。まぁ、最後にはブーメランのように発端になった人物の元に災厄は戻ってくるのですが。
ただ一話完結に近いスタイルなので、話数毎にかなり好きに出来そうな企画だと思います。演出、作監希望者がおられましたら是非ご一報下さい。
第一、まだ「監督」が決まっていません。誰かいないでしょうか。

以上が、現状私を取りまいている仕事や仕事の予定たちです。
こうして自分で書いていて来るべき仕事量に改めて驚いています。

ホントに大丈夫なんでしょうか、私(笑)