BBS増刊号「好きなことをしているから安くてもいい」

BBSのレスとして書いていたテキストが段々ボリュームが膨れてきてしまったので、ブログに掲載する。
内容は、先日まで連載していたJAniCAレポートにも関係するものなので、こちらの方が適当でもあろう。
splさん、Sさん、ご容赦のほど。
BBS、splさんの「好きなことをしているから安くてもいい」と題されたスレッドをご一読の上、以下をお読みいただければ幸いである。
なお、BBS用に書いたテキストなので、通常のブログと文体が異なっている。

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こんにちは、splさん。

>好きなことをしているから安くてもいい
>これは実はアニメーター側の病なのではないかと考えています。

確かにそういう面もあるでしょうね。でも、問題の要素としてはそれほど大きくはないと思います。
ブログでも記しましたが、私は時に漫画家としてもイラストレーターとしても機能してきたという経験から感じたのが「お前たちは好きなことをしているのだから安くてもいいだろう」です。
イラストの仕事も格差が激しいというか、下の方は本当にひどい状況です。
先日、某大手出版社から文庫本の表紙イラストを依頼されましたが、提示されたギャラは四半世紀前に耳にしたギャラと同じ額でしたね。
おそらくは「社内の規定」による額なんでしょうけど、どうして社員でもない私がそんなものに従わされなくてはならないのか。知ったこっちゃありませんのでもちろんお断りしました。
以前、文化庁関係のウェブだか何かからあった依頼なんかは、桁が一つ足りなかった。
「桁が一つ足りません」と返信したら、そのまま梨の礫でした。そういう人たちです。
一方で、20年近く前ですが、某建設会社からの依頼で「白黒一枚三桁」なんて美味しい仕事が2回も続いたことがありました。おかげで当時貯金が出来た(笑)

>安すぎる仕事は断るというオプションがあるはずなのです。

そりゃあそうでしょうが、もし路頭に迷った派遣労働者たちが集まっているような職安なんかで「安すぎる仕事は断るというオプションがあるはずなのです」と言い放ったら、愉快な思いはしないでしょうね。
業界において相対的に「安すぎる仕事」は誰だって敬遠します。
問題なのは「安すぎる仕事」ではなく、新人や単価仕事には「安い仕事」しか用意されていないということです。初期設定としての単価が低すぎるのです。
「だったらやらなきゃいいじゃん」という話もあるでしょうが、絵やアニメーションの仕事も世の中には必要とされているわけですし、それで食っている人間も少なからずいる。
少なくとも、私の知り合いの多くはちゃんと食えています。
私などは腹が出るほどつい飲み食いをし過ぎるほどです。別に儲かっている訳でもなく、好きな仕事をして常識的な報酬はいただいているという程度ですが、たいへんありがたいと思ってる。
誰もが一流になれるわけではありませんが、だからといってその頂上部分を支える裾野だって存在するし必要なわけです。
裾野が食えなければ文化全体は失われるでしょう。
文化に限らず、どんな分野も裾野がなければ成り立たない。
一位になれないならオリンピックに出る必要なんかないと思いますか?
社長になれないなら社員になる必要がないと思いますか?
地方格差に不満のある地方の人間はすべて都会に住むべきだと思いますか?

>だけどアニメ以外やりたくないから断れない。
>好きだからで入ってくる人間はたくさんいる。
>だから買い叩かれる。

需要と供給の問題ですから、そうした構図が生まれるのは当然です。
ただ、「程度の問題」だと申し上げているのです。
それに「買い叩かれる」状態が続いているというのともちょっと違うのです。
そんなはっきりとした意志が介在しているわけではありません。
単に昔からの「惰性でそうなってしまっている」だけです。
平たく言えば、「そうなっちゃったままになっている」。ザッツアニメ業界。
実際、昔(四半世紀くらい前)に比べれば予算はましになっているし、食うために十分に稼げる部署も生まれている。デジタル万歳。
一番の問題は「予算の配分の仕方」であって、この点がアナログ時代からの配分の仕方が惰性で続いているわけです。
仮に過去という背景を忘れて、なるべく各部署の負担と報酬が公平になるよう予算の配分をすれば、作画の仕事も十分とは言わないまでも、報酬ははるかにましになります。
ではなぜそうならないかというと、予算配分をするのは、政治家や官僚と同じで自分たちの既得権益をわずかにでも損ないたくない人たちですし、何より昨日までと違うことをするのが「面倒くさい」からです。社員万歳。

だから、私個人としては「予算の増加」を訴えることも重要だろうとは思いますが、「配分の仕方」を変えれば非常識なほどの低賃金という問題は随分解決することだと思っています。
でも、その解決方法を受け入れたくない部署が予算配分を仕事としているわけですから、その実現困難はご想像いただけるでしょう。
アニメ業界のことに詳しくなくても、この国の政治の問題点を見ていれば、業界の問題も一緒ですから想像は難しくないはずです。逆に業界の問題を眺めていると、政治のことも想像がつくものです。
無駄な出費を減らして人員を削減すれば、業界の問題がすべて解決するわけでもありませんが、軽減されることは間違いありません。

たとえば「予算の配分」について大きな疑問を持つことになった、こんなエピソードがありましたよ。
18年くらい前でしょうかね、ある中編に脚本と設定、レイアウトで参加したときのことです。
脚本が決定稿になろうとしている頃だったと思いますが、ギャラについてプロデューサーと話をしました(事前にギャラの交渉をしなかったのはミスではなくて、半分以上こちらの意図でもありました)。
笑顔を浮かべてその女性プロデューサーは言いましたよ。
「脚本買い切りで20万円でどうでしょう?
設定とレイアウトについては単価ということで」
目の前のコーヒーを頭からぶっかけてやろうかと思いました(笑)
脚本は印税がついてくるもので「買い切り」なんて図々しい話はないし、中編であってもそれは劇場用ですから、当時の私のキャリアで割り引いても「20万円」なんて言語道断な金額です。
さらに設定・レイアウトが単価なんて、制作側にだけ都合のいいのは目に見えているし、その中編の内容を考えるとそんな危ない条件を飲めるわけがありません。
ここまででも十分以上に非常識ですが、本当に非常識なのはさあここからです。
私は提示に対して素直に返答しました。
「ふざけないでください」
すると、どうでしょう!
次回なされた提示はこうでした。
「すべて拘束で月○十万円」
最初「買い切り」といった脚本料の倍からの報酬が月拘束で出てきた(笑)
と、いうことは「買い切り」と「単価」はどこから算出された額だったのでしょう?
かなり変、ですよね。
まぁ、かなり特殊なプロデューサーでしたから、一般論には出来ない話ですけどね。
あ、このスタジオではこんなこともあったとか。又聞きの話ですが。
とある美術監督があまりにも安く使われていることが発覚して、周囲のスタッフが進言したそうです。
「あなたがそんなに安いとは周りはもっと困る。ギャラを上げてもらうよう交渉してください」
交渉の結果はこうだったそうです。
「1.5倍」
最初の予算組はどうなっていたんでしょう?

そういえば、私もさらに前にもこんなことがありましたよ。
先とは別の某作品でのこと。
「予算がない!ない!」と聞いていたこともあったし、単価仕事の原画マンはみんな貧乏をしていたので、自分の報酬「月拘束○五万円」には納得して楽しく働いていました。漫画の方で作った貯蓄もあった頃だったのでね。
ところが、制作後半になって入ってきたスタッフが、私なんかよりキャリアも実力も貢献度ももっと低いにもかかわらず、ずっと高いギャラをもらっていることが発覚した。
速攻、激怒してそのプロデューサーにクレームを付けました。
「ふざけないでいただきたい!」
「で?……どうしろっていうのさ?」
その結果、半年分以上さかのぼって「月10万円ずつ」の「差額」をもらいました。
言ってみるものだなぁ、という教訓が大事なのではなくて、「予算の編成」がどれほどのものかが問題です。

>まずはベテラン勢から声を上げていくべきでしょう。
>新人では価格交渉力はないですから。

あの……だからJAniCAが出来たのだと思いますけど(笑)

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続いては、splさんに対するSさんのレスに対するレス。

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Sさん、こんにちは。

>アニメ業界のことを詳しく知っているわけではありませんが、
>まず予算がありきの場合、ベテラン勢の給料が上がると
>あとは韓国・中国に回されそうな気がします。

アニメ業界に限らず「まず予算ありき」が当たり前だと思いますよ。仕事なんですから。
韓国や中国に発注している仕事のほとんどは「動画」と「仕上げ」で、ベテランのギャラとの相関関係はないと言っていいでしょう。
最近は原画の仕事も韓国への発注が増えているようですが、韓国に頼むと極端に安いという訳じゃありませんよ。仕事の上がりが早いから便利に使っている、という面が大きいでしょう。
誰にとって便利かというと、絵描きのスタッフのわけじゃありません。
制作職にとって、です。

>「今のアニメ業界は不当に安い給料で働き、不当に高いDVDを買うことで成立している」

別に制作職は「不当に安い給料」じゃありませんよ。
ろくに仕事もしないのに肩書きだけは立派な「木っ端役人」が、誰よりも上手いベテランアニメーターより高い報酬を毎月毎月もらっていたりするものです。
アニメ業界の全部署が不当に安い訳じゃありません。
だから先にsplさんへのレスで、予算よりも「配分の仕方」の問題が大きいと記したわけです。
「格差問題」はアニメーション業界の問題でもあります。

健康ですか?(2/2)

いよいよ最後は「健康診断」、まずは「受診状況」。

毎年受けている−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−26.3%
数年に一度くらいは受けている−−−−−−−−−−−−−−−15.3%
過去に受けたことはあるがいまは受けていない−−−−20.2%
今までに受けたことがない−−−−−−−−−−−−−−−−−−38.2%

ではその「費用負担」。

所属・契約している事業所の指示・すすめで受け、
費用も事業所が負担−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−49.2%
所属・契約している事業所の指示・すすめで受け、
費用は一部自己負担−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−10.4%
所属・契約している事業所の指示・すすめで受け、
費用はすべて自己負担−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−9.1%
自身で受け費用もすべて自己負担−−−−−−−−−−−20.8%
その他−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−10.4%

「厚生年金」「雇用保険」などの加入率から考えると、「費用も事業所が負担」が意外と割合が高いのが少々不思議。
回答者の勘違いも多く含まれているのではなかろうか。

病気や怪我によって仕事が出来なくなれば、フリーランスは即「おまんまの食い上げ」となる。
言い古された至言が改めて身にしみて思い起こされる。
「身体が資本」
身一つで世の中を渡るのは身軽で気楽な面もあるが、身体を切り売りして口を糊しているとも言える。
もっとも身軽ではない環境を選ぶと、身体の切り売りはなくとも脳を切り売りすることになるのかもしれない。世に溢れるリトル・ブラザーたちが生き証人である。
ニュースを賑わす不祥事の発覚などにおいて、関係するリトル・ブラザーたちの言動は脳を切り売りしてきたとしか思えないものばかりだ。
たとえば「スタッフランキングリスト」を流出した制作会社の非常識な言い分(迷惑料を払うから会社まで取りに来い、といった)や「ニセ講師」問題で被害者面する某美大とかね。
そのようなリトル・ブラザーを見るにつけ、「人として」身体の健康ももちろん大事だが、私はより脳の健康を重く見たいと思う。
「腹も身のうち」というが「脳も身のうち」である。

若いうちはエネルギーに溢れているので、少々の不健康などものともしないだろうが、若さのバリアが薄くなってくると共に不健康な生活は身体のあちらこちらを蝕んでくる。
加齢に従いあっちこっちに不調が顕在化してくるものだ。
これまで紹介してきた数字、労働時間や収入の具体性を考えると、アニメーション業界での暮らしは一般的にいわれる「健康的な生活」とは縁遠いものといっていいだろう。
無論それは各人の在り方次第だが、少なくとも私なんぞは常識からすると「不健康な生活」と烙印を押されるような生活だ。烙印、けっこう。
私は健康診断はたまにしか受けない。毎年ちゃんと受けた方がいいのかもしれないが、受診する方が身体に悪いのではないかと危惧してもいる。
それに健康診断ってものすごく利権の臭いがするし。
メタボの基準などは特に顕著だが、「標準」とされる範囲はたいへん恣意的に設定されている。「標準」を外れると、そこからの距離によって「要注意」だの「要治療」といった判定がなされるわけだが、その「標準値」をちょいと変更すれば一気に病人を「創出」できる仕組みになっている。
自覚症状がないのにわざわざ病院に行って、なにがしかの病気や病気の傾向を発見されたいと思うものか。
私は常日頃からこう思っている。
「病院に行くから病気にされるのだ」
日々メディアなど色々な形で病気の不安を煽って、人々を健康へと走らせることで肥え太る人たちがたくさんいることだろうさ。

不健康な生活の三本柱とされる「不規則な生活」「飲酒」「喫煙」。
私はいずれも「過度」である。
ヘビースモーカーだし酒は毎日飲んでるし起床も就寝も時間は変動する毎日だ。
しかし、幸運なことにひどく忙しく仕事をこなしてきたこの10年の間でさえ大病はしていない。風邪やインフルエンザで寝込んだことが3、4回だろうか。少々調子が悪いことはたくさんあったが。丈夫な身体を分け与えてくれた両親や先祖に感謝したい。
もちろん「これまで大丈夫だから、これからも大丈夫」などと思っているわけではない。身体は日々死に近づいているんだから。
思うに「健康な生活」とは単に「身体に異常が認められない生活」ではないだろうし、身体の不調に大きく影響するのはストレスではないか。

自分の例でしか考えられないが、監督業になってからの起伏の激しい生活において、それほど不調を来さなかったのは、基本的に「仕事が楽しくて仕方がない」からではなかったかと思う。
勿論、スケジュール、金銭関係、対人関係、そして自分の無能などを原因とした様々なストレスは時に顕著に身体に悪影響を与えるが、仕事自体は楽しいし、自分でも止められないほど脳も身体も仕事を欲している。
「したいときにしたいことをする」
快楽の原則である。快楽は対ストレスの特効薬。
したくてたまらない仕事のために「不規則な生活」をしようが、仕事でものを考えるのに多くの「喫煙」が必要であろうと、それらは望んでしていることだ。仕事仲間との「飲酒」がどれほど楽しいものか。
邪魔されるのは御免である。
おかげで一番の大敵である「ストレス」を遠ざけられているのだから。
医師が薦めるような「規則正しい生活」「控えめな飲酒」「禁煙」なんぞしようものなら、私は多分一年と経たないうちに脳か内臓がクラッシュするに違いない。
「あなたの健康のために……」なんて言葉で始まるお為ごかしを一々聞いていたら健康な身だって病気になるに決まっている。

アニメーションの仕事は、医師の基準からすれば「不健康な生活」を強いられる局面が多い。
医師御推薦の健康に生きるための助言は、「健康な生活を送ることが可能」という枠組みの中で有効なものではないかと思われる。
だから「不健康な生活が基本」という枠組みの中ではまた違った健康維持が考えられるはずだ。
不健康な暮らしの中で、無理に標準的健康生活を実践しようとすれば生活も身体もどこかでその捻れに軋みを増していくだろう。そしてクラッシュ。
強弁するようだが、不健康には不健康で対応することだって「有り」だと私は思っている。平時において殺人は重罪でも、戦争で敵を殺すのは正しいのと同じようなことだ。不自然な環境においては不自然な行いの方が自然であることも多い。

しかし、いずれにせよ不健康な生活を続けるには何といっても健康が必要なのである。
不健康な生活のためには健康を!
アニメーションのために身体を張って日夜働く皆さん、くれぐれもご自愛を。

と、このテキストを書き終えて煙草を一服。
ああ、美味い。
さ、今日も楽しい仕事だ。

安心ですか?(1/2)

JAniCAによるアニメーター・演出の「2008年度 実態調査」から最後に紹介する項目は、「社会保障」や「健康診断の受診状況」について。
最後を記念して二本立ての更新にする。

配付された資料には下記項目の比較対象となるデータ(国民一般など)が示されていないので、基本的に数字だけを記すに留める(自分で調べるのは面倒なので。申し訳ない)。

「社会保障」については、まず「健康保険」。

国民健康保険−−−−80.3%
政府管掌保険−−−−−1.4%
組合健康保険−−−−−8.8%
未加入−−−−−−−−−−3.2%
わからない−−−−−−−3.9%
その他−−−−−−−−−−2.5%

社保庁の食い物でお馴染みの「年金」。

厚生年金−−−−−12.9%
国民年金−−−−−58.7%
国民年金だが支払いを
していない−−−−−18.9%
未加入−−−−−−−6.8%
わからない−−−−2.1%
対象外−−−−−−−0.7%

この点については簡単に検索をしてみた。
フリーランス、自営業者や無職の人などは「第1号被保険者」で、これは国民年金だけに加入している人を指す。ちなみに「第2号被保険者」はサラリーマンや公務員など国民年金に加え、厚生年金や共済年金などいわゆる「2階建て部分」のある人のこと。
フリーランスは生涯「平屋」暮らしだ。
平成13年度の数字だが、年金の未加入・未納の割合を示したページがあった。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2……10-2c.html
「国民年金(基礎年金)制度は全国民を対象とする制度であり、未加入者・未納者が公的年金加入対象者全体に占める割合は5%程度。(第1号被保険者となるべきものに占める未加入・未納者の割合は16%程度)」だそうだ。
公的年金加入対象者が全部で7,148万人。
それに対して「第1号未加入者(99万人)+未納者(265万人)」が占める割合が5.1%ということになる。
業界の数字は、未納者と未加入が合わせて26.7%。
圧倒的にアニメ業界の人間は社保庁にとっては不愉快な存在の人が多いということになる。
もっとも、これまでに上げてきた収入の具体的な数字や生活状況を考えると、要するにこういうことだろう。
明日の心配より今日の飯。
後は野となれ山となれ。

「雇用保険」はどうか。

加入している−−−−11.0%
加入していない−−76.2%
わからない−−−−−12.8%

……だいたい「雇用保険」って何だ?
簡単に調べてみた。
http://www.tamagoya.ne.jp/roudou/147.htm
「雇用保険とは厚生労働省が保険者となって行なっている保険事業」で、「個人経営で従業員4人以下の農林水産業を除き、すべての事業所で加入しなければならない【強制保険】です。適用事業で働く労働者はほとんどが被保険者となり、保険料を払わなければなりません」と記されている。なお「保険料は会社と労働者が双方で負担します。保険料率は賃金の1000分の15.5でそのうち労働者の負担分が1000分の6。残りが会社負担分となります」とのこと。
フリーランスには縁がない話だ。

しかしまぁ、会社としての体裁を整えるというのは随分面倒なことなのね。

暮らせますか?

JAniCAによるアンケート調査結果の続き。
「時間単価(概算)」は以下のように算出されている。

時給=年収・年間労働時間

【職種】 【時給(単位:円)】
・絵コンテ−−−1.388
・監督−−−−−1.412
・演出−−−−−−864
・総作画監督−−1.500
・作画監督−−−1.103
・原画−−−−−−689
・LOラフ原画−−−521
・第二原画−−−−277
・動画チェック−−−432
・動画−−−−−−298

動画の「¥298」に泣けてくる。
第二原画が「¥277」とさらにファンタジーのような数字を叩き出しているが、この実態は私にはもう一つはっきりと想像できない。
第二原画とは、動画職から原画職になる半人前の段階で、経験のある原画マンが描いたラフの原画を清書する仕事だと理解しているが、第二原画という固定したポジションとして確立されているのかどうか、私にはよく分からない。近頃のテレビアニメのエンドクレジットで「第二原画」という文字を見かけた気もするが。
少なくとも私が監督してきた仕事ではほとんど第二原画は使われていない。
あ、『パプリカ』の時にあったか。
諸々の事情があって第二原画を韓国のスタジオにお願いした。
これはしかし、完成フィルムで見ることは出来ない。
一旦第二原画になったカットは、最終的にすべて元の担当原画マンによって清書までなされた。なぜかって、それはその……ええと、あの……そこはそれ、諸々の事情による。
国の内外を問わずアニメーターの方々にはお手数をおかけしてすみませんでした。

原画の新人育成段階で第二原画は便利に使われているとも聞くが、要するにスケジュール短縮のために出現したポジションだろう。原画にかかる時間を圧縮するべく、本来原画というひとつの仕事をラフと清書に分け、作業をばらまく上で必要になったと思われる。
今時のテレビシリーズでは「作打ち後1週間でカッティング(編集)」だとか「作打ち時にはすでに編集が終わっている」なんてこともよくある話だ(劇場だって制作終盤にはそういうこともあるけれど)。
手分けしてでも時間を圧縮したい事情はよく理解できる。
原画のラフといっても清書するだけで済むくらいきちんと描かれたものから、動きのラフが大雑把な絵で描かれたものまで大きな幅があるはずなので、ラフ原画がどの程度のものかによって、第二原画の負担は大きく左右される。しかし、その「程度」が、事前に設定される単価に反映されているとは思えない。
元のラフが粗くても状態がよくても単価は一緒。ラフ原画だって、単価が一緒なら、より手間がかからない低きへとスイスイ流れていくものだろうから、第二原画の負担は益々大きくなっているのではないか。
それが「¥277」の一因かもしれない。

さて、ではアニメ業界の平均の時給は国民全体と比較するとどうなるのであろう。
先日、6/1の毎日新聞朝刊にちょうど都合のよい記事が出ていた。
昨年度の全国平均の時給は「703円」。
先の業界平均時給で言うと「原画698円」がもっとも近い数字である。
全国労働組合総連合(全労連)はこの数年、最低賃金で本当に暮らせるのかを検証するシミュレーションを行っているという。組合員が一ヶ月間、「各地の最低賃金で22日(1日8時間)働いたと仮定して、月11万〜13万円で暮らす」。昨年までの経験をまとめたものが「最低賃金で1か月暮らしてみました。」(亜紀書房)として出版されているそうだ。
記事の紹介によると「食材の使い回しや、デザートや映画を我慢することなどで何とかやりくりする様子が紹介されている。空腹で体調を崩したり、精神的に落ち込む例も多く、ギリギリの生活の危うさがよく分かる」という。
「月11万〜13万円」でこの有様なんだから動画の平均月収「8万8.250円」ではどういう生活になるのか。
しかも「各地の最低賃金で22日(1日8時間)働いたと仮定」して算出されたのが「月11〜13万円」であって、動画の平均労働時間ははるかに長い。
記事の締めくくりとして、全労連局長のこんな談話が紹介されている。
「最低賃金は、働き続けるための賃金になり得ていない。せめて時給1000円のまともな最低賃金が必要だと訴えたい」
ちなみに08年度の地域別最低賃金が紹介されていた。
最高は東京、神奈川の766円。次いで大阪(748)、愛知(731)。
最低は沖縄、鹿児島、宮崎の627円。

動画の時給298円は全国最低レベルの627円のさらに半分以下ということになる。
全国平均の時給703円に近い数字は原画の689円以外だと演出の864円あたり。
しかし、全労連の局長によると「まともな最低賃金」は「せめて時給1000円」だという。
業界で「まともな最低賃金」に近いのは作画監督の「1.103円」。
作監にならないと「まとも」な暮らしはできないということか。
それもまた「自己責任」ですか。
いいや、違うと思うね。
私は二十歳のころから、絵を媒介にして生きてきた。時に漫画家、イラストレーター、アニメの設定やレイアウト、監督としても機能してきた。
幸か不幸か一度も就職することなくフリーランスとして四半世紀ほど生きてきた経験から、根本にあるのはこういうことだと私は思っている。
「お前らは、好きなことをしているから安くてもいいだろう」
誰がそう思っているかって?
ま、ご想像の通りだ。
そう、世の中に溢れるあの「連中」のこと。
「管理の好きなリトル・ブラザーたち」
管理に収まらない人間を羨望しつつも蔑むのは、「河原者」の昔から変わっていない。

たくさん描けますか?

収入にまつわる項目を続ける。

まず、「原画と動画の平均年収」比較。
これは「フリーランス」と「フリーランス以外」の収入の比較。

【職種】−【全体】−−【フリーランス】−−−【フリーランス以外】(単位:万円)

原画−−232.5−−−−221.8−−−−−−317.4
動画−−105.9−−−−102.9−−−−−−129.5

フリーランスの方が圧倒的に収入が低いのは、単価仕事が基本だからだろうか。
私はフリーランスだが、報酬形態は月拘束で「一月いくら」という形でギャラをいただいている。フリーランスの原画マンの中にもこうした月拘束で仕事をしている人も少なくない。
項目が前後するが、次に出てくる「生産性」によると、一人が月あたりに上げられる原画の数が、平均で46.5カット。原画の平均単価が「3,942円/1カット」だから、
3,942×46.5=183,303円
183303円×12ヵ月=2,199,636円
上記のフリーランス「221.8万円」とほぼ同額になる。
フリーランスはやはり単価仕事が基本なのだろう。
「フリーランス以外」という種別をどう解釈するかにもよるが、社員が大半ということだろう。それだけ固定給をもらっているから平均もその分高いと思われる。
フリーランスの収入を「1」とした場合、フリーランス以外との比率は、こうなる。
原画 1:1.43
動画 1:1.25

随分な開きだ。
社員なり拘束となるとその分制約もあるので、報酬に差があるのは当然としても、基本的に「単価で食える」「フリーランスで食える」という状態があった上での差であってもらいたい。

不意に演出家としての立場を思い出してしまう。
絵コンテで、簡単な内容のカットをたくさん用意すれば、確かに原画もたくさん数も上がるだろう。コンテ演出の匙加減一つで単価仕事でももっと「食える仕事」になるに違いない。
とはいえ。スタッフの都合で商品を作っているわけでもない。
何といっても、お客を置き忘れるわけにはいかない。
簡単なアニメを作ることは、それこそ「未来を切り売り」することにもつながる。
というのも、上手くない人でも数があげられる内容にしたらしたで、その時の最低レベルがさらに下がるに決まっている。
「ゆとり教育」とやらの成果を考えるといい。
あるいは、脳の活動が不活発な人のレベルに合わせ続ける垂れ流し電波と同じことになる。
そんな安物のアニメ、見たくない人も多いだろうし、作りたくない人だって多いぞ。希望的観測だけど。
お客とスタッフの事情を勘案して、作画内容の難易度の設定をするというのは本当に難しい。

「生産性と時間単価」はどうなっているか。
まず「生産性(概算)」

【原画】
年収÷カット単価÷12ヶ月=月間カット数
223.3万円÷4000円÷12ヶ月=46.5カット/月

【動画】
年収÷1枚単価÷12ヶ月=月間作画枚数
101.3万円÷200円÷12ヶ月=422.1枚

おや?動画の平均年収「101.3万円」がどこから現れ出でた数字なのかよく分からないぞ。
職種別の平均収入では「動画105.9万円」となっていたが。
原画が月に46.5カット平均。
昔はもっと景気のいい数字が聞かれたが、いまどきのTVシリーズの原画なら「月に50カット弱が関の山だろう」とはよく耳にする。
作画にともなう基本的な労力は昔のアニメの比ではない。
その傾向は動画ではさらに拍車がかかるだろう。昔のアニメの絵に比べれば、一枚あたりの情報量ははるかに増大している。線は多い、影も多い。
その昔は「動画は月に1000枚描いて一人前」と言われたようだが、現在その数字を達成できる人は、よほど動画の能力が高いか、とても簡単な絵柄の仕事の割合を高くしない限り無理ではなかろうか。
それに昔の「月に1000枚」は「美味しいボーナス」が込みの数字だが、現在その「美味しいボーナス」は失われている。

何より動画は制作体制がアナログからデジタルへの移行によって、恩恵どころかさらなる負担が大きく加わっている。デジタル化のしわ寄せはことごとく動画に集まっているといっていい。
第一に、線をきっちりつながなくてはならなくなった。
仕上げがクリックひとつで色を塗れるようにするためである。PC上の彩色において線がつながっていないと、そこから色が漏れてしまうためだ。アナログ時代は、ペイントも手作業なので、線が閉じていなくてもそこは塗り手によって適宜判断されていた。
ということは線をつなぐのは仕上げの仕事であっても不思議ではないのだが、効率を考えれば動画の職分になるのは仕方ない。
動画の線はクリックひとつで引けるものではないのだから、考慮してもらいたい点であった。
第二に、影は動画用紙の裏から塗らなくてはならなくなった。
動画をスキャナで読み取る際に支障があるので、影のトレス線は色鉛筆(実線は黒の鉛筆)で表に描くが、どこが影面になるのかは動画用紙の裏から色鉛筆で塗ることになった。
つまり、一枚描き上げても表面に見えるのは実線と影のラインのみ。
アナログ時代は、影面も表に塗っていた。だから動画を描き上げると、塗り絵のような「一枚の絵」にはなり得ていた。
この違いは決して小さくないと思う。
裏返して塗る、という手間が増えたのも勿論だが、デジタル化によって絵を描き上げる楽しみも奪われたと言っていいのではないか。これは川尻(善昭)監督も指摘されていたことで、仕事上の満足感(それが些細なものだったとしても総計は決して小さくない)が取り上げられたのはまことに気の毒である。
第三に、先に触れた「美味しいボーナス」だったはずの「透過光」「ダブラシ影」などもなくなった。
収入的に考えるとこれは相当大きな打撃であったろう。
これには少々説明が要する。
アナログ時代では、たとえば作画マニアが大好きな「爆発」、この作画に含まれる「透過光部分(光って見える部分)」は別の動画にする必要があった。撮影時のマスクとして使用するためだ。つまり、100枚を要する爆発があったとして、その中の透過光だけを抜き出して動画にするため、単純に動画枚数は「100+透過光枚数」になる。
すべてに透過光が含まれていれば計200枚になる。
爆発の絵一枚の動画は少々大変でも、そのうちの透過光部分だけを動画にする手間はたいへん小さい。
「ダブラシ影」も同様である。キャラクターの足下などに落ちる影で、背景が半分透けて見えるのがこのダブラシ影で、透過光と同じくそこだけ別の動画にする必要があり、こちらもキャラクター一枚描く手間よりも単純な形の影だけを抜き出して動画にするのは手間が小さい。
キャラの動きがたとえば30枚、そこに手間の少ないダブラシ影が30枚の「ボーナス」として加わるようなものである。
これらの「美味しい動画仕事」はしかしデジタル化によって消滅した。
ダブラシも透過光も、一枚の動画に描き込みで済むようになったためだ。
一枚に描き込まれたダブラシや透過光は、仕上げの段階で分離される。その分、仕上げ職の手間は増えたが、しかしこれは無論手作業ではなく、分離した色面を指定するとコンピュータが一連のファイルから生成してくれる。
動画は相変わらずすべてが手作業である。
さて問題です。次のうち、より肉体に負担がかかるのはどっち?
「10時間マウスをクリックする」
「10時間鉛筆で線を引き続ける」
アニメーションの画面で見られるキャラクターなどの実線は、すべて動画の手作業によって引かれたものだ。
それがアニメの大きな魅力なんじゃないのか?
人によってはそこが萌えを支えているんじゃないのか?
多くのセクションがデジタル化によって作業が軽減され、効率も上昇したが(その分随分と仕事も増えはしたが)、動画だけは恩恵どころか逆に負担が増大したのは理不尽としか言いようがない。

私はとにかく動画が気の毒でならない。
私には動画経験がないという事情が、動画への後ろめたさになっている部分もあるけれど。
アニメーション制作プロセスにおいて、生活する上でもっとも過酷な動画(あるいはその他の部署での新入り期間)を経ずに、業界に横入りをするような格好で仕事をしてきた。
だからアニメーションの仕事で金銭的に理不尽な思いをしたことがない。だからついついしわ寄せの目立つ動画に肩入れしたくなる。アナログ時代は、仕上げも気の毒だったが、パソコンの普及で状況は一変した。
個人的な事情は割り引いたとしても、動画はあまりに理不尽な状況にあり続けていると思うし、デジタル化以後は尚のことそう感じる。

動画はアニメーションの根本を支えている職種なのに、なぜこうまで不当な扱いやしわ寄せを受けなくてはならないのだろう。
なぜそうならないのか。
ま、話は簡単だけどね。
一番人手のかかる部署をわずかでも底上げしたら、予算の編成が大きく変わらざるを得ないからだ。
「昨日までオッケー!なんだから、今日も明日もばっちりオッケー!」
そう思っている人たちの顔がスルスルと浮かんでくる。
そういう連中が厄介な釜の蓋を開けるわけがない。
私は何も動画を特別扱いするべきだといっているのではない。
せめてデジタル化によって恩恵を受けている制作、背景、仕上げ、撮影など他の部署と同じ程度に「食える」ようになって欲しいと願っているだけだ。
さらに根本的なことを言えば、動画というポジションが、原画職への腰掛けとして息を詰めて我慢する段階という認識ではなく、アニメーションの土台を支える一専門職として認識されて欲しいし、一専門職として続けられるだけの、正統な対価が与えられるべきだと思うだけである。

儲かってますか?

さて、多くの人が興味をお持ちであろう「収入」の実態。
「アニメの仕事は儲からない」という定説は本当か!?
いや、疑うまでもないんだけど。
まずは「職種別」の「平均年収(アニメ以外の収入を含む総収入)」

【職種】 【年収(単位:万円)】
・絵コンテ−−−−454.5
・監督−−−−−−−495.0
・演出−−−−−−−333.6
・総作画監督−−−513.1
・作画監督−−−−399.5
・原画−−−−−−−232.5
・LOラフ原画−−166.2
・第二原画−−−−102.0
・動画チェック−159.7
・動画−−−−−−−105.9

監督で年収約500万……。
監督が業界における「出世」の頂点というわけでもないだろうが、しかし作品を代表する立場の報酬が月に40万そこそこというのは、かなり寂しいのではないか。
仕事の仕方にもよるが、割に合わない報酬に思える。
もっとも、制作過程の川下にいる人たちに比べれば真っ当な生活を送れるレベルではある。

LOラフ原画から動画までが年収100万円台……。
月収にすると、動画が「8万8.250円」。
平成の日本の話なのか。
仕事がないのではなく、毎日10時間以上働いてこの月収だ。
アニメーション制作会社の大半は東京に集中している。
東京での生活費が「8万8.250円」では家賃、光熱費を除くと食費を捻出することも難しい数字だろう。
数年前のこと。私の紹介で動画職に就いた娘さんがいた。才能のある子だと思った。紹介した手前、彼女の様子が気になるので、時折仕事の様子を見に行った。
ある時、彼女は食事中だった。食べていたのはメロンパンである。
「御飯が菓子パンで大丈夫?ちゃんと食べてる?」
「いえ……もう一月くらい菓子パンしか食べてない」
落涙しそうになった。
ちゃんとした食事をご馳走するくらいしか出来ることはなかった。
確かに手の遅い子ではあった。当時のその制作会社では、単価以外の手当はなかったはずで、動画の新人が単価だけでは「一月菓子パン」ということにもなってしまう。
その子は離職した。
能力がもったいないと思った。
別の会社に就職し、しばらくして後に仕事場に顔を出してくれた彼女は、びっくりするくらい健康で、年相応の輝きを身にまとっていた。
そのこと自体はとても嬉しかったが、しかしやっぱり落涙しそうになった。
アニメ業界って、いったい……。

これは別に珍しい話ではないだろう。
近年でも、知り合いになった多くの動画マンが、似たり寄ったりの事情で仕事場を離れていった。
業界で最も苦しい立場に置かれている動画職で生きるには、親元に暮らしているか、親からの仕送りでもないと生活はアクロバットみたいなものになる。
実際、聞くところによると新人動画を採用の際に、「親元で暮らしているか」「仕送りは期待できるのか」といった基準が採用の合否に影響を与えているケースもあるとか。
作画の能力や可能性より、低賃金で暮らせるのかどうかが優先されるというのはいかがなものか。確かに現実的で切実な問題ではあるとは思うが。
しかしそれは「未来の切り売り」ではないのか?

原画の232.5万円というのも若いうちならともかく、30歳を過ぎてこの年収だとかなりつらい数字だろう。
知り合いの超有名ベテラン原画マンに聞いた話。
この人は、手も早く仕事の内容は常に超一流で、アニメーターの鑑である。
彼は基本的に劇場作品の月拘束という立場だが、40歳を過ぎてからのある一年間、原画の単価ばかりで仕事をしたという。
その結果がこうだ。
年収300万円。
しかも、「この人ならば」ということで、通常の単価に上乗せしてもらうことが多くてこの結果だったという。
「アニメーターは単価が基本だよ」
手の遅いアニメーターにそう苦言を呈していた人間にして、やはり単価ではとても食えないという。
誰よりも早くて誰よりも上手いこの人で、単価仕事だと300万。
絶望的な数字に思える。
あまりに古いたとえで恐縮だが、野球で言えば「王、長島クラス」で300万という数字である。たとえをもうちょっと新しくするか。業界の「イチロー」が300万ということにしよう。
後に続く、それより遅くて上手くない原画マンがどういうことになるか想像に難くない。「夢」なんか見あたらなくなる。
グラウンドにお金は落ちているかもしれないが、作画机の上には何が落ちているのだろう?
夢の残骸。
話が湿っぽくなっていけねぇや。

今度は「年代別の平均収入」を見てみる。

【年代】 【収入(単位:万円)】
・20代−−−−−−110.4
・30代−−−−−−213.9
・40代−−−−−−401.2
・50代−−−−−−413.7
・60代−−−−−−491.5
・70代−−−−−−−30.0

業界では「年齢×1万円=月収」を稼げたら「いい方」という話をかつて耳にしたが、確かに上記の平均から考えると、それなら確かにかなりましということになる。
30歳で月収30万円、年に360万。
コンスタントに稼ぐのは容易な数字ではない。

「収入の満足度」は以下の割合となっている。

・十分に満足している−−−−−2.7%
・満足している−−−−−−−−−7.8%
・普通−−−−−−−−−−−−−20.0%
・多少の不満がある−−−−−−35.0%
・大変不満がある−−−−−−−34.6%

収入の具体的な数字を見れば「不満」が計70%に達するのも頷けよう。
特に動画や20代の低収入は目を覆わんばかりの状況といってもいい。
アニメーター・演出の「年代別平均収入」「国民全体の平均」(国税庁、平成18年分 民間給与の実態統計調査による)と比較してみる。

【年代】【収入(単位:万円)】

20〜24歳−−−−251
25〜29歳−−−−343 [国民20代平均−297:アニメ20代−110.4]

30〜34歳−−−−404
35〜39歳−−−−465 [国民30代平均−434.5:アニメ30代−213.9]

40〜44歳−−−−499
45〜49歳−−−−505 [国民40代平均−502:アニメ40代−401.2]

50〜54歳−−−−503
55〜59歳−−−−490 [国民50代平均−456:アニメ50代−413.7]

60歳以上−−−−370 (アニメ60代−491.5)

「60歳以上」を除いて、すべての世代において国民全体の水準を下回っているが、20代と30代が世間の平均からすると三分の一から半分である。
「アニメの仕事は儲からない」という定説は真実といってよいだろう。そんなことは知ってたけどさ。
「儲からない」どころか、若いうちはほとんど「食えない」と言っていいほどだ。
「コンビニのバイトの方がよほど食える」
とは昔よく耳にした話だし、現在でも実際にそうだろう。
しかし、バブルの頃に「バイトや派遣で食っていける」と口にしていた人たちの末路がどうなったのか。少なくともその一部は、近頃の新聞・ニュースで御案内の通りの状況であろう。
バイトと違ってアニメーションの仕事は、仕事を重ねた時間だけのキャリアになる。一応は特殊技能が必要な仕事だ。
とはいえ、単純に金銭を得るだけの仕事として捉えれば、こんなにひどい仕事もない。
いくら「好きで選んだ仕事」でも、程度というものがある。
仕事がなくて食えないのではなく、仕事をし続けてもろくに食えないのは、やはり異常ではないのか。

これらの問題は「予算が上がれば解決される」などといったシンプルでスイートな話ではない。
そもそも商業である以上、見込める売り上げ以上の予算が投入されるわけがないのは道理であるし、巷間悪の権化のようにいわれる代理店が介在しなくなっても予算が増えるなんて楽観はあるまい。おまけに、この不況の影響でただでさえ制作本数が減っているのが現状だ。
よしんば予算が増えたところで、動画の単価に反映されることなど期待できるはずもない。
たとえばTVシリーズの予算が一本につき100万円増えたところで、増えた分はまずは素早く「上流」に手厚く配分されるに決まっている。
どんぶらこっこ、どんぶらこ。
川上から流れてきた大きな桃は、おばあさんとおじいさんがみんな食べてしまいましたとさ。
川下に配分される桃が残っているわけがない。
せいぜい、種とかね。
蒔くか、種。
実りを収穫できるまで仕事を続けられればいいけれど。

予算の枠は大きな問題だし、予算が増えればそれに越したことはないとは思うが、私個人としては予算の「配分」に異常な問題があるとしか思えない。
そこを改善しない限り事態はまったく解決しないと思うのだが、この「配分」にまつわる問題はここではひとまず差し控えておきたい。
何しろここで紹介しているデータはJAniCAの努力による成果であり、JAniCAの思惑に抵触するかもしれない問題なので。
ただ、これだけは指摘しておきたい。
政治家や官僚と同じで、どこの世界でも一旦手にした「既得権益」(その大小に関わりなく)を手放したがる人間などいるはずがないのである。
自分たちの給料や権益を損なう法案を提出する政治家や役人がいるわけないだろう?

判子押しますか?

アニメ業界における契約がどうなっているのかについて。
「契約締結状況」は以下のような割合だ。

必ず契約書を取り交わしている 7.8%
時々取り交わしている 13.3%
まったく取り交わしていない 47.2%
取り交わす必要がない 31.7%

契約書がある方が珍しい。
私も著作権関連以外で契約書に判子を押したことはない。
では、その珍しい契約についての希望はどうなっているかというと、こんな具合。

基本的には取り交わしたいと思う 28.4%
取り交わしたい仕事もある 30.3%
よく分からない 35.2%
取り交わしたくない 6.1%

潜在的には、契約書締結の希望は高いとみていいだろう。
職種別の契約締結希望という数字も出ているが、すべて紹介すると煩瑣になるので、傾向を紹介するに留める。
絵コンテ、監督、演出、総作画監督、作画監督、原画、動画いずれも、「基本的には取り交わしたいと思う」「取り交わしたい仕事もある」の合計が50%以上となっている。
とりわけ絵コンテ、監督、演出、総作画監督でその割合が高く、75%以上
作業の守備範囲があいまいな部署ほど契約書を希望する傾向が特に高くなるということだろう。
その気持ちは私もよく分かる。
黙って聞いてりゃあどんどん仕事を押し付けられたり、抱え込まざるを得なくなったりするものだ。挙げ句にその分の遅れた責任まで押しつけられる、そんなスパイラルなんて冗談じゃない。
よくあることだ。でもよくないことだ。

契約書を締結しない理由についてはこんな回答が上がっている。

契約書の内容がアニメーターに不利だから【回答数:5】
・固定契約になると際限なく仕事を押し付けられる。
・人のせいでスケジュールが遅れた責任まで負うことになるのではないか。
・一方的な内容だから。

契約書に関する知識がない【回答数:3】
・書面にする理由がない。

契約書を守る自信がないから【回答数:5】
・納期を守った事がほぼない。
・契約にしばられたくない。

めんどうだから【回答数:6】
・書類が管理出来ない。

その他【回答数:5】
・信頼性の問題なので、契約書を取り交わす必要はない。

「めんどうだから」「書類が管理出来ない」という記述に目が引かれる。
私は大きく同意する。
机の上の仕事だって覚束ないのに、机の外の関して私は無能だ。
月々の請求書を書くのだって面倒くさいと思うほどだもの。

作家の日垣 隆は仕事というものを簡潔にこう定義していた。
「発注と納期のあるもの」
なるほどそうだ。
その発注についても納期についても、業界では問題が山積している。
「納期を守った事がほぼない」という意見はなかなか豪快だが、しかし珍しいものとは思えない。
ごく短期的な仕事や作業ならともかく、私も長期的な納期を守れたことなんてほとんどないのではないかと思う。
「来年の春」アップの予定が「夏」までずれこむとか。
しかし、監督だけにその責任を押し付けられていいものではない。
監督は作る内容に関して責任を負わなくてはならないが、制作の仕方についてはその面の責任者がいるのである。プロデューサーという立派な肩書きの社員とかね。
仕事が遅れる理由は様々だが、個人の努力だけで締め切りを守れるわけはないというところに、契約がクリアに成り立たない事情がある。
「人のせいでスケジュールが遅れた責任まで負うことになるのではないか」
その通りである。

たとえば原画マンの場合、一ヶ月後に原画アップという条件で30カットの仕事を受けたとする。無論、設定や資料が揃っているという条件で、だ。
まずはレイアウトを描く。上がったレイアウトは制作を経由して演出と作監に渡されてチェックされ、原画マンに戻ってくる。
この「戻し」が非常識に遅れた場合、原画に充てられる時間も非常識に減少するので、結果的に納期を守れないことになる。
この遅れは原画マンのせいとは言えない。
しかも、レイアウトの戻しが大きく遅れると原画マンは忙しいにもかかわらず「手空き」の状態を余儀なくされる。単価仕事なのに。よく聞く話だ。
だから仕事のかけもちによって手空きのための保険をかけざるを得なくなる。
「かけもちされて困る」という話もよく聞くが、そうせざるを得なくさせている人がそれを口にしている場合も多い。

では、この例を演出や作監の立場から考えてみる。
原画マンが演出や作画上必要なことをこなしてくれていれば、演出のチェックは簡単に済むし、作監もキャラの修正を乗せて返せば済むだけなので、大きく遅れることはない。
しかし、原画マンが未熟な場合(多分大半がそうだ)、演出が具体的な指示をこまめに入れねばならないし、作監への要求も大きくなる。受け取った作監は、キャラの修正を乗せるだけでなく、演出の要求に応えて描くべき絵が増えるし、場合によってはキャラをすべて描き直すことにもなるし、レイアウトすべてを全修正することだってある。ラフ原画まで描くことだって珍しくあるまい。
知り合いのアニメーターは某作品で総作監を担当している際、監督の指示によって度々原画の描き直しまでさせられたと言っていた。
こうした遅れをしかし演出と作監だけのせいにもできない。
使えない原画マンを連れてきた制作にも応分の責任は負っていただくのが筋というものである。
「だって、(有能な)人がいないんで……」
人材を確保できないのは監督や担当演出、作監の責任ではない。

制作のエラーといえることは数多い。
そして、契約書はその制作が所属する制作会社と交わすものだ。
制作側のエラーや怠慢が絵描きの方に加算されては叶わない。だから、もし細かな契約書を結ぶのであれば、フリーランスの立場を守るために記述は膨大にならざるを得ない。
たとえば、一ヶ月後に締め切りのある絵コンテを引き受けたとしよう。
その納期を守るためには受注する時点で、直す必要のないシナリオ、サブに至るまでキャラクターの設定が用意され、あらゆる小物や美術の設定など、絵コンテに必要と思われるすべての条件が整っていない限り、私なら怖くて契約なんて結べない。
絵コンテという仕事の契約である以上、絵コンテ以外の仕事(シナリオとして必要な修正、小物や美術の設定などの創作行為)がそこに含まれてはならないし、それはまた別のオプションとして契約が必要になる。

だが、上記のような条件が揃ってコンテを引き受けることなど稀有だろう。
「設定(あるいは資料など)は追っかけお渡ししますので……」
制作側のかような言葉に後々泣かされたり、激怒する羽目になった人は数知れまい(制作側も同様な絵描きの言葉に憤りを覚えていることだろうが)。
アニメーターでも演出家でも「渡されるはずのもの」がちっともやってこないなんて経験はいくらでもあるはずだ。
契約書において絵描き側の納期を設定し、ことによってはペナルティも設定されるとしたら、制作側の仕事についても詳細に条件を設定しなければ不公平の極みである。
だが、そんな予測されうるエラーをすべて盛り込むことなど可能だろうか。
ま、どうせ契約書を用意するのは制作側なのだろうから、どちらに都合のいい内容になるかははっきりしている。

それとも、一々「契約」するか。
これなら制作のエラーに起因する被害を少しは軽減できるかもしれない。
「コンテ用紙を持ってきてください」
「はい」
「ちょっと待って。この契約書にサインを」
そこにはこう書かれている。
「制作進行(以下、甲)は、コンテ担当(以下、乙)の発注に基づき、10分以内に乙の元に絵コンテ用紙を届けること。納期が守られない場合……」
面倒くさいっちゅうの。
ことがコンテ用紙ならたいしたことはない問題だが、これが資料や設定が来ないとなると作業は止まる。
その遅れは誰が責任を持ってくれるのだろう。
使えない原画を一から直す演出や作監はどのような契約下なら身を守れるというのだろう。
原作を作り、脚本を書き、キャラクターデザインもすれば絵コンテで美術設定まで考え、レイアウトや原画もシートも直し、ハーモニーの処理までこなし、時には背景も直し、撮出しだってする監督は広辞苑何冊ほどに当たる厚さの契約書が必要になるのだろう。
契約書を読んでいるうちにスケジュールが遅れそうな気がする。

仕事の遅れに泣かされるのは絵描きも制作もお互い様だから、双方にとっていい形で契約書が導入されればそれに越したことはない。
しかし、「契約書に関する知識がない」上に「契約書の内容がアニメーターに不利」では、もし契約書の導入が迂闊に一般化すれば、アニメーターや演出にとってこれまで以上に過酷な状況を導くことになる。
くわばらくわばら。

勉強しますか?

「アニメーター実態調査」の項目はまだ続く。
「技術向上方法」は複数回答による。

プロのための講習や勉強会があること 299
技能を研修できる機会や場所が確保・保障されていること 303
職種をこえた専門家同士の交流会や親睦会が開催されること 196
受講料補助など、学習費用の負担が軽減されること 87
他の分野を含めた芸術・芸能を安い費用で鑑賞する機会が提供されること 272
勉強会、参考文献などの情報を、webまたはメールで得られること 151
その他 164

○その他意見
・上手いアニメーターといっしょに仕事をすること。
・クロッキーなど仕事以外の絵を描くこと。
・撮影など他部門の体験、勉強をすること。
・会社がきちんと育成のシステムを持つこと。
・業界の先輩による講習会があること。
・会社の枠を越えて、同業者との交流があること。
・仕事をしている限り向上心を忘れないこと。

回答を見る限り、アニメーターや演出がすでに実行している技術向上方法というより、大半は「あったらいいな」「出来たらいいな」という希望らしい。
勉強する機会があればそりゃ便利だろうが、他人に機会を用意してもらうことより、いま目の前の仕事から学習することを考えた方がよほど実りがあると思う。
「仕事が同時に練習」となるのがもっとも効率がよいに決まっている。
少なくとも私は昔からこう思っていた。
「練習はお金をもらってするものだ」
批判もある言いぐさだろうが、仕事は同時に先々のための訓練でもある、という在り方をかっこつけて表したに過ぎない。

仕事を同時に練習の機会にする、というのはしかし言うほど簡単ではない。
誰だってそうしたい、あるいはそうしているつもりでも実際には仕事が学びの場として機能していないケースがほとんどのように見受けられる。
多くのアニメの画面がその証拠である。
「おい、何年この仕事やってんだ?」
そう思う機会には全然困らない。いや、困りたいんですけど。

以下、話は長くなる。
おそらく問題なのは「いま目の前の仕事から学ぶための学び方」を知らない人が大半だからであろう。
ま、「学び方を学ぶ」には一人では難しいだろうから、手ほどきを受ける必要があるし、そうした機会は是非実現されるべきだとは思うが、一方ではこうも思う。
「どうせ人のいうことなんか聞かないくせに」
消費者世代の「オレ様」ばかりが目につくのは気のせいではあるまい。
自分もその先駆けみたいなところが多分にあるので、想像はしやすい。
要するにこういう問題なのである。
「何を学ぶのかは私が決める」
これでは基本的に上手くなるわけがない。
だって、これだと「私」の範囲を一歩も出ていないのだから。
自分の知らないことを学んで身につけることが成長と呼ばれるものだろうし、ということは成長後の姿は現在の自分からは想像外にあるということになる。

知らないことを身につけたら、ものの考え方も当然変わるわけで、それは現在の自分とは別のものになるということだろう。
それを拒否して現在の自分にとって都合のいい成長なんてものはない。
金銭や時間という「対価」を払えば、自分の望むものが手に入るという単純な思考が根っから刷り込まれているのが消費者世代の「オレ様」たちである。彼らが悪いわけではない。そういう風に育てられたんだし。
とはいえ、自分を疑う習慣を持たない人は上手くなるのは難しいと思われるのだが。

「上手いアニメーターといっしょに仕事をすること」は確かに技術に向上につながりやすい機会だと思うが、その上手いアニメーターの何をどう見るのかを心得ている人はわずかだろう。
そりゃそうだ。下手な人は何が上手いのかもよく分かってないんだから。
せいぜいが「上手い人の上手な仕事を生で見られたこと」「上手い人といっしょに仕事をしたことそのもの」への満足感が得られたり自尊心がくすぐられたりする程度で、なぜその人が上手くなったのか、その物の見方や学び方そのものに考えがいたる人は数少ないはずだ。
その率は「業界で有能なアニメーターの率」に一致するに違いない。
だから「上手いアニメーターといっしょに仕事をすること」で必ずしも上手くなるわけではないし、上手くなる人間は一人で仕事をしていたって十分に上手くなるものだ。
だいたい絵の下手な人を見ていると、努力が足りないというより努力の仕方を知らないケースがほとんどに見受けられる。
無駄に絵を1000枚描いても上手くなるわけがない。

現場でのスタッフとのやりとり、専門学校での講師、武蔵野美大の映像学科でゼミを担当して実感したことだが、「映像のリテラシー」が極端に低い人が多いし、映像には「文法」というものが「ある」ことすら知らない人が大半である。
大学ですらそうしたことを教えていないようなので、これは驚きだ!……って、今さら改めて驚くことでもないけれど。
素人ならば、映像を見る能力が低かろうがそれぞれのお好みで消費すればよいが、しかし作り手や作り手を志すものが、見る能力はおろか映像の文法をほとんど知らないのはあまりに問題ではないのか。
「イマジナリーライン」だけ知ってればいいってもんじゃないんだよ(笑)
私は少なくとも制作現場で「イマジナリーラインが……」などと冗談以外で訳知り顔に口にする人間がいたら、まず「盆暗」だと疑う。
コンテ・演出を担当する立場として、何より困るのは制作は無論のこと、大半のアニメーター、演出共にコンテの読み方もよく分かっていないようで、カット単位でしかものを考えてくれないことだ。ましてそれが「正しいこと」だと思っている節さえ見受けられる。
冗談じゃないよ、まったく。
映像を作ってるんだろ?
単にカットをつなげれば映像になる訳じゃあないだろうに。

さらにアニメーター(演出も含まれるが)の教育には決定的に欠けているものがある。教育や育成の構造的な欠陥といってもいい。
それはつまりこういうこと。
「芝居や演技については一切学んでいない」
アニメーター教育というと大半は絵の問題であり、動きについても「運動の再現」しか問題とされていない。
おい、絵で芝居をするんじゃないのか?
運動の再現が出来なければ芝居や演技も覚束ないのは勿論だが、しかし、芝居をすること、演技をすることが一体どういうものなのかを教えられたことがあるという話は聞いたことがない。
私が出会った業界人でも、運動の再現やタイミングを熱心に語った人は数多いが、芝居の話をしたのはほんのごくごくわずかな数である。

技術向上の具体的な方法よりも、「何がアニメーションに必要な技術なのか?」という根本的な問題から始めた方がいいのではなかろうか。

お困りですか?

今度は「仕事の満足度」である。

十分に満足している 3.5%
満足している    15.2%
普通        27.7%
多少の不満がある  37.0%
大変不満がある   16.6%

満足しているのが計18.7%、5人に一人。
不満が計53.6%で半数以上。
数字からは分からないが、仕事の内容よりは報酬、待遇面での不満が多いのではないか。

「仕事上の悩み」は文章形式による回答のようだが、回収された調査票の大半になにがしかの記述が見られたそうだ。
いかに短いとはいえ、わざわざ文章を書く人が多いのは、それだけ切実な背景があると推測される。
実際、身につまされる回答ばかりなので、サンプルとして資料に上げられたものをすべて引用する。

発注
「仕事発注時に単価を教えてもらえない」

契約書
「契約書がなく口約束のため、作業発注日や支払日が守られない」

雇用形態
「契約書がないため、会社での自分の雇用形態がわからない」

ロイヤリティ
「監督、キャラデ、作監くらいにはロイヤリティーがあってもいいのではないか」

産業空洞化
「スケジュールがないからと動画の仕事を海外へ出し、国内動画の仕事がない」

単価
「非常に上手い人も、まったく描けない新人も、誰でもどんな難易度のカットでもすべて同じ単価というのは納得できない」

クオリティと対価
「演出、作監からの単価に見合わない過度の要求で、必ず誰かが貧困に陥る」

収入
「作業時間に対して収入がぜんぜん見合っていない。好きなのでこの仕事をしているが……」
「単価上がりませんか? ……ダメですか。いままでずっと上がってきてないのがおかしいです……」
「単価が安いのでひもじい。せめて食費くらいは保障して!」

スケジュール
「業界全体でスケジュール管理ができてないため、原撮など無駄な作業に時間と予算が使われている」

プロ意識希薄
「約束が守れないアニメーターや演出は、制作が首切りできるようにならないと、スケジュールも職業倫理もよくならない」

かけもち
「生活を維持するためには仕事をかけ持ちし、それを理由に作業を遅らせる人が増えた」

力量不足
「アニメーター不足から、原画を描く才能のない人まで原画を描くためクオリティの維持がむずかしい」

セクシャル・ハラスメント
「作品世界を把握するためと称して、男性アニメーターといっしょに露骨な性暴力のエピソードを見せられた」

技術向上
「絵の勉強をもっとしたいが、出来高なので仕事時間を減らす経済的余裕がない」

現在のアニメーター、演出にまつわる問題点の多くをすくい取っているように思われるが、私などには最も肝心と思われる問題点がまったく抜け落ちている。
不思議だ。
その手の回答がなかった? まさかね。
だとしたら、サンプルを取り上げる側の意図によるものだろうか。ま、意図的だとしても、その意図は理解するが。
個々の回答や言い落とされているであろう問題について記したいことはあるが、機を改めたい。

その代わりに、言い落とされているであろう問題を象徴するこんなエピソードを紹介しよう。
業界の知り合いからのメールに記されていた。
腎臓機能の障害による重体で入院していたあるアニメーターの話。
「作画監督をしている最中、入院したら入院先までもカット袋を持ってこられたりもしました。もう苦笑いするしかありませんでした。」
どう思うね?
血も涙もない?
違うね。
頭が悪いだけだよ。

休んでますか?

調査項目は続く。
「勤労理由」は複数回答で高い方から順にこうなっている。

「絵を描く仕事が好きだから(474人)」
「お金を得るため(397人)」
「この仕事が楽しいから(384人)」
「生きがいのひとつ(269人)」

なるほど。
「絵を描く仕事が好き」、という表現よりも単に「絵を描くのが好き」な人がそれを仕事にしたという方が実態に近いだろう。私もそうだ。
微妙な差異に思われるかもしれないが、そうではない。
絵を描くという「仕事」という認識から始まったのであれば、こうまで過酷な労働環境にならなかったであろうし、この業界でお馴染みのスケジュール崩壊もここまで傷口を広がらなかっただろう。
多分、趣味の延長が仕事になっている、と考えた方が実態に即しているはずだ。
プロ意識に欠けると言ってしまえば身も蓋もないが、しかし、趣味の延長だからこそ現在見られる日本のアニメーションのクオリティに達したのだし「注目されるコンテンツ産業」とやらにも辿り着いたのである。
業界のその履歴を見落としてプロ意識に欠けるとだけは言えまい。
「勤労理由」は、以下こう続く。

「自分が自分らしく生きられる仕事だから(201人)」
「自分の才能や能力を発揮するため(194人)」
「社会で自分が所属する場所として(179人)」
「ほかにできることがないのでしかたなく(100)」
「作品を通じて自分の考え方を伝えるため(75人)」
「自分のとっては一番楽な仕事だから(69人)」
「なんとなく(67人)」
「社会の一員として務めを果たすため(62人)」

「ほかにできることがないのでしかたなく」という答えには自嘲も含まれているのだろうが、実際そのように見える人は数多い。
語弊はあるが、この業界を去る人には「有能だから去る」というケースが存外多いように思う。
有能というのは必ずしもアニメーションの仕事についてのみ指すわけではない。要するに現代社会を生きることに有能ということは「ここじゃなくても食える人」ということであり、そのくらい頭が回る人ならもう少しましな場所に移ろうという気になるのも無理ないことだろう。

「経験年数」はこんな数字。

【職種】 【平均(単位:年)】

・絵コンテ   22.1
・監督     21.8
・演出     12.5
・総作画監督  19.7
・作画監督   14.5
・原画     10.4
・LOラフ原画  9.6
・第二原画    3.0
・動画チェック  9.9
・動画      4.1

大雑把に言えば、業界暮らしが長いほど制作プロセスの上流や責任ある位置する傾向にあるということになろう。

「勤務形態」については、設問の仕方にも問題があったのかもしれないが、「会社に所属」という言葉をどう解釈するかで大きな誤差があったようで、数字の信憑性が低いので省略する。
要するにフリーランスなのに特定の制作会社に机があることを「所属」と考えてしまったケースが多いようで、本来の意味での社員と重複してしまい、「社員」と「フリーランス」の区別があいまいになってしまったようだ。残念である。
「自分は社員のつもりでいるのに実際は契約社員でしかない」という場合が多いはずで、自分の立場をきちんと認識していない人たちがいることに情けなくも悲しい気持ちになってくる。
いくら月極のギャラをもらっていたって、保険等の社会保証がつかなければ社員ではないのである。
マッドハウスを例にとれば、マッドが募集し入社試験を受けて採用された動画マンはしかし社員ではない。制作職は社員である。
同じ程度に使えない新人が、片や手取り10万以下、片や十数万。
どうかしてると思うね。

「作業時間・休日」の結果も、おおむね実感と重なるともいえるし、実態をうまく伝えていないような気もする数字。

【職種】【作業時間(一日)】【休日数(一月あたり)】

・絵コンテ  10.1     4.4
・監督    10.8     3.7
・演出    11.1     3.9
・総作画監督 10.5     3.5
・作画監督  10.6     3.8
・原画    10.2     4.0
・LOラフ原画  10.1     4.1
・第二原画  10.5     4.1
・動画チェック10.7     4.3
・動画    10.9     4.4

「何だ、そんなに過酷じゃないじゃないか」
そう思われても不思議ではない結果かもしれない。
もっとも、週休二日が当然と思っている人には気の毒に見える数字かもしれないが。
監督、演出、総作画監督、作画監督の休日数が4日を切っているのは、諸々のしわ寄せを受けやすいポジションだからだろう。
20年前なら動画や動画チェックへのしわ寄せが最も過酷だったかもしれないが、海外動画への依存度が高い現在では、国内動画はむしろ仕事が手薄になることの方が問題かもしれない。

平均すると上記の数字になるとはいえ、アップが近づけば作業時間は1.5倍くらいになる日が続き、仕事場に泊まるケースが増えてくる。休日など確保出来るはずもない。
実際、私の場合『妄想代理人』を制作中は、休日を確保することなど素人が松茸を見つけるよりも難しい状態だった。

アニメーション制作現場の「過酷」とはアップ間際にこそ相応しい形容に思われる。
それをスケジュールを浪費した絵描きのせいだから自業自得だ、というのは短見である。絵描きだけでアニメーションを作っているわけではないのだし、制作管理の仕事でお金をもらっている方々がたくさんおられるのだから、「責任は応分」が筋というもの。
だろう?