鬼のよう

 先日のF1第16戦日本グランプリ、ポールポジションを取っていたにもかかわらず、決勝でエンストのために最後尾スタートとなったシューマッハは実に気の毒であった。ワールドチャンピオンをハッキネンと争っていたシューマッハにとってこれは致命的なミス。心の中では最初の再スタートの原因となった、あれはトゥルーリであったか、やつのこと心底憎んだかもしれない。しかしセルフコントロールの鬼、シューマッハはそんな不運にもめげずにスタートから周りの車を牛蒡抜き。先頭を走るハッキネンを目指し、フェラーリのボディのように真っ赤に燃えた鬼神のような走りを見せてくれた。
 タイヤのバーストでリタイアを余儀なくされ、結局ワールドチャンピオンはハッキネンの頭上に輝いたが、それでもシューマッハのあの走りは素晴らしかった。
そう、正しくあの姿こそは鬼のようであった。

 先日自分の部屋で捜し物をしていたら、以前仕事で描いた絵が出てきた。「MEMORIES・彼女の思いで」というアニメーションのために描いた設定で、ヨーロッパのロココ様式風の館の一室が描いてある絵だ。壁の装飾だのシャンデリア、飾ってある絵の額縁や小物の一つ一つを丹念に描いてある。自分の昔の絵に感心したりすることなどほとんどないのだが、久しぶりに自分の絵を見て軽い驚きを覚えた。

 「けぇーっ、鬼のように細かいな」

 ふと口をついて出た言葉に違う意味で驚いた。「鬼」って細かいものか?
 「細かいものを描かせたら彼は鬼だね」
 このような使い方ならともかく、鬼のように細かい、とはかなりおかしい。
 「鬼のように(な)〜だ」
 いわゆる形容の言葉だが、この言い回し実は私が高校生の当時随分と、しかも甚だ不自然に流行ったのである。
 「鬼のように強い」「鬼のようにでかいやつ」「鬼のような顔をして怒る」
 取り立てて珍しい表現ではないし、これは正しい使い方ではないかと思うのだが、言葉というのは得てして勝手に一人歩き出すのは周知のことであろう。何も幻影だけが勝手に一人歩きして、もしも…もしもそれが実体を持ったとしたら……ルミちゃん、私怖い、などというわけではないのである。何のことか分からない人は気にしないで結構。
ともかく「鬼のよう」という言い回し、これはイコール「もの凄く」という事を表現する言葉だったのだろう。ちょっと前にルーズな女子高生の間を席巻した「超〜」という表現と変わらない。いつでもそんな若い気持ちの表現としてそんな言葉が流行るのかもしれない。
 またこれは北海道弁で言うところの「なまら」「なんまら」であり「わや」とか「わいや」でも差し支えあるまい。先の例でも「もの凄く(なまら)強い」「もの凄く(なまら)でかいやつ」「もの凄い顔をして(なまら)怒ってた」と置き換えても何ら違和感はない。とにかくなんまら凄い様を表す、筈だった、最初は。
 しかし以上のような置き換えが成立するからと言って逆もまた真なり、とは限らない。

 この言葉はクラス内の、いやそれを越えて学校周辺の人間の間で流行り言葉のように使われて「もの凄い」事を表現するために色々な言葉の前に無制限に登場し始めたのだ。
 「鬼のように可愛い」「鬼のように足が速い」「鬼のように頭が良い」「鬼のように……」
 鬼が可愛いというのは鬼に対してちょっと失礼な形容であろうし、韋駄天と競う程に足が速かったという伝説もあるまい。桃太郎一人にいいようにあしらわれた鬼がまさか頭が良かったはずもなかろう。頭が切れて細心なのは悪魔と相場は決まっているし、大胆なのは天使の方だろう。

 「今朝のバス、鬼のように混んでてよぉ…」

 どういう表現なんだ、一体。ひしめいているのか、鬼が。

 「夜中まで麻雀しててよ、鬼のように眠いべや」

 完全に間違ってると思うんだがな。こうなると鬼の立場などお構いなしである。しかし当時はごく当たり前に身の回りで頻繁に使われていたのだ。
ちょうどその当時ソニーから今では当たり前となった「ウォークマン」が発売されたりもしたのだが、当時は画期的な商品であった。今の製品とは比べものにならないくらい巨大なウォークマンではあったが、それでもその携帯性に驚いたものである。

 「ウォークマンて鬼のように小さいな!」

 泣くよ、鬼も。小さいとまでいわれた日には。恐ろしいものの象徴と謳われたあの鬼が、小さいものの比喩として使われるなんて、鬼の先祖に顔向けの出来るわけもない。鬼、号泣。

 さて私も来年は鬼のように働きたいと思っている。特に実現の可能性の出て来たアニメーションの新作では前作に劣らぬよう来年は大いに頑張る所存である。
 私の来年の抱負なんか聞いてないって?
 なに、泣いた鬼を笑わせてやろうかと思ってさ。

運命秘宝館

 やれやれ10月の12日をもって私も35歳になりました。
 誕生日おめでとう、俺。

 ホームページ表紙に載せた「パンの日」の情報をくれたY・Kさんによると、同じ誕生日の芸能人には鹿賀丈史さんや真田広之さんがいるそうです。私の記憶が確かなら、真田さんは見たことがあります。去年の東京ファンタスティック映画祭の控え室で見かけましたよ、真田さん。「古代!ここは俺に任せろ!」「真田さん!!」…べたべたなボケで申し訳ない。
 さて北の大地で暮らすメール友達が親切に私の誕生花を知らせてくれました。ありがとうS君。いや、これからは運命秘宝館の主・ブラザーSと呼ばせてもらおう!またの名を「アニメ史研究家」。
 そうです彼は「夏の感謝祭」と題して行った私のバカ企画の中の「希望の訛り」に真っ向から挑んでくれた嬉しくも頼もしい男です。「パンの日」情報のY・Kさんもその節は参加してくれた方です。こういう美味しいネタをもらうと仕事が忙しくてもHP更新の意欲が湧くと言うもの。

 話がそれましたが「こけもも」だそうです、私の誕生花は。
 花言葉は「反抗心」……。おいおい、出来過ぎじゃないのか? 作ってないか?ブラザーS。
 それで「花占い」はと言うと以下の通り。

「悔やんでみても仕方がない恋と、さっぱり忘れられる人。失恋してもくじけないあなたに脱帽します。愛する人が、あなたのくじけない心を見つけたとき、愛は花開くことでしょう。社会の荒波を乗り切るふたりの生活は、くじけちゃならないことばかり。あなたなら、幸せを勝ちとることができます」

 「失恋してもくじけないあなたに脱帽」って…シャッポ脱いだか。私はこう見えても傷つきやすいガラスの30代だぞ。そういうのは真田さんだけにしておいて欲しいな。
しかも「くじけちゃならないことばかり」って、辛いなそれ。

「北半球の寒い地方に広く分布している。 寒帯のハイマツの下や湿地に生える常緑の低い木。大きいものでも、15センチくらいしかない。果実は、赤く熱し、ジャムや果実酒に、葉は「こけもも葉」と呼ばれ、生薬とされています。 日本では、別名「フレップ」。これは、アイヌ語が語源です。 この日生まれの人、こけもものジャムを食べると、幸せがやってきます。」

 救いだな「こけもものジャム」。食わねば。食って幸せを呼ばねば。

親切な彼は更には「生運数」というものまで調べてくれました。それによると私の性格は「悩殺理性型」だそうだ。どういう型なんだよ一体?
超ビキニの下着で片手に広辞苑を持っている姿が浮かんだが、そういうことではないのか。

「あなたは多弁で利発に加えて文筆の才があり、誰とでもうちとける社交生を持ち、他人の説得力も十分で交友関係も多彩です。」

「多弁」…そうなんだよな、喋り過ぎなんだよな、いっつも。それで反感買っちゃうんだよなぁ。
みんなゴメンよぉ!!
それにしても何かただ口の上手い詐欺師みたいだな。

「頭の回転が早く、何をしても無難にこなす器用人間です。知性、機知、独創的なアイデア等、異性に対しても素晴しい才能を持っています。」

そうかぁ、器用貧乏なんだよな、確かに。気になるのは「異性に対する素晴らしい才能」という部分だな。どういう才能なんだろ?一体。

「しかし、ハートがやぶれるほど愛に溺れることができない理性派の面をあわせもっているため、何事にも飽きっぽく中途半端に終わってしまうことが多いはずです。」

そうだよそうだよ、足りないんでしょうよパッションとやらが。それにしても中途半端に終わってしまう、しかも「多いはずです」と断定されてもなぁ。あ、私の漫画連載のことか? そうかぁ、私のせいだったのか…。

「恋愛に際しては、悩殺的な魅力で女性の自制心を水に浮かべた薄紙のごとく、たちまちのうちに溶解させますが、内面は意外にクールで自分の心は決して明かしません。」

 悩殺的な魅力……? しちゃうぞ、悩殺。

「結婚後の毎日が、家事だけの生活には、すぐに退屈するでしょう。趣味や娯楽・スポーツで緊張を緩めることが大切です。」

そうだなぁ、あんまり家事に精を出す方じゃないかな……って、おい、これって女性向けの占いじゃないのか?


 いや失礼。ブラザーSからの追伸によると、性別判断では「男性」をチェックしてくれていたそうだ。世の中は男女平等への道を邁進しているのであったか。スマンスマン。
さてその追伸にはまたしても思い当たるふしがあるというか、興味深い占いが記されていた。恐るべし、ブラザーS!私を占いの呪縛とラーメン屋へと導く運命秘宝館の男!!
知らない方のために、と言うか誰も知らないだろうから付け加えておくと札幌に帰省した折りに、私と妻そして“温泉番長”中山氏がブラザーSと酒の席を共にして楽しい時間を過ごさせてもらい、飲み会のフィニッシュとして土砂降りの雨の中美味しいラーメン屋に連れていってもらった、という故事に基づいているのでした。
美味しかったよ、“山岡家”のラーメン。ちょっとしょっぱかったけど。ありがと。

 話を運命秘宝館に戻そう。私の名前の総画数による運勢だそうだ。
まずは「吉凶指数」という収入に対する吉凶の割合を示す数字があって、これが高くなるほど貧乏だということに…「エンゲル係数」と混じってるか? その年の米の作柄を…それは「作況指数」か。そうじゃない。
およそ数値化するのに困難といわれた吉凶を客観的に分析したのが、この「吉凶指数」だ!って他人に調べてもらっておいて私が偉そうにすることはないか。

「吉凶指数」(最大100最低−100)

 い……一体何を根拠に200段階評価になっているのだ。細かいね、また。お役所の文部省だってもう少し目が粗いってのに。
しかし学期末に通信簿に混じってこんな「吉凶指数簿」を渡されたらちょっと怖いな。
「…木村君、久保君、今君…今君今学期は大分下がってるぞ、次は頑張らないとな」
「げ〜ッ!! 吉凶指数−93!? 学年でビリだよこれじゃ!! が、頑張らないと死んじゃうかもしれないよぉ!!」
頑張ってどうにかなるものではないわな。運命なんだからな。しかし、いるのかな?「−100」なんて絶望的な人とか。親恨むぜ、そんなだったら。
さて私は、と。

「宿命運   50」

 良かったぁ。少なくとも不幸の星の下に生まれたわけではないようだな。推察するにこの「宿命運」というのがいわゆる全体運みたいな物なんだろうな。「50」だもんな。「50点」じゃないんだから、いい方だろ。200段階評価なんだし。

「30歳まで  37.5」

 おいおいおい!「.5」って、「.5」って君!? 200段階評価じゃなかったのか!?一桁増えとるやんか!?
 しかし一段と細かくなってきたな、年代別にも指数を出されるとは。
 ともかく、だ。「宿命運」とやらが「50」であったことを考えると、この「30歳まで」と十把一からげにされた私の大事な大事な青春の時は、全体から見れば平均を下回っているということになるじゃないか。
 そういえば確かに寂しい青春だったような…。パーフェクトにブルーか、そんなひどいこと言うな!
しかし無いよなぁ女子にもてたこともなぁ…学校でも浮いてたしなぁ…A型肝炎で入院もしたしなぁ…漫画も鳴かず跳ばずだったしなぁ…何がダメだったんだろうなぁ…才能が無かったのかなぁ…根気が無かったのかなぁ…あ、無かったのは「こけもものジャム」か!? クソォあの時「こけもものジャム」さえ食っていたら…。
どうせ「37.5」だからな、30歳までは。ところが、一夜空けて31歳になったその時から!!

「30代  50」

 春来る!!ちょっと遅れたけど。「50」!!一気に12.5アップ!!食ったか「こけもものジャム」!? 覚えはないけどな。
 凄いな、しかし。200段階評価ということは「−100」を0とした場合それまでが「137.5」ってことになるから、何と一割近くも指数アップ!!
 ダイエットだってこう劇的に上手くはいかないだろ、エ?
 しかし31歳って何してたときだったっけな…………アレェ?いや、そうだよな、ちゃんと計算してみよう。私は実証主義だ。
 30歳の誕生日は、確か「ジョジョの奇妙な冒険/第5話」にかかった頃であったろうか。「30歳まで」だからこの時はまだ指数「37.5」か。
 それで「セラフィム」という天使を題材にした誰も知らない漫画、しかも副題が2億6661万36の翼」だったことなど誰も知らない知られちゃいけない〜♪デビルマンが誰なの〜か〜♪という連載を始めてしまったのも30歳の時だな。
 それで、と。おそらくは31歳の誕生日は過酷な連載の最中に迎えたであろう。この日を境に私は生まれ変わるわけだな。脱皮、ってやつですか。いよいよ順風満帆!!指数アーーップ!!
 そして31歳を迎えると同時に!……何も無いな。なんだよう。
 いやいや、ローマを一日にして成らず。吉凶も一日にして変わるわけではあるまい。
 この歳は、そうかもう一本連載漫画「OPUS」を始めたのか! よけい辛くなっとるやないか。
 しかもこの31という歳は、とある漫画原作者が逃げ出してひどい目に………オヤ?
 オヤオヤオヤ? ふ〜ん、悪い歳じゃないわな。
 それにこの年に結婚を決めて32歳の誕生日に入籍もしたのだから、そうか指数アップもまんざら、いやかなり信憑性も出てきたじゃないか。
 あ、でもそうか32歳のときに残った漫画連載が雑誌廃刊の憂き目にあうのか。しかしこの後「パーフェクトブルー」に上手くオーバーラップしていって、現在に至るわけだからなぁ。確かに31歳での吉凶指数の上昇というのも否定は出来ないわな、ホントに。

 恐るべし、ブラザーS!!運命秘宝館の男!!って別に彼が占ったわけじゃないのか。でもこれが全部ブラザーSのでっち上げだったら怖いな。当たってて。いや、嘘でも良い!!導けよ私を幸運の彼岸へ!!そして美味しいラーメン屋にも!! 今度帰省したときも宜しく。
 私信はさておき。いや全部が私信なんだけどさ。
 「30歳まで」が「37.5」で一夜空けて一気に「50」だったんだからな。膨らむ夢と期待はそして未来へ!

「40代    50」

「50歳以降  50」

 …良い、ってことなんだろうな、これ。エ? 嬉しいような気もするんだけどさ。
しかし無難な男だな私も。今後の人生山無し谷無しかい。

さてさて運命秘宝館はまだ続く。このブラザーSが告げてくれた占いによると「宿命運・30歳まで・30代・40代・50歳以降」には吉凶指数の他に4段階評価があって、「一番上から“神様・天使・小悪魔・死神”のイラストがそれぞれ出る」と言うのだ。200段階評価から一気に大雑把になったような気がするな。しかも「イラストが出る」って…もしかしてこれCD−ROMか何かなのか? コンピュータにそこまで言われるのは、ちょっとなぁ……。

「今さんの場合見事に“天使”マークが5つズラっと並んでました。」

よし!言ってよし!!パソコンのソフトでもゲームでも良し!そうかそうか並んだか、天使が。

それは微笑んでいたのかい?
瞳は綺麗なブルーだったかい?
羽は優しく羽ばたいていたかい?
天使の頭の輪は黄金色に光っていたかい?
ふぐりは小さかったかい?

この際キリスト教だの仏教だの宗教の違いなんかおいていいんだろう?運命秘宝館の主・ブラザーS。
いやぁホント良かったなぁ。まったく、「天使」じゃあまりいい思い出は無かったんでね。

あとは「こけもものジャム」だな。

大掃除・パート1

 だからどうした。
 松田聖子が再婚したからどうだというのだ。
カズが代表メンバーから外れたからといってどうしたというのだ。判官贔屓も目に余る。
インドとパキスタンが核実験をしたからといってどうしたというのだ。いやそれは問題だ。やめろよ核は。怖いから。

 「こわい」というのは北海道弁では「疲れた」の意味がある。山登りなどしては山頂にて汗を拭い「いやぁ、こわいこわい」、外出から帰ってきては荷物を下ろししみじみと「こわいねぇ」。知らない人が聞くと何事が出来したかと思われるであろうが、私の愛用する電子辞典「岩波国語辞典第五版」にも「疲れてきつい。へとへとだ。▽東北方言。」という記述がある。

 こわい。こわいんだ、どうも。

 梅雨に入ったせいか。

 北海道に生まれ育ったこの体は、ネイティブの寒冷地仕様ではあるが高温と湿気には極度に弱いらしく、梅雨の時期は行動力思考力共に激減するきらいがある。クロック半減。マルチスレッドな処理などもってのほか。
 毎年6月から7月中旬にかけてはどうにも頭が粘液をかぶったように鈍く重く、そして体はタールのようにだるい。「パーフェクトブルー」が完成して以来どうにも太ったようだし。制作中は62〜3キロに落ちていたこの身の重さが気が付くと70キロ。184センチの身の丈であるから「やせている」ことに変わりないのだが。お腹だけ出てくるのはあまりよろしい形ではない。

 仕事にならん。気持ちでは一生懸命にどの仕事もしたいのではあるが、体は正直者。「口ではそんなことを言っても、ほうら体の方は……ぐへへへ」何だそれは。
朝、いや昼過ぎくらいに起きてコーヒーを飲みながらパソコンの前に座るともう動く気がしない。あれこれと思う予定や仕事のアイディアは浮かぶものの、乱れ飛ぶそれらのパルスは不意に横切る記憶の断片や表を通る竿だけ屋の売り声にかき乱され、まとまった体をなさぬままに無意識の底に消えていく。サイナラ。

 故にこのような愚にも付かないことを書き始めたりする。同じ愚にも付かないなら、早く「パーフェクトブルー戦記」の続きを書けば良いではないか、という話もあるが、あれはあれで気持ちが入らなければ書けない物なのだ。とにかく考えがまとまらない。

 心の乱れは部屋の乱れ。こんな時は掃除だ。35年近い人生経験から学んだ、セルフコントロールの一つの技法が、掃除。
遙か高校時代の担任の教師は、美術部の顧問でもあった。「ちねん」というコードネームで呼ばれたその先生は、放課後美術室に入ってきては、居合わせた部員に「描けよぉ」の低音を喰らわし、そしておもむろに箒を手に掃除を始めることがあった。
「げ、機嫌が悪い」
 一同すぐさまにその気配を感じ取ったものだ。「ちねんの掃除=機嫌が悪い」は定説となったいたが、きっとなにか考え事だのつらいことだの忸怩たる思いや後悔の念などがあったのだろうな。掃除を始めたちねんを後目にさっさと帰ったこともあった私だが、今ならその心境に深く共鳴するよ。

 そんな埃まみれの記憶が頭をよぎるのも何かの不具合のせいなのか。

 よって近頃は部屋の片づけなどに無心な時を過ごしたりしていたのだが、六畳間のメモリを遙かに超えた書籍の類は、随分と処分をしたのだがこれ以上どうにもならぬ。いつかあるかもしれない出番を思うと、資料はおいそれと捨てるわけにもいかないのだ。思い切って捨てた後の仕事に限って必要が生じたりする、とマーフィも言ってるに違いない。

 もう一つの部屋、ハードディスクも整理の必要を感じ不要なファイルや過去の仕事はMOに姿を変えさせる。しかしこれまた整理の下手な私のこと、何にどれが入っているかが分からない状態となり、結局一枚ずつスロットに入れては中身を調べなければならない羽目に陥る。ちゃんと内容を記しておく癖を付けねばならない、と何度も思うのだが、カセットテープやビデオ、MDにしても今までそんな整理が出来たためしがないので、変わりはしないだろうな。

 様々な困難や喜びを共にしてきたこのパソコンも雇い入れて1年半、そろそろ戦力補強を感じてきたので、ハードディスク増設などの措置を考えねばならないな、と思う一方しばらく姿を隠していたはずの物への欲求が最近にわかに浮上し、頭の中には「ノートブックパソコン」の文字がジェンカを踊り始めている。「♪レッツ、キッス、頬寄せて…」燃えろよ燃えろ、キャンプファイア。
 それにしてもどこを押したら「モバイル」などという必要が出てくる仕事だ、とは分かっている。いや、ノらない仕事の最中の手慰みに欲しいのだ。少々値が張る手慰みだな。ノートのジェンカは日増しに迫ってくる。

 大枚をはたくのはまぁ良いとしても、ここにまた別の問題が生じてくる。私のパソコンはリンゴマークなのだが、世の中はゲイツの手中にある。
仕事上これと言ってリンゴマークで不自由を覚えることはないし、周りの人間も9割以上がリンゴ組という、のどかだが大変物価の高い辺境地区に住んでいる。故にノートブックも慣れ親しんでいるリンゴマークを買うのが賢明であるのだが、この辺境の平和が永劫に続くわけではあるまい、という危惧がある。価格の不均衡も度が過ぎている気もするし、ベータのビデオデッキの例に漏れず私の幸せが長く続いた試しはない。更には近頃のリンゴ組の長がやることもどうにも不安が多い。来るべき日に備えて今からゲイツの窓にも出入りする方法を身につけておく必要も感じ、これを機にあまり好ましくないがゲイツ系のパソコンを買うという選択肢が立ち現れてくる。ソニーの「VAIO」ならデザインも許せるし。いやしかしCDプレイヤーの壊れやすさに学んだ筈ではないか、ソニーはやめよう、と。単に私との相性かもしれないが。

 値段が下がり始めた旧型Powerbookもすてがたいし、それにやはり新型G3のデザインは秀逸にしてスペックもすこぶるよろしい。とはいえ値段も随分とよろしいようで、そんな高いノートを買うなら仕事先に一台デスクトップマシンでも買った方が……いやそれなら自宅のマックを新型にして仕事先にこのマックを……などと意に反して選択肢は増殖を続け、判断力の低下した現在の私のCPUには処理が重くなってきている。物欲も満足に果たせないとは情けなや。

 そこで掃除だ。パソコンの中身に続いて今度は私のハードディスクを整理する必要性、大である。最近の仕事や行動を整理して記し、右脳と左脳も大掃除することにした。

 今年に入ってからの仕事といえば、「スチームボーイ」。これをメインにしながら、「パーフェクトブルー」の布教宣伝活動をこなすというのが基本的なシフトになっている。それに加えて最近では新作の画策という、現段階では日本銀行発行の絵はがきが貰えない仕事が加えられ、私のなけなしの集中力と銀行の残高は減る一方で、しかもろくな仕事が出来ていないといった有様だ。

 「スチームボーイ」に関してはまだまだ発表できないことも多かろうし、私の作品ではないのでここで何かを言うようなものではないが、バンダイが威信を懸けた大プロジェクトだ。もう一方の犬プロジェクト、違う大プロジェクト「G.R.M」が制作停止になった現在、「スチームボーイ」は是非成功して欲しいと思うよ。それにしてもいつ完成するのか、まったく予断を許さない超大作である。

 この作品での私の仕事を簡単に紹介しておけば、設定・レイアウトということになる。世紀末のイギリスはロンドンなどが舞台になったりしているのだが、私は少なくとも前世で世紀末のイギリスに住んでいたこともないようだし、あまつさえ現世でイギリスに行ったこともない。大量の資料と格闘しつつ想像力という名のウソで隙間を埋め、舞台となる「万国博覧会場」だの「賑わうロンドン市内」を描いている。描けるかそんなもの。通行人の服装、看板一つ、馬車一つ描くのでもいちいち調べねばならないというのは、なかなかに根気がいるので、貯金していた私の根気も随分と残高が減っているかもしれず、仕事中に突然立ち上がり「キィーーーッ」と叫ぶ日も近いかもしれない。たまにあるんだ、本当にそんな苛立ちが。さすがに実際に声に出して叫んだことはない、と思うが。

 さてパーフェクトブルーに絡んだ仕事というのは多岐に渡っている。覚えている範囲で今年こなした仕事を上げてみる。CDドラマ「ダブルバインド」用にキャラクターの描き起こしたりしたのは去年からの引き続き。この仕事は担当者が魯鈍な男で、しかも現在は会社を辞めたとかでギャラをまだ貰っていない。何とかしてもらいたいよ。
好評をいただいた「交通広告」用の絵を描いたのも今年のことであったろうか。禁じ手にしていた「ブルー」を基調にした絵を描いて、「パーフェクトブルーの仕事は終わり」にしたつもりだったのだが、その後もなにかと描くことになるとは思わなかった。
 「日常に消えて行く未麻」をイメージして描いたこの絵は自分でも割と気に入っている。元々カラーのイラストというのは得手ではないのだが、これを機会に大変興味が湧いてきた気がする。手間のかかる手作業での塗りの労力が、パソコンのおかげで随分と軽減されその分色の選択や配色に神経を集中できるようになったと思う。もっともこのイラストの時は少々ズルをして気に入った写真を取り込んで、それをパレットにして色をサンプリングしている。
そういえば渋谷のパルコ周りに大きめの看板が掲示されたが、そのための「メインビジュアル」のデータの組み直しというのもやったっけか。一時期の渋谷パルコの周辺は歩くのが恥ずかしかったよ。

 一月には「博品館劇場」とやらでの訳の分からないイベントにも引っぱり出され、それ以後また1月末から2月にかけては、公開に向けてまたぞろ色々な取材を受けたはず。BS「真夜中の王国」だの「週間プレイボーイ」、前述の魯鈍男が取ってきた訳の分からない貧乏なラジオ番組、毎日・読売・日経新聞なんかの取材もあったし、新アニメ雑誌「AX」とかいうのもあった。
 2月の半ばには「ベルリン映画祭」にも出張。このことは「ベルリンは燃えているか?」の方に詳しいが、ここでも多くの取材を受け、色々な人と知り合い様々なものを目にすることが出来て、大変良い経験をさせて貰ったことは間違いない。ベルリンの衆よありがとう。

 この頃からは、現在発売中の「パーフェクトブルーリミックス」なる関連書籍の打ち合わせも多かったような気がする。当初は「監修」という名目で関わっていたので、村井さん共々それは数多くのアイディアを出し、メールで済むような打ち合わせにもわざわざ半蔵門くんだりまで嫌な顔半分くらいで出かけたりもしたものだ。岩男さんにも私がインタビューをし、竹内氏・村井氏との鼎談のテープ起こしの原稿を随分修正したのも私。
 担当の編集者は一生懸命にやっていたようだが、諸々の事情であまり宜しくない事態となり「監修」から「協力」という形におさまる。ある程度は仕方ないことではあるが「時間がないから」という口実は本編だけで沢山。
 それに、だ。およそ私が「監修」していながらチェックが行き届かずマヌケな絵をスチルとして使用された日には、アニメ制作に携わってくれたスタッフに申し訳の一つもたちはしない、というのが本当の理由。

 東京での劇場公開をやっと迎えて、前日には岩男さんのラジオ番組に声を出し、公開当日は新宿渋谷と舞台挨拶。もう随分と前の出来事のような気がするが、2/28、まだ3ヶ月ほどしか経ってないのだな。

 この無駄話はまだまだ続く。以下パート2へ。次号は特別付録「スタッフ慰安旅行“愚連隊西へ”」の予定。

ガッツなニアミス、あんたバカぁ!?

 2/7、赤坂BLITZでP-modelライブ。内容の方はレイヤーグリーンの物語の最終回ということもあり、いつもより長めに演奏しております、といったライブだった。それはそれでまぁ楽しませてもらったのだが今回の主題とは関係ない。問題はその後の飲んだ席でのことである。まず赤坂 BLITZを出たときに目に飛び込んだのは降りしきる雨である。「聞いてないよ」勝一氏の冗談が正に正鵠を射ている。しかるに近場の飲み屋に入り、まずはビールをあおる。メンバーはP-model、平沢関係のライブではおなじみの友達同士、計5名だ。飲むこと十数分か。入ってくる一団、総計6名。どこかで見たような気がするも私の記憶も定かではない。ましてこちらも飲んでいる席だ、細かい記憶など3杯のビールの前には雑音に等しい。しかし何故か、如何に飲んでいる席とはいっても業界に近い話を避けたのは、私の無意識の警告か。
 普段飲んでいる席での話題といえば業界のバカ話だの噂だの悪口と相場が決まっている。「あそこのスタジオって今何やってんの?」「××ってビデオ」「ああ、あの○○がキャラとかいうやつ」「どうなの?」「もうだめだめ」「やっぱりねぇ、よく作るよなぁ」「スケジュールも崩壊してるらしいよ」等々といった会話が酒の席での枕みたいなもんだ。が、この時ばかりは何故かそんな話題はテーブルには上らなかったのだ。やはり何かその話題を避けるベクトルが働いていたのだと思う。
 酒も進みそんな私の無意識の警告も和らいできた頃。ふと隣に陣取った件の一団の会話の断片が耳に飛び込む。「林原めぐみが……」。ギクッ。もしや私の無意識も捨てた物ではなかったか!? トイレに立ったときその一団の一人と目が合う。誰かは知らぬが覚えのある人。さて一体誰であったか? 何と私のヤングマガジン時代の担当の後輩で面識のある人だと判明。今は「ヤングアニマル」の編集とか。お互い「やぁどうも」。そしてその一団の一人の女性が同時に声を上げる。「あ、パーフェクトブルーの監督の……」そうだそれに間違いはない、自慢ではないがその今 敏だ。と、見ると奥の側に座った一人の女性にも見覚えがあるではないか。それも先日たまたま見たテレビ、昼の小堺の何とかいう番組で見たのだ。なんと宮村優子ことミヤムー、逆か。「あんたバカぁ!?」だな。
 そうか、「ベルセルク」、平沢絡みか。あっぶねぇ!何とベルセルク原作者の漫画家もいるではないか。確かシミズケンタロウとか……ッてそれは失恋レストランか。三浦健太郎さんでした。ああ、全く危ないッたらありゃしない。何が危ないんだかはともかく、さすが私の無意識、というより保身のための虫の知らせか。それじゃ言外に違う意味があるみたいだな。いや、別にない、筈、かもしれない。教えない。
ミヤムーはテレビで見た印象より全然可愛かったな。妻と私の友達の握手にも気軽応じてくれたし、何より自分が出演したわけでもない私の拙作「パーフェクトブルー」をビデオで見てくれたと言うし、おまけに「怖かったです」という、大変嬉しいコメントもくれるとは。私は今後ミヤムーには一票投じることにしよう。何のかは分からんが。
 しかし何だか狭い世界なことだ。私と一緒にいた中山勝一氏は「でたとこプリンセス/第2話」の演出を担当しており、私だって原画で参加しているのだが、その主演声優がアスカことミヤムーである。「“でたプリ”ではお世話になりました」と勝一氏。礼儀は大事だ。しかも勝一氏は最近「ベルセルク」のラフ原画もやっている。私だって音楽クリップの編集もしてたし。こんなメンツで飲んでてよくまぁ隣の一団に絡んだ話題が出なかった物だな。うっかりそんな話題に触れて、いつもの調子で「○○って、ホント××だよなぁ」とか言ってた日には、悪気が無くても角が立つよな、やっぱり。いやぁ、ホントに危なかった、と私は飲み屋のトイレで大笑いだ。それにしても不思議だよなぁ、誰が知らせてくれたのかなぁ、死んだおばあちゃんからかもしれないな。有り難う、おばあちゃん。

’97を振り返る

 今年も終わろうとしているので、年末らしく今年を振り返ってみることにしようか。いやはや何とも多忙を極めた年であった。去年から引き続きでパーフェクトブルーの仕事に追われるように始まった今年。ゼロ号試写が終わるまではろくに休みも取らなかった、というより休んで家にいるよりもスタジオで仕事をしていた方が精神衛生上よろしかったと言える。まあ、この辺のことは「パーフェクトブルー戦記」に詳しく書いていこうと思っているので、パーフェクトブルーの仕事が終わってからを振り返るとしよう。となるといきなり8月ということになる。作品完成後の社会復帰の第一弾として本格的フルデジタル劇場超大作「スチームボーイ」への参加を決めてみる。なんだか大変そうだぞ。なんといっても「バンダイの野望」の一環らしいからな、それはすごいことになるだろう。がんばってみようっと。
 「スチームボーイ」と同時に依頼された件が「PARCO PRESENTS デイジーVISIONS 大友克洋とデジタル新世代展」の仕事。現在渋谷のパルコ・パート3で開催中ですのでお暇な方はどうぞ。私が頼まれたのは同展のスクリーンで上映する「デジタルカットのメイキング」というビデオの監修。曖昧だな、「監修」というのも。私の作品というわけではないのでつまらなくても私に文句は言わないように。パーフェクトブルーの展示もありますが、これに関してはほとんど何もやってません。セルと背景を組んだくらいだ。クミが合わないカットが多くて苦労したなぁ……って、それが何で私の仕事やねん?
 それとこの展示会に付随して行われた「トークショー」とやらにも出演。大友氏、森本氏とともに最近の業界事情だの制作の苦労談などについてトークしてみた。変な仕事。会場には熱心な若者たちが詰めかけてくれたようで、質疑応答でもまじめな質問が多く大変楽しませていただいた。「どのくらい儲かるんですか?」言えるわけがないだろう。「超能力があったら何をしますか?」そういうことは藤子不二雄先生に聞いて下さい。ただしAの方。Fの方に聞くにはそれこそ超能力が必要です。
 さらにやはりこの展示会に絡んで森本氏と二人でテレビにも出てみた。テレビ東京深夜のとある番組。放送は既に終了しているので探さないで下さい。オンエアをちらっとチェックしたのだが、長髪を後ろで縛り、眼鏡をかけ、ひげを生やした小さいのと大きいのが並んで映っており若干笑えた。
 現在日本テレビ深夜に放送中のアニメ「剣風伝奇ベルセルク」というのがある。早とちりしないように。本編には何も関係してるわけじゃない。レンタル店によくある無料貸し出しのビデオに納めるとかいう音楽クリップの編集をしただけだ。何故にそんな仕事を引き受けたかと言えば、この作品の音楽が平沢だったというだけ。平沢 進とは何者かというと、ご存じ無い方のためには説明しない。とにかく私が普段愛聴しているミュージシャン、本人曰く「メディア使い」だそうだ。その平沢の曲に合わせて、放送済みの5回分からカットを編集したのだが、興味のある方もない方も見ないでよろしい。なぜなら私の意図してもいないカットが一つ混じってしまっているからだ。ほんの数フレーム、赤と青のパカパカが入ってしまった。やめろって。ともかく入れた覚えのないカットが混じってしまったので、この上もなく格好悪い。どうして私の仕事には、こうした普通ではあり得ない間違いが多いのか。奴らの仕業か? 誰だ?奴らって。「ミレニアム」の見過ぎか。最近はまってます。
 あまり大きな声では言えませんが原画の仕事もしてみました。パーフェクトブルーで原画をお願いした、酒飲み友達にして温泉番長、観劇隊長にして平沢仲間の中山勝一氏がビデオアニメのコンテ・演出をするというので、心ばかりのお返しのつもりで引き受けたものの、他の仕事に圧迫され返って迷惑をかけてしまった。10何カットか描いてみましたが、ほとんど動かせなかったのでほろ苦い原画デビューとなってしまった。だいたいあのキャラは私には描けません。ちなみに作品は「でたとこプリンセス/第2話」。私は別にしても原画のスタッフは豪華なようなので、興味のある人はチェケラッ!
 他に仕事といえば、やはりパーフェクトブルー絡みということになる。まずはポスター、カレンダーに使用するということで数枚の描き下ろし。ラジオドラマ「ダブルバインド」のCD化にともないキャラクターのデザインとイラスト。仕事とも呼べないような仕事として数々のインタビュー……とまあ、そんなところか。あと年内に控えてるのがイベントの出演と忘年会か。がんばろうっと。
 そういや、新作の企画というのも進行している。内容は言えないが、運が良ければそのうち日の目を見るかもしれないがどうなることやら。来年に期待。