肩書き

「肩書き」とやらで困ることが多い。

遙かな昔、漫画を描いて口を糊していた頃は、職業を尋ねられた場合「売れない漫画家」などと自嘲気味に伝えるだけですんでいたのだが、かれこれもう10年、アニメーションにかかわるようになってからこの質問に対し、明確に答えることが出来なくなった。
「えぇ……漫画とかアニメとか……イラストなんかも少し……はい」
胡散臭いことこの上ない。
どうにも正直なのである。笑うなよ。私は実はかなりの正直者ゆえ、質問に対して正確に答えようとするあまり、上記のような曖昧なことになるのだ。相手がどれほどまで詳しく知りたいと思っているかどうかはともかく、自分にウソをつくような気がしてあれこれと思い悩むということらしい。天秤座の星の下に生まれた面目躍如である。

大体仕事の比重がはっきりしない。
漫画は元来の職業であるゆえこれを外すことにはいささかの抵抗があるのだが、だからといって常に連載を抱えているわけでもなく、書店に単行本がたくさん並んでいるというわけでもない。アニメーションも今でこそ「監督」などと分かりやすげなポジションに就くこともあるが、数年前までは「設定とかレイアウトとか……」と、またもや少なからず補足が必要な発言にいたる有様であったし、イラストもあくまで余技とはいえ、ある時期は主な収入がイラストによるものであったため、これを外すのも大きなウソがあるように思えた。
「絵描き」とまとめてしまうと大変便利なのだが、一般の人間に対して「絵描き」というと「ベレー帽にスモックを着てパイプをくわえてキャンバスに向かう之図」が想起される気がして困る。イメージが古い?そんな突っ込みをする貴方は広辞苑をひもときなさい。そこにはしっかりと記載されているはずだ。
【スモック:ゆったりした上っ張り。仕事着。婦人・子供・画家などが用いる】
「婦人・子供・画家」という一くくりにもいささか問題が感じられるがここでは考えまい。ちなみに私の広辞苑は「第三版」でちょっと古いので、新しい版になって削除されていないか心配である。
ともかく「絵描き」は少々まずかろう。
「ご職業は?」
「はい、絵描きです」
「そぉおですかぁ、芸術家さん」
違ぁう!
困るのである。「絵描き」という言葉のニュアンスがまずいのかと思って、一時期は「絵とか描いたりして……」などと非常に曖昧な、やはりこれまた胡散臭い答えをしたりしていた。
「どんなものを描いていらっしゃるんですか?」
「ええ……まぁ、恥とかかいてます」
オヤジである。

いまだに困っている。
ありがたくも私なんぞを紹介してくれる雑誌記事などでは「アニメ監督」の称号をいただいているが、自称するにはやや恥ずかしい響きがあるし、そう言い切るには影の薄くなった私の中の漫画家もすこし可哀想である。
同じ業界近辺の方や年若い方に対しては「アニメーションとか漫画の仕事をしております」と答えて何ら不都合はないのだが、これがごくごく一般人が相手となると、その答えに対して必ず先の質問が返ってくることが明白なので困るのである。
「どんな?」
窮するのである。
「ドラエモンとか、そういうやつですか」
違ぁう!
しかしそこで迂闊に言葉を重ねようものなら容易に自分の首を絞めかねないし、ドラエモンと私の仕事の違いをことさらに主張するのも甚だ大人げに欠ける気もする。
結果、
「ええ……まぁ、似たようなもんです」
などと自嘲的な軽い笑いを浮かべ、行き場のないもどかしさを呑み込むことになる。しかし、ふと自分の監督作品に刻印された「15R」の真っ赤な文字が脳裏をよぎり、
「……子供は見られなかったりするんですけどね」
などとさらに自嘲的な言葉を付け加えたりしてしまうのである。相手は謎に思うこと間違いない。
「ドラエモンに似ていて子供が見られないマンガ……って」
申し訳ない。
私が一言余計なことを言ったばかりに、もしかしたら相手の脳裏には「凄惨な全裸殺人現場に立ちつくす血まみれのドラエモン」の姿が浮かんでいるかもしれないし、「巨乳に顔を埋めるアンパンマン」がその絶倫ぶりを誇る姿が浮かんでいるかもしれない。はたまた「子供を失神させるピカチュウ」を想像しているかもしれないではないか。それは正しいのか。
もっとも、そんな想像力を備えた相手なら、私ももう少し説明のしようもあるのだが。
「アニメを作っています」
どうにも言い切ることが出来ない。
「アニメとか作っています」になってしまうのである。どうせ相手は詳しく知りたいわけでもないのだろうから、そんなに気を使う必要はないはずなのだがどうにもいけない。

「肩書き」というのはご承知の通り、「社会的な地位、身分、称号」である。よく言われることだが、特に日本においては本人そのものの中身より肩書きの方が大きくものを言うようで、これは江戸期300年の揺るぎない封建制の強い残り香であるかもしれない、などと勝手に思ったりもする。
普通の社会人はその所属を明確にする「名刺」を持っているものだし、それによってその人間の信用度なり存在価値が計られる。最近では名刺の額面を鵜呑みにするバカな傾向も少なくなってきたであろうが、それでも簡単に詐欺に引っかかる事件が後を絶たない影には、名刺のもたらす肩書きが大きくものを言っているのかもしれない。騙される方の脳天気さの方が甚だ問題ではあろうが。
私はいまだに名刺の一枚も持っていない。これが先に記した、返答に窮する原因にもなっているのだろう。とはいえ名刺を作ろうにも肩書きが「漫画・アニメ・イラスト・他」などと、安い言葉を並べるのも恥ずかしいし、「コミック・アニメーション・イラストレーション・ETC」などとこれまた恥ずかしくなった横文字を並べるのも気が進まない。かと言ってなんの肩書きもなくただ「今 敏」では名刺の役にも立たなかろう。
一体私は名刺に何と肩書きを付ければ良いのだ?

私は学生の頃から確定申告なるものをしている。
当初は無論「学生」で済んでいたのだが、卒業してからは「お役所的」には何と記入するのがそれらしいものやら税務署員に質問したところ、
「漫画書いてるの?……まんが家、と」
と、少々訛りの残った独り言を呟きながら、仁丹臭い税務署員のオッサンは職業欄をあっさり埋めやがった。東村山税務署である。
以後私はそれに倣い、納税の職業欄には「漫画家」と漢字で書くようにしていた。さすがにひらがなは自分がすこし可哀想な気がした。
アニメーションの仕事をしようが、漫画による収入がほとんどない時期であろうが、ずっと職業欄は「漫画家」としていたのだが、武蔵野市に移ってから私の元に届けられる「確定申告書類」の職業、というか区別には、あらかじめ「ビジュツカ」と印字されてくるようになった。
ビジュツカ……「美術家」である。ニューアイテムゲット。
何やら気恥ずかしくもちょっと偉くなったような、そんな気にすらさせてくれる格調高い言葉。美術家、美術家、大家の風格、それは美術家。しかし美術家……美術家…………美術か?私の仕事。
確かに私は「美術大学」なるものを卒業しているし、大きくいえば美術に属する類の仕事をしているのかもしれないが、しかしおよそ自分の仕事が美術や芸術の範疇にあるとは思えない。それは他人が勝手に決めればよいことである。
「美術家」。どうにもしっくりこないが、お役所がそう区別してきたのだから、とりあえずキープしておくに値しようか。もっとも、私の場合は「チンピラ美術家」が関の山である。
しかし「美術家」など、これまで他にあまり聞いたことがない。私の辞書ソフト「岩波国語辞典」にも記載はないし、重たい「広辞苑」をひもといても、そこに「美術家」の文字はない。確認したところ「芸術家」「音楽家」はその記載があるというのに。

漢字表記は重々しくてよいが、日本の世の中では神代のバブルの昔から横文字が尊ばれる。和語や漢語は蹂躙されていくのだ。
やはりカタカナ表記が颯爽としているであろうか。
「アーティスト」はどうだ。いや、その自称は失笑の対象かもしれない。
「アーティスト(笑)」そんな名刺も、ちょっとなぁ。
「マンガアーティスト」……「(笑)」どころか「(爆)」、いや「(泣)」である。以前「マンガアーティストホームページ」なる本に当HPが紹介されたが、だからといって私がマンガアーティストの仲間だと思われては困るぞ。
「コミックアーティスト」というのもあるな。英語にすればよいというものではないが、しかしこの言葉、漫画家をカッコよく表現したつもりの言葉かもしれないが、よく考えると「コミックバンド」などといった場合、「お笑い」「おふざけ」のことではないか。コミックアーティストって、それじゃ「お笑い漫画道場」ではないのか。
車だん吉の話はともかく、私の肩書きである。
「コミッカー」そんな雑誌があったが、これは造語であろうか。お腹が空いたら食べるのだ。それは「スニッカー……おい。
「アルティザン」というとそれはそれで気取りが感じられるような気もするし、最近ではあまり使われない言葉であろうか。それにチーズ職人とかに…それはパルメザン。ゲリラに…それはパルチザン。もういい。

ではちょっと視点を変えて「クリエイター」というのはどうだろう。どこの視点が違うのだか分からない上に、胡散臭さも倍増だな。
「ご職業は?」
「クリエイターです」
バカだと告白しているようなものだな。

さて今度こそ視点を変えて考えるのだが、今の世の中は「言ったもん勝ち」とよく言われる。何に対して勝ちなのかさっぱり分からないが、あえてそれに倣うのも悪くない。郷に長く棲んでいるのだから素直に従うのも処世の術だ。主張すればどんな肩書きでも罷り通るのは多くのメディアで証明済みだし、ここは一つ恥も外聞もかなぐり捨てて景気よく行ってみよう。
まずはベースとなる言葉は、やはり人気職業ナンバー1、うちの娘の婿にしたい職業ベスト10には絶対入らないといわれる「クリエイター」に決まりだ!
しかしこれだけではいかんせん印象が弱い。何か修飾する言葉が必要である。
「機動戦士クリエイター」
違うなぁ。
「超電磁クリエイター」電磁はないだろ電磁は。
「新造人間クリエイター」何かクローン人間を研究してる科学者みたいだな。
「銀河鉄道クリエイター」……スペースツルハシとか持ってそうだもんな。
「風の谷のクリエイター」ただの田舎ものだな、それじゃ。
「マシン合体クリエイター」何が合体するんだか……しかし合体という概念は悪くないな。
「新世紀クリエイター」……おや…………そうだ!
「新世代クリエイター」!!
さらには合体技を取り入れて「新世代デジタルクリエイター」……デジタルでばかりクリエイトする仕事じゃないからなぁ……そうか。
「デジタル新世代クリエイター」
これなら良いのか!
デジタルという言葉は「新世代」にかかるわけだから問題あるまい。しかしこのままでは頭の悪い雑誌の紹介記事そのものだな。どうせならもっと景気良くしてみよう。
 「デジタル新世代ハイパーメディアクリエイター」
親が泣くよ……いやいや、我に返ってはいけない。ここまで来ればさすがに他の追随を許すまいが、念には念が必要だ。
「続・デジタル新世代ハイパーメディアクリエイター」
「続」はないか。何の続きかさっぱり分からないからな。
「デジタル新世代ハイパーメディアクリエイターZ」
狙い過ぎか、「Z」は。
「世紀末デジタル新世代ハイパーメディアクリエイター」
ウソではないからな、「世紀末」は。2001年から使えなくなるがまぁいいや。
しかしどうにも座りが宜しくない。「〜クリエイター」の最後の「ー」の部分から勢いというか「力」が逃げて行ってるのかもしれない。やはりここは原点に立ち返って、
「世紀末デジタル新世代ハイパーメディア美術家」
合わないなぁ……。
 「世紀末デジタル新世代ハイパーメディアクリエイションアーティスト」
かなりいいじゃん。かなり、来てる!
ここでもう一押し、所属も決めておいた方がいいかもしれない。素人には一見何やら分からない団体に所属しているように見せかけた方が、信用度もいやが上にも鰻登りだ。
「デジタル新地平開拓団・主査」
「主査」、何を調べるんだか一体。ついでに「アナログアニメーション保全委員会会長代行」も兼務しておいた方が、温故知新の態度も決して忘れないその人柄も偲ばれるというものか。よし、まとまった。

 

 デジタル新地平開拓団・主査
アナログアニメーション保全委員・会会長代行
世紀末デジタル新世代ハイパーメディアクリエイションアーティスト

今 敏(フリー)
 

誰だよ、一体。

南方より福来たる

現在(8/9、午後4時)、私は仕事場にいてこの駄文を書き連ねている。

私の机の上は、描きかけの絵コンテと資料、ストップウォッチ、ポータブルMD、琉球王朝と書かれた焼酎のビンとフランスの赤ワイン、BOSEのスピーカーシステムがそれぞれに存在を主張し、間を埋めるように鉛筆や消しゴムのかすが散乱している。そして今それら仕事の断片に混じって、見慣れぬ宅急便の小包が異彩を放って鎮座している。
縦19センチ、横23センチ、厚さ6センチのそのボール箱の表面には「ガラス・ビン・セトモノ」の文字と壊れ物を示すイラストが入ったシールが貼られている。クロネコが子猫をくわえたイラストの付いた伝票のお届け先は、仕事場であるマッドハウス付けの私となっており、依頼主の欄にはネットを通じて知り合った友人の名が記されている。
仮にH君としよう。
H君は当HPをご愛顧いただいている方で、メールでも何度かやりとりをしたこともあり、またかつて催したバカ企画「希望の訛り」にも奮って参加いただき、結果秘密のMOをゲットしていただいたという経緯もある。
さて肝心の伝票に書かれた品名の欄。そこには何と!

「こけももジャム」

おおっ!!あこがれのこけももジャム!
10月12日生まれの私に幸運を運ぶ幻のラッキーアイテムと謳われたこけもものジャム!
何とその甘美にして麗しい響き、こけもものジャム!!
一気にはしゃいでしまったが、当HPヘビーユーザーならともかく故の分からぬ方もおられるかもしれない。そんな貴兄にはお手数ですが「NOTEBOOK/6“運命秘宝館”」をご覧いただきたい。もっとも私という人間に興味のある方も少なかろうと思いますので、読まない方が時間の節約になるでしょう。
簡単に記せば、私の誕生花が「こけもも」(花言葉は「反抗心」)であり、「この日生まれの人は、こけもものジャムを食べると幸せがやってきます」というご託宣なのである。この「NOTEBOOK/6“運命秘宝館”」のバカな文章を記憶してくれていたH君がこの度出張先の九州は熊本でこの運命のラッキーアイテム「こけももジャム」を発見し、ポケットマネーを使って購入し私の元へと送ってくれたのです。何とありがたい。何と嬉しい。あまりの感激にキーボードを涙に濡らしてしまいそうです。
H君、本当にありがとう。
ただ気になるのは「こけもも」という植物は「北半球の寒い地方に広く分布している。 寒帯のハイマツの下や湿地に生える常緑の低い木。大きいものでも、15センチくらいしかない。果実は、赤く熱し、ジャムや果実酒に、葉は「こけもも葉」と呼ばれ、生薬とされています。日本では、別名「フレップ」。これは、アイヌ語が語源です。」というくらいで、北方の産であるというのに、なぜ南国熊本で売られていたのでしょうか。東京で私も何度か探したにもかかわらず見つからなかったというのに。

さて、そんな些細な疑問は放り出して包みを開ける様を実況して行きましょう。
まずは包みの3辺を止めてあったガムテープを丹念にはがしました。さぁ箱を開ける感動の一瞬!
箱の中にはこけもものジャムが割れないように詰めてくれたであろう新聞紙にくるまれて、小振りなビニール包みが二つ、ゆりかごに眠る双子の赤子のように収まっております。そして一通のメモ書きが乗せられていました。
「味の方は私もまだ試していないのでわかりませんが、どうぞご賞味下さい」
何だかまた感激が喉元までせり上がってきてしまいました。ちょっと鼻でもかみましょう。失敬。
緩衝剤として使われていた新聞を広げてみました。
「朝日新聞 1999年7月29日 木曜日 11版 熊本」
やはり熊本から届けられたんですね。ちょっと感動的な気がします。
くしゃくしゃになった新聞を広げるとラジオやテレビの欄には見慣れぬ局名が並んでおります。RKB、TNC、NBC、KTN、NIB、FBS、TVQ、OAB、TOS、OBS、KKB、MBC、STS、NCC……。九州全域の放送局がカバーされているのでしょうか。沢山並んでいます。地元熊本のRKKというラジオ局に注目してみましょう。
朝の7時からは「ハイ圭!朝です」などという安直なタイトルの番組が心地よい目覚めを運んでくれているようですね。続いて9時からは「太田黒浩一のきょうも元気!」午前中の番組はタイトル末に「!」が入っているあたりがいかにも爽やかで元気な振りをしていますね。
午後になると「よかよかアミーゴ!!」が目を惹きますねぇ。「よかよか」という地元表現を大事にする姿勢と、急に「アミーゴ」というラテンの血が入ってくるあたりが肥後もっこすのますらおぶりを感じさせますね。させないよ。
それにしても他の地元局に比べても明らかに「!」が多いですね。やはり熊本は元気の良い土地なのでしょうか。

新聞の裏を返すと、嬉しいではありませんか。地元の記事が載っています。

「くまもと未来国体 3万6000人滞在/宿不足困った/熊本市では最大3500人 民宿頼みの地域も」
受け入れ体制も整えられないというのに、国体を開こうというのも無謀な気もしますね。

 「収穫の夏? ビッグキノコ登場・早くも稲刈り
ええ!?もう稲刈りなの。天草地方では既に早期米の収穫が始まっているんですねぇ。

「九学ウェーブ 本格的練習を開始/高山主将“健康に注意したい”」
健康に注意したいって、随分とまた基本に忠実な人ですね、高山主将は。こういう発言を高校球児らしいということになるのでしょうか。

「県立美術館本館で手塚治虫展が開幕」
へぇ、手塚治虫展そのものより開催場所である「熊本市二の丸の県立美術館」という記述に目が行ってしまいます。二の丸というのは当然熊本城でしょうね。別名“銀杏城”。熊本城は加藤清正公による築城でしたか。日本三名城にも数えられる男らしいといわれる城ですよね。

「かんたん譜/母よ “長電話してたら注意するくせに、自分は平気で長電話。”(第二高二年 橋本慎吾)」
慎吾君てば、それは違うぞ。親のすねをかじっている君が親と同格であるなどと思ってはいけない……おっと。新聞に夢中になってしまいました。

いよいよ本題の包みを開きたいと思います。包みの袋には、

「大自然テーマパーク 阿蘇ファームランド」
“阿蘇ファームランドはくまもと未来国体を応援しています。”

と書かれています。ファームランドも応援する未来国体がまさか「宿不足」だなんて……頑張れ、熊本。
袋の中には小さな包みが入っております。包みの紙袋には、かわいげなイラストが描かれております。漫画風に描かれた多くの牛さんたちがにぎやかにテーブルを囲んで食事をしたり、またテーブルの間をやはり牛さんたちがごちそうを運んでいるのですが、もしかして食しているのは牛肉ではありますまいか……ちょっと怖いな。

farmland
う〜ん、共食いしているようにも見えるのだが……。
 いよいよ取り出しました!感動の一瞬!!
縦5.5センチ、直径4.5センチの小さなガラスビンには、ピンク色の紙がかぶせられ「手作りジャム」の文字。そしてビン側面に貼られたラベルには「こけもも」の文字と小さなイラスト。可愛らしい赤い小さな実を付けた、こけももの絵です。
裏のラベルには品名等が記されています。

品名/こけももジャム
原材料/こけもも、砂糖、水飴、酸味料(ビタミンC、クエン酸)、増粘剤(ペクチン)
内容量/50g 保存方法/開栓後要冷蔵
賞味期限/12.12.10
発売元/有限会社だるまや
大分県大分郡湯布院町大字川上2906-1

 もう一つの包みの中身も同じもののようです。私のラッキーアイテムを覚えていてくれた上に二つも送ってくれるとは、本当に感謝感激。
重ね重ねありがとう、H君。

それではいよいよ食してみることにしましょう。
小さな白い蓋を開けて鼻を近づけてみますと、微かに酸味を含んだ香りがします。普通のジャムに比べると香りは弱い方でしょうか。甘ったるい匂いは苦手な私としては好みです。色はごく普通のイチゴジャムを想像していただければよいでしょうか。それよりも若干くすんでいて、渋い色合いでしょうか。
ここは仕事場でスプーンというものが身近にないので、右手の小指をきれいに拭いてすくって食べてみます。では失礼して。
美味い。美味しいです。
程良い酸味とくどくない甘みです。食べ飽きしない味でしょうか。たっぷりと含まれた果肉と種が手作りの風合いを感じさせますね。トーストというよりは白いパンやロールパンに付けてそのまま食す方が適しているような気がします。
どれもう一口。
口いっぱいにこけももの味と幸運が広がるようです。

あ、なんとこれを一口食した瞬間に、制作の豊田君が帰ってきました。しかもその左手には今まで無くて不便を感じていた大きめの掛け時計が携えられています。すごいですね。たった一口でニューアイテムが!
この小さなビンの中のこけももを食べ終わるまでに、どれほどの幸運が私の元に訪れるのでしょうか。今からわくわくと心躍ります。
大切に食べさせていただこうと思います。

最後にもう一度。ありがとう、H君。

魔のバミューダトライアングル

 

実は随分以前に書いていた駄文なのだが、アップするのを忘れていた。
少々ネタが古いのですがHPのマイナーチェンジを機にアップしておくことにしました。

 


私の住む武蔵野市は東京の西方に位置する。
地方に住む頭の悪い若者たちが憧れる「東京都」には違いないが、いわゆる23区から仲間外れにされた、東京都下、という蔑称を与えられた地域に属する。
23区を旗本だとすれば、都下の諸市は御家人みたいなものか。
東京を貫く大動脈が中央線である。
オレンジ色に輝き、人生に行き詰まった者たちのあの世への扉とも言われるこのJR中央線。その「武蔵境」というのが私の家の最寄り駅である。
武蔵小金井、東小金井、武蔵境という紛らわしい駅の並びのお陰で、その存在感を甚だ阻害されている駅だ。西は国分寺、東は三鷹に挟まれたこの3駅は、名称が紛らわしい上に、駅前には大した店もないということで、なおのこと人気と印象が薄い。しなびた「だんご三兄弟」みたいなものである。余談だがかの「団子三兄弟」もあっという間に消え去ってしまった。今では近所の団子屋で安物のラジカセからループで流れる「ダンゴ三兄弟、ダンゴ三兄弟……」のフレーズがもの悲しさを誘ってくれる。
中央線似たもの三兄弟は歌のように仲が良いわけではなく、それぞれの住民同士の間では、
「武蔵小金井にはナガサキヤがあるし商店街も充実しているから、一番ましだ!」 「何を言うか!?小金井の! 武蔵野市の防人として小金井との国境を固める我々武蔵境が上に決まっておろうが。天下のイトーヨーカ堂を配し、駅前再開発に余念がない武蔵境こそが一番じゃ!!」
「何を言ってるのさ! 東小金井にはね……モスバーガーが有るんだよ」
「すっこんでろ! 小金井市の面汚しが! 夜になると真っ暗になるくせしやがって!」
「ギャハハハ! 小金井同士で仲間割れかい? そんなだから借金だらけになって市の経済まで真っ赤になるのさ。破産寸前だってぇじゃないか?」
「ふん! 日本一高い税金を搾り取られてるやつが、何を言いやがる。自慢の駅前再開発も、バブルの置きみやげで困っているそうじゃないか!?」
「く…何を!!」
等々、血で血を洗うドングリの背比べが繰り広げられているわけだ。ちなみに一番存在感の薄いのは、どう客観的に見ても東小金井駅である。
断っておくが、タイトルにある「魔のバミューダトライアングル」というのはこの影の薄い三つの駅のことではない。団子状に並んだ三つの駅ではいくらなんでもトライアングルにはならない。まぁ読め、続きを。

さて私が「まだましな」武蔵境の住民となって、今年で8年目を数えようとしている。一人暮らしの時に駅の北口側に4年、結婚を期に今度は南口側に移ってきた次第で、何とも芸のない引っ越しをしたのだ。お陰で本籍も武蔵野市ということにもなってしまった。何も決してこの武蔵境が気に入って仕方がない、というわけではないし、ましてや骨を埋める覚悟を固めて来たわけでも、ない。
登山家に曰く「山がそこにあるから登るのだ」というのと同じで、「そこに良い物件があるから住むのだ」という、至って選択範囲の少ない都会の住宅事情によるに過ぎない。
選んだ理由はともかく、8年も居住していると、それなりに愛着も生まれてくるし、年々足の速くなる時の流れというものもひしひしと感じられる。
転居当時にあった店や商店も少しずつ様変わりをするし、あっという間に家は取り壊され、昨日まで何があったかすら覚えていないなどということはざらである。こうした思いはおよそ都会近辺の住民ならば、多かれ少なかれ抱くであろう。
8年住んでみた感想としては、住み心地は悪くないし、概ね快適な方である。都会生活のオアシス、コンビニエンスストアの数も年々増えるし、レンタルビデオ店もある、スーパーもある、駅前でフォークギターをかき鳴らす馬鹿もいない、スケボーで騒ぐガキもたまにしかいないし、風俗店もラブホテルもないので週末騒がしいこともないし、フェロモンも巻き散らかされない。ごく普通の住宅街と言えようか。
ただ、ちょっと外食、というときに手頃な店がないのは玉に瑕であろうか。以前記した「とんかつパブ」を上げるまでもなく、飲食店の数もあるにはあるのだが、誉められた店は片手でも余るほどであろうか。もとい。私にとって好ましい店は少ない。武蔵境は学生が多いということにも起因しているのか、質よりも量を得意技としておるようで、薄味よりも濃いめのおかずを必殺技とする店が多い。外食の折り、てんこ盛りのご飯には縁のない私は、結果腹を空かせた流浪の民となり果てる。
「あうう……どこで食べようかな……」
私は決して「美食家」などという類の徒ではないし、仕事が忙しい折には悪魔のカップラーメンも食すし、顎の筋肉を衰えさせる元凶ともいうべきファーストフードを食べることも間々ある。我が武蔵境には、駅前にファーストキッチンもミスタードーナツもケンタッキーもマクドナルドもロッテリアだって取り揃えている。外食の王様ロイヤルホストだってある。好きじゃないけど。
外食をするに当たって、わざわざまずいものでも喜んで口にするほど変わり者でもない私が行くところといえば、自ずと選択範囲は絞られてしまうわけだ。気に入っている店といえば、まず筆頭はご近所にある鰻を出す居酒屋。ここの白焼きは絶品。味が濃くて食べ飽きする蒲焼きよりも、近年はわさび醤油で食べるこの白焼きの方が口に合うらしい。
やはり近所にある小さな中華料理店もなかなかに美味しいが、一人二人で入っても種類を食べることが出来ないため、そうそう利用する機会がないのが残念。
店構えが立派で、評判も良いらしいエラそうなうどん屋もあるのだが、残念ながら私が行く度に満席だったり貸し切りだったりで、とんと縁がないらしい。
寿司屋は数があるようだが、おいそれとすしを食べ歩くほど財布は豊かではない。一軒美味しい店があるので、自分に褒美を取らせるときにたまに利用したりしている。
お次に控えるのは……次は……と。このあたりで既に列記するに困るあたりが、武蔵境なのである。ああ武蔵境。
もちろん入ったことのない店も多いので、「武蔵境に美味い店無し」などと断ずることは出来ないが、少なくとも私にとって何とも悲しい現実が横たわっていることには違いない。何も近所で飯を食うだけのことでエセグルメを気取る必要がないことぐらいは承知のこと。さして美味くはないといってもやむなく利用するケースも間々ある。美味くはなくともまずくはない、というインプットメソッドに指摘されそうな日本人お得意の曖昧な表現が適した店はある。とりわけ近所にある蕎麦屋は何かと利用することが多い。私は蕎麦が大好きだが、蕎麦の命はこしにあるというのが信条だ。残念ながらここの蕎麦屋の麺にはこしがないあたりが悲しい。それでも「鴨汁蕎麦」はなかなかに美味い。
冷たい蕎麦を暖かい鴨汁で食するのだが、私は普通のざるなどより遙かに鴨汁を愛している。
蕎麦と並んで好ましい麺類にラーメンがある。お酒を大量摂取した後に、締めに食べるラーメンなどは格別である。太るわけだ。
武蔵境にも無論、酔客の友、ラーメン屋も何軒か存在する。冬場には駅前に屋台も出ておるようだし、夜中に客が並んでいる店もある。並んでいるからといって、美味いかといえばこれがそうでもなく、好みの違いはあるかもしれないがおよそ褒められた味ではない。悲しい。何が美味くて行列するのか、まったく住民の中には舌が麻痺したものもいるのかもしれない。ラーメンといえば友人に「ラーメン男」の称号を私が勝手に与えた男がいるのだが、この友人に言わせると、
「駅前のラーメン屋は疑ってかかるの法則」なるものがあるのだそうだ。
確かに然り。「立地で客が入る店より、遠くても繁盛している店は味に信頼がある」というのはなるほど肯ける。
武蔵境において、私が比較的利用するのは踏切の脇に位置するラーメン屋で、近所で食べるラーメンとしてはそう悪くはないと思っている。しかし冒頭に記した「だんご三駅“ラーメン勝負”」では、一番目立たないはずの東小金井に軍配を上げねばなるまい。ここには「にんにく屋」というずば抜けて美味しいラーメン屋があり、いかに武蔵境のラーメンが束になっても端から勝負は見えていよう。武蔵境で美味い麺といえば「珍珍亭」という、うら若き女性が大声で呼ぶには恥ずかしい店があり、ここの「油ソバ」はなかなかに美味である。「珍珍亭」で「油ソバ」をすする女性の姿はかなり卑猥な気がしなくもない。お下劣で申し訳ない。
踏切脇のラーメン屋に話を戻す。
元「ビッグボウル」という牛丼屋であったこの店が、「満州軒」というラーメン屋に変わったのは数年前のことであったろうか。以後、自慢の得意技、トンコツラーメンの他に牛丼、カレーライスなどの小技を繰り出し、集客の努力に怠りがない。もっともそうしたあの手この手も無駄な努力であったらしく、今では豚骨ラーメンと油ソバだけのメニューとなっている。しかしともかくも営業を続けてくれている。
店の回転率が速い武蔵境において健闘を見せていると言っても良いであろう。呉々も断っておくが「店の回転率」である。客の回転率ではない。
つまり潰れるのが早いのである。新装開店、等と花輪が出てから一年ほどの間に消え去った店は数多かろうこの地で、飲食店に限らず定着するのはなかなかに至難の業らしい。その証拠に、去年オープンしたレンタルビデオ屋は早々に撤退を余儀なくされている。
激戦区といえば聞こえはよいが、何のことはない、客の絶対量が少ないのである。絶対量が少ないところに店が増えれば、客の奪い合いになることは必然。下手をすれば共倒れである。かように単純な算数が分かっていても、やはり間違いは起こるらしい。
件のラーメン屋「満州軒」の斜め向かいに「中国餃子」の店ができたのは去年のことであったろうか。4種類ほどの水餃子を出す店である。カウンターだけの小さな店内だが、本場仕込みらしいその餃子はなかなかに美味である。空腹を抱えた流浪の民にとっては、また一つ小さなオアシスが出来たと言えるかもしれない。いかに好きといってもラーメンばかり食していては「小池さん」と後ろ指を刺されかねない。時に餃子も良かろう。私は餃子は好きな方だ。
ラーメン屋にとっては、同じ飲食店としてライバル出現の形になったわけだが、「満州軒」において餃子はメニューには無く、この両店は上手く共存していくのではないかと思われた。
しかし、それはほんの束の間の平和に過ぎなかった。
静かな共存共栄をぶち破る店がにわかに出現した。その出現によって、武蔵境の踏切脇は一気に戦国時代に突入することになったのだ。
ラーメンの「満州軒」の真向かいにして、「中国餃子」の店の隣に出現したその店は、こともあろうに「ラーメンと餃子」を堂々と看板に掲げたチェーン店であった。よりにもよって「ラーメンと餃子」のハイブリッドなのである。既存の2店に対する明確な宣戦布告である。
どちらかと言えば既存の2店に対して肩入れしている私である。潰れてもらっては困る。食べる場所が一つでも失われては私の食生活への影響も大であり、ひいては健康にも悪影響を及ぼしかねないではないか。大袈裟か。
とは言え新規参入の「ラーメンと餃子」のその店にも、のっぴきならない事情があるかもしれない。不況でリストラされた悲しき中年男の意地があるかもしれない。もしかしたら苦節20年、自分の店を持つべくラーメン修行してきた純朴な男の夢に支えられているのかもしれないではないか。
開店の日、花輪に囲まれて、吉岡政次(46歳・仮)の脳裏には苦しかった修行の日々が去来していたことだろう。「ラーメンは心だ!」「餃子は真心を包むんだ!」自分を厳しく育て上げてくれた恩師、徳助の戒めの言葉が甦っていたはずだ。しかしその徳助は政次の晴れの日を見ることなく、去年肝硬変でなくなっているはずだ。政次が止めるのも聞かずに大好きな焼酎を飲み過ぎたに違いない。
「おやじ、とうとうやったぜ!」
亡き徳助に胸を張る政次。その隣には修業時代に知り合い、周囲の反対を押し切って結婚した7歳年上の女房、晴恵の姿もあったろう。
「しっかり働くんだよ! 隣の餃子屋も向かいのラーメン屋も、潰してやればいいんだよ!!」
政次は女房の尻にすっかり敷かれているはずだ。なにぶん開店資金の大半は、晴恵の両親から借り入れているせいもある。そうに違いない。
負けるな、政次!……って、たかだかチェーン店のラーメン屋の開店にそんな背景があるわけないか。まだ入ったことがないので何とも言えないが。
既存の2店もこの暴挙ともいえる侵略に手をこまねいているわけにはいかない。
報復攻撃の手を抗し始めた。
まずラーメン屋「満州軒」においては、「量」のサービスを先陣に押し立て、反撃の糸口とした。大盛りや替え玉は無料であるとか、そういうやつだ。しかし、量、という点では困ったことにもう一店ライバルがあるのだ。実はこの三店が現れる以前から、ごく近くに既にラーメン屋が一軒存在している。定食とラーメンの、安さだけが売りのチェーン店である。
ここまで乱立すると、ラーメン屋そのものの存亡の危機である。危うし。武蔵境からラーメンの灯が消えることになっては一大事だ。
一方「餃子」の店も後れをとるわけに行かない。「ジャンボ焼き餃子」で反撃の口火を切ったようだ。当初の看板であった「水餃子専門」などと悠長なことは言っておられないのだ。
しかしまぁ、サービスが増えるのは消費者としては喜ばしいことではある。潰れない限りは。

かくして武蔵境脇踏切は、正に油で油を洗う戦国時代である。果たして天下統一の日が訪れるのだろうか。はたまた攻防の激化と共に消費者にさらなる恩恵を運ぶのか。
にわかに出来したこのラーメンと餃子をめぐる激しい攻防をとくと見守って行こうと思う。どの店も呉々も油に足を滑らさないことを祈っているぞ。

追記:よくよく考えたら、まずいんじゃないのかしら、「満州軒」というネーミングは。関東軍が無理矢理に現出させた欺瞞の国「満州」を名前に冠することに、どこぞからクレームは来ないのだろうか。百歩譲ってそれがもし倫理上問題が少なかったとしても、その店の斜め向かいにある「水餃子の店」は本場“中国”の味を売り物にしている、おそらくは本場中国の方の手による店と思われる。何かいかんのではないか。

平等にしなさい

今月の頭であったか。就職において、男女はすべからく平等になったそうだ。男女雇用機会均等法、という法律だ。お役所が大好きな平等とやらが理不尽なまでに謳われているのであろう。

保母、スチュワーデス等というくくりで募集広告は出せなくなったのだそうな。保育士であり客室乗務員、ということになるのだとか。それはそれで誠に結構なことであろう。男性の職場に、女性が元気に進出している昨今、女性の職場に男性が忍び込んで……いや、混じるというのも自然な流れであろう。
差別はあってはならない。ならないからと言って、存在しないわけでは勿論無いが。
しかし差別ではなく、区別はあっても然るべきではないかと思うのだ。
身体的差異は区別されるべきであろう。
どうするのだろうか、ソープランド嬢やキャバクラ嬢などの特殊な専門職は。そんなところまで平等にされては、おかしなことになりはしないか。
種馬の立場はどうなるのだ。動物には適用されないのか。
悪徳政治家などがお気に入りの芸者などはどうなるのであろうか。からりと障子を開けて男の芸者が入ってきて、初めて気がつくのであろうか。よせば良かった、と。
相撲などはならないのか、雇用が均等に。国技なのだから是非ともお願いしたい。

おしなべて平等を推進すると、固有の文化すら破壊しかねないのではないか。そもそも文化はよそから見れば甚だ理不尽なものである。例えば相撲をするのに、なにゆえ丁髷の必要があるのか。必要はなくても、そういうスタイルである、それが文化なわけだ。今後も相撲は丁髷スタイルを続けるはずだ。
相撲を例に続けてみる。今でもそうだと思うのだが、土俵は神聖な場所であるから女人が入ってはならない、ことになっている。これは差別である。
女人を不浄だとするのは、何も相撲に限ったことではないし、昔の山岳信仰などにも見られるはずだ。富士山だって、江戸時代までは女人の入山は禁じられていた、と聞いたことがある。
そうした女人を不浄とする文化を是としているわけでは勿論無いし、改善されるべき点は多かろう。とは言え平等を広める法律をおしなべて全ての物に平等に適用することはできないと思える。
しかし、現実的には良いことの方が多いのであろうな。男女の雇用の機会が均等になるということは。
これから先もさらに男女の権利が平等にされて行くことは、正しい世の中の流れなのであろう。様々な局面において、平等という錦の御旗の威光と、引き起こされるいびつなせめぎ合いを期待したい。

さてそんなご時世だというのにだ。妙なものを見た。
阿佐ヶ谷の駅から続く通りに中華料理屋がある。まぁまぁ美味しい店である。
その店の前を通り過ぎて違和感を覚えた。つと戻ってみると、その店の窓ガラスに従業員募集の張り紙があった。しっかりと大書してある。

「日本人募集」

いいのだろうか。
男女雇用機会といって騒いでいるというのに「日本人募集」……って。男女の差別とかいう以前の問題ではないのか。
日本にいる外国人の就職を受け入れる会社がなくて苦労しているというのに、中華料理屋がそんなことでよいのだろうか。
これが「日本語が出来る方」「日本国籍を持っている人」などといえば理解もできるのだが、「日本人募集」なのである。どうしても「日本人」が必要なのだ、きっと。
しかし、にわかには想像がつかないのだが、日本人であることが最低限の条件などというものがあり得るのだろうか。謎だ。

あの募集広告がいつまで貼られているのか、今後の行く末を見守るとしよう。

新春特大号!!その二・大バカ晦日

ところで。皆さんは如何して年を越されましたでしょうか。
私はといえば、拙宅に業界仲間をお呼びしまして賑やかに大晦日を過ごし、酒とアニメと書き初めで盛り上がらせてもらいました。
参加メンバーは、本田“師匠”雄、松原“ピエール”秀典、久保正彦、中山“温泉番長”勝一、松尾 衡夫妻、武井“ジェニー”みかる、そして女房と私の計9人。我が家のキャパとしてはギリギリの収容人員でしょうか。
年末の飲み会の折りに出されたバカ企画「書き初め」の道具を近所のイトーヨーカ堂でゲットし、飲んでる最中に思いついたら何でも書き初めてみる、といういたっておバカな飲み会となりました。
夜7時前後に集合、まずはビールで乾杯して宴会はスタート。遅れてきたジェニー嬢が揃ったところで、松尾氏が用意してくれた、

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書・松尾 衡氏
 で乾杯。美味しいですねぇ、やはり、モエ・エ・シャンドン。木箱入りの逸品。口の中にシュワーッと膨らんで泡と消える心地よさがグレート。
やはり新年を迎えるに当たっては、美味いお酒は欠かせません。“温泉番長”勝一氏が持ってきてくれた「石田屋」は4合瓶で何と1万円もする日本酒。うまい。超うまい。日本酒の王様。馥郁たる香りと滑らかさは絶品。
温泉番長はもう一本「初亀・純米大吟醸」の一升瓶を持ってきてくれたのですが、これも大変美味しいお酒とは言え「石田屋」の前にはちょっとかすんでしまい、この日は半分ほど残すことにして、後日私と温泉番長で酒盛りをして空けました。十分美味いでやんの。
ワインも数本用意し、銘柄はもう覚えていませんがチリワインのちょっと高めな赤と、さっぱりめなイタリアの白ワインはなかなか美味しかったですねぇ。
料理の方も負けてはいません。

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書・筆者
 女房が用意してくれた「豚の角煮」「洋風カツオのたたき」「すいとん」、ピエールのリクエストでジェニーが作ってきてくれたカレー、それと松尾夫人、友里恵さんが作ってきたくれた2種類のケーキ。どれも大変美味しゅうございました。特にケーキは玄人はだしな出来で参加者一同感嘆しきり。どの料理もあっという間に無くなってしまいました。みんな食べ盛りです。あ、ちなみにこの日の参加者は、一人を除いてすべて30代のいい大人です。

そしてそして何と言ってもこの日のメインディッシュは!!

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書・中山“温泉番長”勝一氏
 そうです。温泉番長が仕込んでくれた焼きプリンです。
お酒と甘い物も大好きな温泉番長は甘い物好きが高じて、自分でプリンを作ってくれたのです。上の書き初めも温泉番長の手によるものです。なかなか歯ごたえのあるプリンでしたが、味は大変美味しかったです。
また楽しい宴会にはBGVも必須アイテムです。本田師匠が持参してくれた「アメリカン・ポップ」を見ながらお酒も進みます。いいですねぇ、ロトスコープの動きは。頭で考えても真似の出来る代物ではありませんが、見ているとやはり変に気持ちよいですね。
ちなみにロトスコープとは、実際の人間に芝居をさせた物をフィルムに撮り、そこからアニメーションを起こす手法です。

さてここまでにもいくつかおバカな書き初めを紹介してきましたが、酒も回ってくる頃になると、初めは遠慮がちにしていた参加者も次々と思いついたことを書いてくれました。まずは参加者の「1998年にやり残したこと・思い出深かったこと」を紹介させてもらいましょう。

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 いきなり何でしょうか。「裏切り」とはまた穏やかではありませんね。他人を裏切ったのか、はたまた裏切られたのでしょうか。しかしよく見ると「裏切り」に遭ったことがすぐに判明します。よく御覧下さい。文字の後半にかけてのかすれ具合や紙に収まりきらない、何とも詰まった感じがやるせない思いを表しているに違いありません。辛いですね。誰の手による書なのかは伏せておきましょう。
いいですねぇ「仕事せず」。仕事をさぼってしまったのでしょうか、それとも他の事情によるのでしょうか。業界には様々な事情が入り組んでおりますからなぁ。
「日焼け」私の妻の手による書ですが、これは憧れを表しているのでしょうか。肌が弱い彼女は日光に当たるとヘタレてしまいます。永遠の夢なのでしょうか。
出ました、「激やせ」。多くの女性と中年男性の憧れの的、それは「激やせ」。切実ですねぇ。署名は「おれ」となっていますが、筆者のことではありません。温泉番長です。宴会の席上、隣に座った本田“師匠”と、「腹なんか全然出てないッスよ」「一年後には激やせしてる予定」などと言いながら、お互いに文字通りの腹のさぐり合いをする姿は大笑いです。さながら産婦人科の待合室のようです。
その“温泉番長”勝一氏は現在、本人曰く「100年ダイエット」をしているそうですが、まだその効果の程は現れていないようです。「100年ダイエット」の第一段階は、「まず思い切り飲んで食う」だそうですから、痩せるのはまだまだ先のことのようです。志半ばにして倒れないことを祈ります。
筆者も最近は下っ腹の威勢がいいようで結構張りがあります。病気でしょうか。
そう言えば、この“温泉番長”と“師匠”の「腹比べ」も大笑いでしたが、後日吉祥寺の某飲み屋で行われた、ジェニーと本田師匠の「腹筋比べ」も、まさに腹がよじれるほどの見物でした。
長年の座り仕事により体力の衰えを日々感じる年の我々ですが、そんな話題から「腹筋って何回くらい出来る?」という話題になりました。華奢な体でおよそ体力には縁のなさそうなジェニーと、使ってはいないがアブトレーナーを持ってはいる、という本田師匠が子供のような意地の張り合いになり、挙げ句に飲み屋の長椅子に寝ころんで、実際に「腹筋勝負」を始めてしまいました。他にお客がいなかったとは言え、まったく仕方がない酔っぱらいです。
一回ごとにカウントして同時に腹筋で起きあがるという勝負でしたが、結果は3回目あたりに既に見えてしまいました。負けです、師匠の。完敗。
軽い体のメリットを生かし、易々と起きあがるジェニーに対して、5回目を過ぎたあたりから師匠は足は浮き上がる体は震える、9回目を迎えた頃には反動をつけなければ起きあがることもできない上に、体の震えはさらに大きくなり、更には上体を左右に振って起きあがる始末。まるで海辺の変わった生き物を見ているようでした。
生命への危険に配慮し、10回ほどでこの勝負は中止されましたが、師匠は言い放ちます。「楽勝ッスよ、はぁ、はぁっ…」

さて次は。ははぁ、これも実感がこもっておりますねぇ。「返せ半年」。噂のジェニーです。いい年をして自ら「ジェニー」を名乗る彼女は、生まれてこの方自転車にも乗れない、という特技に加えて、一昨年の末から「結核菌」に体を蝕まれてしばらくの間入院し、退院後もしばらく仕事を休むことになってしまったそうです。気の毒ですが、本人を見ると妙に笑ってしまいます。いや冗談冗談、本当に回復して良かったです。飲み友達が一人減るかと思い心配してました。
「気をつけろクラッチ」ワーハハハ、松尾氏です。彼は去年の鈴鹿にF1最終戦を見に行った帰りに、高速道路でクラッチトラブルで車を置いて、高速バスで帰ってくる羽目になったのです。奇遇にもこの時のF1決勝では、ハッキネンとタイトル争いを演じていたシューマッハがスタートのクラッチトラブルで最後尾スタートとなってしまい、レースの見所を台無しにしてしまいました。
「バッカだな、シューマッハ」と生で見ていた松尾氏は口にしたそうなので、その祟りだったのでしょう。人を呪わ、いや、人を笑わば穴二つ、です。
これはまた生臭い話ですねぇ、「イラストはいいなぁぎゃらが」。誰あろう筆者の手によるものです。去年はパーフェクトブルー関係のイラストを含めて、随分とイラストの仕事をしました、と言うより一年間イラストで食っていたという感じかもしれません。一枚当たりの単価が良いとは言え、あまり仕事をしなかったので一昨年に比べて収入が……そんな私の台所事情を話しても仕方がありませんね。
いいですねぇ「金持ち原画せず」。金持ちというのは喧嘩も原画もしないわけですね、やっぱり。名言です。この見事な書自体は、ピエールの手によるものですが、誰のことを言っているのでしょうか。謎にしておきます。

夜中の12時を回り、とりあえずはみんなで「明けましておめでとう。今年も宜しく」の言葉を交わしますが、かと言って当然何も変わることなく引き続き飲みます。いいあんばいに酔ったところで、さて元旦の初行事です。
夜中の3時に初詣へとこぞって出かけます。うたた寝をしていた松尾夫人も無理矢理起こして出かけます。切れるほどに寒い中を、歩いて15分ほどのところにある杵築大社という神社に行き、正月くらいは神妙な面持ちで、心ばかりの賽銭を投げ入れ、額に不釣り合いなほどに巨大な願を掛け、そしてそしてお約束のお神籤タァイム!!
果たして結果やいかに。「吉」。私は素っ気なくもただの「吉」。
ただし書かれていたことはそう悪いものではなく、今年も一年概ねよろしく過ごすことが出来そうな内容。一方、確か「中吉」を引いておきながら、後日新年早々財布を無くす迂闊な人もいました。迂闊といえばそれはもう「ジェニー」の代名詞に他なりません。
またキングオブお神籤とも言うべき「大吉」を引いておきながら「願い事、叶わず」などとろくなことが書いてないジョーカーのような大吉を引き当てた人もおりました。

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書・中山“温泉番長”勝一氏
 彼の正直な気持ちはこうして見事に書き初められました。“温泉番長”その人です。
ところで、この宴会の席上で書かれたすべての書き初めをここに掲載するには、あちらこちらの方面に支障を来す内容のものもあるので、「ネチケット」という検閲の名の下に、精選してお送りしていますが、何故か“温泉番長”勝一氏の作品が多く残ってしまいますね。

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書・中山“温泉番長”勝一氏
 自己主張が強いのでしょうか。「俺」……って。
実は当ホームページ上でもよく使う言い回しに「さすが俺」「ナイス俺」「やるな俺」などがありますが、これらは元々“温泉番長”勝一氏のオリジナルです。「基本、俺」などとも使います。
それにしても墨跡も鮮やかに、かつ画面から溢れんばかりに書かれた「俺」の一文字ですが、見るものをそこはかとなく愉快にさせる辺りはまさに氏のお人柄が忍ばれるところでしょうか。
「マッハ」や、一見「プリン」に見せかけた「プリソ」の書にもお人柄が現れており、特に「マッハ」の言葉に不似合いなほどのひょうきんさは心の内からにじみでるような逸品。しかしそれ以前に「マッハ」という書き初めもどうかと思いますが。
そういえば“温泉番長”勝一氏の誕生花は「ちょうせん朝顔」だそうで、花言葉は「愛敬」だそうです。見事に当てられてますね。
ちなみにこの日の参加者の誕生花と花言葉を調べて発表したところ、本人と花言葉にかなりの精度で符合が見られ、一同感心しきり。侮りがたし花言葉!恐るべし花言葉!!
その花言葉で「愛らしさ」という多くの女子にとっては願ってもない称号をもらって無邪気に喜んでいたのが、他でもないジェニーです。
近頃聞いた話では自転車には乗れなくても実は特技が「縄抜け」と言い張る彼女は、かなりの変わり者かもしれません。これを読んでいる方がどれほどの数かはともかく、およそ学生時代に友達同士で体を縛り、縄抜けをして遊んだという人はおりますまい。その様子を見かけた教師がギョッとして「すわイジメか!?」という顔をしたというくらいなので、相当な縛り方だったことでしょう。別に本格的なそっちの趣味はないみたいですが。
では、その彼女の今年の抱負を見てみましょう。

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書・武井“ジェニー”みかる嬢
 ……一体なんでしょう、この字は。
恐らくは「野獣」と書きたかったに相違ないでしょうが、字ィまちごうとるやんけ!!
いつも迂闊なジェニーはみんなの楽しい人気者です。
そんな迂闊なジェニーも、実は某アニメ会社の「プロデューサー」の肩書きを持っております。大丈夫なのでしょうか?
しかし嘆かわしい……嫁入り前の娘が「野獣」とは。「野獣」「縄抜け」「自転車」が彼女のキーワードでしょうか。
彼女は今年インターネット界に華々しくホームページデビューするという予定らしく、あれやこれやとHPのタイトルに思いを巡らせているようです。

>ジェニーへ どうせこのテキストを苦々しい思いで読んでいるのだろう? HPのこんなタイトルはどうだ。「縄抜けジェニーは野獣がお好き」ケケケ。

皆さんも是非是非楽しみにしていて下さいね。

一方誕生花に「おうごんはぎ」、「謙遜」という奥ゆかしい花言葉をもらった“ピエール”松原君は、「ああ女神様」「さくら大戦」などのキャラクターデザインで人気のアニメーターで、その原画の腕も実に素晴らしいというのに、花言葉の通り、態度は控えめなシャイな好男子。その彼の魂の叫びを見てみましょう。

sho09
書・松原“ピエール”秀典氏
 すまん。
実はピエールも、彼が作監を担当する作品が既に制作に入っており、いわば私とはスタッフを取り合うという間柄になっております。我が家に皆様をお呼びして楽しい時間を過ごしてはいるものの、勢い私の次の作品への協力をお願いする話題が多くなってしまい、非常に申し訳ない状態だったわけです。
売れっ子としてきっと今年も忙しい彼のことですが、去年は2台もマックを買ったようですし、今年こそこの世界に出てきてくれることでしょう。

sho10
書・松原“ピエール”秀典氏
 誕生花に「ロベリア」、そして「悪意」という花言葉で唯一本人との符合が見られなかった久保君ですが、一体何があったのでしょうか。

sho11
書・久保正彦氏
 どのような事情があったのか分かりませんが、得てしてみんなそんなものかもしれません。みんな自分が可愛いのです。仕事よりもエッチが大事なのです。右脳を手なづけられるほどの強靱な左脳を持った人は少ないのです。

sho12
書・筆者
 そうです。みんな、頭の中は煩悩でいっぱいです。除夜の鐘を聞いたところで一つとして減るものではありません。いや、煩悩は一度溺れてみないと払拭することは出来ないのかもしれません。一度進んでまみれてみましょう。そうして一度使ってみれば、自分に必要な煩悩かそうでないかが明らかになるはずです。いいんです。LD・DVDコンパチ機もダブルデッキも買うんです。AVアンプも買わなければいけませんし、新しいマックも買ってやる!ちくしょうめ。趣味でお金を稼いでいるわけではないのだ、使わねばなら……すいません、急速に煩悩が肥大してしまいました。

さてさて、ここ何年か年越しの恒例にもなっている深夜のアニメタァイム!
3年前、パーブル制作当時の年越しでは、無謀にも9時間近くに及ぶ「劇場版ガンダム」3連発でした。正に黒い三連星のジェットストリームアタックもかくやというような破壊力は、朝方には参加者をふらふらにしてしまうほどでした。
その翌年は「ガンダム」の次ですから当然「イデオン」と言うことになりました。確かこの時は「接触編」は飛ばして、「発動編」しか見なかったと思いますが、それで十分。ちなみに私はイデオンという作品は結構好きな方でした。
そして去年は「地球へ…」を鑑賞しました。アニメーション業界に携わるプロフェッショナルといっても、所詮はかつてのただのアニメファンに他なりません。ただちょっと違うのは「ここは誰それの原画で……」などとすぐに裏地嬢に話が展開する辺りが、ただのアニメファンとは違う……違わないか。
この時は恩地日出夫監督のうんざりするような実写ばりの長回しのカットに大受けでした。割れよ、カット。アニメなんだから。
そしていよいよ今回。もうこれしかないと言っても過言ではない傑作、「銀河鉄道999」。ただし鉄郎がかっこいい方。劇場版ね。
このビデオも本田師匠が持参してくれました。
やはり盛り上がりましたねぇ、999。「男には負けると分かっていても戦わねばならないときがある」なんてセリフを平気で言えちゃう大仰な世界観!!
もう巨大なメーターだらけのメカも強引な演出も、あまりに不似合いなゴダイゴの挿入歌だって何もかも許されてしまうですよ。万感です。万感の思いを込めて汽笛が鳴れば、あなた、それはもう私だって高校生に戻れるですよ。
「メーテルゥゥゥゥゥ!!」
♪さぁ行くんだぁ その顔をぉあぁげてぇ 新しい風にぃ 心をぉ……
しまった。思いだして書きながら、一人で盛り上がってしまった。

かくしてその後も下らない冗談とアルコールを消費しながら、朝の8時まで宴会は続き、ようやくお開きとなりました。毎年のこととは言え、全くもって体力を消耗する年越しでありました。
それでは最後に、やはり絵描きの書き初めらしいところもお見せしてこちらの駄文もお開きにしたいと思います。
じゃ、また来年。

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書・本田“師匠”雄氏

98年重大ニュース─下半期─

前回に引き続き、今年後半戦を振り返ることにする。

七月はと言えば、

 「参院選で自民党惨敗 橋本首相退陣へ」
まぁ誰がなってもさして変わりはないんだろうけどさ。政治には特に疎いのでパス。

 「ヒ素カレー事件」
夏祭りのカレーだから、そうか七月の事件だったか。随分とニュースとワイドショーを賑わしてくれたな、林真須美、健治の毒夫婦。
雑誌「アエラ」の電車広告のコピー「カレーやないで、ハヤシやで」というコピーがトホホだけど、ちょっと笑わせてくれたな。
その後続々と発覚してきた保険金殺人の話は貴志祐介氏の「黒い家」(角川書店刊)を地でいくような内容であったな。怖い怖い。
このヒ素事件をきっかけに模倣犯罪が多数起こったというのも、更に迷惑な話だったな。少年凶悪犯罪も同じだが、メディアで大々的に取り上げると、「それも有りなんだ」という妙な意識が定着するのは困ったものだが、何をやっても「右に倣え」ということか。少しは頭使えよな、って犯罪はいかんぞ。

 「小渕内閣発足」
この先の展望を楽観している、なぜならオブチミストだから、などと国際的な会合の席上で平然とかましてくるような日本の代表は嫌だな。

個人的なところでは
 「PowerBook2400ゲット!」
う〜ん、うい奴。持って歩こうと思っていたが、現在は結局マッドハウスの私の机の上で、MOだのCD-ROMドライブだのが繋がれてしまって、ちっともモバイルじゃねぇでやんの。机の上狭いし。

八月の重大ニュースに、

 「iMAC発売」
とあるのだが、そんなに大問題だったのか。
私は勘違いしていたらしいな。世間的には「久々にMACらしい製品」「かわいい」などと言う感想が聞かれるし、現に大変な売れ行きだというからMACらしいよい製品なのであろう。しかしなぁ、好きになれないデザインだよな、このiMACって。
だいたい媚びすぎ。何でもかんでも可愛くすりゃあいいと思いやがって。
しかしiMACが今年の人気商品の一つに数えられるとは夢にも思わなかった。
ま、これでアップルが盛り返したのは喜ばしいことではあるのだろうが。

 「平沢進師匠、ソロ7thアルバム“救済の技法”発売!」
今年を振り返っての個人的重大ニュースの筆頭は、やはり平沢師匠に直にお目にかかれたことか。このアルバムには名前まで載せてもらったし。
8月の月末に行われた「ベルセルク」のイベントでは、私の編集したビデオをバックに生平沢師匠が歌う場面も見られて感激もひとしおであった。
この月に「惑星ピスタチオ」演出家・西田シャトナー氏の別プロジェクト、東京冒険劇団「ジャム」を見に行ったのだな。この芝居も面白かったが、今年見た芝居では何と言ってもピスタチオの「ナイフ」が一番良かった。
今年は映画よりも芝居を見に行った方が多くて、「惑星ピスタチオ」の「大切なバカンス」「ナイフ」、それと前記の「ジャム」、「劇団☆新感線」の「魔性の剣」、G2演出「こどもの一生」「止まらない12人」あたりが印象的な舞台であったか。
ビデオやテレビも含めて今年は比較的舞台芝居を多く見たような気がする。私にとっては映画を見るよりは遙かに刺激的な感じだな。

九月はこれで幕を開けたのか。

 「北朝鮮がミサイル発射」
「テポドン」であったか、ミサイルの名前は。可愛い響きの割には怖いことをしてくれたものだな。「空から来た挑戦」という、これも確かアエラの電車広告のコピーにちょっと笑ったな。
しかしよく分からない国だな、かの国も。意固地にもほどがあろうに。
どの組織や社会にも一人くらいいるんだよな、かの国みたいないじけた奴が。

 「防衛庁背任事件」
役所の連中なんかどいつもこいつも同じだな。

 「黒澤明監督死去」
個人的にも十本の指に入る今年の重大ニュースであった。当ホームページの表紙でもしばらく喪に服させていただいた。
不勉強なことに近年の作品は見ていなかったが、日本においての映画監督の第一人者と言えばやはり黒澤だと思うし、その名作傑作の数々はこれからも何度か見ることになるであろう。
ベストと言えばやはり「七人の侍」であろうが、年末、WOWOWの黒澤特集で何作品か放送するようだし、見てみようかな。
それにしても亡くなったら「偉大な監督」「世界のクロサワ」だとか、挙げ句に「国民栄誉賞」とか大騒ぎしていたが、なんだかねぇ。
とにかく黒澤明監督のご冥福を祈りましょう。

 「マグワイア ホームラン70本達成」
えらい。
メジャーリーグはステロイド剤などの使用が許可されていると言うが、オリンピックでも許可すりゃあいいのに。シューズだのウェアだのは最新科学の粋を集めて作ってるんだから、人体にも使って良いだろうに。何より、見たい。科学の力で人間がどこまでの能力を引き出せるのかを見てみたい。
きっとドーピング公認で競技をしたら、速いと思うぞぉ、100メートル走。7秒台くらいまでは行くのじゃないか。
ああ、見たい。

個人的なところでは、
 「パーフェクトブルー、ビデオ化」
いいよ、もう。

十月は何と言っても!

 「誕生日おめでとう、俺」
お祝いの言葉を贈ってくれた皆様、ありがとうございました。しかし早いよなぁ、今年でもう35歳だもんなぁ。そうだ、来年は年男だ。
さてこの10月12日は誕生日らしく立川までプライベートにライアンを見に行ったな。恐竜の見せ物が人殺しの見せ物に替わっただけの印象であったが、「凄いけど面白くない」これが昨今の映画の主流なのだろうか。
それにしても今年も映画を観なかったな。観たい映画も特になかったしなぁ。大体観たあとの感想まで想像がつきそうで、時間とお金が勿体ない感じがする。
それとこの月に新作の企画内容がフィックスしたことになっているな。タイトルだの内容は一応まだ内緒。
LD・DVD用のジャケットイラストを上げたのもこの月のことか。ファイルのサイズばかりがでかくなって、お世辞にも快適な作業というわけにはいかなかったな。100MBを越えるような仕事はうちのマシンではさすがに荷が重い。次の作品のためにも、買っちゃおうっと。新しいマシン。
その費用捻出のためにといっても良いような仕事も取ってしまったし。ちなみにこの仕事はもう終わっているので、後は私の口座に福沢諭吉が入ってくるのを待つばかりなり。イヒヒ。

 「金大中大統領来日」
韓国での日本文化受け入れは、以前からその噂を聞いていたし、今年、私自身韓国のテレビ番組の取材を受けたりもした。
「韓国で日本文化をオープンにすることについてどう思うか?」って聞かれてもねぇ。よその国の事情は知らないから、何とも答えようもないと言うのが本音。
韓国の市場が開放されて喜ぶのは日本だけのような気もするのだがな。文化的な交流は大事だろうが、では日本の多くの人間が韓国の文化を知りたがるかというとそれは甚だ疑問。日本の多くの目は西の方にしか向いてないような気がする。一部では東の文化にも目を向けているのだろうが、それも同じアジアの僚友と言うよりは、白人的見地に立った物珍しがり方という気がするのだがな。
自国の文化を大切に出来ない国が、よその国の文化を尊重することは出来ないと思いませんか。まず足下を見直したいところ。お前もな? うん。

 「横浜ベイスターズ 38年ぶり2度目の日本一」
良かった良かった。私が生まれてこの方優勝のなかった横浜には是非一度優勝して欲しかったのだ。
私自身は巨人大鵬卵焼きなので、一応は巨人ファンではあるのだが、熱烈なほどではないし最近では野球そのものを見なくなってきている。スタジオで仕事をしているとテレビは見ないというのも一因。新聞やニュースでチェックはしているが。
それに金バッカリ使って、その割には弱体化しているジャイアンツというのも魅力に乏しいことこの上ない。高橋はいい選手だけど。健気なスター、よしのぶちゃん。
横浜はやはり何と言っても、今年の流行語にも選ばれた「ハマの大魔人」佐々木だな。ああいう絶対的な力を持つ選手というのは見ていて実に清々しい。

 「横浜フリューゲルス、横浜マリノスと合併」
同じ横浜でもエライ違いだな。それにしても新チーム名は笑ったな、「横浜Fマリノス」だったか。藤子・F・不二雄じゃないんだからなぁ。
来年度は規模を縮小するチームが多いようだが、結局はサッカーバブルが弾けたと言うことか。まだサッカーが根付くような気配はなかったところに、無理矢理Jリーグを立ち上げたきらいはあったし、ブームが去るのは目に見えていたような気がする。
ゴールを上げた選手がああいう感情を前面に出したはしゃぎ方をするのは、体質的に受け付けない日本人が多いように思うのだが。なんか無理矢理表現している感じもするし。まだまだ浪花節じゃないとだめなのかもしれない。
それとスポーツといっても商売であることには間違いないし、儲からなければスポンサーが手を引くのも無理はない。
あまり他人事ではないな。作品を作るとか何とか言っても、まず商売であるし、金がなければどうにもならない。サッカーと同じでアニメも「もののけ」「エヴァ」で「アニメは儲かる」と思いこんだ連中がこぞって参入してきたのかもしれないが、「アニメが儲かる」わけではなくて「儲かるアニメもある」に過ぎないことが分かれば、資本投下はうち切られるわけだ。サッカーのチームもアニメの本数も少し減らした方がいいに決まっている。
とは言えコンサドーレ札幌が2部リーグに落ちたのはちょっと残念に思ったりもしている私。私はコンサドーレ札幌を応援しています。来季はワールドカップの立て役者、岡田監督になるということだし、再来年の昇格を目指して頑張って欲しいな。

十一月は、

 「獅子座流星群」
つい先日のことのようだな。皆さんは御覧になれましたか? 私はしばらくの間バカのように夜空を見上げておりましたが、寒さにくじけて、結局ニュース映像で堪能しました。

 「ドラフト会議、横浜高・松坂選手の交渉権、西武が獲得」
この人身売買の制度はどうにかならんのであろうか。
ここ何年かで大学生・社会人選手は逆指名という権利も保障されたようだが、結局は「子供である」という理由で高校生には球団を選択する余地がない。「将来的なことに対する判断力がない」ということなのだろうが、億単位の金を払われるというのに勝手な都合で「子供扱い」されてはいくら何でも気の毒であろう。戦力の不均衡を防止するためというが、ドラフトがその役目を果たしているとも思えないのだがなぁ。

しかし何と言っても世間を騒がせたのはこれか。
 「広末涼子、早大教育学部に合格」
ははは。どうでもいいや。

個人的なところでは
 「マックトラブル」
エライ目にあったが結果的にはまぁなんとか復旧できた。ただやりかけの仕事のデータがとんだのにはさすがに参った。バックアップしておかないとなぁ、と身をもって感じた出来事であった。
それとこのことで、いかに普段パソコンに依存した生活と思考をしているかということが露わになったな。これがないと仕事も成り立たないし、何よりパソコンを使えない状態がひどく落ち着かず不安であることがよく分かった。

 「神戸情報専門学校特別講師」
こう、すべて漢字で書くといかめしいが、何のことはない年若い生徒さんを相手に、一時間半ほど役に立ちそうにもない話をさせてもらっただけだな。
まぁこういう機会をとらえて関西方面をうろうろ出来るのは幸せなことでした。思えば去年までは大阪に行ったことは一度しかなかったというのに、今年のこの関西率の高さは突出していた気がする。ああ、また行きたいなぁ関西。喰い倒れたい。
 「多摩美大イベント」
変な月だったな。およそ専門外の喋りの仕事が二本もあったのか。

十二月は、そうか今月のことか。

 「プロ野球・ダイエーにスパイ行為疑惑」
スパイ行為の真偽はともかく、一番格好悪いのは、もしもスパイ行為をしていたにも関わらず打率に変わりがなかったということだな。

 「米・英がイラク爆撃」
米とイクラの組み合わせは最高なのだがな。イラクと米国は食い合わせが悪いようだな。

さて、今月は一体私は何をしたろうか。何の仕事をしたのであろうか。俄には思い出せないぞ。たくさん仕事をしたから思い出せないわけではない。連日の痛飲で頭がぼけているだけだろう。
そうか。某イラストの仕事をほぼ片づけて、会社の隣の席の人から○ー○ンの原画を2カットばかり頼まれたのと、そして何より新作企画「千○○○」のためのイラストを描いて、そして上がってきた第一稿シナリオをいじっていたのであった。そうなのだ。呑気にしてはいられない。来年は早々に設定作業にもかからねばならないのだ。
娑婆にしろネットにしろ多くの人と知り合う機会を得て、無形の部分では実に実りは多かったが、イラストばかり描いて、形として残った仕事としては収穫の少ない今年一年だった。しかし来年こそは仕事に没頭するのだ。次のステップに進むのだ!頑張るぞ!!オー!!

ってその前に残り1カット上げろよ、○ー○ン。

98年重大ニュース─上半期─

さてさて年末だな。何と言っても正しい年末の在り方と言えば「今年を振り返る」という、まっしぐらに後ろ向きな態度であろう。そこで安直なテレビ企画のような真似の一つもしてみることにする。

不況不況と言われた一年であった。世相に疎い私にも平成大不況の猛威は十分に伝わってきたこの一年。伝わってきたからと言って何か辛い思いをしたわけではないし、私自身は健康状態、精神状態も総じて良好、北へ西へ海外へと忙しい面もあったが概ね平穏な一年であったかと思う。
歳を取るごとに一年という単位は非常に短く思えてくるが、その間に起こった出来事を思い出すとなると意外と長くも思える。この一年の動きをにわかに思い起こすというのも骨が折れるので、ここは一つニュースサイトの「重大ニュース」でも参考にしてみる。

まず一月はと言えば。

「フリントン不倫もみ消し疑惑」
いまだに弾劾問題などで話題になっているが、手前の失態から目を逸らすのにイラクを爆撃しているようにしか見えないのだがな。どうなんでしょうか。
ルインスキーとかいう女子であったか、「葉巻」の相手は。女の趣味はあまり関心しないな。
あまねく世界に民主主義を広めるごとくに、どんな相手にも愛を押しつけると言うことか。ありがたい国アメリカ。「世界の警察」を自称しているが、“ジャイアン”にしか見えなかったりして。

「石ノ森章太郎死去」
そうか。なくなったのは今年のことであったか。本人は「萬画家」と自称していたと思うが、世間はやはり「漫画家・石ノ森章太郎死去」と報じたような気がする。
個人的には「ノ」の字なんかを入れた時点で……あ、いや、ご冥福を祈ります。

私個人としては「パーフェクトブルー」公開を控えて、イベントやらそれ用のビデオ編集やら、雑誌新聞の取材等々忙しくしていた頃だ。あんまり多くの人に会ったんで熱が出そうだったな。何を喋ったかもとんと覚えていない。
宣伝ポスター用の青い未麻のイラストを描いたのもこの月か。もう随分前のことに思われるな。
確かこの頃「実写を撮らないか」という話も来たのだが、結局私の方からフェードアウトした形になった。そりゃあ実写にも興味はあるんだが、アニメを作りたいよ、アニメを。

二月は、なんだ、これか。

 「長野冬季五輪」
ほとんど見てないから覚えてない。ベルリン映画祭参加の折りにホテルで見たジャンプの人の金メダルは多少記憶にある程度。
回を重ねるごとに胡散臭さだけが増大していくオリンピック。五輪は世界の通貨の象徴だな。
近頃では「誘致請負人」の存在まで取り沙汰されているようだし。成功報酬6億とか。あり得る話だな。
ちなみに2008年だかに大阪がオリンピックを誘致しようとしているらしいが、あまりに無理矢理な気がするし、日本でばかりやらなくて結構だ。少しはよその国に譲れ。
大阪はただでさえ金がないと言ってるのだから、やめた方がいいのではないかと思うぞ。金がないからオリンピックで一儲け、のつもりかもしれないがな。

さて個人的には二月は、ま、これか。
「パーフェクトブルー後悔!」いや「公開」
二月も末のことであったか。まぁこのことについては今までにも散々書いたことなので、今更何か言うこともない。見に行ってくれた皆様本当にありがとうございました。
公開前の「ベルリン映画祭参加」もトピックであったが、これについても「見聞記」で書いたことだし、「ベルリンのビールは美味かった」というところか。

三月は、そうか、

「大手銀行に公的資金投入」
銀行にそうそう潰れてもらっちゃあ困るし、税金を使うのも仕方がないとしても、企業努力が足りなすぎる気がするな。まず手前たちの給料減らせよ、まったく。

個人的にはこの三月は関西率が高い月であったな。
パーフェクトブルースタッフの慰安とイベントをかねた大阪・京都ツアーと、大阪公開初日舞台挨拶で二回ほど関西に出向いている。大阪はかなりお気に入り。

この月に読んだダニエル・キイス「眠り姫」は今年読んだ中でも上位にはいるかな。と言っても今年はあまり本を読んでないけれど。
今年何を読んだかよく覚えてないが、トリイ・ヘイデンの「幽霊のような子」とか世間的にも話題になった「絶対音感」なんかが印象に残っている感じか。最近読んだ「村木与四郎の映画美術・黒澤映画のデザイン」も大変面白かったな。「世界観」をたやすく口にするのは益々憚られると思う今日この頃。いや実に奥深い。
そういえば今年は一冊も漫画の本を買わなかったな。借りて読んだのも一冊あったかどうか。しりあがり寿先生の動物漫画は絶品であったが。それにしても掃いて捨てるほど漫画を買っていたことも今は昔。

四月はやはりこれか。

「郷ひろみ破局」
手前の離婚で一儲けというのだから、侮れないぜ「ダディ」。

この頃は季節のせいか、いつにも増して私の頭はボケボケだったなぁ。
「ロフトプラスワン」のイベントに出たりとかしたっけか。

五月

「ヒデ自殺」
若い女子たちがたいそう悲しんでおったな。しかしまぁ、どなたかが書いておられたが「ギタリスト」が死んで、それを悼む言葉が「いい人だったのに」ばかりというのは、ちょっとどうかと思うがな。
私には「ねこぢる自殺」の方が多少の衝撃であった。「TV.Bros」の連載はちょっとした楽しみだったのに。ご冥福を祈ります。

「インド、パキスタン核実験」
ヤダね、まったく。
先日某テレビ番組で多くの在日外国人をスタジオに招いて討論しているのを見たが、このことがやはり話題に出ていた。拙い日本語ながら懸命に自分の考えを述べる姿は尊敬に値する良い光景であった。
インドの人が言うことにゃあ、隣国との緊張関係にある以上仕方がないのだ、ということになる。核は反対だがその意見はもっともかと思われる部分も多い。世界のことを考えるより自国の防衛を考えるのは何処も同じ。自分が殺されるかもしれないときに、殺人者の家族の心配をする奴は確かにいないだろうし。
国内の企業の利益のために環境に有害な物質の規制を怠たり、かつては危険のある血液製剤を野放しにしていた国もあることだし。他人の命より手前の贅沢に血道を上げるのが相場ではないのか。
生まれてこの方戦争の危機感もなく生活してきた私には、生まれて以来戦争の緊張や、あるいは戦争そのものが身近にある国のことなど想像もつかない。アメリカの核に守ってもらっておきながら、インドとパキスタンの核のことのみをあげつらうのもどうなのかと考えさせられる。まぁとにかく核に反対することはもちろん大事だとは思うが。
蛇足だがこの番組に出ていたロンパリのオッサンは自由に日本語を使えるというのに、議論の程度はサイテーだったな。知識以前に礼節を学んでもらいたいものだな。

「タイタニックがもののけ姫の興行記録更新」
どっちでもいいや、そんなの。
ただ最近の傾向は「二極分化」が激しいそうな。超売れるものと売れないもの、になってしまい、中ヒットが減っているのだとか。確かにそういう気もする。携帯電話や電子メール等のコミュニケーションツールの大幅な普及により、口コミというもののが大きな役割を果たし、結果みんなが見たり聞いたりしている物が加速度的に売れるのだとか。なるほどいかにも、な分析でもある。
結局は「みんなと同じ」が好きなのだな。

「兄弟横綱誕生」
相撲は観客も減っているらしいし、話題作りに躍起になっている感じだな。謎の整体師だの兄弟に亀裂だの笑わせてくれることは多いが。「洗脳」の二文字が再び忙しくテレビ出演していたのもこの頃か。貴之花と元エッキシじゃぱぁぁんの何とかって人。好きにさせてやりゃあいいのに。洗脳されたからってサリンを作る類じゃないだろうに。洗脳される自由も保証されている国ではないのか。ケケ。
結局その後どうなったのだろう? 謎の整体師は。貴之花や若之花は活躍しているであろうか。相撲は見ないから分からないな。

パーフェクトブルーの舞台挨拶ということで札幌に帰省した月だな。長いこと抱えていたトレーディングカードの仕事をした覚えがある。

六月は何と言っても!

「W杯サッカー」
実に盛り上がったんだろうなぁ、世間は。浮かれ過ぎ。
私は旅先の山梨の旅館でアルゼンチン戦を見た覚えがあるし、日本の試合は全て見たような気がするが、結局全敗か。日本の思い上がりが露わになったのは大笑いであった。
その後中田のペルージャ移籍とその活躍は見ていて素直に喜ばしい気がするが、もっともこれをしてまたぞろ「世界に通用する日本のサッカー」みたいなことを言い出す機運がでてくるのであろうな。中田が通用しているだけだろうに。すぐに他人の尻馬に乗る連中にはほとほと頭が下がる。
チケット不足問題というのも笑わせてくれたな。いくら好きだからってサッカー見られないくらいで泣くなよ、まったく。わざわざフランスまで行く人間があんなに大勢いるんだから、不況と言っても恵まれた良い国だな。
ふと思ったのだが、例えばワールドカップ開催中だったら、アメリカとイギリスはイラクを爆撃することはなかったのだろうか。よしんばそういう事態になったとしても、やはりチケットが不足して、泣き出す人も多いのだろうな。平和じゃねぇか。

ということで、下半期はまた。

使い果たす

お金が入ったと言っちゃあ、欲しいモノを買い、暇が出来たと言っちゃあ遊び呆ける。正しい人間の在り方かと思われる。
確か昔ツービートのネタでアリとキリギリスの話のパロディがあったと思う。
「……夏の間に働きすぎたアリは過労で死んでいました」
あながち冗談でもあるまい。
蓄財を増やし、知識を増やすのもまた楽しいことではあるが、何事も使わないことには勿体ない。来るべき将来に備える心がけは無論大事だが、その準備のための準備が好きな人も多いようだ。遠足そのものよりも遠足の前日が一番楽しい、その気持ちは多少分からないでもないが。
何でもかんでもため込んで準備に余念のない人種というのは、意外といざというときにそれを使う勇気が無かったりするもので、周りから「勿体ない」と言われるケースが多い。
才能や豊かな技術を身につけているにもかかわらず、自分でそれを有効に使えず、周囲の「あいつがちゃんとやったら凄い」という根拠の薄い期待と羨望に本人が満足して、一生ろくな仕事が出来ない奴の一人二人はどこの業界にもいるであろう。
いや、これを読んでいるあなたはきっと違うと思いますよ。ネェ?
そういう人種は得てして実践に必要な忍耐と勇気と集中力が欠如しており、そして人前で恥をかくことに対する畏れに足がすくんで、表舞台に立つ機会を無意識に遠ざけ、結果舞台裏で来る日も来る日も来る日も来る日も不毛な寝言のような批判ばかりし続けるわけである。
いやいや、これを読んでいるあなたはきっと違うと思いますよ。ネェ?
私の知っている範囲では、特に、漫画家の古株のアシスタントや自分の作品作りの夢だけを見ちゃってるアニメ関係者などに散見される人種だ。
いやいやいや、これを読んでいるあなたは…。
まぁそんな「生涯モラトリアム」の連中の話はよいとして。
最近「最速で使い果たした」例を耳にした。
今更「獅子座流星群」の話題でも無かろうが、ある男がさして流星など見る気もないのに、その日ぼんやりと星を眺めていたそうだ。
星には願い事をするという、いにしえからの習わしに従い、彼もまた願い事をしたそうな。

「もっと流れ星が見れますように」

彼のその願いは「ら抜き表現」にも拘わらず聞き入れられ、40分ほどの間に比較的ラッキーとも言うべき「7個」の流れ星を見れたそうだ《ら抜き表現》。
いいのか?それで。

いい。

今夜因果の片隅で

年の瀬が近づいてきてせいなのか。また今日も中央線で2件の人身事故があったようだ。
オレンジ色も眩しい中央線は、東京の大動脈であると同時に飛び込みのメッカとしても知られておる路線で、これを日々利用している沿線住民の私としては、ダイヤが乱れてばかりで甚だ迷惑である。
飛び込むなとは言わん。せめて他の路線にも少しは飛び込め。あ、不謹慎な発言であったな。もとい。
死にたければ首でも括れ。自殺するときくらいは他人に迷惑をかけるでない。
ちなみに私は自殺に反対する方ではない。自由に死ぬ権利くらいはあってもよいのではないかと思っている。死にたいやつは勝手に死ね死ね。地球にも優しかろう。
何故に中央線において人身事故の確率が高いのか、車両の輝くオレンジ色が誘蛾灯のように人生に行き詰まった人々を招くのか、はたまた単に高架になっていないために飛び込みやすいポイントが多いのか、その原因究明は特命リサーチ200Xの菅野美穂あたりにでも譲るとしても、だ。この平成大不況が影響してないわけもなかろう。

先日イベントに行った多摩美大の学生などもまだ就職が決まらない人も多いと言っておったし、アニメの制作費も減る一方だろうし、倒産は相次ぎ、リストラの嵐は吹きまくり、終電近い電車の酔っぱらいの背広のおじさんの独り言は増大し、ホームにはお好み焼きの花が咲き乱れるわけだ。不況とは関係はないのだろうが、今日乗った電車の乗客は、三鷹の駅で停車中にホームから線路に向かって立ち小便をしていたが、それはさすがに行き過ぎではないかと思うのだがな。
風が吹けば桶屋が儲かる、とよく言うが、リストラの風はどこに利益を運ぶのであろうか。
近頃のアンケート調査で「夫婦間で不況のことが話題に上がるか?」という問いに、「よくある」「たまにある」を合わせて4組中3組の夫婦が不況を話題にするのだそうだ。不況という単語だけは大忙しだな。
更に「不況が夫婦間に影響を与えるか?」という問いに対しては20パーセントだかの夫婦が「夫婦の絆を強める」などとぬかしているそうだ。ケ。シアワセなもんだよ、まったく。ま、不況にも功罪があるということか。
ガキや年寄りに商品券を配ったところで何の足しにもならないような不景気だ。どのような対策やあがきも全ては、「ボッシュートに」されてしまうのだ、草野仁に。呉々も今はスーパーひとしクンで挑戦する時期ではない。
幸か不幸か私はそれほど不景気を実感した覚えはない。あえて言うなら仕事に就いたときから今までずっと不景気の状態なのだ。バブルは私になんの挨拶もなく迂回して過ぎていき、この平成大不況にも取りたてて痛い思いをしたこともない。
季節と景気の波は窓の外を通り過ぎていく仕事なのだろうか。私だけかな。

景気の好し悪しを最初に感じる職業はタクシーの運転手さんだそうな。さもありなん。好景気なら社用でタクシーで遠くまで行っても経費としてすぐに認められるであろうし、不景気ならタクシー券も出し渋るであろう。一般的に考えても、タクシーを利用するというのは贅沢な部類に入るかと思われる。
そういえば最近はタクシー待ちの人の列も少なくなってきたような気がする。アルコールも電車があるうちに切り上げるわけだな。これが私においては終電が近い時間になってから飲み始めることも少なくない。朝まで飲めば電車は走り出すのだ。せいぜい困ると言えば開いてる店が限られるというくらいだろうか。
店が限られるということは同じ業界に身を置く私と似たような人種の人間と遭遇するケースが多いが、それを良しとするか悪しとするかは遭遇した相手やこちらの状況にもよるところだ。仕事上不義理をしている相手と遭遇するのは折角飲んだ酒を醒ますことにもなりかねない。まぁ酔いが醒めたなら頼めばよいだけなのだが。
「すいません!同じのもう一つ」
 「もう一つ」も5回いえば随分と酔うし、売り上げにも貢献できるわけで、結果景気回復にも一役買っているわけだ。エライぞ、俺。ゴメン、肝臓。
かくしていい気分になってしまうと、更に調子に乗って電車が動いているにもかかわらず店を出て右手を挙げてしまうことになる。
「ヘイ!タクシー」
いや、まさか本当に声に出すわけではないがな。

先日タクシーに乗ったときのことだ。さほど酔っていたわけではなく、この時は単に終電を逃してしまっただけだったのだが。
近頃はイレギュラーの仕事で臨時収入があったせいか、私の財布の紐は甘くなっておるようだ。福沢諭吉の尻も軽いこと軽いこと。2本続いた喋りの仕事のお陰か。悪銭身に付かず。悪銭じゃないって。それはともかく。
「武蔵境って分かりますかね?」と私。
阿佐ヶ谷でタクシーを拾ったのだが、「練馬」や「多摩」ナンバーならこのあたりの道も良く知っていようが、そのタクシーは「足立」ナンバーだったからちょっと聞いてみたのだ。
 「はい、武蔵境ね、五日市街道で行きます?それとも井の頭通りで?」
取り越し苦労であったか。
「お客さん、飲まないんですか、お酒」
「いやぁ今日はたまたま。普段はしこたま飲む方ですけどね」
「ああ、そうなんですか」

まぁタクシーに乗ったときにはありがちな会話である。当然話は作法に則り、タクシー内における正しい話題に転じていく。
「運転手さんはこの辺もよく走ってるんですか?足立ナンバーでしたよね」
「いやぁ、最近はそんなことも言ってられないから。不景気ですからねぇ」

なんだかマンガやドラマに出てきそうな運転手の決まり文句であった。「不景気ですからねぇ」
しかし一度言ってみたいものだな「いいっすよねぇ、景気。もう、ウハウハッすよ」ウハウハとはさすがに言わないか。

その運ちゃんは初老のおじさんで、どうにも話好きのようであった。
現在の中規模なタクシー会社において抱えているドライバーの数や、一人頭が月に稼ぐ金額を具体的な数字をあげて話してくれ、しかも会社の取り分まで心配して、経営が成り立つのかどうかの心配までしだすのだ。詳しくは覚えていないが、車一台あたりに対するドライバーの数の平均は2.6人なんだそうだ。一日2〜3交代なのだろうか。
しかし月間の売り上げの多いドライバーは特別に専用の車を一台割り当ててもらえるのだそうな。つまりその気になれば一日中仕事も出来るわけだ。これは確かに頑張った分の報酬がもらえるわけで、働きたくても車のないドライバーよりも有利であろう。このような実力社会は正しいあり方かと思われる。朝会社に行って、日がな一日机に向かっているだけで報酬がもらえる時代は終焉を迎えた方がよい。ざまぁみやがれ。ヒャッホー。
その運ちゃんのタクシー会社にもやはりそういうモーレツドライバーがいるそうで、月に稼ぐ金額もなかなかのものとか。
「いやぁ、見てるとね、帰らないんですよ、家に。会社で寝泊まりして働いてるんだからねぇ」
何を言いやがる、私も忙しいときは…などと切り返す程私も子供ではない。
「そうやって稼ぎ口があるんだから、まだいいですよね」
「いやぁ、何か本人は相当な借金抱えちゃってて、いつも金がないみたいでね」
「ああ、そりゃ闇雲にでも働かざるを得ないってことですか」
「気の毒だねぇ」
「借金作った本人の自業自得でしょうけどね」

私も別に乗り気で話を聞いているわけではないのだが、タクシーの運ちゃんの機嫌を損ねては、遠回りとか急ブレーキとかどんな意地悪をされるか不安で、いつも愛想をよくしてしまう。客なのにな。昔入院していたときに同じ病室にいたタクシーの運ちゃんから、いやな客を乗せたときに色々意地悪をしたことを聞いたせいもあるかもしれない。話好きな運ちゃんの相手もせねばなるまいよ。
「でも、運転手さん、そういう人たちって、借金があるってのは多分景気のいいときにはそれなりにいい思いをしたんでしょ?きっと」
「まぁそうなんでしょうねぇ、バブルの時にはいい思いをした口なんでしょうけど」

車は環状八号から井の頭通りに入ったあたりに来ていたろうか。道は意外と混んでいる。自宅まではまだ15分やそこらはかかろうか。話を熱心に聞いている風を装いつつ適当に話題を合わせてみる。
「私はバブルの良さも知らないですよ」
「それなりの地位の人間が一転して馬車馬みたいに働かなきゃならなくなるっていうのは、やっぱりしんどいですわねぇ…」

「ですねぇ、でもそうやって結局は帳尻がどこかで合っちゃう、というか自業自得というか、いい思いをした時期があっただけいいんじゃないんすか?」
「そうかもしれませんけどねぇ」

宇宙の収支は常に保たれる、というのが私の考えだ。
「どっかでツケは回って来るんですよ、きっと。因果ってのは見逃してくれませんよね、ホント、ハハハ」
「まったくねぇ…私も会社が倒産するまではねぇ…」

……え?
「私も、これでもね、多い時期には下請けの人間合わせて400人くらいの会社をやってましてね…まぁ中小企業ですよ…」
……しまった。
「ステレオやなんかの部品作ったりとかしてたんですが、不景気で結局倒産…」
…ツケが回ってきたのは運転手さん、あんたもかい!?
「大きな会社の下請けやってたんですけどね、不景気になってあっさり切り捨てられるんですよ、中小なんて……私ね言ってやりましたよ、そこの社長に…」
ああ…因果の網にからめ取られてもがく一人だったのか、運ちゃん。
「私らはダンパーか!!ってね。今までの貢献度なんて一切省みられもしない…借金だけ残っちゃって…」
借金を抱えて馬車馬のように働く同僚の話は他人事ではなかったのか。
しかし道理で一ドライバーが会社の経営状態の心配まで細かにするわけだ。長年染みついた経営者の感覚は消えない物なのだろう。
「お客さん、フィリピンは行ったことありますか?」
「あ、いえいえ、無いですけど…」

せいぜいがフィリピンパブだ。
「いいところなんですよぉ、昔よく行ってた場所があってね、景色もいいところで、そこに行くと街のお偉いさんが歓迎してくれるんですよぉ…色々接待してくれて、軍のヘリコプターにも何度か乗せてもらったりして…」
「へぇ、そりゃあ凄いですネェ…」

あんたこそバブルでいい思いをした口じゃないか。
「みんな私が持っていく日本酒目当てに集まって来るんですよ…酒は一人2本しか持っていけないでしょう?」
「そうですよね、制限があるんですよね」
「だから我先に来るんですよ、酒は菊正宗ね…」

昔を思い返して夢を見るのは構わないが、前だけはしっかり見てくれよ運ちゃん。
 「私のパスポートなんてね、フィリピンの入管のスタンプで埋まってたものですよ」
車が吉祥寺に入る。客待ちのタクシーの列。確かに不景気だ。
「随分行ったけど、現地の言葉はちっとも覚えませんでしたけどねぇ」
「タガログ語ですか、あ、その交差点を左にお願いします」

運ちゃんの話の腰を折らないように道を指示するのも一苦労だ。

武蔵境に着くまで、かつて社長と呼ばれた運ちゃんはありし日の思い出に浸り、私は運ちゃんのご機嫌を損ねまいと熱心に、時には身を乗り出して聞き入ってみたりしたのであった。
喋り続ける運ちゃんはまるで付けっぱなしのラジオのようであったが、さすがに一方的に喋り続けては気まずいと思ったのか、話題を急に客の私に転じた。
「で、お客さんは芸術家?」
長髪イコール芸術家…住んでる時代が違うわな。
「いや、それほどのもんじゃないですけど、まぁ絵を描いたり何かして…」
「絵っていうのは…」
 「あ、そこ右に曲がって、アンダーパスに入らない方の道へお願いします」
「どういう絵を描いてらっしゃるんですか?」
「ええ、アニメーションなんかを作ったりしてまして…あ、そこで左に」
「ああ、今は日本のアニメってのは国際的にも評価されて、いいんじゃないですか?景気の方も」

仕事中に聞いているラジオが情報源であろう。
「いやいや、評価はともかく儲からない仕事ですよ、少なくとも私なんかは、あ、その信号右で、まぁ言ってみれば仕事に就いたときからずっと不景気みたいなもので…あ、このまま真っ直ぐで…」
やっと家の近所だ。
「外から見ると良さげに見えま…」
「あ、ここでいいです」

料金メーターは¥5,140。金額ちょうどをトレイに置くと、
「あ、これはいいですよ」
と、小銭分¥140円をオマケしてくれた。
 「あ、すいませんね」
「いや、もう、こんなに乗ってもらったんですから」

こんなに話を聞いてもらって、も含まれているのかもしれない、と思いながら有り難く小銭を戻す。私は別に借金があるわけじゃないのだがな。ともかくありがとう、運ちゃん。運ちゃんのこれからの人生に幸多いからんことを。因果の巡りは悪いことばかりを運ぶはずではないのだから。さらばだ、運ちゃん、縁があったらまた会おう!

 「あ、領収書貰えます?」

PUBLIC HOUSE

私をご存知の方には申すまでもないが、私はめっちゃ酒を飲むらしい。らしいじゃあないだろ。飲む。
酒の席は確かに多い。そして飲む場所と言えば主に居酒屋と言うことになろうか。ジャパニーズパブである。
先日イギリスBBCの取材を受けたとき、先方の希望で阿佐ヶ谷の居酒屋「鬼無里(きなさ)」の座敷で、いかついビデオカメラと眩しいライトを向けられ、他の一般客の胡散臭そうな視線を我慢しながらインタビューに答えたりもしたのだが、その時イギリス人が居酒屋をして「ジャパニーズパブ」と言っていたのできっとそうなのであろう。しかし何だか妙な感じがするではないか。「パブ」と言って居酒屋を思い浮かべる日本人はそうはいるまい。
今回のテーマとは外れるが、って別に大層なテーマがあってこれを書いているわけでもないのだが、ちなみにこの時は「DopeSheet(通の情報)」とか言う番組の取材で、日本を含め世界各国のアニメ事情を取り上げるという企画であったらしい。他にどんな人に取材したのか聞いたら、「たむらしげる」「宮崎 駿」と言っていたが、どう考えてもそこに「今 敏」を入れるのは食い合わせが悪いと思うのだがな。それ以前に前者二人の組み合わせというのも解せない。一体どういう企画意図なんだか。

さてよく言われることかも知れないが、私にはどうにも「パブ」だの「スナック」、「バー」だのの違いがよく分からない。何か明確な区別が存在しているのであろうか。営業登録を行う上で、例えば席数の制限だとかコンパニオンの有無とか。
しかし中には「パブスナック」などと言うハイブリッドな種別名を冠した店まであるではないか。一体その辺の線引きはどうなっているのだ。
「カラオケスナック」「カラオケパブ」といった合体も多かろうか。「ランジェリー」と「パブ」に合体されると今回の趣旨と外れるのでここでは考えないことにする。いや特に趣旨があって書いているわけでもないのだが。ま、そういう店は行ったことはないがおよそ想像に難くない。あられもない下着姿の若い女性が、酒の相手をしてくれて、背広の男子を悩殺しちゃうのであろう。いいなぁ、悩殺。されてみたいししてみたい、ああ悩殺、悩殺
そういえば「フィリピン」と「パブ」というのも仲の良い合体の形であったろうか。その昔マンガの編集者に連れられて何度か行ったことがある。その編集者にはお目当ての娘がいたようなので、私はいいだしにされてもいたのかもしれないが、それはそれでよい社会勉強でもあった。
私が行った限りではあまり日本語でやりとりできるケースがなかったので、たどたどしい英語でのコミュニケーションとなる。自慢ではないが私は十年あまり受け続けた英語教育の恩恵に浴していない。からきし英語はダメである。これを読んだからといって私の家に英語の教材の案内など送ったりするなよ。
英語は無論のことタガログ語が話せるはずもない。酒飲みのお喋りな男から言葉を取り上げるとあまり愉しい酒にはならないことは想像に難くはあるまい。
一度、非常に可愛らしい、というかいたいけな感じの年若いフィリピンさんが付いてくれたことがあった。たどたどしい英語で聞いてみると昨日日本に来たばかりの17,8だかの娘さんであった。およそ客を楽しくさせる風ではない。私は酔った頭と恥ずかしい英語で色々と質問していたのだが、そのうち彼女は自分の家族の話を始め、そして清い目で私を見てこういうのだ。
「この近くに教会はありますか? 次の日曜日教会に行かなければなりません」
醒めたな、酔い。
確かその店は練馬にあった店だと思うのだが、私は土地勘もないし「この辺に住んでるわけじゃないので、分からない」としか答えてあげられなかったと思う。
しかしそんな話題で弾むか、話が? 冗談でも言えるか?
「俺も君と一緒に行きたいなぁ、日曜日の教会、エヘへ」とか。
彼女は国や家族を思いだしたのか尚更言葉少なになったので、仕方なく私は彼女にこう言ったよ。
「…レッツダンス」

私のマシンのハードディスクに住まう物知りに聞いたところ「PUB」とは「public house」の略だそうで、「英国特有の大衆向けの酒場またはビヤホールで, その地域の社交場の役目もする」のだそうだ。これが日本語の「パブ」で調べても「洋風の居酒屋」であることに間違いはない。
しかし「和風パブ」という種別を冠した店もあったような気はするがな。どうなってるんだろ内部は? カウンターの代わりに掘り炬燵にでもなっているのだろうか。しかしそれでは正にまったき居酒屋としか思えない。謎だ、和風パブ。
これが「サロン」やら「ラウンジ」などと言うと少しだけ高級なお店の種別になるのだろうか。フロアレディやホステスさんなどがいるでのあろうか。やはりよく分からない。
私はほとんど「パブ」や「スナック」という類の店には行かないが、何の間違いかかつてほんの何回かは連れて行かれた覚えもある。数少ない記憶の断片をつなぎ合わせて浮かび上がる「パブ」のイメージと言えば、カウンター席が12,3席で、カウンターの中にはバーテンと化粧の濃いママ、それと良くて若くてあまり綺麗ではないが笑うと愛嬌もあるかな、今度の休みいつなの?アイちゃん、今度の休みは友達と映画見に行く約束があって、つれないなこの間もそう言ってたじゃない、映画好きな友達なんですよぉ、という女の子が一人くらいいて酒を作ってくれたり話し相手をしてくれる、といった感じであろうか。もしかして全然違うのかな? まぁいい、私の「パブ」像はとにかくそういうものだ。これが「スナック」になっても特に変わりはないのだが。
来る客も近所の商店街のオヤジなんかのお馴染みさんばかり、ではないかと思われる。かなり地方色というか田舎臭いイメージが強くなってくるが、どうにも想像はそちら側にしか広がらないのだ。いやいや「その地域の社交場の役目もする」というのだからこれで正しいはずだ。
店の外まで聞こえるオヤジの下手くそなカラオケ、カウンターの端のレジの横には古いピンク色の公衆電話と招き猫、更には「来夢来人(ライムライト)」などと言う店の名前なら完璧であろう。古いか。「灯(ともしび)」とか「馬酔木(あしび)」なんかもムードは満点。札幌の実家の近くにスナック「献身」というのがあったが、なんだか気が重くなりそうだがな。
まぁ、いい。
ともかく私の中での「パブ」だの「スナック」だのはそのようなイメージに向かって暴走しているわけだ。
これが「バー」と言うことになると私も「ショットバー」くらいなら出入りすることもあるので、もう少し想像もしやすい。お腹がいっぱいでお酒だけ飲みたいときに入り、ナッツやチーズの盛り合わせ程度のつまみを頼んで静かに酒を飲むわけだ。
「パブ」にしろ「スナック」にしろそのあたりは大差はないのではないか、と私は主張したい。こういった店は酒飲みにとってその日の一軒目に行く店ではないように思えるからだ。違うか? いや、違うはずはあるまい。アタリメやエイヒレ、ポッキーやチーズで酒を飲む場所に相違あるまい。
だと言うのにだ。
私は最近以上のような私の「パブ像」を覆す店を見つけて驚愕してしまった。それも我が家の近所で、だ。

「とんかつ&パブ」

エエッ!?
「旨いトンカツ」なのだそうだ。堂々と看板にはそう謳ってあるのだ。「旨いトンカツ 楽しいお酒」と言い放っているのだその看板は。しかも「パブサルーン」というこれまたハイブリッドな種別の店なのだそうだ。どういうことだよ? レーザーカラオケもあるのだそうだ。困った!!いや、困ることはないか。いいのか!? いや、ま、そりゃ悪いことは何もないのだが。
常識を根底から覆す謎に包まれた新手の“とんかつ&パブ”「○ォーラム」!! 誹謗中傷するわけではないが、一応伏せ字にしておこう。
JRの駅からほど近い踏切のそばにあるこの店は、外見はこれといって変哲のない「パブ」である。どちらかと言えばそれほど躊躇無く入れる感じの店構えだ。決してぼったくりに遭うような感じではなく、至って明朗な会計をしてくれそうだ。だったら入ってみろ、という話もあるが、謎を解いてしまうと得てしてつまらなくなるものだから、このまま無邪気に楽しんでいたいと思う。
先にも書いたがこうした「パブ」「スナック」そしてこの店が冠した種別名「パブサルーン」も含めて、こうした店は決して一軒目にいく店ではないと思うのだ。な?
例えば友達と飲むことになったとする。
「乾杯! どう最近仕事は? 忙しいの?」
「まぁ、ぼちぼちかな、スケジュールは遅れてるけどね」
このような会話がなされる舞台は食べ物の美味しい居酒屋であったり、もっとしっかり食べたいなら焼き肉屋などと言うことになろう。決して「パブサルーン」ではない筈だ。偏見か? いや、このホームページに公正な意見があるはずもないし、全てが偏見みたいなものだから許されたい。
お腹も一杯になり、酒も回ってきた頃にはこんな事を口にするだろう。
「お勘定」
「さてどうしようっか?」
「食べ物はもういいから、軽く飲めるとこがいいね」
さぁ、ここで出番だろう普通、「パブ」だの「スナック」は。
ほろ酔い加減で歩きながら雨の中次の店を探す二人、っていつの間にか雨が降っている上に二人ということになっているが、それは気にしないでくれ。
「そういや、この先に新しい店が出来てたな」
「行ってみる?」
さあ、二人は雨に追われるように足早にその店に入るわけだ。
おしぼりと突き出しを出され彼らはこういうだろう。
「え〜と、俺ウィスキー水割り」
「ロックで」
出された飲み物を一口二口飲んだところでバーテンが聞くだろう。
「おつまみは何か?」
「そうだな、なんか軽いものでも…メニューある?」
そしてそのメニューを開いたときに最初に目に飛び込んでくるのは何と!!
「当店自慢!とんかつ定食」
しかも豚のマンガキャラが描いてあって、「味自慢!」などと吹き出しが出ているかもしれない。
醒めるな、酔い。
これが男同士ならまだしも、夜の秘め事も視野に入れ期待に胸膨らませている男と女だったら、萎えるな。この日は帰るよ、それぞれの家に。とんかつを食って精力を付けて、さぁひと勝負、とはならんだろ。
どう考えても「とんかつ」と「パブ」じゃ、「合体」できないと思うんだがな、やっぱり。