番外編 – その1

当HPの連載企画「ホームページを作ろう(笑)」も11回に渡って、バカなテキストを書き連ねてきたが当初の意気込みはどこへやら、尻切れトンボになっている。飽きた。いずれまた意欲が湧くことがあれば、続けるつもりである。
今回はその番外編である。というか、そのつもりであった。
とある友人からのメールに刺激されて、そのメールを素材にホームページ運営についてあれこれと話題を展開するつもりで書き始めたのだが、意外な方向に展開してしまい、冒頭からしばらくはホームページには縁のない話題が続くことになってしまった。
「ホームページを作ろう(笑)」というよりは「お話を作ろう(笑)」といった内容である。しばらくその話題が展開した後に「ホームページを作ろう(笑)番外編」の主力艦隊が登場するかと思われる。
それをご承知の上でお付き合いの程宜しくお願いしたい。


当HPの開設以来、見ず知らずの方々からメールをいただく機会が多くあり、光栄の至りである。中にはメールの交換をするうちに、巷でいう「メル友」になっていただいた方もおられ、次第にやりとりする内容がディープになったりもして、大変面白い目に合わせてもらうことも多い。とりわけ彼からのメールは色々な意味で楽しませてもらっている。
仮にA君とする。A君は21歳の大学生である。
以前一度酒席を共にしたこともあるが、彼は下戸であった。煙草も吸わない。女は……その方面はよく知らない。大学4年生にもかかわらず、就職活動に精を出さないという点と、HPを開設したにもかかわらず私にその所在を明かさないという不義理を除いては、概ね健全な若者のようである。もっとも就職に関しては将来的に志すものもあるようで、私がとやかくいうのは筋違いというものであろうか。
A君は映像関係に興味があるようで、私が名作と思われる映画や芝居などを推薦・紹介するとレスポンス良くそれらに目を通し、足を運び返信においてその感想が述べられていたりする。書き甲斐のある相手の一人である。
さて、そんなA君から先日もらったメールに大変興味深いエピソードが発見されたので、ここで茶化して……いや、考察を加えてみたいと思う。

まずその前に、A君の真剣かつ微笑ましい趣味について紹介させてもらう。
A君は去年念願のデジタルビデオを手にし、短い映像作品などを作ったりしている。私はその処女作とバージョンアップした2作目を見せてもらったのだが、大笑いであった。勘違いしないでいただきたい。「大笑い」というのは非常によい意味である。
無論、その作品は拙い。撮影にしろ編集にしろ「素人がビデオを持った」という以外には見るべきものはない。処女作は特に「面白がってビデオを回してみた断片をつなぎ合わせた」に過ぎなかった。意図が薄弱であった。一本目の結果や自身の感想をメールで教えてもらい、いくつか助言をしたように思う。それを踏まえての第2作目には、大きな進歩が見られた。短い作品とはいえ、そこにおいて観客に向けて何事か表現しようという演出意図が芽を出していたのである。だからといって彼のその2作目がプロを呻らされるような物になったわけではないし、素人レベルでそうした映像を趣味にしている人間達には遠く及ばないであろう。けなしているわけではない。プロの真似事をしている素人よりも遙かに好ましい態度がそこに見られるのだ。
まず作ってみる。そこがまず素晴らしい。機材収集に躍起になって「明日の遠足」を夢見ている者よりも、与えられた環境の中でまずやってみる、というその態度は称賛に値するとまでは言えないが、可能性を感じさせるのは間違いない。「明日の遠足」を夢見続ける者に、明日は絶対にやってこないものだ。
技術的には見るべきものはないといったが、それでも良い意味で「大笑い」したのは表現しようと思ったアイディアそのものの面白さであった。その内容について詳述はしないが、小さいアイディアではあるけれど軽い笑いを誘う馬鹿馬鹿しさもあり、現状の彼が抱えている漠然とした不安感なども垣間見られ、そしてともかく頭とケツがとりあえずは揃った作品の態をなしていた。
まずやってみる、一番大事なことである。
最近はA君の創作活動も下火ではあったようだが、カメラを向ける新しい対象を思いついたとのことで、「ドキュメンタリー」に挑戦しみた(笑)旨の報告があった。
以下A君のメールから引用させてもらいながら茶々を入れて……いや考察を加えて行きたい。

>今年に入ってからビデオこそ回していたものの、作品という作品も作っていな
>かったので夏の終わりに何かやろうと思っていて、フィクションで作品を作るの
>ことにあまり興味が湧かなかったことに加えて僕の想像力の限界を鑑みて無理が
>あるなと思い、いっそのことドキュメンタリー、またはインタビューを作品にし
>ようと企てたわけです。
>少し前から僕は「人間そのものがエンターテイメントだ」と考えていましたの
>で、それを映像をもって自らの手で証明しようと目論んで、やってみました。

21歳の若さですでに「想像力の限界」という言葉が現れるあたりにやや腰砕けの感もあるが(笑)、その企て自体はすばらしい発想の転換とも言える。

>場所は友人の家で、友達からDVをもう一台借りまして、一台は固定、もう一台
>を手に持ってインタビュアーを気取ってやってみたのですが、これが全然ダメで
>した。
>そもそもいつもバカ話ばかりしている相手に、シラフで真面目に質問してみたと
>ころできちんとした答えが返ってくるわけもなく、ぎこちないまま時間だけが
>経っていきました。

なかなか胃の痛い気まずい時間であったろうか。しかし思いついたことをすぐに実行に移すあたりが宜しい。
ここに何らかの助言を加えるのも大人げないとは思うが、なぜ失敗するのかを考えてみる。
このメールの文章だけでは詳しいことは分からないが、失敗の原因はおそらくインタビュー側の計画の無さに起因しているように思われる。カメラを向ける対象者が素人であれば尚更のことだが、相手に過度の期待をしてはいけない。質問を余程具体的にして用意しておかないと、話そうにも話せないものである。
私もお陰様でこれまでに30〜40のインタビュー取材を受けたが、一番困るのは質問が漠然としているインタビューアーであった。インタビューアーの無能を何故私が補わねばならないのかと思うことは度々あった。少しは工夫しろ。
よくキャメラマンが被写体のモデルなどに賞賛の限りを尽くしたような言葉を発しているが、相手を乗せないことには美味しい果実は手に入らないものであろう。
思いつきを形にする前に、具体的に何が必要かを考え、準備を整えるのが賢者である。
誘導尋問というと人聞きが悪いが、人に話を聞く以上、何についてどういうことを言ってもらいたいのかという、聞き手側の明確な意図がない限り、インタビューというのは散漫なものにしかならない。常に具体的な意図を心がける方が宜しかろう。

>開始から30分程は、監督の影響受けまくりの「酒のよた話でストーリーを考え
>る」というのに三人でチャレンジし、
>「田中角栄が日中友好の架け橋としてパンダを日本に連れてきたが、実はもっと
>以前に密輸でパンダをどかどか輸入していた伝説のディーラーがいた。時は流
>れ、1999年、そのディーラーの息子も親父と同じくディーラーになり、バリ
>バリと働いていた。がある日、一本の電話で頼まれた『○○を運んでくれ』とい
>う依頼から話は始まり・・・・。」
>というストーリーで何を運んでくれと頼まれたのかを決めるところから始め、
>「アンモナイトだ」だとか、「いや、メルヘンチックに虹だ」だのと言っており
>ましたが、集まった人間がみな貧乏で下戸だったため、紅茶を飲んでいたことも
>あり、思った以上に盛り上がらず、気まずい雰囲気だけが立ちこめていました。

……どういう話なんだ、一体……。
ちなみに「酒のよた話でストーリーを考える」というのは当HPの不定期連載企画「遙かなる千年の呼び声/第4回“飲み屋のたわごとは百万の夢」の影響らしい。
影響を受けるのは良いし、すぐに実践してみるのも素晴らしいのだが、話作りの経験のない素人が頭を付き合わせてもそうそう上手くいくものではなかろう。
ここに助言を加えるのもまた大人げないと思うが、老婆心ながら言わせてもらえば最初の設定は不要ではないのか。「禁制品の密輸を頼まれる」というだけのことだと思うのだが。
余分な設定は話作りの邪魔になる。そういうことは後で考えればよい。
【禁制品の密輸を頼まれる】
これだけでは話になりようもないだろう。小さなきっかけに過ぎない。
もう少し元ネタを具体的にしないことには素人が話を作るには難しすぎようか。

例えば最近大阪の業者が摘発されたりしてニュースで話題になっていたが、「オランウータンの密輸」などとしてみよう。確かインドネシアでは禁制動物の注文が多いのは日本人だそうだ。アイディアの膨らませ方によっては別にそれが違う「ブツ」になっても構わないのだし、もしかしたら何を頼まれたのか最後まで分からないことになっても面白いかもしれない。要は最初のきっかけが必要である。
【禁制動物オランウータンの密輸を頼まれる】
となった。これでも到底話にならない。
もちろん、禁制動物の密輸の実体を細かに調べて、リアルに徹した裏社会の密輸の具体的な手段や実態を描写したり、動物虐待や絶滅動物の危機をテーマに話を作ることも可能であろうが、冗談で作る話にはあまりに向くまい。
どういうメディアを前提にするかの問題もあるが、所詮ただのヨタ話である。漠然と「エンターテインメント」ということで考えてみる。

アイディアが足りない。ろくなアイディアは思いつかないが、ここに何か別なアイディアを加えてみる。エンターテインメントのお話作りに欠かせないのは「子供の発想、大人の技術」という考え方であろう。
子供の発想にあたる部分がまず足りない。こういうのはどうであろうか。ちょっとファンタジーめいてしまうが、現実逃避の傾向も著しい35歳既婚男性の私なので許されたい。
【禁制動物オランウータンの密輸を頼まれるのだが、それは人語を解するオランウータンであった】
こうなると、素人にもアイディアを出す余地が生まれてきはしないか。しないか。するだろ。するって言え。
まぁ面白い話にはならないかもしれないし「ホームページを作ろう(笑)」の話題からは大きく航路は外れるが、続けてみる。右八点転進。よーそろ。

一からげ

サビオ、という名前をご存知であろうか。商品名である。
子供の頃よくお世話になった代物で、いわゆるカットバンやバンドエイドのような傷口を保護する救急絆創膏であった。近頃はサビオという名前を見かけないし、サーチエンジンでもそれらしいヒットがなかったので消え去ってしまったのかもしれない。
いつの頃から日本に登場した商品かは分からないが、私がまだごく子供の頃にはこの「サビオ」の類の商品は存在していなかったように思われる。傷の保護にはオロナインと包帯を用いるのが伝来の方法であった。
それ以前に欧米などですでに存在していたのかどうかは分からないが、救急絆創膏の日本でのデビューは画期的であったろう。テレビのコマーシャルにも煽られ、それは急速に日本に広がっていったと思われる。こうした急激な普及には当然追随する製品が出てくるもので、実際次々とそうした商品が陳列棚に並んだように思われる。もちろんそれぞれに商品名は異なるのだが、しかし人々は最初に馴染んだ商品名をして一般名詞にすることが多い。
つまり救急絆創膏の例でいえば、「救急絆創膏=サビオ」ということになり、薬局の店員に対して「サビオはどこですか?」ということになる。だからといってその客が必ずしもサビオを買うわけではなく、その近くに陳列してある「特価」などと赤札のついたサビオよりも安価なばったもんを買ったりするのである。同じ様なものなら安いに限る、ということだ。

こうしたケースは数多く存在するのではなかろうか。
その代表的な例といえば「セロテープ」であろう。
「セロテープ」は立派な商品名であるにもかかわらず、粘着性のテープの総称になり得ている。商品名であるがゆえに、国営放送などにおいては使用が禁じられている名称であるのだが、おそらくはそうした製品の最初に登場したのがセロテープだったのではあるまいか。
私が生業の一部とするアニメーション制作においては、セロテープもメンディングテープも使用するケースが多いので比較的区別して使われるが、ごく一般的な事務屋さん、それも高年齢であるほどそうした区別は皆無ではないかと思われる。
「カップヌードル」は画期的な商品であった。
「3分」という即席性と、およそ身体に好影響などあり得なさそうな含有物に彩られていたであろうその商品は現代社会を反映するかのようであった。当然追随する商品が雨後の竹の子のように顔を見せ始めたが、やはりそれらは「カップスター」であろうが何であろうが一括りにされ、「カップヌードル」という名で総称されたようである。今では「カップ麺」という総称が一般的であろうが、まったく同じ意味で「カップヌードル」という言葉が使用されていたわけだ。
「キムコ」などもその代表的な例であろうか。冷蔵庫の脱臭剤はすべて「キムコ」であった。「ママレモン」、「ブルーレット」、「バスクリン」などもやはりそうした商品名が類似商品の代名詞になった時期もあろう。こうした事例は家庭用品に多く見られるのではなかろうか。家事向きを司るのは奥様の役目。
家庭内に収まり家事向きに専念する奥様は、年齢を問わず「オバサン化」が進行する。オバサンは固有名詞を覚えるのが苦手である。「オバサンシンドローム」というべきか。オジサンも無論のことであるが、かつて少年だったオジサンはいくらか軽度であるといえる。かつての少年は多分に分類が好きで、固有名詞を覚えることにマニアックな美学を感じた時期があるはずだ。オジサンの恥ずかしい誤謬などが得てしてやり玉に挙げられるのは単に若い娘の文化を知らない、という点で目立ってしまうからに他ならない。

「オバサンシンドローム」、長いので「オバシン」と略すことにする。このオバシンに罹患すると、宇宙戦艦などはどれも「ヤマト」ということになり、ロボットは「鉄人」であり「マジンガー」であり、年が下れば「ガンダム」というあたりになろうか。
かくいう私が遙か高校生だった昔、母に言わせると電子音楽の類は一まとめにして「YMO」ということになり、例え私がどんなテクノを聞いていようがそうした音楽はすべて「YMOかい?」、ということになり、紅顔ニキビの若者は少しばかり力を込めて答えるのであった。
「違うって、これは……」
歳を食うと、門外漢のそうしたコメントに対しても、笑って「その通り。よく知ってるね」などと平気で答えられるようになるが、精神が尖っている若い時分にはそうした些細な間違いを許せなかったりするものであろうか。

今ではすっかりオジサン世界に片足以上突っ込んだ私としては、いつの間にかオバシンに侵されつつある我が身を自嘲することしきりである。固有名詞が貧困になってきている。
特に、続々とモニターに現れてくる芸能人だの歌手の類はからきし苦手になってくるし、名前を覚える間もなく消えて行くことも多く、世間を一時にぎわせた人をまったく知らないなど日常茶飯である。無論そうしたことに対する興味が著しく、というよりほとんど失われてきたということもあるが、だいたい何と読むのか分からないバンド名なども多いではないか。
最近もまだ一線にいるのかどうか知らないが、「THE虎舞竜」とかいうバンドがいたように思う。街角のポスターか何かに書かれたその文字の配列を見かけたことはあった。その名を人前で口にすることはなかったが、何かの話の折りに「最近、“とらぶりゅう”って流行っているじゃない?」とか言われて一体何の事やらと思い、「へえそう。知らないなぁ、オジサンは」などと自嘲気味な会話を続けていたのだが、しばらくしてそれが「THE虎舞竜」であることが判明しちょっと驚いた。私は何の迷いもなく「こぶら」と読んでいたのである。口にしなくて良かった。普通に考えても「竜」を「ら」と読むあたりに、メガな無理があるが、最初にその文字の配列を一瞥してすぐにそう思ってしまったのである。勝手な思い込みもまたオバシンの一つであろうか。自分の都合だけで物事を認識し始めるのは重度のオバシンである。

名前を認識してこそ浮き世の存在は定着されるものであるが、いかんせん固有名詞の貧困なオバシン罹患者にとっては大雑把な括りでしか対象物を見ないせいか、その対象が漠然と存在するものでしかなくなってくる。いても、いないのと同じなのである。要はどうでもいい。どうでもいいことに対して有限の大脳活動や記憶容量を無駄には出来ず、世間を賑わす景物に一々分類のための固有名詞は不要ということになるのであろう。自然、オバシン罹患者の口から発する言葉に増えてくるのが「みたい」という助詞である。無論これは昨今の若者のだらしない言葉の代表格、「……っていうか、みたいなぁ」の「みたい」とはニュアンスを異にする。どちらかといえば「〜系」に近い。
「“SMAPみたい”なの」
テレビに映る「若い男子のグループ」は固有名詞を知らない以上こうした括りになる。私なども「コムロ」みたいな音楽で「グループ」は全部「“TRFみたい”なの」という認識である。それで困った覚えもないが、かつての母の「電子音楽はすべてYMO」となんの違いもないことに気が付き失笑してしまう。歳を取るとはそういうことか。

ごく一般的に我々は「虹」というのは7色として認識している。しかしたとえばアフリカの、西欧的な意味での未開のある民族にとっては5色であったりするらしい。
岩波国語辞典によれば「七色」とは「赤・だいだい・黄・緑・青・あい・紫」とされるが、それが5色になるということは個々の色を感知できないといった肉体的な差異が無論あるわけではなく、それに対応する言葉を持っていないということであろう。詳しくは知らないが、例えば「だいだい」という名詞を持たなければ「黄色に近い赤」といった認識になる。我々の目には「だいだい」であってもそうした認識の下では黄色に近くても赤は赤、ということになり、同様に「あい」が「濃い青」ということになればすでに5色になるわけだ。さらに言葉が未分化であれば虹は「赤、黄、青」の3色ということにもなろう。
逆にいえば対応する言葉を多く持っていれば虹は16色にでも256色にもなるわけで、何事も細分化を好む現代ではややこしい識別やジャンル分けが進み、記憶力が低下して行く一方の年寄りには気の毒である。私も他人事ではない。

先日当掲示板で話題になった「あなたの大人度チェック」によると、何度かのトライアルの結果、最終的に私は「精神年齢は50歳」ということに落ち着いた。
「精神年齢は完全に『中年』」であり、「それどころか『初老』の兆しが見え始めて」いるのだそうな。然り。思い当たる節が多い。「幼稚度12%」「大人度79%」「ご老人度64%」だそうで、挙げ句に「70歳のご老人なみにおじいちゃんっぽさがあります。こうなったからにはのんびり人生を楽しみましょう」とまで言われる始末である。
そんな私が激流のようなスピードで変転する世の中を見回せば、七色のはずも虹も5色、いや3色ほどになるのもやむを得ない。

歌って踊りまくるような若くて黒い娘はすべて「アムロ」。白ければ「トモチャン」だったが、それも今は昔。今なら差詰め「浜崎あゆみ」あたりだろうか。これが複数のグループなるとすべからく「スピード」。「スピード」を覚える前は「グループのアムロ」。言葉は便利である。
だるい声の若い娘の歌い手さんはみな「ウタダヒカル」に統一されるし、赤だの青だの髪の毛のキャラが出てくるアニメは「A.I.C.みたいなの」といった具合に編入され統合されている。興味の対象外の領域においては甚だしい解像度の低下である。立派な視野狭窄である。
一時、コマーシャルに出てくる「ショートヘアの若い娘」はすべて「ヒロスエ」という認識であったが、さすがにその名の通り末広のレンズの効果みたいな顔の「ヒロスエ」は今では「広末涼子」と識別するに至っている。至ったからどうだという問題もあるがそれはさておき。
今でこそ「なっちゃん」も「田中麗奈」として好ましく識別しているが、出てきた当初においては「ヒロスエ2号」とか「ブラックヒロスエ」といった大変失礼な認識であった。
コマーシャルで「いい女ぶりを振りまいている気になっている」のは「フジワラノリカ」あたりなのだろうが、私はいまだにフジワラノリカの識別に難儀している。私がこの名を口にするときは常に「?」が付帯する。「フジワラノリカ?」

そんな私である。無論若い娘さんのファッション事情などろくに知るわけもなく、最近は「厚底サンダル」が流行っているな、くらいの認識である。しかしこの呼び名は正しいのであろうか。「厚底サンダル」という総称はニュース番組で取り上げられたときにそう呼ばれていたのだが、本当はもっとお洒落な正式名称があるかもしれないなどと疑いを感じている。何というか、もっと「おフレンチ」な名称とかあるのではないかとも思うのだが、私は勝手に「ガンダムサンダル」と命名している。
この新兵器「ガンダムサンダル」は、見た目にも怖ろしく危なげに見えるし、実際ニュースでも指摘されていたが「ガンダムサンダル」の流行に伴い、捻挫、骨折で都内の外科を訪ねる若い娘さんも増えているのだそうな。先日のニュースでは「ガンダムサンダル」が原因とみられる死者まで出たとか。殺人事件ではないか、と不審死を調べていた警察が調べた結果、「ガンダムサンダル」によってバランスを失い、転倒し頭部を強打したとかで「単独の事故死」であったらしい。親が気の毒である。
「ガンダムサンダル」に乗ることによって「足が長く見えてかっこいい」という利点が、99年制式採用を決定した娘さん達の言い分らしいが、しかし「ガンダムサンダル」を装着した上での歩行の姿はおよそ「かっこいい」からはほど遠い様であるように思える。歩きのフォームが怖ろしくみっともないことになっている。最近のHONDAのコマーシャルに二足歩行するロボットが登場しているが、あの歩行よりも無様にすら思える。「ガンダムサンダル」による無様な歩行の様は、低下する若い方の常識や倫理と、日本語能力の稚拙さをも顕著に象徴しているようにすら思えてくる。
こんなことを書くこと自体がオッサンくさいのだろうが、世間では「オジサン臭を消す香水」の類も出回っているということなので、前途は明るい。そんなわけあるか。
別にオバシンに罹患しようが、オッサン化しようが悪いことがあるもんか。

さてさて曖昧な認識の話の続き。
冗談ではなく前述した程度の「十把一からげ」的認識の人も多いのではなかろうか。もしかして私だけか。否、そんなはずはない。
しかしこうした大括りに使われる固有名詞に対しても、知っているというだけで正確な認識があるというわけでは勿論なく、「スピード」も4人構成であることは薄々知っていても、その個々の名前や顔の認識までは当然できるはずもなく、単品で提示されると途端に「若い娘さん」という非常に大雑把な認識になってしまうであろう。少なくとも私はその程度である。
ともかく「サビオ」や「バスクリン」などと同じく、先駆けになったものは当然人の口の端に上る機会も多くなり、自然知名度は飛躍的に増大するのであろう。昨今のブームの傾向といわれる「一人勝ち現象」も案外こうした事情が背景にあるのではなかろうか。人々の認識が現在の細分化に到底追いつかなくなってきていることの現れではないのか。下らないこの駄文で何を偉そうな考察をしているのか。

先程の「THE虎舞竜」同様、微かに知っていると、知らないよりまだひどいことになることも多々ある。先日テレビのコマーシャルに、最近ではとんと見かけなくなった若い娘さんが出ていた。ふと頭に浮かんだ名前が「ともかさりえ」。「ともかさりえ」……?反問すること1+0秒を要した。
さすがに口にはしなかったが、言葉にするときはちょっと冷や冷やした。
「ともさかりえ、だっけ」
「モーニング娘」なるものも、私はどこでどう間違ったものか「モーニング隊」と思い込んでいたこともある。無論、人前で口にはしなかった。セーフ。
私はその「モーニング娘」とやらの出自をほとんど知らなかったため、「テレビ番組」「素人の若い娘さんたち」「企画もの」「モーニング」という断片的なイメージから、勝手な思い込みをしたらしい。
「きっと、キャピキャピしたギャルたちが、素人の視聴者の若い男の家に朝早くに、無断を装って突撃して目を覚まさせるのであろう。起こされた男も若いギャルのお色気にウハウハ」
よって、「モーニング隊」。
思い込みにも程がある。

そうした曖昧な、あるいは勝手きままな記憶の反面、子供の頃に刷り込まれた固有名詞は不要になったにもかかわらず覚えているのがちょっと悲しい。これから先の人生において、一体どういう局面において「バビル2世」の三つのしもべの名前が必要になるというのであろうか。
「なんじゃ、最近の若い者はそんなことも知らんのか。情けないのう。三つのしもべといえばロデム、ロプロス、ポセイドンじゃ」
「わぁ、さすがぁ」
「ロプロスは最初皮に覆われておったが、後にそれが剥がれ金属の表面がむき出しになったのじゃゾ。試験に出やすいところじゃ、注意するがいい」
「博識ですねぇ」
どこがだ。
「W3」の三匹の動物が実は宇宙人だということや、さらにはそれがボッコ、ブッコ、ノッコなどという暢気な名前であることがいつ必要になるのだろうか。「ドメル艦隊」だの「反射衛星砲」だのや「イセリナ・エッシェンバッハ」も「アッザムリーダー」もすべて不要な単語だというのに、私の辞書からなかなか消えてなくならない。いかん。こうして羅列なんかしていると記憶がより確かになって行くではないか。
有限の脳味噌の不要物を簡単に捨てられることが出来ればどんなにか便利であろうに。

またしてもとりとめのない文章になっている。
いつものことだが何事かを語ろうとして書き始めたわけでもないので、さしたる結論などは導き出しようもないが、ここまでの記述に多少なりとも首肯する部分のあった貴方ならば、近頃話題の訴訟事件に対する見解も私と似たようなものではなかろうか。
「ほうらヨシオ、お前が前から欲しがっていたアイマックが届いたよ」
「うわぁ!!やったぁ!!ありがとうお母さん!!」
勇んで玄関に宅配便を迎えた子供の驚喜の顔は固まり、一瞬にして怒りに変わる。
「e-oneじゃんか、これ! 何でパチもん買って来るんだよ!!」
オバサンの目から見れば「ツートンカラーのコンピュータ」はどれもが「アイマック」という認識になるのは間違いない。
よってオバサンの判断ではソーテックの負けである。

「iMacとe-oneじゃ全然違うじゃんか!」
ヨシオは口をとんがらせて猛烈な抗議を続けるであろう。
「バカじゃネェの!!すぐ返してきてよ!!」
「だって……お母さんには同じに見えたんだもの……」
想像するだに胸が痛くなる。可哀想なお母さん。
悲劇が起こらないことを祈る。

十年バブル

「十年一昔」とよくいわれます。
「十年」というのは社会も個人も、文化も思い出も切りの良い手頃なパッケージになる年月ということなのでしょうか。
つい先日、ある友人が十年来の「ある関係」にピリオドを打った、という話を聞きまして、自分でもこの十年間や十年前ということを折りにつけ振り返ることが多くありました。
一応念のため繰り返しておきますと、「友人がピリオドを打った」という話で、「私がその友人との関係にピリオドを打った」というわけではありません。そんなに荒れた友人関係ではないと思います。まぁ過去にそうした関係になった人たちも沢山おりますが。
昔、知人から「お前は友達を大切にしない」といわれて、「はて、そうかな」と考えたことがありました。どうすることが具体的に「大切にする」ということかはともかく、友達を大事にしていないつもりは毛頭ありませんが、続けるためだけの友人関係にはまったく意味を感じないのは確かです。
人間関係というのも無理矢理に続けるものではなく、その時々に応じて必要な人が現れたり、親密に過ごす時期もあれば袂を分かつことになる日もやむを得ず訪れることもありましょう。
そんなことを思い出すのも過去十年間あるいは十年前を振り返っていたせいかもしれません。
今回の駄文はいつにも増してひどく個人的なことで、誰に向けて書くわけでもない何というか告白めいたものです。時間を無駄にしたくない方はブラウザのBACKボタンを押した方が宜しいです。

十年前。1989年、私は25歳でした。
当時はまだ漫画の短編を思い出したように描いては、時折カットのアルバイトをしたり、漫画のアシスタントなどで日銭を稼ぎつつ、ほぼその日暮らしに近い形で糊口をしのいでいたように思えます。貯金などという美味いものに縁があるはずもなく、預金通帳には寂しい3桁の文字が並んでいることもあったかもしれません。何とも情けない。
当時はバブルも終焉を迎え、いよいよその腐れきって発酵した毒気が弾ける頃だったでしょうか。すでに弾けていた頃かもしれません。そのあたりの記憶が曖昧なのは、どうにもバブルというのが一体何だったのか、まるで実感がないせいでしょうか。多くの国民が躁状態でその栄華を楽しんだそのバブルとやらは、私には参加しようもない憧れの彼岸だったようです。バブルはモニターの向こうにあったように思えます。ですからそこに積極的に参加し、後にしっぺ返しを食った人間たちに共感を覚えるわけもありませんし、むしろ「そらみたことか」くらいにしか思えません。さすがに「ざまぁ見ろ」というほど私も人は悪くありませんが。ウソです。思ってます。ざまぁ見やがれ。
ローンでものを買えば後に支払いがあるのは当然のこと。払えないなら首でも括るのも仕方がない。バブル期における直接的な罪がないにしても、現在中高年の自殺者が増えるのも無理はありませんし、実に気の毒だとは思いますが、トカゲの尻尾切りは世の常です。切られる尻尾にも何の原因がないわけでもありますまい。何はともあれ中央線にだけは飛び込んでもらいたくないものです。
「首を括る」といえば、私はその当時そのことを一生懸命考えたことがあります。繊細で傷つきやすい私の気持ちを周囲のだれも理解してくれず、生きるのにちょっと疲れちゃってぇ……死ぬのも悪くないなぁ……とか思ったりしてぇ。ウソです。何も「自殺」などという空恐ろしいことを考えていたわけではありません。どちらかといえば首よりは「腹を括る」といった方が近いかもしれません。最近ではその括ったはずの腹も少々出っ張ってきましたが。こんな身近にも十年一昔が。太ったな、俺。

当時、私は気ままなその日暮らしを謳歌し、拘束の少ないその生活を「気楽でいいよ」などと満足を口にする一方で、頭の片隅にはいつでも将来に対する巨大な不安がとぐろを巻いていました。
よく考えてみれば、ろくに働きもしないで「将来も贅沢を望まなければそのまま食っていけるかもしれない」などという甘ったれた妄想に取りつかれていたのは、世間を覆っていた集団催眠ともいえるバブルが遠因であったかもしれません。何しろ「フリーター」とやらがもてはやされていたのですから。
その昔「金の卵」ともてはやされた中卒の集団就職もそうでしたが、便利に使える労働力はいつでももてはやされ、要らなくなったら排除するという構図が待っているとは、当事者は夢にも思わないものかもしれません。先にも書きましたがトカゲの尻尾切りはいつの世でも当然の措置なのです。
バブルの当時、「フリーター」という肩書きとも言えないような立場を「会社に拘束されない自由人」という一片のつまらない優越感をもって称していた人間たちは、現在どうなったのでしょうか。今もフリーターとして立派に生活しているのでしょうか。組織という大樹の陰に落ち着いたのでしょうか。それともすでに首でも括ったでしょうか。まだ棲息している立派な第一世代のフリーターという生き物がいたら是非是非連絡をください。ホントにするなよ。
ただしここでいう第一世代フリーターとは、現在の不況下でいうそれではなく「なりたくてなった」フリーターの方です。今よく見かけられるそれは「ならざるを得ない」といった方が正しいでしょうが、当時はおよそ就職するよりはアルバイトの方が儲かるといったお気楽な状態だったようです。
「就職なんてしなくたって食って行ける」
そんなムードが濃厚に世間を覆っていたように思えます。
「就職なんて……」が、いまではすっかり「就職難で……」に変わってしまったことにも十年一昔が際だって感じられます。いつまでもあると思うな親と金、というとおり世に変わらないものなどあるはずもなく、景気はご存知の通り往時と比べるべくもない有様だそうです。それでも「景気が悪くなった」というだけで、決して「景気が悪い」国とはとても思えませんね。物と金に溢れた良い国です。

何の保証もない生活を「気楽」という言葉に単純にすり替えられるのは「若さ」という裏打ちがあるうちだけでしょうか。
そうした気楽な生活を謳歌した人間たちも、周囲で堅い就職をしたり結婚をしたりする人間が出てきたりすると途端に将来に対する不安と弱気が浮上し、それまでの勢いはどこへやら「そろそろ落ち着く」「才能がない」「東京は合わない」などと意味不明の言葉を残し、「安定」の二文字に餓えて櫛の歯が抜けるように一人また一人と「田舎へ帰る」、という今も昔も変わらない都落ちが繰り返されるわけです。
「Uターン」だの「Iターン」などと横文字ですり替えようが、都落ちに変わりはありません。
出て行け。東京は盲目の田舎ものたちの楽天地である。
東京は終の棲家を得るような場所ではなく、才能の商売をする巨大な市場であるという性格は今も変わらないように思えます。売り物にならない才能や能力しか持ち合わせない人間が長く住む場所ではないのです。とはいえ行き場を失ったそうした才能や能力の残骸が東京の巨大な隙間を埋めていることもまた事実でしょう。
いい迷惑なのは、そこを父祖代々の土地として暮らしている人ですが。出入りの激しい田舎者たちの騒々しい存在は実に気の毒です。

「田舎は嫌だ」といって出てきたくせに上手くいかないと安全装置のように作動する「田舎へ帰る」という行為は、稲作中心民族の遺伝子によるものでしょうか。私にはどうにも理解しがたいものです。さらにこの「田舎へ帰る」という行為が安直かつ愚劣な「エコロジー」と一緒くたになると目も当てられません。
「やっぱり育ててくれた大自然に包まれて暮らすのはいいよなぁ」
け。地球環境のために、そういうやからこそいなくなれ。さんざん都会でゴミを撒き散らし、文化的だと思いこんでいる大量消費生活を謳歌し、物に囲まれて上機嫌で暮らしてきた者が、よくも暢気に言やがる。
大体「都会に疲れて田舎に行くと癒される」というその考え方自体がどうにも嫌いだ。田舎を何だと思っている。故郷にはいつまでも変わって欲しくないとか何とか言いやがって、地元に暮らす人間を何だと思っているのだ。田舎は都会の落伍者の収容所ではない。ドラマの「北の国から」とかはもう虫酸が走るほど大嫌いだ。北海道は負け犬の楽天地ではないのだ。くそぉ、段々腹が立ってきた。
さらには過去の過ちは「若さ」という頭の悪い免罪符一つで片づけるその無責任さが嫌いだ。「昔は悪だったが今ではすっかり更正しました」的な人間も、そこに安っぽいチンピラの美学と甘やかしを与える世間も大嫌いだ。かつての不良が更生して真っ当な社会人になったくらいで周りが過度に喜び、下手をすれば讃えたりもする。馬鹿者。その不良時代に犯した罪が、人並みになることで許されると思っているのか。その時迷惑を被った人間に対してそれで済むと思っているのか。馬鹿者。一生罪をあがなえ。ああ、むかつく。

さて「田舎へ帰る」。
帰る田舎がある人はよいでしょうが、しかし帰って一体何をするというのでしょうか。積極的な気持ちで田舎に帰って新しいことを始めるとかいうのであれば、そこに立派な「攻め」の気持ちも生まれるでしょうし、親を案ずる気持ちで故郷に帰らざるを得ないこともありましょう。それはよく分かります。また帰って継ぐような商売などがあればそれも理解できますが、サラリーマン家庭などの人はどうするつもりなのでしょうか。親類縁故を当てにし、毛嫌いしたはずのそうしたしがらみの中に安寧を求めるということなのでしょうか。
パソコンで変換して初めて知りましたが「しがらみ」というのは漢字にすると「柵」となるんですね。まさに字面そのものです。入れ、柵に入って飼い慣らされてしまえ。おとなしく羊として暮らすがいい。
どこに行ったのだ、「干渉されたくない」などと無責任一途で自分勝手な個人主義とやらは。
私も昔はそうした人間たちを嘲笑っていましたが、今では「親元から離れ、華の東京で青春を謳歌するという一時期も人間には必要なんだから……」という優しく肯定的な見方も半分だけするようにしています。ウソです。思い切り嘲笑ってます。
私には札幌の実家がありますが、だからといっていわゆる「帰るべき田舎」といった風のものではありませんし、
「自分のことは自分で何とかしなさい。親を当てにされてもらっては困る」
という式のありがたい親でもあり、大学を出てから今日まで、時折涙が出るほどの親のありがたい支援もありましたが、自分で食うための術を見つけて餓死することもなく、人並みに、いや人並み以上に酒を飲むくらいの生活を続けています。何も自慢しているわけではありません。酒が必要なのは将来に対する巨大な不安を麻痺させるためです。飲まないと不安に押しつぶされそうになるのです。ウソです。ただ好きで飲んでます。数寄に近いかな。
だいたいそんな薬理効果を求める飲み方は酒に失礼です。

ただ十年前にはそれに近い気分はありました。先に「首を括る」ことに触れましたが、そんな時期のことです。25歳の頃のことでしょうか。
猛烈な不安に襲われたことがあります。
当時住んでいた汚いアパート。日の出もほど近い未明に、急に焦燥と不安と心配が三位一体の攻撃を仕掛けてきたのです。無防備だった私の精神の砦はすぐに三の丸も二の丸も落とされ、程なく本丸にも敵が怒濤のように押し寄せました。
仕事が上手くいってなかった時期なのかもしれません。仕事に煮詰まり、明日への鋭気を養うべくベッドに入ったもののまるで寝付かれず、不意に来た黒い不安に四方を囲まれ逃げ場を失いました。
うっすらと明るくなりかけた部屋でベッドに起きあがり、表面はじっとしながら内面はただ焦っている。妙な図です。
将来の姿はいつだって想像がつくものではありませんが、この時は将来はおろか十年後、5年後の自分の状態がさっぱり想像も付かない、といった状態でしたでしょうか。何も浮かばない。希望的観測さえ浮かんでこない。ひたすら不安をうち消そうと考えれば考えるほど明るい材料の一片も浮かんでこない。体を掻きむしりたいほどの焦燥だったでしょうか。
タバコも吸わずに延々と考えるしかできませんでした。
その時、ふと雲間から陽が差すように天啓がありました。
「そうか……首を括ればいいのか」

ちょっと話が飛んでしまいました。これでは私がまるで死を決意したかに思えます。そうではありません。順を追って経緯を考えてみます。
一言でいってしまうと、こんな明日もしれない生活を送っていて、将来人並みに暮らせるのだろうか、という不安があったわけです。月並みかもしれませんが、そうでした。
まずこの不安には根本的な思い上がりと勘違いが濃厚に含有されています。
第一に「自分は人並みに暮らせるはずだ」という思い上がりです。
一体どういうつもりだったのでしょうか。
のんべんだらりとした生活を送っていながら、いつかは人様並の文化的生活を送れるなどと勝手に思いこむとは何とも愚かな考えです。「自分は飛び抜けてはいないが、まぁ中間くらいの位置にはなれる能力がある」というおよそ一片の根拠もない馬鹿げた思い込みです。もっとも、小中高大とさしたる浮き沈みもなく送ってきた者にとっては、それまでの「集団内での位置」がそのまま社会に延長されると血迷った考えを持ってもやむを得ないかもしれませんし、確かに「人並みな暮らし」を手に入れるために、文部省が奨励した枠の中で競争をしてきているわけです。
少なくとも私は高校時代は学校の成績は大変よかったですし、美術系とはいえ大学も一年余分に通ったとはいえ一応卒業もしたわけですから、漠然とこの先もそれなりに人並みな生活を送れるのではないかと思いこんでいたのかもしれません。蒙昧です。
それが何の間違いか、就職という大樹の下に寄ることを拒否して、「フリー」という得体の知れない社会人としてスタートしたわけです。当然月々の収入などあるわけもありませんし、堅実なサラリーマン家庭に育った私としてはイメージにない生活形態に不安を覚えたわけです。選んでおいて「不安」というのも身勝手そのものです。覚悟が足りなすぎたのでしょう。
ちなみに何故就職という二文字を嫌ったかといえば、「十年後の自分が具体的に見える生活」が怖ろしくなったからです。
大学時代にも、よくサラリーマンが居酒屋などで上司の悪口を肴に飲み交わす、という絵に描いたようなシチュエーションを目撃しました。その時ふと思ったのです。彼らがののしり無能をあげつらうその上司とやらに、彼ら自身が何年かの後にはなる筈です。もちろんある程度の運と能力は必要でしょうが。
サラリーマン生活を送るということは、同じ仕事場に何年か後の自分の姿を毎日見続けることになるのではないか、ということに恐れを覚えたのです。自分がののしっていた人間の立場にいつかは自分が座り、陰では部下に同じことを言われ、自分はさらに上の上司の陰口をたたく。その繰り返し。夢も希望も感じられなかったのです。そこにたまらない嫌悪を感じたのでしょう。その分「安定」を売り払ったのは間違いありませんが。
この時売り払った「安定」という株が、現在では世間でも軒並み下がっているのを見るにつけ、ちょっとだけ得した気分にもなります。ウソです。ちょっとじゃありません。ざまぁ見やがれ、です。

ともかく当時の、そして現在でもさほど変わらないのですが、フリーというある部分気楽ながらも実に不安定な生活を送っていると、「人並みな生活」のイメージからはどんどんと離れて行きます。もちろん中には若くして成功し、人並み以上の生活を手に入れる人もいるでしょうが、私の場合は実りも少ない痩せた土地を耕していたに過ぎません。人並みな生活とやらが実るわけもありませんでした。
先に上げた根本的な勘違いとはこのことです。一体なんでしょうか、「人並みな生活」とは。真っ当な暮らし、普通の生活。
そんなものは実は存在するはずもありません。誰もが特殊な部分を抱えているものです。
だというのに多くの人間がイメージしているであろう「それ」は世間を覆っているわけです。だからこそそれに対して「足りない」「それよりは上」といった僻みだの優越感だのを感じられて一喜一憂している、と。
世間的に思われている「人並みな暮らし」の具体的なイメージとはどんなものでしょうか。
「無難に大学を卒業して、倒産の心配のない会社に就職し、そして生涯の伴侶を見つけて結婚。週末にはマイカーでドライブや旅行に出かけ、何年か後には子供が出来、貯えが出来た頃にマイホームの念願を果たし、その後家のローンはちょっと苦しいけれど、子供とペットに囲まれ楽しい我が家。老後も安心幸せ家族」
異論はあれど概ねこんなところが、中位の部類に入る人並みな幸せの価値観というか「幸せの形」みたいなものでしょうか。テレビのコマーシャルは具体的にその「幸せの映像」を垂れ流し、政府が奨励している日本人の目指すべきコースだったはずです。そこに外れさえしなければ形而下の伝声管から「よーそろ」の声が聞こえてくるわけです。自分がどれほどの位置にいるのか常に確認するための指針があるわけで、なるほど手本があるというのは安心できるものなのでしょう。
国民をあまねく覆うような宗教もイデオロギーも存在しない日本では、この「幸せの形」こそが、特に高度経済成長期に発達し定着した「飼い慣らしの方法」だったのかもしれない、などと勝手に思ったりしてみます。皆がそれをわき目もふらず目指すことによって安定した社会秩序が形成される、その飼い馴らしのために押しつけられた価値観です。
情報の刷り込みです。私は当時それが何も絶対的な幸せだとは思っていませんでしたし、「好きなことさえ続けられれば幸せである」というこれもまた借りてきたような価値観を頭で理解してはいましたが、もっと根深いところにこの政府推薦の幸せの価値観を刷り込まれていたのは間違いありません。そこから外れるのは不幸である、と。
その漠然とした幸せのイメージと現実の自分とのギャップに不安を感じるのは当然のあさましい心理ですが、逆にいえばそんなものに囚われているから余計な焦燥だの不安に苛まれることに気が付くくらいの頭は持ち合わせていました。
そんなにバカじゃない。
捨てちゃえ。
そう思った途端にふと少し気が楽になりました。
幸せな結婚とやらも安定した生活も、美味しいものを食べられる幸福も、可愛い子供の笑顔も、広い住居だの夢のマイホームだの、そうしたもの一切合切を捨てることにしました。というより、そんな予定なり漠然とした約束などは「無い」という時点から始めなくてはならないことに気が付いたわけです。もちろんそれが嫌いだから、ということではありません。先に上げた幸せの形はどれ一つとってもあるに越したことがないものに間違いはありません。ただ現実の自分が持つことの出来るものがせいぜい一つか二つしかないのならば、大事なものから取るしかない。このごくごく簡単かつ単純な原理によって私は迷わず「仕事」を取ったわけです。
好きな仕事を続けて行ければそれが無上の幸せである、と。
それ以外のものを捨てることに決めたからといって、簡単に捨てられたわけでもありませんし、そこには辛い結果も伴いましたが、それをここに記すにはあまりに生々しいことでもありますし、控えておきます。

そういえば「絵」についても似たようなことがありました。
「自分は上手いはずだ」というみっともない思い込みを一時捨てようとしたことがありました。こうした思い込みはその筋を志す者にとっては大変重要なきっかけであり、心強いよすがであり最低限の拠り所になっているはずです。それが無ければその筋を目指すはずもないのですから。
ただ、「クラスで一番上手」や「学校で一番上手」であることがそのままプロの世界で通用するはずもありません。何と言っても業界を埋める人々はそれぞれに最初は「クラスで一番上手」や「学校で一番上手」といった人々であるわけです。県大会で一番を取っても、甲子園で優勝できるのは一校だけ、というのと同じです。
当然上には上がいるわけで、更にはプロの世界で洗われるうちに突出した才能を開花させ、およそなまなかな才能では達し得ない領域の、そのさらに上を目指している人間もいるわけです。そうした人間たちを日々見ていると、決して「自分の方が本当はうまい」などとたわけた妄想を保持し続けることは出来なくなりますし、もし自分に才能が思ったほどに埋蔵されておらず、その上努力を怠ったりしようものなら、ただの凡人以下に過ぎなくなります。思ったほどに上手くならないから諦めるのか。そうではありません。
ダメならばそれを認め、そこから始める。ここに立ち至ると気分は楽になり、ものを見る目もいくらか平らになってくるものです。
そして自分の技術や表現するべきテーマや内容も疑ってかかる必要があります。何をするのでも、それこそ当然の定理や公理や常識の一つ一つをも疑ってかかる必要があるでしょうし、そこにこそ工夫も生まれると思いますが、自分自身のそうした既得の技術や考えを疑い、「本当にそれでよいのか」という疑問を持ち続けることが必要ではないかと思ったのです。
ちょっと具体的にいいますと、例えば「人が椅子に座っている」という絵を描くとしましょう。貴方がもしこの課題を与えられたらどのような絵を咄嗟に思い浮かべるでしょうか。その人物は男でしょうか女でしょうか。年寄りでしょうか子供でしょうか。どんな体格でどんな服を着ているでしょうか。楽しいのか悲しいのか疲れているのか元気がいいのか。椅子は4本足でしょうか、スツールでしょうかソファでしょうか。高さはどのくらいで大きさはどれほどでしょうか。その人は椅子に行儀良く座っているでしょうか、斜めに腰掛けているでしょうか、それとも椅子の背を前に回してまたがっているでしょうか。
少し考えるだけでも多くのディテールなり特徴が考えられます。それを一つずつ検証して行き、自分の好みに沿ったものを選んで行けば、およそ最初に思いついたイメージとはかけ離れたものになるはずです。疑うとはそういう意味です。最初に思いついたイメージは、イメージの貧困がわずかに結んだ思い込みなわけです。語彙の少ない人が喋る言葉と同じで実につまらない。語彙もイメージも豊かな方が表現の幅もより広がりますし、またそうした表現を身に付けることで、表現しようとする対象そのものも豊かになるはずです。
私はある時期、なるべく思い込みを捨てて、「出来るはず」を取り払い、まずは「何も出来ていない」というところから再始動してみようとしたわけですが、その効果は間違いなくありました。ただその癖が抜けないせいかいまだに揺るぎない自信の下に決断を下すことが出来ない、という話もありますが。
思いついてことを書き散らしているのでまとまりのないことこの上ない格好になっています。話題を戻します。

私が当時、迷わず選んだ「仕事」というのはいわゆる「食うための仕事」とは少しばかりニュアンスが違います。もちろんそれをも含みますが、一生かかってでも続けたい自分のやりたいこと、という意味でしょうか。「自分そのもの」といってもいいかもしれません。
よく聞かれるセリフに「仕事と私とどっちが大事なの!?」というおよそ愚劣で蒙昧な決まり文句がありますが、ですから私にとってはこの質問はイコール「自分と私のどっちが大事なの!?」ということであり、当然答えは一点の曇りもなく「仕事」であり「自分」ということになります。自分を大事に出来ない人間におよそ他人を大事にすることは能わないとも考えています。
ともかく私の場合は「仕事」を取ってしまいました。そしてこの私が選んだ仕事には「安定」の二文字は付帯しておりませんでした。出来ればそれが付帯している仕事を好きになれば良かったのでしょうが、この仕事を好きになってしまったのだから仕方のないことです。惚れちゃったら後戻りが出来ないのが人の道。
好きなこと、という一番を取ってしまった以上他のものは一度整理してしまおうと思ったわけです。「安定」した生活を望むべくもない現実でしたし、後にそれが付いてくれば良いなぁ、という程度に考えることにしたわけです。
とはいえ、現実の社会生活を維持して行くだけでも大変な金銭が必要です。この点において人の存在は金銭に換算されるといってもいいでしょう。非情な話ではなくごく当然のことです。人間の価値はそうした数値では計れない、というのは学生気分の戯言です。計られます。「自分は本当はやれば出来る」とか「いつかきっと眠っていた才能が……」などという稚拙な妄想は、ひもじさの前には役に立ちません。出来ることだけがすべてです。日本国民として生活させてもらう権利には当然義務も必要ですし、現実的には月々幾ばくかの金銭が必要なのは自明のことです。
生きるためには飯が必要です。しかも人はパンのみにて生きるにあらず、酒も必要です。私は特に。それに衣類も住みかもいるし、仕事をするには道具もいるし交通費も必要になる。税金だって払います。
「好きなことが出来れば」といっても一社会人として全うしなければならないことは山ほどあります。それは「当然出来る」という前提でものを考えていると足をすくわれることすらあるほどです。「出来て当たり前」だからといって、自分もできるとは限らないわけです。それが先程の私の思い込みでもありました。
さてさて。それが出来なかったらどうしよう。
それが未明の焦燥の大きな病根であったわけです。それに対して浮上してきたのが冒頭にも書いた「首括ればいいのか」という至って明解かつ鮮やかな解答だったわけです。まさに雲間から一条の光。どうしてそれに気が付かなかったのか不思議なくらいでした。
「首を括る」
立ち行かなくなったときは、死にゃあ良い、と。
自分の人生くらい好きにしたって罰が当たるものではありません。自殺を礼賛するわけではありませんが、そのくらいの権利は自分にあって当然です。権利という言葉すら当たらないでしょう。そうやたらとポンポン死なれても困りますし、生んでもらったことに大きな感謝の気持ちを忘れてはなりませんが。
「好きなこと」をやって、それで社会的に受け入れられなくて現実生活に大きな齟齬を来たし、恥をさらして生きるくらいなら死ねばよいわけです。恥をさらしてでも生きたければ生きればよい。それはその時考えよう、と。
ともかくやるだけやって駄目なら後悔することもなかろう、という気になったわけです。それは今も変わりません。当時より、少しばかり責任を引き受けてはいますが根底としてはやはり「駄目なら首を括る」という私個人の大原則に変わりはないみたいです。もちろんそんなことを始終考えているわけではありませんし、いってみれば最後の保険みたいなものでしょうか。
一時、世間を騒がせた「ドクターキリコ」事件で、自殺用の薬を買った方がインタビューで「それを持っていると安心して、逆に楽に生きられる」というようなことを語っていましたが、心情としては非常に理解できました。薬という具体的なものに依存するところに多少疑問は感じますが、私の「首を括ればいい」も同じようなものです。

「自殺」だの「死」だのと、快活なこのホームページには不似合いな話題が出たついでに、もう少し考えてみます。
「死」というのは怖いものです。
子供の頃は「死んだらどうなるのか」「死にたくない」といったごく普通の畏れを布団の中で感じてまんじりともせず天井を見上げたものです。それが身近な死を経験したり、大病などで身近に死を考えるようになるうちに、「いつかは死ぬのだな」という諦めでもなく、そうした死に対する「受容」が理性ではなく実感として身について来るもののようです。これは決して鈍化させてはいけないものでしょう。
特定の宗教に帰依していようが無宗教であろうが、年を経るに従って自分の中に宗教観を育ててくると思いますが、死に対しても自分なりの態度が形成されてきます。
私の場合、「いつ死んでもいい」とはとても思えませんが、「いつ死んでも仕方がない」という気持ちが常にあります。それがいいことなのか悪いことなのかはよく分かりませんが、そのある種の諦念と開き直りがないまぜになった実感の上に日常があるお陰で、毎日を少しでも意味あるものにしようという気になれるようです。
「いつ死んでも仕方ない」当たり前のことです。
ただそれを当たり前のこととする理性や知識と、実感として受容することには少しばかり距離があるようです。
日々流されるニュースには災害、戦争、事件、事故、病気、そうした災いによって多くの人間の死が伝えられます。近頃では白昼堂々と通り魔が人を殺しますし、愚劣きわまりない若者がオヤジ狩りと称しては無関係の人間を死に至らしめたりもするわけです。そんなニュースをみて「またか」と精神の鈍化を感じる感想を持ったりもしてしまいますが、しかしそのニュースと自分の間には無関係が横たわっているわけではなく、いつ自分の名前が被害者としてニュースに流れることになるか分からない。その時自分はそのニュースを見ることもないのです。
家を出た途端に車にひかれるかも分かりませんし、寝ているときに飛行機が落ちてくるかもしれない。そうした不慮の事故もあれば、酒の飲み過ぎで劇症肝炎を引き起こしたり、タバコの吸い過ぎで腹だけでなく肺も真っ黒になって肺ガンになるといった自分が原因の死もすぐ隣にあるわけです。意識するなという方が無理です。
だからこそ、それをしっかりと意識して日々過ごした方が毎日が有意義になるような気がしてます。
ここまでお付き合いしてくれている奇特な貴方はどう思われます?

さて、ずいぶんと話題が彼岸の方まで流されてきましたが、十年前の未明に覚えた焦燥とそれに対して「首を括る」という最後の保険に考えが至って以降のことです。
そんな一条の光を得たからといって、劇的に生活が変わるわけもありません。人生はドラマだともいいますが、そうそう人間が都合よく変われるわけもなく、か細い神経が薄い膜でわずかに覆われたに過ぎません。それでもほんの少し楽に生きられるようになったでしょうか。楽をして生きたいとは思いませんが、楽に生きたいとは思います。
劇的な変化はなかったにせよ、好きな仕事に対してわずかながらも粘りが生まれたようで、以後だらだらと仕事を続けております。それもやはり多くの幸せの形とやらを捨ててかかった以上、仕事を全うできなければ元が取れないではないか、というあさましい根性なのかもしれません。ウソです。
ともかく心の余計な負担を減らして、仕事に対する気持ちの割り当てをそれまで以上に増やせたお陰か、仕事そのものをより楽しみ、その時間を何よりの喜びとしたのは間違いありません。
仕事が楽しい、そう思い続けることが出来、しかも首を括ろうと微かにも思わずに済んだ、とりあえずこの十年をありがたいものだと思いますし、願わくばこれからもそうでありたいものです。
思えばあの焦燥の未明以来、仕事における微かな結実を手に入れたり、それ以前にこんな浮き世離れした仕事を続けていられること自体が夢のようでもあります。考えようによっては私が参加することが叶わなかったバブルが、実はこうして薄い膜になって自分を覆っているのかもしれない、などとも思えてきます。私のバブルはいまだに進行中なのかもしれません。この風船が弾けないためには、遅まきながら中身を詰めて行かねばならないな、などと柄になもなくしおらしいことも考えてみたりしています。
それでも弾けてどうにもならなくなったら、括ればいいんですからね。

ご静聴ありがとうございました。以上、青年の主張でした。

肩書き

「肩書き」とやらで困ることが多い。

遙かな昔、漫画を描いて口を糊していた頃は、職業を尋ねられた場合「売れない漫画家」などと自嘲気味に伝えるだけですんでいたのだが、かれこれもう10年、アニメーションにかかわるようになってからこの質問に対し、明確に答えることが出来なくなった。
「えぇ……漫画とかアニメとか……イラストなんかも少し……はい」
胡散臭いことこの上ない。
どうにも正直なのである。笑うなよ。私は実はかなりの正直者ゆえ、質問に対して正確に答えようとするあまり、上記のような曖昧なことになるのだ。相手がどれほどまで詳しく知りたいと思っているかどうかはともかく、自分にウソをつくような気がしてあれこれと思い悩むということらしい。天秤座の星の下に生まれた面目躍如である。

大体仕事の比重がはっきりしない。
漫画は元来の職業であるゆえこれを外すことにはいささかの抵抗があるのだが、だからといって常に連載を抱えているわけでもなく、書店に単行本がたくさん並んでいるというわけでもない。アニメーションも今でこそ「監督」などと分かりやすげなポジションに就くこともあるが、数年前までは「設定とかレイアウトとか……」と、またもや少なからず補足が必要な発言にいたる有様であったし、イラストもあくまで余技とはいえ、ある時期は主な収入がイラストによるものであったため、これを外すのも大きなウソがあるように思えた。
「絵描き」とまとめてしまうと大変便利なのだが、一般の人間に対して「絵描き」というと「ベレー帽にスモックを着てパイプをくわえてキャンバスに向かう之図」が想起される気がして困る。イメージが古い?そんな突っ込みをする貴方は広辞苑をひもときなさい。そこにはしっかりと記載されているはずだ。
【スモック:ゆったりした上っ張り。仕事着。婦人・子供・画家などが用いる】
「婦人・子供・画家」という一くくりにもいささか問題が感じられるがここでは考えまい。ちなみに私の広辞苑は「第三版」でちょっと古いので、新しい版になって削除されていないか心配である。
ともかく「絵描き」は少々まずかろう。
「ご職業は?」
「はい、絵描きです」
「そぉおですかぁ、芸術家さん」
違ぁう!
困るのである。「絵描き」という言葉のニュアンスがまずいのかと思って、一時期は「絵とか描いたりして……」などと非常に曖昧な、やはりこれまた胡散臭い答えをしたりしていた。
「どんなものを描いていらっしゃるんですか?」
「ええ……まぁ、恥とかかいてます」
オヤジである。

いまだに困っている。
ありがたくも私なんぞを紹介してくれる雑誌記事などでは「アニメ監督」の称号をいただいているが、自称するにはやや恥ずかしい響きがあるし、そう言い切るには影の薄くなった私の中の漫画家もすこし可哀想である。
同じ業界近辺の方や年若い方に対しては「アニメーションとか漫画の仕事をしております」と答えて何ら不都合はないのだが、これがごくごく一般人が相手となると、その答えに対して必ず先の質問が返ってくることが明白なので困るのである。
「どんな?」
窮するのである。
「ドラエモンとか、そういうやつですか」
違ぁう!
しかしそこで迂闊に言葉を重ねようものなら容易に自分の首を絞めかねないし、ドラエモンと私の仕事の違いをことさらに主張するのも甚だ大人げに欠ける気もする。
結果、
「ええ……まぁ、似たようなもんです」
などと自嘲的な軽い笑いを浮かべ、行き場のないもどかしさを呑み込むことになる。しかし、ふと自分の監督作品に刻印された「15R」の真っ赤な文字が脳裏をよぎり、
「……子供は見られなかったりするんですけどね」
などとさらに自嘲的な言葉を付け加えたりしてしまうのである。相手は謎に思うこと間違いない。
「ドラエモンに似ていて子供が見られないマンガ……って」
申し訳ない。
私が一言余計なことを言ったばかりに、もしかしたら相手の脳裏には「凄惨な全裸殺人現場に立ちつくす血まみれのドラエモン」の姿が浮かんでいるかもしれないし、「巨乳に顔を埋めるアンパンマン」がその絶倫ぶりを誇る姿が浮かんでいるかもしれない。はたまた「子供を失神させるピカチュウ」を想像しているかもしれないではないか。それは正しいのか。
もっとも、そんな想像力を備えた相手なら、私ももう少し説明のしようもあるのだが。
「アニメを作っています」
どうにも言い切ることが出来ない。
「アニメとか作っています」になってしまうのである。どうせ相手は詳しく知りたいわけでもないのだろうから、そんなに気を使う必要はないはずなのだがどうにもいけない。

「肩書き」というのはご承知の通り、「社会的な地位、身分、称号」である。よく言われることだが、特に日本においては本人そのものの中身より肩書きの方が大きくものを言うようで、これは江戸期300年の揺るぎない封建制の強い残り香であるかもしれない、などと勝手に思ったりもする。
普通の社会人はその所属を明確にする「名刺」を持っているものだし、それによってその人間の信用度なり存在価値が計られる。最近では名刺の額面を鵜呑みにするバカな傾向も少なくなってきたであろうが、それでも簡単に詐欺に引っかかる事件が後を絶たない影には、名刺のもたらす肩書きが大きくものを言っているのかもしれない。騙される方の脳天気さの方が甚だ問題ではあろうが。
私はいまだに名刺の一枚も持っていない。これが先に記した、返答に窮する原因にもなっているのだろう。とはいえ名刺を作ろうにも肩書きが「漫画・アニメ・イラスト・他」などと、安い言葉を並べるのも恥ずかしいし、「コミック・アニメーション・イラストレーション・ETC」などとこれまた恥ずかしくなった横文字を並べるのも気が進まない。かと言ってなんの肩書きもなくただ「今 敏」では名刺の役にも立たなかろう。
一体私は名刺に何と肩書きを付ければ良いのだ?

私は学生の頃から確定申告なるものをしている。
当初は無論「学生」で済んでいたのだが、卒業してからは「お役所的」には何と記入するのがそれらしいものやら税務署員に質問したところ、
「漫画書いてるの?……まんが家、と」
と、少々訛りの残った独り言を呟きながら、仁丹臭い税務署員のオッサンは職業欄をあっさり埋めやがった。東村山税務署である。
以後私はそれに倣い、納税の職業欄には「漫画家」と漢字で書くようにしていた。さすがにひらがなは自分がすこし可哀想な気がした。
アニメーションの仕事をしようが、漫画による収入がほとんどない時期であろうが、ずっと職業欄は「漫画家」としていたのだが、武蔵野市に移ってから私の元に届けられる「確定申告書類」の職業、というか区別には、あらかじめ「ビジュツカ」と印字されてくるようになった。
ビジュツカ……「美術家」である。ニューアイテムゲット。
何やら気恥ずかしくもちょっと偉くなったような、そんな気にすらさせてくれる格調高い言葉。美術家、美術家、大家の風格、それは美術家。しかし美術家……美術家…………美術か?私の仕事。
確かに私は「美術大学」なるものを卒業しているし、大きくいえば美術に属する類の仕事をしているのかもしれないが、しかしおよそ自分の仕事が美術や芸術の範疇にあるとは思えない。それは他人が勝手に決めればよいことである。
「美術家」。どうにもしっくりこないが、お役所がそう区別してきたのだから、とりあえずキープしておくに値しようか。もっとも、私の場合は「チンピラ美術家」が関の山である。
しかし「美術家」など、これまで他にあまり聞いたことがない。私の辞書ソフト「岩波国語辞典」にも記載はないし、重たい「広辞苑」をひもといても、そこに「美術家」の文字はない。確認したところ「芸術家」「音楽家」はその記載があるというのに。

漢字表記は重々しくてよいが、日本の世の中では神代のバブルの昔から横文字が尊ばれる。和語や漢語は蹂躙されていくのだ。
やはりカタカナ表記が颯爽としているであろうか。
「アーティスト」はどうだ。いや、その自称は失笑の対象かもしれない。
「アーティスト(笑)」そんな名刺も、ちょっとなぁ。
「マンガアーティスト」……「(笑)」どころか「(爆)」、いや「(泣)」である。以前「マンガアーティストホームページ」なる本に当HPが紹介されたが、だからといって私がマンガアーティストの仲間だと思われては困るぞ。
「コミックアーティスト」というのもあるな。英語にすればよいというものではないが、しかしこの言葉、漫画家をカッコよく表現したつもりの言葉かもしれないが、よく考えると「コミックバンド」などといった場合、「お笑い」「おふざけ」のことではないか。コミックアーティストって、それじゃ「お笑い漫画道場」ではないのか。
車だん吉の話はともかく、私の肩書きである。
「コミッカー」そんな雑誌があったが、これは造語であろうか。お腹が空いたら食べるのだ。それは「スニッカー……おい。
「アルティザン」というとそれはそれで気取りが感じられるような気もするし、最近ではあまり使われない言葉であろうか。それにチーズ職人とかに…それはパルメザン。ゲリラに…それはパルチザン。もういい。

ではちょっと視点を変えて「クリエイター」というのはどうだろう。どこの視点が違うのだか分からない上に、胡散臭さも倍増だな。
「ご職業は?」
「クリエイターです」
バカだと告白しているようなものだな。

さて今度こそ視点を変えて考えるのだが、今の世の中は「言ったもん勝ち」とよく言われる。何に対して勝ちなのかさっぱり分からないが、あえてそれに倣うのも悪くない。郷に長く棲んでいるのだから素直に従うのも処世の術だ。主張すればどんな肩書きでも罷り通るのは多くのメディアで証明済みだし、ここは一つ恥も外聞もかなぐり捨てて景気よく行ってみよう。
まずはベースとなる言葉は、やはり人気職業ナンバー1、うちの娘の婿にしたい職業ベスト10には絶対入らないといわれる「クリエイター」に決まりだ!
しかしこれだけではいかんせん印象が弱い。何か修飾する言葉が必要である。
「機動戦士クリエイター」
違うなぁ。
「超電磁クリエイター」電磁はないだろ電磁は。
「新造人間クリエイター」何かクローン人間を研究してる科学者みたいだな。
「銀河鉄道クリエイター」……スペースツルハシとか持ってそうだもんな。
「風の谷のクリエイター」ただの田舎ものだな、それじゃ。
「マシン合体クリエイター」何が合体するんだか……しかし合体という概念は悪くないな。
「新世紀クリエイター」……おや…………そうだ!
「新世代クリエイター」!!
さらには合体技を取り入れて「新世代デジタルクリエイター」……デジタルでばかりクリエイトする仕事じゃないからなぁ……そうか。
「デジタル新世代クリエイター」
これなら良いのか!
デジタルという言葉は「新世代」にかかるわけだから問題あるまい。しかしこのままでは頭の悪い雑誌の紹介記事そのものだな。どうせならもっと景気良くしてみよう。
 「デジタル新世代ハイパーメディアクリエイター」
親が泣くよ……いやいや、我に返ってはいけない。ここまで来ればさすがに他の追随を許すまいが、念には念が必要だ。
「続・デジタル新世代ハイパーメディアクリエイター」
「続」はないか。何の続きかさっぱり分からないからな。
「デジタル新世代ハイパーメディアクリエイターZ」
狙い過ぎか、「Z」は。
「世紀末デジタル新世代ハイパーメディアクリエイター」
ウソではないからな、「世紀末」は。2001年から使えなくなるがまぁいいや。
しかしどうにも座りが宜しくない。「〜クリエイター」の最後の「ー」の部分から勢いというか「力」が逃げて行ってるのかもしれない。やはりここは原点に立ち返って、
「世紀末デジタル新世代ハイパーメディア美術家」
合わないなぁ……。
 「世紀末デジタル新世代ハイパーメディアクリエイションアーティスト」
かなりいいじゃん。かなり、来てる!
ここでもう一押し、所属も決めておいた方がいいかもしれない。素人には一見何やら分からない団体に所属しているように見せかけた方が、信用度もいやが上にも鰻登りだ。
「デジタル新地平開拓団・主査」
「主査」、何を調べるんだか一体。ついでに「アナログアニメーション保全委員会会長代行」も兼務しておいた方が、温故知新の態度も決して忘れないその人柄も偲ばれるというものか。よし、まとまった。

 

 デジタル新地平開拓団・主査
アナログアニメーション保全委員・会会長代行
世紀末デジタル新世代ハイパーメディアクリエイションアーティスト

今 敏(フリー)
 

誰だよ、一体。

Q&A? -4-

お付き合いいただいている方はいらっしゃるんでしょうか。随分長々としたテキストですがこれで最後です。
ここからは「マンガオンライン」というウェブ雑誌に対する答えです。

今さん個人について

1.アニメーション業界で仕事をなさる前に、どんなアニメやマンガがお好きでしたか?

子供のころによく読んでいたのは、手塚治虫氏のマンガです。アニメーションもやはり手塚氏の原作ものが多かったですね。「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」「リボンの騎士」等、私が慣れ親しんだ手塚氏のマンガ・アニメ作品を数え上げるときりがありません。
中学・高校の頃には、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」「機動戦士ガンダム」「未来少年コナン」等、当時のアニメファンが夢中になった作品を私も熱心に見ておりました。
高校生の時、読むだけでなく自分で漫画を描こうという気になりました。
その当時、日本のコミックシーンはニューウェイブなどといわれるちょっとしたムーブメントがあり、その旗手と目されていたのが大友克洋氏でした。
それまでのマンガになかったリアリズムを湛えた作品に触れて、ある種啓蒙されたといってもよいかもしれません。作品としては「AKIRA」がもっとも有名ですが、私個人としては、「童夢」が一番衝撃的でしたね。娯楽とアートが高い次元でバランスした、素晴らしい作品だと思います。私のこれまで読んだ漫画の中でベストに入ると思います。

◆          ◆          ◆
 アニメも漫画も好きな普通なオタクだったと思うけど。
いまだにガンダムの印象深いいくつかのセリフは日常会話に冗談として登場させられるくらいだし、「999」の公開当時には朝早くから劇場に並んだ覚えもある。人並みのオタクだな。
漫画は随分読んだな。ほとんど売っ払った。一時期は何百冊か持っていたと思うがいまだに大事にしているような漫画は数少ないなぁ。
それにしてもいくら漫画だのアニメが好きだったからって、まさか本当にその筋の仕事をするとは思わなかった。

4.パーフェクトブルーもメモリーズもマッドハウスで制作されておられますが、マッドハウスとお仕事される一番の魅力はなんですか?

「パーフェクトブルー」は確かにマッドハウス制作ですが、「MEMORIES/彼女の思いで」はスタジオ4℃の制作です。(「MEMORIES/最臭兵器」は、マッドハウスの制作ですが、この作品に私は参加していません)
現在制作中の新作「千年女優」は、「パーフェクトブルー」同様マッドハウスでの制作となります。
「なぜマッドハウスと仕事をするのか?」ということですが、消極的にいえば他の制作会社から「監督」ということで声がかからないという、少々寂しい事情かもしれません。
ただ、マッドハウスというスタジオは非常に元気のある会社であり、作品を仕上げるというもっとも基本的な点で、大変な基礎体力を持っています。動画や仕上げといった人海戦術を要する制作プロセスに特に強い。
作品の仕上がりの細かい質に関しては少々難点もあるような気もしますが、小さなことにこだわらず、作品を回転させていけるところは大きな魅力です。
現在の日本のアニメーションに必要なのは、アニメーションテクニックの完成度に血道を上げることよりは、少々出来が荒くても「見て面白い」作品を一本でも多く作ることではないかと思っています。

◆          ◆          ◆
 マッドの魅力は色々な意味で「ドンブリ」なところ(笑)

5.メモリーズを見たすべての人は、最初のセグメントである”マグネティック・ローズ”に魅惑されるようですが、監督がこのショートフィルムを振り返ってみて、どの部分が一番魅力的だと思われますか?

 もちろん私のシナリオです。
半分冗談です。
しかし、この仕事で一番思い出深いのは「現実と幻想の境界、あるいはその狭間そのもの」といったテーマを捻りだし、自分なりに深化させられたことです。結局その後もそうしたテーマを踏襲し、アプローチを変えて考えて続けているわけですからね。
実際そうしたテーマに魅力を感じた観客が多かったように思えます。また、この作品の主役とも言うべきエバが、決して悪意を持った人物ではなく、純粋な思いが特化したが故に悲劇を招いているという点は、共感を呼びうるものだったかもしれません。
それと私個人にとっては、より小さな世界に向かう視点が非常に有効であることに気が付いたこと、でしょうか。得てしてアニメーションの大作が、より大きなテーマや素材に向かって大味なテイストに拡散してしまうことに甚だ疑問を感じておりましたので、「より小さな視点」という、スポンサーからお金を引き出すのに少々不利ではありますが、気の利いた物の見方を体得できたのはその後の財産になりましたね。
それが私にとっては特定の個人の内面に入って行く方向性でありました。
また「彼女の思いで(マグネティック・ローズ)」は作画的な部分でも高い完成度を得られたことは何より素晴らしいことでした。

◆          ◆          ◆
 「彼女の思いで」「最臭兵器」「大砲の街」の三本含めてそれぞれに変なことをやっているとは思うけど、受けるわけはない気がする。あれを作れた環境に感謝している、というのが本当のところ。
興行的にはかなり失敗だったと聞くし、海外で高く売ろうとしたのが裏目に出て買い手がつかなかったという噂も聞いた。オムニバスは当たらない、というジンクスがあるというが、オムニバスであろうが一本物の普通の映画であろうが、作品として収束して行くべき核を持たないことには通用しないのは当然といえる。作り手の満足度と興行的価値は、なかなかバランスしないようですな。

6.アニメーションの仕事をしておられない時は、何をしておられますか?

 酒を飲んでます。
本を読んだり、音楽を聴いたり、映画やビデオを見るのももちろん大好きです。旅行に行って温泉にはいることにも無上の喜びを感じます。しかし、私の場合そのどれにも酒がつきものです。
健康マニアのアメリカ人の方から見たら、私などはクレージーな人間ということになるでしょう。何といっても私のエンジンはアルコールとカフェインとニコチンで動いているのですから。

◆          ◆          ◆
 仕事以外の時間にすることでも、結局全部が仕事に繋がっている。公私は混同しっぱなし。それで良いのではないかと思っている。

7.アニメの監督でいらっしゃる今、どのくらい多くのアニメをご覧になりますか?

ほとんど見ません。
積極的にそれらを遠ざけているわけではなく、単に興味が薄くなってしまったようです。
業界の友人が参加しているような作品は時々見ますし、テクニカルな面で刺激を受けることもたまにはあります。しかし、アニメーションということではなく、一本の映像作品として見ると、そこで描こうとしている話やテーマがあまりに陳腐であったり、繰り返されてきた借り物の安直な焼き直しであったり、語り口も凡庸の極みに思えます。また多くのアニメ作品に登場するキャラクターの顔は私には区別の付かない、ほとんど同じ絵に見えます。
アニメファンが制作者に回り、ファン意識だけに頼り、アニメファンのためだけに作っているとしか思えません。その不毛なサイクルの中に、私が刺激されるようなものは生まれ得ないのではないかと思っています。
そうして垂れ流されているアニメなどは、見るとひどく不愉快な気持ちにすらなりますが、こうした「メインストリーム」の作品が多々あるお陰で、私のような偏屈な少数部族のものが監督できる裾野が広がっているとも思います。

◆          ◆          ◆
 たまにアニメを見ると暗澹たる気持ちになるのでなるべく見ないようにする。自分の作品を見るのが一番憂鬱だけど。
8.アニメの監督さんたちは、一緒に食事をしたり、お酒を飲んだりなさるのですか。例えば、押井守監督や、川尻善昭監督が一緒に飲んだりなさるのですか?

あまり考えられないケースですね。アニメの監督に限らず、自称にしろ他称にしろ「作家」といわれる人種は、「自分が一番」だと思っているはずです。
あまり仲良く酒を酌み交わしている図は想像しにくいですね。

◆          ◆          ◆
 私が一緒に飲んだことのあるアニメ監督、という範囲でいえば大友さん、森本さん、「人狼」の沖浦君、北久保、押井さん、ナデシコの佐藤さん、「オネアミス」の山賀さんくらい、あと「スプリガン」の川崎さんとか。楽しいことの方が多いと思うけど、お互いの作品の話はしないに限る。

9.今監督の映画の多くが現実とファンタジーの錯綜を描かれていますが、現実とファンタジーの錯綜が今後も監督の作品のテーマになるのでしょうか?

 しばらくはそのテーマを、手を変え品を変えていじり続けるような気がします。現に、今進行中の作品もそうした流れの延長にある作品です。

10.カードキャプターさくらやセーラームーンのような”マジカルガール”の少女アニメがアメリカでも日本でも人気がありますが、今監督はこういった作品にはご興味がありませんか?

ありません。
現在のところ私には子供に向けて作品を作る気が、まったく無いようです。
よくアニメーションは「夢を売る」という、砂糖まみれの甘ったるい修飾語が冠されるようですが、夢を見ているのは観客である子供の方ではなく、作り手の大人の側のような気がします。
夢というのは現実があってこそのフィールドです。今一番足りないのは現実を認識するということだと思います。夢を見る前には、しっかりと覚醒した時を過ごすことが必要ではないかと思います。
私はまず自分なりの現実と向き合いたいと思っています。その先に自分の中で余裕が生まれたら、そうした”マジカルガール”を作ることもできるかもしれませんね。

◆          ◆          ◆
 ホントはちょっとだけやってみたい気もする。シリーズのコンテの一本くらいなら。「消えたさくら」とかそういうイレギュラーなやつね(笑)

11.アニメの将来をどのように予測されますか?

これといった展望は持っておりませんが、当分の間、金銭的人的状況が改善されていくとは思えないですね。勿論作品内容の質の向上も期待は出来ないでしょう。
まず作品に関わる人間の意識が向上しない限りは、漫画やゲーム原作、あるいは過去のアニメ作品のリメイクといった安直な企画が横行するでしょう。
また少ない予算枠の中でスタッフの努力によって良いものが出来、なおかつそれが商業的にある程度の成功を収めたとしても、それが必ずしも好影響ばかりを与えるとは思いません。
というのも、例えば1億円でそうした善良な作品が出来たとしても、出資する側はより大きな資本投下をするわけではなく、逆に「ならばもう少し質を落として、8000万の予算で作ればさらに儲かる」という発想になるようです。
アニメーションの将来に期待する芽すらないと思えます。
悲観的なことばかり列挙しておりますが、私個人はそうした状況でも、いやそうした状況だからこそ、私に出来うる限りの作品制作への、もっとも正しいと信じる態度を取り続けたいと思っています。というよりは、他の人の心配をしているほど私には余裕がないというのが本当のところかもしれません。

◆          ◆          ◆
 良くなって行くと思う材料はほとんど無い。勿論私にとって「良い」という状態がファンや一般客にとっての「良い」と甚だずれいていると思うけど。

パーフェクトブルーについて

2.映画評論家はパーフェクトブルーをヒッチコックの作品と比較されますが、ヒッチコック作品がパーフェクトブルーに影響を与えましたか?

無いとは言えませんが、あるとしてもそれは例えばジョン・フォードが、あるいはアキラ・クロサワが与えている影響の量と変わらないかもしれません(笑)。
明確に影響を指摘できる作品はないですね。私はこれまでに数多くの映画を観ていて、そのどれもが少しずつ影響を与えているでしょうし、私自身が気づかない影響も多々あると思います。私の映像や作劇に対するセンスは、その多くを実写映画に学んでおりますので、多大な影響があるはずです。
他作品との比較やそれらからの影響についての論は、見た方の批評眼にお任せする次第です。

◆          ◆          ◆
 どこがヒッチコックなんだよ、まったく。泣くよ、ヒッチコックが。
ヒッチコック作品もそれほど見ている方じゃないと思うけど、「裏窓」「めまい」「鳥」「サイコ」「北北西に進路を取れ」「レベッカ」「ダイヤルMを廻せ!」「知りすぎていた男」あたりが印象的で、「間違えられた男」「トパーズ」「フレンジー」「マーニー」「泥棒成金」「ハリーの災難」「見知らぬ乗客」「汚名」「白い恐怖」「断崖」「逃走迷路」「サボタージュ」「海外特派員」「スミス夫妻」なんかは見た覚えがあるくらいかな。印象がごっちゃになっている作品が多いかもしれない。
ヒッチコックの有名なインタビュー集「ヒッチコック/トリュフォー」はえらく面白かった覚えがある。ヒッチコックって観客の気をひくのがもの凄く巧みなんだな。内容的テーマ的なことを別にして、とにかく上映時間の中でお客の気を引き続けるためのアイディアや技術が実に素晴らしい、という印象かしら。

3.監督がパーフェクトブルーでこだわられた点は何ですか?

画面の中のモチーフが、「普通に見える」というごく基本的なことでしょうか。あくまで目標としていた、ということですが。
キャラクターにしろ背景にしろ、従来のアニメーションやコミックで記号化された芝居や描写の方法をなるべくやめようと思ったわけです。ごくごく基本的なリアリズム、まず自分の周りの風景や人を自分の目で見る、ということを実践しようと思ったのですが、ごく一部のスタッフを除いて、そのことを分かってくれる関係者は少なかったようです。
みなこれまでに慣れ親しんできた方法論に頼ってしまいがちでした。
ですからその部分でのこだわりが作品内で徹底できたとはとても思えません。
私としてはキャラクター・背景デザインをする上で、特に留意したのは「どこかにいそうな人、ありそうな場所」というテーマでした。リアリティを感じさせるデザインで、それでいてアニメーションとして成立するくらいこなれた絵、ということですね。自分なりに上手くいったとは思っていたのですが、完成したフィルムを見るとまだまだ甘い点が多すぎました。

◆          ◆          ◆
 殊更にこだわったという部分はないと思うのだけど。私のスタンダードが他のスタッフに多々迷惑をかけたのは間違いないかもしれない。だからといって私が勿論優れたことを考えているわけではない。ただ従来の型からはほんの少しだけはみ出しているということなのかもしれない。本人は至って真っ当なつもりなんだけどなぁ。
初めて監督する、という気負いも特になかった気がするが、最初に作るアニメーション作品である、という意識はそれなりにあって、だからこそ身の回りの描写には気を使いたかったのである。身の回りのことも描けなくて、異世界だの未来世界が描けるはずもない、という意識が強いせいかもしれない。だからこそアニメーションであまり手を付けられない日常風景を一生懸命に描きたかったのであろう。あんまり上手くはいかなったけど。
アニメーションに限ったことではないのだが、作品に対する自分なりのスタンスはそのあたりにあるような気もしている。
日本の実写なんかを見ていても日常の希薄な作品が多いと思うのだが、だれも指摘しないのだろうか。それで良いと思っているのだろうか。生活感のないところに立脚する特異な出来事など絵空事にしか見えないと思うのだが。それとも私なんかの目に入らないところで、衣装さんが選んでくれたような服を着て、テレビドラマや映画のセットのような環境で、わざとらしい会話を交わして生活をしている一般的な人々が存在するのだろうか。謎だ。

4.ホラーアニメは過去にも多数ありましたが、パーフェクトブルーを見たほとんどの人が、この作品は本当に怖かったと言っていますが、この”怖い”ということがこのパーフェクトブルーを作っていらっしゃった時にゴールとしていらしたことですか?

 「怖い」という感想は嬉しいです。しかし制作中「怖さ」ということはあまり意識はしていなかったですね。
「怖い」というその感想がどういった種類の怖さなのでしょうか?
本作の感想を多くの人からいただいたのですが、やはり「怖い」というのが、特に女性に多かったようです。そこに大雑把な傾向を読みとることが出来ます。
「怖い」といっても二種類あるようです。
一つはもっとも単純な「ストーキングされる気持ち悪さ」ということのようです。この点については監督した私がこう言うのもおかしな話ですが、それほど強調して演出した覚えはありませんし、類型化された描写しかできていない気がします。もう少し観客の皮膚感覚に訴えるような、実感を伴った描写を出きれば良かったと反省しております。
もう一つの「怖さ」は、主人公の混乱ということのようですね。私や脚本家の村井氏もその点での観客の反応には実に満足していますし、それこそが本作の狙いでもありました。ただ我々が考えていたのは「怖さ」ということではなく、「酩酊感」という言葉を使っておりました。主人公の内面の混沌を観客に伝える方法として、頭で理解するのではなくて、体感してもらいたいという狙いでした。
本作の後半で繰り返されるシーンはその酩酊感を意図したものですが、それが「怖さ」を喚起しているのであれば、私たちとしては大成功であったといえます。

◆          ◆          ◆
 私にとっては見るのも「怖い」作品だな。あ〜怖い怖い。
「ホラーアニメは過去にも多数ありました」というが、ホラーアニメというのは見たことがないな。それはホラーなのだろうか、本当に。ホラーというより気持ちの悪い描写が多いだけのアニメじゃないのだろうか。謎だ。
5.パーフェクトブルーで伝えたかった社会的なメッセージがありますか?

「社会的メッセージ」というほど大袈裟な気持ちはありませんでした。
しかし最近の世の中の傾向として「多くの問題の原因は当人を取り巻く社会や環境に求められる」という風潮があります。
その説自体に罪はないと思いますが、問題はその説に毒され、多くの人が、抱えている問題に対して甘えた態度をとっているという風潮は批判されるべきだと思います。そこにも「境界が曖昧になっている」という傾向が悪影響を与えているのかもしれません。自分の責任を外部に転嫁するというのも境界の溶融の一つだと思うのです。
努力もせずに救済ばかりを求める人間が多すぎるような気がしますね。
ですから、特に若い人に対しては、自分の問題は自分で解決しろよ、という気持ちはありました。

◆          ◆          ◆
 メッセージなんておこがましくて(笑)
先日そんな話題が飯時に上がったのだが、メッセージを前面に押し出している作品には胡散臭さしか感じないのだ。大声で演説する姿には生理的嫌悪すら感じるし、耳を傾ける気など微塵もない。疑ってかかる方が間違いないとすら思っている。そうした傾向を世代という括りで考えるのは無理があろうが、私たちの前の世代、学生運動華やかなりし頃の反動なのかしら、などとも思ってしまいますな。アジるのもアジられるのも嫌。
「少なくとも私はこうです」といった態度しか信用しないな。

6.エバンゲリオンとパーフェクトブルーは両方ともリアリスティックなサイコがテーマですが、どうしてエバンゲリオンの方がSFよりの路線を取って、リアリスティックなサイコに取り組んだと思いますか。

「エヴァンゲリオン」という作品について公式に何か語れるほど、この作品を見ているわけではないので何とも答えようがありません。
ただ一つ言えるのは「SF・ロボット・美少女」という手垢まみれの素材で、変わった作品が出来たというのは驚いても良い事実かもしれません。

◆          ◆          ◆
 エヴァのことを私に聞いてどうする。庵野さんに聞け、庵野さんに。

7.パーフェクトブルーの続編が出るといううわさがありますが、続編が出るのですか?

 その噂は私も聞いたことがあります。大変驚きました。多分続編はないと思いますが、「パーフェクトブルー」については私には一切の権利がないので、私の知らないところで作られるかもしれませんね。もしそんな企画が実現したら、さぞ可笑しい物が出来るかと思いますのでちょっとだけ楽しみです

◆          ◆          ◆
 そんなもの知るか。

パーフェクトブルー(制作について)

1.ディレクターとして制作のどういう面にかかわられましたか?

 制作ということであれば、すべての面においてということになるかもしれません。プロットや、そのストーリーにどういうテーマ性を与えるかといった、「映画パーフェクトブルー」の根元的な成り立ちから考えました。
脚本は村井さだゆき氏ですが、やはり脚本段階でも多くのアイディアを出しましたし、絵コンテ段階でも多くの工夫を凝らしたと思います。
ご存知かもしれませんが、日本のアニメーションでは絵コンテが作品にとって最も重要な位置を占めます。いわばフィルム編集を先に行うようなものです。
カット割り、構図、芝居のプラン、カットの尺、テクニカルな処理のアイディア、さらには最終的なセリフもここで決めますし、場合によってはシナリオの変更もあります。
実際パーフェクトブルーでも、シナリオとコンテ(つまり出来上がった作品)では、殺人の実行犯が変わっていたりします。
それに加え私は絵描きという側面も持っておりますので、コンテ段階で美術設定やキャラクター設定、コスチュームデザインまでこなしたりしてました。
コンテを元にその後の具体的作画作業を進めるのですが、そこからは各方面から上がってくるカットの素材をチェックするのが主な仕事になります。ここでも多くの絵を描きました。レイアウトや原画段階での数多くの修正のためです。自分の絵の技術に感謝しましたね。絵を描くことで、少しでも自分の伝えたいイメージを表現できるわけですから。
スタッフを集めるというのも重要な仕事でした。知り合いのアニメーターに声をかけたり、作画監督を口説いたりするわけです。
私の目に狂いはなかったようで、そうしてお願いしたスタッフは素晴らしい仕事を残してくれました。特に作画監督の濱洲英喜氏の仕事は素晴らしいもので、多くのキャラクターたちに上品さを与えてくれました。
それと音楽のイメージや効果音のムードや方向性を音楽担当者や音響監督に伝えるのも監督の重要な仕事の一つでした。声優を選ぶのもそうです。更にはフィルムが完成した後の宣伝活動も大きな仕事でした。
アニメの監督とは終始雑用でもあります。

◆          ◆          ◆
 私の中には「監督の私」と「絵描きの私」がいたのは間違いない。勿論不可分ではあるのだが、一応わけて考えておかないとエライ目に遭う。実際、遭った(笑)
「絵描きの私」をこき使いすぎたかもしれない。肉体的身体的に疲労が重なった絵描きの私は先鋭化してしまい、勝手に一人歩きを始めて監督の私に襲いかかった、と。それが私のパーフェクトブルーかな(笑)

2.非常にリアリスティックな背景がこのフィルムの特徴だと思いますが、観客にこのストーリーはこの現実世界で起こったということを印象づけたかったのですか?

 それも多少はありますが、むしろ本作のテーマ上、他に考えようがなかったという理由です。
主人公、あるいはまた加害者側が後半になるに従い「壊れて」行くわけですが、「壊れる」ことを描くためには、ある程度の正常な、秩序だった状態を描く必要があります。最初から壊れていたのでは「変化」になりませんからね。
上手くいったかどうかはともかく、本作の特に前半で提示したかったのは「確固とした日常」というイメージです。それが混乱というカオスに浸食されてくる、というのが本作の一つの切り口でした。

◆          ◆          ◆
 リアリスティックな背景、ね。そんなに意識はしてないっちゅうの。
ただ、セルアニメーションにおける単純な意味での「背景」を、書き割りにはしたくないという思いは強い。
セルアニメーションの性格上、実線で括られた動く部分と、筆で描かれた背景部分とはその見た目が大きく違う。いくら背景をシャープに描いたところで、実線に比べれば画面上甘い印象になるのはやむを得ない。その分もちろん利点も大きいのだが、日常風景の、文字通りその輪郭を際だたせたかった本作では、通常よりもシャープに描写する必要があったと思う。キャラの間近に感じられない背景では無意味だったと言えようか。
そうして強調した部分が大きく、またレイアウトの取り方も極力不自然なカメラ位置を避けたせいもあったからリアリスティックに見えるということかもしれない。とりたててリアルな描写などはしていないと思うのだがね。謎だ。

3.パーフェクトブルーを制作するにあたり、もっとも苦労されたのは何ですか?

 お金と時間と人材が足りないことです。
どの作品制作現場でも、概ねこのような傾向にありますが、「パーフェクトブルー」の場合は度を超してひどい状況でした。
それは必ずしもスポンサーや制作会社の管理の問題だけではなく、実情を知らされなかったとはいえ、私の経験不足が拍車をかけていたでしょうし、予算以上のフィルムを作ろうとした作り手の善なる無謀によるものかもしれません。
しかし時間とお金があれ以上にあったとしても、画面の質の向上は確約されますが、作品として「より面白くなったか」といえば甚だ疑問です。

◆          ◆          ◆
 もっとも苦労しなかったのは何だろうか? あれ?……何だろう?

5.多くの人がパーフェクトブルーでの、画期的なCGの使い方に注目していますが、CGで作るアニメーションについてどう思われますか?

 「画期的なCGの使い方」? どこを指してそのようなことをいわれているのかよく分かりません。
「パーフェクトブルー」でCGを使用したカットはごくわずかで、ほんの5、6カットです。それも目立つ処理は1カットだけではないかと思います。
パソコンを使用したという意味では背景の処理等で、確かに「CG」を利用したということになるでしょうが、それもプリントアウトした素材を結局カメラで撮影しているので、それをしてCGと呼ぶにはあまりにもCGに対して失礼に思います。
CGでアニメーションを作ることに興味はあります。ただCGによるアニメーションというのも色々な意味があるかと思います。
「トイ・ストーリー」のような、いわゆるフル3DCGアニメーションという意味ならば、私はあまり興味がありません。私の興味のあるCGはあくまで手書きの絵をベースにしたアニメーションのためのCGということになります。
日本でもテレビアニメーションで既にデジタルペイントや、カメラの代わりに撮影をする道具としてコンピュータが導入されていますが、セルによる従来の手法と何ら変わりのない使われ方をされております。また手書きの絵と3Dを併用したアニメーションの制作もされているようですが、まだまだ技術的にこなれておらずあまり成功はしていないようです。
私としてはもっと初歩的なCG(2D処理をメインにした)で、もっともっと面白いことが出きると思っています。CG=3Dという安直な発想ばかりでないCGがあると思うのですが、誰もやらないですね。私は是非やってみたいと思うのですが、私の手がける作品にはその予算がありません。CGデータを作ることに予算がかかるのも勿論ですが、何よりフィルムレコーディングが高くつくため使えないという事になっています。情けない話ですが、それが私の現状です。

◆          ◆          ◆
 あんまり笑わしてくれるなよ、まったく。何がどう間違われると「画期的なCGの使い方」なんだっちゅうの。
大好きだよ、CG。CGの世界に行ってみたいなぁ。サイコーだよ、ホント。

6.フルCGでアニメーションを作るプロジェクトにご興味がありますか?

興味がないといえばウソになりますが、現段階のいわゆる3DフルCGの、特に日本のそうしたデモンストレーションを見る限り、チャレンジする価値はあまり感じられません。
こなれていない技術では、私の作りたい作品を語る言葉にはなりえないと思います。

◆          ◆          ◆
 単純な意味でセルを使わないフルCGなら是非是非やってみたいのだがなぁ。それならいくらでもやりたいことがある。だれかお金出して。

将来について

1.シンプルレッドについてお話しいただけますか。これはパーフェクトブルーの続編で、映画化されるのですか?

「シンプルレッド」というのは、「パーフェクトブルー」の原作者・竹内義和氏の書いた小説ですが、「パーフェクトブルー」の続編ではありませんし、その映像化に私が関わるということはないと思います。
現在私が監督で進行中の作品は「千年女優」という作品です。
「パーフェクトブルー」を見たあるプロデューサーに声をかけていただきました。「パーフェクトブルーみたいな作品をやりましょう」と。
ちょっと考えて彼に質問しました。「“パーフェクトブルーみたい”の“みたい”とはパーフェクトブルーのどの部分を差すのでしょうか?リアルな面なのか?サイコな面なのか?」
彼は答えて言いました。「“騙し絵”みたいなところ」
その一言で私は大変乗り気になりまして、頭の中の引き出しをあれこれとさらって、思いつきの断片を整理し、以前から気になっていたアイディアの一つを企画にまとめました。それが「千年女優」です。
「パーフェクトブルー」が神経質でダークな作品だったので、今回は明るめで楽しいムードの作品を狙っております。
先の質問に「パーフェクトブルーは「彼女の思い出」の中で描かれたテーマのいくつかの延長でしょうか?」というのがありましたが、この「千年女優」もその流れに入るものだと思います。どちらも人間の暗い面にスポットを当てた者でしたが、今回は裏を返して、ポジティブな面を強調できればと思っております。
「千年女優」の原案は私で、脚本はパーフェクトブルーに引き続き村井さだゆき氏、演出も同じく松尾 衡氏、美術監督も同じく池 信孝氏、作画監督にはパーフェクトブルーで原画を担当してくれた本田 雄氏が決まっております。
現在シナリオが完成し、絵コンテに入った段階、完成は来年の予定です。

◆          ◆          ◆
「パーフェクトブルー」の完成後、すぐの頃に原作の竹内さんと企画の岡本さんから話があって、次回作として仮に「シンプルレッド」という名前で企画書が作られたりしていた。多分それが持って回られ私が監督するということになってしまったのかもしれない。その後連絡はないので私は何も知らないな。

2.もしチャンスがあれば、欧米で制作される映画やアニメーションのプロジェクトに参加することにご興味がありますか?

それは大いにあります。
ただ欧米、特にアメリカ製のアニメーションで私に刺激を与えるようなものにあまり出会ったことがありませんので、アメリカ的アプローチによるアニメーションならばあまり興味はありません。アメリカのアニメーションは、私にはあまりに保守的に過ぎるのではないかと思えます。

◆          ◆          ◆
 参加とかそういう問題ではなくて、資金を出してくれりゃ一番良いのだ。良いのだけれど、資金も出すけど口も出す、ということになるとやはり日本式アニメ制作や特徴の良い部分が減少して行くだろうから、一長一短かもしれない。
そういえば消え去った企画でそんな物があった。アメリカの某大手映画会社関連の資本で、日本のとあるスタジオで某巨匠の監修により劇場作品を作るというものであった。予算的には「もののけ」並であったろうか。その監督として白羽の矢が立ったのがこともあろうに私であった。
景気の良い話が飛び出す打ち合わせに何度か足を運んだが、どういう経緯か詳しくは知らないがあっという間に消え去ったようである。何となくそんな予感がしてはいたのだが、事情を知らせてこない関係者には甚だ不愉快な思いをさせられた。結果的に考えれば一緒に仕事をしなくて済んだのは良かったのかもしれない。
この企画、アメコミが元にあるということであったが、ともかくあまりにも陳腐で時代遅れな話の内容に唖然とした。アメリカにとって、アニメとはやはりそんな物なのかもしれない。金だけならともかく内容を押しつけられた日には作る気にもならないだろうな。

4.将来のプランは何ですか?

これといった野望があるわけではありませんが、もう少し予算に余裕のある作品を作れるようになりたいですね。

◆          ◆          ◆
 本当はアイディアもプランも野望も下心も沢山あるけど、パクられたら嫌なので言わない。

5.もっと大規模のバジェットの劇場向けアニメが公開されているようですが、劇場向けアニメの品質は高くなり続けると思われますか?

 アニメの品質というのも意味合いは様々です。
単純にアニメーション技術のクオリティという意味ならば、確かにお金と時間をかけ、またCGなどの新しい技術を取り入れて行けば向上して行くと思います。
しかし私が思う作品の品質という意味では、先は明るくはないと思います。
作品にとって重要なのは、面白い話であり今までにない切り口やテーマや文体といった、お金と時間では買えない部分が重要であると考えています。
現状を見回して、一番気になるのは面白い作品が出てくるような土壌がないことであり、その芽もほとんど見あたらないことです。
つまり面白いアイディアを持った人間がいない。
その意味でアニメの品質がそれほど向上して行くことはないと思います。もっともこれは何も日本のアニメーションシーンに限ったことではないと思いますが。

◆          ◆          ◆
 なるわけないだろうに。世の中の価値観が安直へ安直へとなびいているのにアニメーションだけが右肩上がりに質の向上するはずもない。業界全体、日本のアニメ全体の進歩、などはアニメ雑誌の記事の中の戯言に過ぎない。あるとすれば有能な個人による成果しか期待できないのではないか。
もしもアニメーション業界が比較的元気があるとされているとしたら、それは一般社会よりも遙かに後進的な業界であるために、業界にいる人間たちの活力のピークがやっと訪れたというだけのことではないのだろうか。平たく言えば「遅れている」というだけのことだ。過去を考えても、およそマンガより先にアニメーションがあった試しはないし、これから先もマンガの従属物としてのアニメーションの側面が弱まりこそすれ、なくなることはあるまい。
いかにその先進性が失われてきているとはいえ、物を見る目や問題提起の先進性で言えば、いまだ芸術はその面目を保っているのだろうし、先端科学による新しいパラダイムの発見などはさらにその先にあるかと思われる。宗教は既に科学によって後塵を拝す結果となっているであろう。文学などもその序列においては上位に属するかと思われるが、それらで提起された価値観や問題提起は、メディアとしての伝達能力の優位性が高くなるに従って、緩やかにかみ砕かれて世間に到達浸透していく構図ではなかろうか。
大雑把な言い方で恐縮だが、先端科学で証明されたようなパラダイムが先端の文学や芸術において人文的な表現として現れ、それが文化商人たちの手によって映画や音楽としてかみ砕かれて流布していく。それがさらにマンガや歌謡曲として再生されていく。
誤解の無いように断っておくが、この流れの下位にあるから下等であるなどという気はさらさら無い。通俗であるというのは恥じるべきものではないし、私も楽しくそれを生業としている。ただそういう構図は存在していることに違いはない。
ただ現在の価値観の閉塞状況、不況のなかで、たとえアニメーションが少しばかりの元気や活力を見せているからといって、その扱う主題が高級になったわけではないのだから、作り手や受けても過度な思い上がりや期待をするのは危険だと思うのである。
あれ?……ホントに私、こんなこと思ってたかな。

6.アメリカは日本のアニメの大きな市場になり得ると思われますか?もしそう思われるのなら、大きなマーケットに紹介されることによって、日本のアニメーションが変わると思われますか?

私の方こそアメリカの方にそれを聞いてみたいですね。
先程もいいましたが、アメリカのアニメーションは保守的だと思います。しかし日本製のアニメーションにも興味を示す。
ならばなぜ自分たちの手で、日本のアニメーション的アプローチによる作品を作らないのかが疑問です。そうした切り口による作品制作であれば、私などにも参加する機会があるかと思うのですが、そのような動きはアメリカにはないのでしょうか。
アメリカという巨大なマーケットは大きな魅力です。
出来れば是非アメリカ市場を視野に入れた作品を作りたいと思いますし、多くの業界関係者もそう思っていると思います。しかしそうした狙いがあっても、日本のアニメーションが大きく変わることはないような気がします。
現場にいる制作者の意識がまだまだ幼いのです。
自分の言葉で作品を作り、その中で自分なりのテーマを発言できるような人間が出てくること、その上で観客に対するサービス精神が養われることを期待しています。
「もののけ姫」がアメリカで公開されて、どのような反響があるのか、またその成功の是非を日本のアニメーション業界がどう受け止めるのか、私も楽しみにしております。
もちろんバジェットも知名度においても格段の差がある「パーフェクトブルー」がどの程度健闘できるのか、の方が気になるところではあります。

◆          ◆          ◆
 みんなアメリカが好きだよね。私は日本が好き。最近は特に大好き。
黒い髪も黒い目も黄色い皮膚も大好きだぜ。

ということで、長々としたインタビューテキストも終わりです。
お付き合いいただいていた方がいらっしゃいましたら、お疲れさまでした。

Q&A? -3-

Q19・未麻のようなポップスターが日本でどのくらい重要な存在で、若い人々にとってはどのような存在なのか教えていただけますか? ポップスターの転身をファンはどのように見るのでしょうか?

A・本作で扱ったアイドルは、いわゆる国民的レベルで認知されている存在ではありません。テレビコマーシャルや歌のヒットで、多くの人々に支持されるアイドルももちろん存在しますが、そうしたアイドルたちはあまりマニアックな支持の対象にはならないようです。
本作に登場するアイドルグループ「チャム」は、日本では「B級アイドル」と呼ばれています。彼女たちの目標は、もちろん大きなヒットにありますが、一般的にはあまり認知されておらず、ファン層は限定されていて活動も地道なようです。本作に登場するデパートの屋上でのイベントなどがその代表です。
こうした活動ではアイドルとファンの距離が密接になります。一般のお客が混じらないので、顔なじみの者同士が毎回集まるようです。彼らはいわゆる「オタク」ということになりましょうか。
私自身はそうしたアイドルオタクの経験がないので分かりませんが、私が見た限りでは彼らは対象とするアイドルが、売れてないからより熱心に執着するように見えます。もしそのアイドルがブレイクして、国民的に認知されたりすれば、彼ら元々のファンは離れていくかもしれません。自分たちの手の届く範囲、あるいは手が届くと思わせてくれるイメージのアイドルを好むように見受けられます。
「B級アイドル」といわれる彼女たちの多くは、決して歌もそれほど上手ではないようですし、顔やスタイルも飛び抜けて素晴らしいわけではないように思えます。このあたりがファンに手の届きそうな気にさせるのかもしれませんし、妙な言い方ですがファンの親心を煽るのかもしれません。応援してあげたくなるのでしょうね。
不思議に思われるかもしれませんが、それが彼女たちの魅力なのです。
この傾向は「B級アイドル」に限ったことではないようで、日本のアイドル文化は「未成熟さの文化」なのかもしれません。少女嗜好といっても良いでしょう。かといって勿論ロリータコンプレックスというのでありません。
対象となるアイドルは歌手としてもモデルとしても未成熟であり、女性としても未熟なのです。ファンはそうした未成熟さを愛するわけです。自分よりも未成熟なものを嗜好する限り、自分の未成熟さを露呈することが無いという安心感があるのかもしれません。ファンにとっては心地よい未熟さなわけですね。
ですからアイドルの転身、というよりはそうしたファンとアイドルの心地よい関係が破壊されることを望まないわけです。対象となるアイドルが一般的な大ブレイクをするとか、何らかの形で成熟することでその関係が壊れていくのだと思います。

◆          ◆          ◆
 特に国内のインタビューなどで「オタクを批判してますね?」と何度か聞かれた。繰り返していうがオタクに対して嫌悪も賞賛の気持ちもない。パーフェクトブルーの中での描き方は、内田は別にしてそうした人たちは「私にはただこう見える」ということだけであった。その描写にリアリティがあったとして、それが気に入らない、あるいは批判的に見えるというならば、それは見た人の意識が投影されているのではなかろうか。
オタクに限らずある種の集まり、それが職業であろうがスポーツ仲間であろうが近所のおばさんの集まりであろうが、そこに属さない人間から見れば「妙な集団」に見えるものであろう。
例えば街中でスケートボードをしたりギターを抱えてわめいている若者にしても、飲み屋でゴルフ談義や会社の愚痴に興じるオッサンにしても端から見れば同じこと。ただオッサンの方が人に注目してもらおうとか、通行人にさほど迷惑をかけない分だけはるかに上等ではある。
もちろんその集団の持つイメージが端から見て格好良さげに見えるかそうでないかの違いはあろう。興味の対象がアニメであろうがバイクであろうがファッションであろうがオタクであることに変わりは無いはずなのだが、やはりアニメやアイドルということになると、世間は低俗であると見下してはいる。流行の先端とやらのファッションを追いかけている人をオタクとはいわないしね。同じだと思うんだけどね。
内田、ということになると確かに「先鋭化したオタクは狂人である」ということになろうが、先鋭化して狂人になるのは何もオタクに限ったことではない。
先鋭化して狂人になるのは何らかのオタクに決まっている、と括っておきたい世間の思いこみがあるのではないかと思える。

Q20・パーフェクトブルーで有名人とその熱烈なファンについてどのようなことをおっしゃりたかったのでしょうか?

A・特に有名人とファンとの関係について描きたかったわけではありません。本人が思う自身のイメージと、周りが受け取り、思い入れするイメージとのギャップについて描きたかったのだと思います。
本作は他人が思う自分のイメージが、自分に逆流してくるような話ともいえます。

Q21・殺人犯は未麻のエージェントだったわけですが、タレントとそのエージェントやマネージャーの関係について、伝えたかったことは何ですか?

タレントとエージェント、マネージャーとの関係については、特にこだわりはありませんでしたし、その事についてはお話しするほどのことはありません。

◆          ◆          ◆
 何かこのQ20、21とかって、下手な質問も数撃ちゃ当たる式だな。
有名人とファンという関係について私には明確な意見はない。私自身が有名人であったこともなければ、私が有名人の熱烈なファンであったためしもないしね。

Q22・二つの衝撃シーン(レイプシーンと、アイスピックでの殺害シーン)についてお聞きしたいのですが、この二つの出来事は未麻の精神状態と何らかの繋がりがあるのですか?

A・まずレイプシーンについてです。未麻の精神状態との関係とはちょっと違うと思いますが、このシーンの一番の狙いは「アイドルの死」です。英語にすると「ポップスターの死」ということになるのかもしれませんが、それではニュアンスが伝わりませんね。文字通り「アイドル」という言葉に込められた偶像性の破壊であります。
ファンにとって、また未麻自身にとっての偶像の死でもありました。
アイスピックの殺害については、未麻の精神状態と密接な関わりがあります。このシーンはカメラマンの村野がテレビドラマ「ダブルバインド」を見ている、という客観的なシーンから始まって、未麻の主観的な夢であった、という風な繋がりで観客を騙しています。トリックといえばそれまでですが、未麻の無意識にはカメラマンに対する憎悪もあったはずです。もちろん未麻にとっては知名度においてステップアップのチャンスになったのですし、カメラマンに対する感謝の気持ちも大きいのでしょうが、やはり相矛盾した暗い感情の澱みもあるわけですね。文字通り「殺してやりたい」気持ちも少しはある。それが夢という形を取って現れた、ということでしょうか。

◆          ◆          ◆
 しかしインタビューを重ねる度に思うのだが、答える内容が非常に理屈くさくなって行く。作っている最中にはさほど明確には意識してなかったことを後になって解説するというのは、それはそれで勉強になる部分も多いのだが、何となく口から出まかせ、という気がしないでもない。

Q23・ファンタジアでベストフィルムを受賞されましたが、そういった映画祭にアテンドされてどのように感じられましたか?

ファンタジアには私自身は行くことが出来ませんでした。参加したのはフィルムだけで、日本で受賞の知らせを聞いても他人事のように思えました。現場での感触が分からないと、何ともコメントのしようがありません。
韓国のプチョンファンタスティック映画祭やドイツのベルリン映画祭には私自身も足を運びました。どちらの映画祭でも大変好意的に迎えていただき、感激いたしました。フィルムを作っている最中には、異国の観客の顔など一切頭に浮かんでいませんでしたので、そうした方に見ていただくだけでも嬉しいものですし、あまつさえ好評をいただくなど望外の喜びです。
日本という小さな国の片隅でこそこそと作っていたフィルムが、気が付いたら世界という大きな舞台に出ていた、と思うと胸の晴れる気すらします。
しかしそうした国際的な映画祭に参加し、好評をいただく光栄に浴すに連れ、尚のこと募る思いがありました。今後の作品制作への態度についてです。日本のアニメーションシーンにおいても、よく「海外進出」という元気のよいかけ声が聞かれます。浮かれているとさえ思えることがあります。こうしたかけ声の下、企画される作品に「世界に通用する」という修飾語が踊ります。これが甚だ疑問です。もちろん商売として健全であるのですが、作品内容がこうした熱病でいびつになっていくような気がします。「外国の人にも分かりやすい作品」がイコール「世界に通用する作品」ではないはずです。現在の日本で呼吸しているからこそ作ることが出きる作品、それを素直に出していくことが大切だと思うのです。
国際的な映画祭に参加することで、強く感じたのはそのようなことです。特に日本人であることを意識させられたようです。この経験が今後の作品に反映させたいと思いますね。

◆          ◆          ◆
 国内にしろ海外にしろ映画祭で評価をいただくのは嬉しい。特にインディーズアニメとしてはどんな小さな成果でも、それを宣伝の糧や足がかりにして表舞台に出て行かねばならない。ま、多くの人に見てもらうのが商品の根本的な目標なわけだし。
パーフェクトブルーの宣伝に少しだけ首を突っ込んでわずかに分かったのは、作品製作全体を興業としてのみとらえれば、作品の質は全体の半分、ということであった。つまりは作品の中身が良かろうが悪かろうがイメージと宣伝戦略によってヒット作にもなり得るし、興行的価値がゼロに近しい傑作もあり得るわけだ。
そんなことを今更、という向きもあろうが制作現場においてはそうした部分に頭が回るわけもないのが実状であるし、むしろそうした宣伝や興行を気にするよりも良い作品制作だけを心がけるべきであろう。ただ立場上両面を見てしまうと、自分たちが机の上で必死に守っていることが、違う視点で見れば半分の価値になるということが分かってしまうわけで、何とも複雑な気持ちにもなる。「ただ作りゃよい」というわけにはいかないもんですな。

Q24・日本での公開はいつで、どのような評判でしたか? また、検閲によってカットされたシーンはありますか?

公開時の検閲についてですが、カットされたシーン等はありません。
ただレイプシーンなどの性描写の数カット、それとカメラマン殺害シーンでのクローズアップカットが問題になりました。その点の変更がなされれば一般映画としての公開が出来るとのことでしたが、スポンサーの好意的判断によって、15R(15歳以下は鑑賞不可)という制限付きで公開することになりました。
日本での劇場公開は、1998年2月下旬からでした。上映館数が少なかったこともありますし、興行的には芳しくはなかったかもしれません。しかし公開前に思っていたよりはお客の入りはよかったと思います。ただメディアの反応は驚くほどたくさんありました。作品を取り上げていただいた新聞、雑誌、テレビは、他のアニメーション作品より多かったのではないでしょうか。それと取り上げられたそうしたメディアが一般的な媒体だったのは、大変嬉しかったですね。通常アニメーション作品は一部を除いては、アニメファンのための作品に過ぎず、作品を取り上げる媒体もアニメ雑誌等に限られています。「パーフェクトブルー」の場合、一般の新聞、週刊誌やファッション誌、アート誌のレビューで取り上げていただき、「アニメ」という偏見に一矢を報いることが出来たかもしれません。もっとも15Rという問題もあって、子供向けのアニメ雑誌ではあまり取り上げられることが少なく、アニメ商売としては大きな観客層を失ったかもしれません。
商売という側面に関してですが、日本では、特にアニメーションという商売の成否はビデオやレーザーディスクの売り上げにかかっております。同年の秋にビデオとレーザーディスクが発売になりましたが、売上本数は悪くなかったようです。

◆          ◆          ◆
 15Rになってしまったことは、残念ではあったけれど作品内容からすれば当然のことであったかもしれない。もちろん元来は「オリジナルビデオアニメ」という枠組みであったのだし、仕方がないことではある。
国内の評判がどうであったのかはよく分からないな。メールにしろ掲示板の書き込みにしろ、基本的には作品に興味を持ったからなにがしかのリアクションを起こしている場合が多いのでそれをもってサンプルにするわけにもいかない。実際映画興行としてみた場合、興行側が目論んでいたほどには客は入らなかったのではないだろうか。
先に書いた問題にも触れることだが、パーフェクトブルーの場合、実際のフィルム制作費よりも宣伝費の方が多くかかっているのではなかろうか。あまり上手な使い方には見受けられなかったが、特筆すべきは宣伝を担当してくれたザナドゥーの頑張りであろう。パーフェクトブルーは驚くほど多くの新聞や雑誌媒体で紹介していただいた。それもアニメとはかけ離れた類の物が多かったのは、ジブリ作品や社会現象とまで呼ばれたエヴァを除けば異例であろう。作品の性質もあるのだろうが、これはやはり宣伝担当者のお陰に他ならない。
宣伝担当は作品制作スタッフとして注目されることは少ないかもしれないが、フィルムにもクレジットされている通り実に重要なスタッフなのだなぁ、と思い知らされた。作品というのは作るまでも勿論のこと、作った後も作品に含まれるわけで、決して疎かにしてはなりませんな。もっとも宣伝にかまけて自分の机が疎かになるのはもっと注意しなくてはならないでしょうが。
それとパーフェクトブルーの場合、東京での公開が渋谷PARCOであったこともイメージの上で有利に働いたかもしれない。イメージ戦略というのも実に重要なんでしょうね。自分で関わっておいていうのもなんですが、劇場公開時におけるポスターの効用も小さくはなかったでしょう、多分。アニメのポスターというとキャラクター勢揃い、楽しいぞこのアニメは、的な頭の悪い物が多いので、少しは何とかしようと思って描いた気がする。これからのアニメーション制作においては内容もさることながら、宣伝展開におけるイメージになお一層気を使う必要がありそうですな。

Q25・アメリカの人々がパーフェクトブルーをどのように受け止めると思われますか? パーフェクトブルーを見る前にアメリカの人々にリカしておいてもらいたい事柄がありますか?

アメリカの人が本作をどう見るかは、私にも予想がつきません。ただハリウッドの明解な映画になれている方には、本作は少し分かりにくいかもしれませんね。本作は作品内で起こる多くの事象に対して、明解な解釈を観客に与えていないかもしれません。観客の想像力に期待し、またその想像の余地を大きく取っております。「分からないこと」をそのまま受け入れて、それを楽しんでいただけると幸いかと思います。

◆          ◆          ◆
 アメリカでだって受けねぇだろ(笑)

Q26・次のプロジェクトは何ですか?

現在次回作を制作中であります。「千年女優」という作品です。
「パーフェクトブルー」を見たあるプロデューサーに声をかけていただきました。「パーフェクトブルーみたいな作品をやりましょう」と。
ちょっと考えて彼に質問しました。「“パーフェクトブルーみたい”の“みたい”とはパーフェクトブルーのどの部分を差すのでしょうか?リアルな面なのか?サイコな面なのか?」
彼は答えて言いました。「“騙し絵”みたいなところ」
その一言で私は大変乗り気になりまして、頭の中の引き出しをあれこれとさらって、思いつきの断片を整理し、以前から気になっていたアイディアの一つを企画にまとめました。それが「千年女優」です。
「パーフェクトブルー」が神経質でダークな作品だったので、今回は明るめで楽しいムードの作品を狙っております。
先の質問に「パーフェクトブルーは「彼女の思い出」の中で描かれたテーマのいくつかの延長でしょうか?」というのがありましたが、この「千年女優」もその流れに入るものだと思います。どちらも人間の暗い面にスポットを当てた者でしたが、今回は裏を返して、ポジティブな面を強調できればと思っております。
「千年女優」の原案は私で、脚本はパーフェクトブルーに引き続き村井さだゆき氏、演出も同じく松尾 衡氏、美術監督も同じく池 信孝氏、作画監督にはパーフェクトブルーで原画を担当してくれた本田 雄氏が決まっております。
現在シナリオが完成し、絵コンテに入った段階、完成は来年の予定です。

◆          ◆          ◆
 インタビュー最後の質問の定番だな。
1999年8月現在の進行状況としては、コンテが1/3パート完成、というところ。作画作業も何人かの方には入ってもらってはいるものの、キャラ設定も決定稿が出ているわけではないので、本格化というにはまだまだという感じであろうか。
「千年女優」と「パーフェクトブルー」ではほとんど同じ様な顔ぶれのスタッフになっている。それも皆がフリーの人間、ということになると業界的には多少珍しいケースかもしれない。自分の普段の人間関係を当てにするためという理由もあるが、どちらかといえば一つの作品を作る過程でスタッフ間に蓄積されたノウハウや共通認識をそのまま移行できるというのがもっとも大きな理由であろう。
もっとも、以前仕事を引き受けてくれた人間に断られる場合などは反省の必要があるんだけど。

以下近日アップ

Q&A? -2-

ということで、前回から引き続き。

Q8・大友克洋氏がパーフェクトブルーのスペシャルアドバイザーになられた経緯は? また、氏のアドバイスにどのように助けられましたか? 直接アドバイスを受けたシーンはありますか?

A・企画協力として大友氏の名前がクレジットされておりますが、私はこの「パーフェクトブルー」という作品制作において、氏とは一度も会っておりませんし、話のプロットやシナリオに大友氏は全く関わっていません。ですからアドバイスということもありませんでした。
制作中に飲み屋で大友氏と偶然会った折りに、「クールな脚本だね」と、ほんのちょっと皮肉混じりな感想をもらったくらいでしょうか(笑)
私は経緯をよく知らないのですが、原作者がアニメ化の企画を持って回っていた頃に、大友氏がアニメーションの業界事情などを原作者に教えたりした、ということだそうです。ただその段階で大友氏が私について、良い評価を下さったと聞いておりますので、私が監督を出来たのも氏のお陰による部分も多いのではないか、と勝手に想像しております。

◆    ◆    ◆
 スペシャルアドバイザーって……そうだったのか。まぁ国内にしろ海外にしろ宣伝する上でビッグネームを押し立てたいのは分かるけど、何回も答えていると甚だ面倒くさくなる。
大友氏が総監修をした某作品が、世間的には「大友克洋の新作」という受け止め方をされていたし、「平成狸合戦ポンポコ」も宮崎駿の新作という扱いであったし、パーブルも同じ様なものかもしれない。「大友・江口の放つアニメ界初のサイコホラー」(笑)とかね。笑い事じゃないけど、新参者としては致し方ありませんな。
まぁ宣伝展開においては製作したレックスの方が気を使ってくれたせいか、思ったよりは嫌な思いをせずに済んだのは幸いだったかもしれない。
それでも「大友克洋らしいシーンが……」だとか「江口寿史らしいキャラで……」などと言い出す目の極端に不自由な人もいるわけですよ。いいけどさ。

Q9・英語版をまだ見ていないので分からないのですが、パーフェクトブルーという言葉が映画の中に使われていますか? またその意味するところは何ですか?

A・私は英語版の監修をしていませんが、“パーフェクトブルー”という言葉が出てくることはないはずです。
このタイトルが意味を聞かれる度に少々私も困るのです。ありのままを申せば、原作小説のタイトルが「パーフェクトブルー」だったから、ということにしかなりません。原作段階ではこのタイトルが何らかの意味を有していたのかもしれませんが、ストーリーや、おそらくはテーマすら、かなり変えてしまったのでタイトルの意味も失われているかと思います。
タイトルに関しては、制作途中でも「内容的にそぐわない」という理由で、別なタイトルに変更するという話もあったくらいで、私自身「おかしなタイトル」だと思っていますが、意味ありげで、なおかつミステリアスなムードで気に入っています。

◆    ◆    ◆
 海外の配給が決まった頃は「英語版の監修をぜひ」などと調子のよいことをいわれたりしたものだが、案の定以後音沙汰はない。勝手にやるが良いさ。
それにしてもなぁ、一体何なんだろう?「パーフェクトブルー」って。
いまだに謎だ(笑)

Q11・パーフェクトブルーは「彼女の思いで」の中で描かれたテーマのいくつかの延長でしょうか? また、パーフェクトブルーは“アニメーション初のサイコホラー”ということですが、パーフェクトブルーはアニメに新しい境地を開いたとお考えですか? このストーリーの中で、緊迫感、感情、バイオレンスなどをどこまで追求しようと思われましたか?

A・「彼女の思いで」の延長という部分はあるでしょうね。現実という確からしいとされるものと、思い出、幻想といった主観的で不確実とされるものが混然とした世界観を描きたいというのは、「彼女の思いで」の時に明確になったようです。
その点に関していえば「パーフェクトブルー」はその境界線が、より曖昧になった世界観ということになるかと思います。
“アニメーション初のサイコホラー”という惹句は、宣伝する人間が勝手に付けたものですし、制作スタッフにそのような意識は希薄だったと思います。
通常サイコホラーというと、連続殺人犯やストーカーといった加害者がどれほど狂っているかと言うことに焦点を当て、その怖さを描くものだと思います。本作もそうした部分を持っているのですが、私が考えていたのは主人公の内面の混乱を、お客さんにも味わってもらいたいという部分でした。
シナリオの段階からそうした“酩酊感”を表現できればよいと思っておりましたし、フィルムでもその部分は上手く表現できたのではないかと思っております。
緊迫感という点で言えば、作品の尺が長くないこともあり、最後のカットまで全体に圧迫されたムードを出して行きたいと思って演出していました。その圧迫と緊張が主人公の混乱をより助長し、観客にも十分影響すると思っていました。
シーンの背景となる舞台も閉鎖空間が多いのですが、これもそうした狙いを表現する一環です。
バイオレンス、というのはことさらに意識はしてませんでしたし、暴力描写を目的とする作品でもありませんでしたが、出来上がったフィルムを見て自分でも驚いてしまいましたね。随分と暴力的な描写が多くなってしまいました。しかしそれが失敗だったとは思いませんし、登場人物たちの感情を表現し、象徴する意味でも必要だったかと思います。

◆    ◆    ◆
 こういう質問に対して「パーフェクトブルーはまったく新しいタイプのアニメーションであり、アニメーションのジャンルを広げるという意味で大きな役割を果たしえたと思う」などと胸を張って言えると私も商売人になれると思うのだが、いかんせん私は現実主義者で正直者だ。
欧米の映画の役者やスタッフが、自作の宣伝でそうしたことを自信ありげに語っているのをよく見かけるが、大したものだと思う反面「あんな映画でよく胸を張れるな」などとも思う。自信なさげに語られても困るが、言葉が過ぎるのもいかがなものかと思う。いくら宣伝のためとはいってもやった以上のこと、せめてやったことの2割増以上は言わないの方が宜しい気がする。微妙なところだな、2割。

Q12・この映画のビジュアルコンセプトは何ですか?

A・ビジュアルコンセプト、という言葉の正確な意味合いを図りかねますが、色々な点で狙いはありました。
その一つは画面で頑なにその存在を主張する、赤い色面でしょうか。ストーリー的には特に大きな意味はないのですが、主人公・未麻の性や血の象徴のつもりでした。抗えないもの、という意味です。
「レイプシーン」のような暴力的な性描写はありましたが、主人公そのものの性描写は本作にはありません。本当は主人公・未麻自身の性的な描写、出来ればセックスシーンそのものを描いてみたいと思っていたのですが、残念ながら話に取り込むことが出来ませんでした。ですからそのイメージの残滓として画面に残っている、という感じでしょうか。
主人公・未麻の部屋の描写というのも、作品の重要なムードを作っていると思います。生活感を出したかったわけです。他のアニメ作品に比べて煩雑な小物類の描写は多かったかと思います。その細かさはアニメーターには嫌がられましたが、確固としているはずの日常の象徴として、そうした“物”の描写は非常に重要でした。

◆    ◆    ◆
 ビジュアルコンセプトという言葉は一般的に認知されているのであろうか。単に字義通りに捕らえればよいのであろうか。よく分からないな。
質問がいい加減なんだよ、まったく。もう少し具体的に聞いてくれると答えるのも楽なのだがなぁ。まぁそれでも国内のインタビューに比べれば遙かに具体的だし、面白い質問があったりするかしら。国内のインタビューがすべて印象が悪いわけでは勿論ないし、同じ日本語を介するだけにつっこんだ話になる場合もあったが、大体が大味な質問が多かったような気がする。「初めて監督して、どうでした?」的な質問が一番困るのだ。「どうでした?」って何が? 少しは考えて来いよ、能なしどもめ。
ろくに質問を考えもしないでインタビューに来ているのだろうが、もう少し努力せんかい、と言いたくなることが多かったな。

Q13・未麻や他のキャラクターの設定(絵柄)はどのようにして出来上がったのでしょうか?

私が監督をオファーされた時点で、既にキャラクターデザイナーが決まっておりました。江口寿史という漫画家です。可愛らしい女の子を描くといわれる人ですが、普通の人々を描くとあまりに漫画的な絵柄になるので、バランスを取る必要がありました。作品の世界観を統一するためです。
本作は最初からリアリティのある作品世界を目指していましたので、それを表現しうるキャラクターデザインでなければなりません。ただし本作品の営業的側面も考えまして、主人公とアイドルグループ“チャム”のメンバーの顔は、江口氏の絵に即してアニメーション用にデザインしました。氏の描く女の子のキャラクターは、日本では人気があるようです。
もっとも主人公・未麻については“アイドルとしての顔”と“日常の顔”は、意識的に描き分けようとしました。前者は江口氏の絵により近い形で、可愛らしいお人形さん的なイメージです。もう一人の私として登場する未麻(私たちスタッフは、これをバーチャル未麻と呼んでいました)もそれに属します。つまり未麻がかぶっている“仮面”という意味合いでしょうか。
一方“日常の顔”の方は、“仮面”を脱いでいる顔です。表情の作り方などを押さえ気味にして、少し地味な作りにしましたが、観客が特に意識するほどの違いではないかもしれません。
その他のキャラクターのデザインは、基本的には作画監督の濱洲英喜氏と私の手によるものです。主人公に比べると地味な作りを心がけています。どこかにいそうな人の顔、というのが基本的なコンセプトです。
しかしストーカー・内田は随分極端なデザインでした。何を考えているか分からないようなキャラクターにしたかったので、極力無表情にしました。特に表情を読みとれない、あの内田の目は、濱洲氏のアイディアで「羊のような目」をイメージしました。

◆    ◆    ◆
 ベースキャラクタークリエイトでも何でも良いが仕事しない人は迷惑なものだな。描かないなら全く描かないでくれると助かったのだが。
さてキャラクターに限ったことではないのだが、最近よく思うのは初歩のリアリズム、といったことであろうか。漫画にしろアニメにしろ抽象化されてはいるが、元々は現実を元にして長い年月を掛けて構築されてきた「型」が大半を占めた世界である。
「型」はものを見るときのある種のフィルターであり、例えば「可愛い女の子」を描く場合には「目が大きい」といった記号みたいなものである。しかし現実のいくら可愛いとされる女の子であっても、頭蓋骨の半分近くを占める眼窩を持っている人間はいない。それが可愛いと思えるセンスもいかがなものかと思うが、ともかくそんな人間は実際にいなくとも、そう描くことに誰も抵抗は感じない。「それはそういうものである」という頑強な思い込みというか刷り込みというか、それらの「型」を少しは疑った方がよいのではないのだろうか。
リアリズムの初歩は自分の目でよくものを見、そして見たように描くということであろうか。まず対象物をよく見なくてはならない。ことアニメや漫画の絵に関してはそうした態度は失われていると言っても良いかもしれない。「型」から「型」を学び、更にはそれが劣化した「型」を生み出して行くサイクルはあまりに不毛に思われる。絵の技術の話ではない。技術を労する以前に、最低限自分の身の回りにあるものに対して向ける目を持っていないことが問題ではないかと思われる。
形成されてきた「型」という記号を否定するわけではないし、商売である以上「型」に則らなければたち行かない側面もあるのだが、それでも少しは描き手自身を取り巻く環境に目を向けることが必要ではないか、と思うのである。まぁ一遍にすべてを覆すと商売にならなくなるので徐々にやるしかないとは思うけど。
それとも巨大な目玉のオタク絵もすでに伝統芸能の域に入っているということなのかしら。

Q14・未麻のメンタルな崩壊をビジュアルでどのように表現なさりたかったのでしょうか?(鏡に映った姿など

A・映像作品において、鏡というモチーフはよく使われますね。非常に便利であります。様々な意味合いで使われる鏡ですが、本作では見てお分かりのように「二面性」という意味が一番多いかと思います。テレビやパソコンのモニターも同じ意味で使っております。
“バーチャル未麻”は未麻の迷いが具現化したものといえます。未麻の鏡像です。鏡に映っていたはずの姿が、勝手に動き出したら怖いな、という私自身の思いがありましたので、それを効果的に使いたいと思っておりました。
最初は小さなズレだった正像と鏡像が、次第にその差異を大きくしていく。本作はそのプロセスと、両者の対決という言い方もできると思います。そのずれていくプロセスが、そのまま未麻の内面での精神的葛藤ということです。

◆    ◆    ◆
 見りゃ分かるだろ、見りゃ。
元々が漫画絵のキャラクターが登場する世界で、いかに描写を細かくし、写実的に描いたところで絵は絵である。そこにリアリティを構築する一つの手段として、ものとものとの関係を描写することが有効な方法ではなかろうか。
「パーフェクトブルー」を例にすれば、未麻単体ではリアリティは薄弱だが、それが鏡に映った場合、実像と胸像の関係自体にはリアリティが発生する。人物が落とす影というのも同じように、物と物との関係にリアリティを発生させうる。実在感といっても良い。
何も絵だけに限った話ではないし、作品に登場するキャラクター同士の関係にもそれは適用されるであろう。性格がデフォルメされていようとも、他者との関係にリアリティを求めることが出来るはずである。もっとも、元気が良くておっちょこちょい、頭の良いメガネッ子、気の強いショートヘア、みたいな定型化されたキャラではリアリティという言葉を使うこと自体が空しいし、その関係すら「型」として定着しているのかもしれない。それはそれで良いのであろうし、年輩の方が「水戸黄門」を安心して見られるのと同じで、そうしたプログラムピクチャーがもっとも需要が多いのかもしれない。年寄りも若者も「いつものやつ」が何より好きなのであろう。
いずれにしろ商売をするには一般的に認知された「型」に則るのが無難な選択なのであろうが、そんなものなら作らない方がましだとも思える。

Q15・未麻の可愛い、少女のようなステージ衣装で表現したかったことは何ですか?

A・一言でいえば生活感の無さ。日常感覚、あるいは現実感の欠落ということかと思います。重さのない、ふわふわとした痛みのないイメージでしょうか。
それを着る側は、着ることによって日常を切り捨てた存在として、ファンの前に立つわけです。やはりこれも“仮面”としての効果でしょう。またファンの側はそうした存在に対して、現実感覚の欠落した好意や憧れを持つのかと思われます。
本来この「衣装を着る」という約束の上に成り立っていた、着る側と見る側の関係が曖昧になってきているという現状もあり、またそうした土壌を背景に先鋭化することでストーカー的なファンも出現してくるのではないかと思います。
これはファンの側の一方的な問題ではなく、イメージを提供する側の商売という側面もあるわけです。つまりはプライベートを売り物にすることです。しかしこのプライベートはもちろん提供する側の意図に即した作り物であるわけです。ファンにとってプライベートに見えるように仕組まれたイメージ、ということです。
さらに難しいのは、こうした作為すらも踏まえた上でファンは楽しんでいるわけで、そこには外部の人間が、にわかに理解できない関係があるような気がします。

◆    ◆    ◆
 変わった質問だな。分かったように答える方も答える方だ(笑)
取りたててあの衣装で何かを表現するなどという気はなかったし、時代錯誤ではあるがアイドルいえばあんな物であろう、というまぁ一種の「型」だったのであるが、その「型」そのものがアメリカにはないのだろうから、不思議に映っても仕方がないのかもしれない。
少数民族の中で定型化された「型」も、先進国に持って行けば「新しい文化」と認知されるパターンは幾たびも目にしておりますな。

Q16・サイコホラー映画をどうして実写で作らなかったのですか? サイコホラー映画で、アニメーションでしか表現できない何かがあったのでしょうか?

A・これもよく聞かれる質問ですね。なぜアニメーションで作ったのかといえば、私の元に企画が舞い込んだ時点で、既にアニメーションの企画であったからです。ほかに選択の余地はないのです。
しかし、だからといってこの作品を実写で作っても上手くいかないと思います。生身の人間を使って映画を撮った時点で、この作品は普遍性を持てなくなるような気がします。特殊な人の身の上に起こった、変な出来事、といういたってチープな作品になりかねません。アイドルという浮ついたイメージを、セルを使ったアニメ的表現で描いていることが中和しているのではないかと思います。ですから本作で幾ばくか勝ち得たリアリティを、実写では手放すことになりかねません。
もし同じテーマで実写を作るにしても、それはシナリオの段階から意識しないと良い物にはならないでしょうね。私にとっては最初から本作品はアニメーション作品だったわけです。
それと単純に私が絵描きであるという理由もあります。私にとっての主な表現手段は「絵」でありますし、私が日本語を使うのと同じように、意図を伝える上で絵による表現に慣れているのです。絵が私の言葉なんですね。

◆    ◆    ◆
 絵の方が実写よりも「エッセンス」を伝えやすいと言えるかもしれない。というより、むしろ受け手側の方が提示されたエッセンスを拾いやすい、といった方が正確かも。
見る側の質をとやかくいうのは問題があるかもしれないが、ネット上で交わされる多くの作品に対する議論や感想ともつかない批評などを目にするが、「いくらなんでもそういう見方は成り立たないのではないか」と思えるケースが多い。文部省的な表現でいえば「読解力」が著しく欠落しているのではないかという感想が多過ぎるのではないか。感想ならばまだ良いのだが、怖ろしく幼稚で浅薄な読解力でもって批評を展開している人の意見を目にする度に、観客の質という問題を考えてしまう。
阿呆が高く評価する作品はやはり阿呆である場合も多い。ま、それも民主主義による多数派の正当性ということになるのであろうが。
最近は大学生の著しい学力低下が問題にされている。偏差値至上主義は困りものだし、学力と教養、あるいは人間性はイコールではないにしても、知性や教養、倫理の基礎を築くには学校のお勉強の中での思考の訓練が重要かと思われる。例えそのお勉強が社会に出てから不要なものであったとしても。
偏差値至上の詰め込み教育も、その反動としての最近のゆとり教育とやらも、結局は多面的な思考の出来ない歪な知性を大量生産しているのであろうか。教育を当てに出来ないことは教育されている時点でもおよそ想像がつくことかと思える。自助努力が何より大事かもしれない。

Q17・声優さんはどのように緊密に関わられましたか? 特に未麻を演じた岩男潤子さんに関して。彼女は日本でとても人気があるとお聞きしましたが、岩男さんの個人的な体験が未麻を演じるのにプラスになったのでしょうか?

A・声優さんは基本的にオーディションで選びました。音響監督に録ってもらったそのテープを聞いて、決めていきました。
マネージャーのルミ役、松本梨香さんはすぐに決めたのですが、やはり未麻の声は色々と迷いました。
20人くらいのオーディションテープを何度も繰り返して聞いたのですが、そのうち耳に残った岩男さんを選びました。彼女が元アイドルで、未麻とよく似た境遇だったことは、決めたあとで知りました。随分驚いたものです。彼女が人気のある声優だというのも私は知りませんでしたし、私が彼女を未麻役に選んだ理由は、オーディションテープを聞いた印象だけでした。
彼女の過去の体験が未麻の境遇に相通じる部分があったことは、少なからぬ貢献をしたと思います。彼女自身この役を大事にしてくれたみたいですし、その思いが未麻というキャラクターに深みを持たせることになったと思います。

◆    ◆    ◆
 声優については本当に知識がない。音響監督の三間さんによるところが大きかった。
声優さんの演技に質について云々する気はないが、これもまた従来までに定着してしまった「型」が強すぎることだけは言える。どの声を聞いてもさほどに差異は感じられないし、芝居はどれも同じような型であろうか。
脱定型のアニメーションを目指すには声優にもそれが求められて行くことになるはずだ。誰も求めてないだろうけど。
資金のある作品が声優に実写の役者を配したりするのは、単なる話題づくりだけではないことは間違いない。声優、特に売れている声優さんを起用すると、既存のアニメーションで形成されたイメージが強すぎて、先入観が強くなりすぎるのであろう。実写は実写でコマーシャルやバラエティに露出し定着されたイメージを持った役者が、いくら懸命に芝居をしたところで役のイメージよりは普段見慣れたイメージに拘束されるのと同じことであろうか。
意地悪な見方とも言えるのだが、しかし、例えば佐藤浩市という役者が映画の中で苦悩しているシーンなんかを見ていると、つい思ってしまうのだ。「早く飲めよリゲイン」とか。
これを見る側の質の低下というわけにも行くまい。ドラマや映画だけでは仕事が足りないという事情もあろうし、仕方のない側面は十分承知しているが、もう少し何とかならないのかしら。

Q18・映画の最初の頃の未麻とその後の未麻の変化をどのように説明されますか?

A・一言でいえば、本作は未麻の成長過程の、ある一部分を描いています。成長に伴う迷いと混沌が主なテーマです。
成長のプロセスは、随分乱暴ないい方ですが次のようにいえると思います。破壊〜混沌〜建設。
未麻は本作においてこの3段階の変化をしていると思います。
最初の未麻は自分の意志で物事を決めることが出来ない、いわゆる子供じみた存在です。他人に褒められた部分にしか自身も責任も持つことが出来ないわけです。しかしこれはその時期なりに安定した気持ちでいられるわけです。それがアイドルから女優という転身によって「破壊」されることになります。「破壊される」と書きましたが、転身には未麻の意志も含まれています。
第2段階は、本作の一番重要な部分である混沌の部分です。かつての安定していた場所から、未知の場所に分け入っていくときには、多かれ少なかれ不安がつきまといます。学生から社会人になるのと同じです。
未麻の迷いはファンの反応などにより助長され、また身の回りで起こる犯罪によって大きく捻れ、混沌の度合いが深まっていきます。
その混沌の底で出会うのは、かつての自分であります。これは居心地が良かった場所への回帰願望です。彼女はそれと対峙しなくてはなりません。それと対決するのが、先に述べた「建設」の入り口に当たる部分でしょうか。
一番最後に出てくる未麻は、再びなにがしかの安定を得た未麻です。しかしその彼女にもこの先幾多の試練が訪れるであろうと思います。
未麻が最後に口にするセリフ、「私は本物だよ」を、ルームミラーに映った姿で言わせたのは、彼女にとっての終着点がこの物語の終わりではないことを暗示したかったわけです。「本物の私」というのは、一生見つかるかどうかも分からないものですからね。いや、そんなものはあるわけないんです。それは他者との関係性においてのみ語られるべきものであると思っています。

◆    ◆    ◆
 未麻本人に対する感情移入は特にないし、決して魅力があるキャラクターとは思えない。そうしたことを目指したわけでもないし、私としては未麻が置かれた状況に感情移入していたという方が正確であろう。
魅力のあるキャラクターを作れたら良いなぁ、という希望はあるが、キャラクター性の強さに依存しない作劇があっても良いのではないかとも思っている。まぁストーリー、キャラクターの双方の魅力を兼ね備えた作品を目指したいとは当然思っているわけだが。

Q&A? -1-

掲示板の方でもちょっと話題にさせてもらいましたが、この夏アメリカで「パーフェクトブルー」が公開されるという事情もあって、海の向こうからインタビューが舞い込んできたりしてました。もういい加減読者の方もパーフェクトブルーのネタには飽きたでしょうし、私もかなりうんざりしておりますが、折角一生懸命答えたので一応アップすることにしました。
アメリカの「アニメファンタスティック誌」という雑誌でしょうか、それと「マンガオンライン」という、多分ウェブサイトなんでしょうね、二つの依頼に答えたものです。
本来は「パーフェクトブルー」のカテゴリーの属する内容ですが、今更パーフェクトブルーのコーナーを更新するのも気乗りがしませんし、質問事項にまつわる事柄などを徒然に書き足したりもしてみましたので、「NOTEBOOK」の扱いということにしてみました。質問に答えたのはもう何ヶ月か以前のことですが、あれこれと書き足しているうちに時は過ぎ、量も膨大なものになってしまいました。
以前にも似たようなテキストをアップしたことがありますし、特に目新しい発言もないと思いますが、暇な方はご一読下さい。「◆」印以下がHP用の書き足し分です。

Q1・一番最初にアニメーションに関わられたきっかけは何ですか?

A・元々私は漫画家でした。雑誌に時々短編を発表したり、週刊誌に連載をしたこともあります。その頃縁があって、「AKIRA」の大友克洋氏と懇意にさせていただきました。
その大友氏が原作の「老人Z」というアニメーションに参加したのが、この仕事に携わるきっかけとなりました。この作品の監督からの依頼を、大友氏を通じて受けたのです。美術設定というポジションでした。
ご存知かもしれませんが、日本のアニメーション業界でいう美術設定とは、実写映画などでは「プロダクションデザイン」といわれるものです。作品に登場する舞台を決めたり、そのデザインなどが主な仕事となります。
「老人Z」では、当初美術設定の仕事だけの予定でしたが、人的資源の不足から、本編のレイアウトも担当しました。レイアウトとは、個々のカットの具体的な設計で、構図や芝居のプランを決定する重要なプロセスです。
美術設定は、その仕事の性格上作品のムードやテーマにも関わりますので、必然的に作品全体に関わることになり、またレイアウトはある一連のシーンを具体的に絵に起こし、さらにディテールを掘り起こしていく必要があります。この段階で芝居やテクニカルな処理を決定する必要もあり、アニメーションの技術やノウハウを学ぶ良い機会となりました。
こうして統合的なポジションと、局所的なポジションともいえる二つの仕事に携わったことが、その後のアニメーションに深く関わるきっかけになったと思います。

◆          ◆          ◆
 「老人Z」ねぇ。
時間と人的資源を投じた割りには……あまりにも……ちょっと、ね。個人的には仕事自体は楽しいものであったし、その後付き合いの多くなる人たちと出会えたことは貴重な体験であった。
現在では「人狼」監督の沖浦君が隣の席だったし、監督の北久保、パートでコンテ・演出も担当していた本谷、作監のSUEZENこと飯田ちゃん、美監のマッチョ佐々木洋氏などメインスタッフとも楽しく遊んだ記憶がある。大トラ鈴木美千代さん、川名さん、森田君、中沢一登君といったその後パーフェクトブルーやジョジョでもお世話になる原画マンともこの作品で知り合ったことになる。
今から9年前のことになるのだな。思えば私のアニメ歴も同じ時間ということか。業界の清濁両方の水にもすっかり慣れてしまったかもしれない。

Q2・パーフェクトブルーの前に、今さんのお仕事として注目を浴びたのはどんな作品ですか?

「注目された」ことを自分で語るのは難しいですね。あまり注目を浴びた覚えはありません。私の銀行の残高がそれを物語っています。
世間的な注目は皆無に等しかったかと思いますが、ありがたいことに業界内では私の仕事に注目してくれた方もいらしたようです。
前述した「老人Z」に関わるきっかけとなったのは、それまでに描いていた漫画作品でした。アニメーション業界と漫画業界は、絵でもってお話を語るということでは実に近しい間柄であります。お隣さんです。特にアニメーション業界のスタッフは漫画をよく見ているようで、お陰で私もその網に引っかかったわけです。
漫画の単行本には「海帰線(かいきせん)」、「ワールドアパートメントホラー」の2冊があります。アニメーション、漫画の両業界で、これらの作品を覚えてくれている方が多数いらっしゃるようです。作者の意に反するかのように、素人の読者よりは同業者に注目されているようです。
このことはアニメーションに携わるようになっても変わらないようです。最初に参加した作品「老人Z」での仕事が、業界内で多少は注目されたようで、その後も美術設定やレイアウトの依頼が来るようになりました。その種の仕事では、劇場アニメ「走れメロス」「機動警察パトレイバー2」などがあります。
脚本・美術設定を担当した「MEMORIES/彼女の思いで」も、ありがたい評価をいただきました。また、脚本・演出を担当した、ビデオシリーズの一本「ジョジョの奇妙な冒険/第5話」も、業界内では多少の注目があったらしく、そのお陰で「パーフェクトブルー」の初監督という肩書きが舞い込んできたようです。
私は仕事においてはなるべく無駄をしたくない性格なので、一本の仕事を次の仕事に繋げているようです。
もっとも、願わくばもう少し一般のオーディエンスにも注目されたいものです。

◆          ◆          ◆
 世間的には注目されたことがないなぁ。質問も質問だよな。「注目を浴びたのはどんな作品」って聞かれても、ね。
まぁパーフェクトブルーの前に限らず、仕事は色々やったけど。私はアルバイトという経験がない。学生時代から小遣いを稼ぐといえば、イラストとかカットの仕事であり、マンガのアシスタントであった。絵と酒以外に時間を使う暇が惜しかったということもある。
学生当時の仕事で印象深いのは「ホットドッグプレス」の「業界くん物語」であろうか。今ではすっかり文化人となってしまったいとうせいこう氏が講談社に在籍中で、氏の企画・担当による妙な連載ものであった。絵を描いていたのはメインになんきん氏、ナンシー関さんも参加しておられた。色々なタイプの絵描きがカットを提供し、それをつなぎ合わせて一本の業界紹介マンガを作っていたのだ。
他にも色々な雑誌でカットの類は随分な数を描いた気がする。阪神タイガース優勝の年、だから1985年には「週刊プレイボーイ」で選手を化け物になぞらえてカットを描いたり、「STUDIOVOICE」とか今は無き「平凡パンチ」なんかにもカットを描いたこともあったかしら。変なゲームの解説本かなんかにもカラーで数ページ漫画を描いて、バカな編集者に無惨な姿にされた覚えがある。オッサンのための健康雑誌にも十数ページ描いた覚えがあるなぁ。人前で広言できない仕事も多い。
そういえば「週刊少年マガジン」にカットを描いていたこともあった。菊池秀行氏のSF小説の連載に挿し絵風なものを描かせてもらったのだが、タイトルだの絵の内容はすっかり忘れてしまっている。あ、「何とかかんとかカケル」だったかな。ま、いいや。
漫画家のアシスタントは随分と日銭を稼がせてもらったが、それほど色々なところには行ってないだろうか。大学2年の頃に大友さんの「AKIRA」の臨時の手伝いに行ったのが、初めてのアシスタント経験であったか。高寺彰彦さんのところも随分と手伝った覚えがある。「サルタン防衛隊」が最初に手伝った作品かしら。知り合いの作品しか手伝いに行かなかった気がするなぁ。単発では、内田美奈子さんだったかな、それとさべあのまさんとかのところにも行った覚えがあるなぁ。遠い記憶だな。

初めての単行本「海帰線」を出したのが今から9年前。私が26歳のときである。それ以前、5年通った大学を出てからの3年間はおおよそこうした雑多な仕事をして口を糊していたのだろうが、それにしてもよく生活が出来ていたものだと自分でも不思議に思う。下世話な話であるが、この頃はヤングマガジンから年間の「専属料」みたいな形で「50万円」を支給されていた。「専属」ということはよその出版社では仕事が出来ないということになるのだが、どうせよそに持って行くほど多くの原稿を描くわけでもなかったし、カットやイラストの仕事は自由に出来た。何もしないでもいただけるこのお金なのでありがたかったな。
年間に一体何枚漫画を描いていたのだろうか。100枚も描いてない。下世話なついでに原稿料の話をすれば新人の時は¥5000だったか。2回目で¥7000になっていただろうか。その次はすぐに¥9000になったかと思われる。今の新人はもっともらっているのだろうか。
ともかく当時はざっと勘定しても年収にして200万にも満たない年もあったろうし、月々十数万で暮らしていたことになろうか。確かに死なない程度に生活はできる金額かもしれないが、余裕というものにはからっきし縁のない暮らしであった。
単行本を出して一息ついてからは、それほどひどい貧乏という経験はないが、暮らすのでいっぱいであったろうか。アニメ業界に入ってからは、どの作品でも額の多少はあっても月々の拘束で仕事をしていたので、それほど浮き沈みなく暮らせている。
前述した「老人Z」が初めて関わったアニメーションで、その翌年1991年に漫画で「ワールドアパートメントホラー」を短期連載して単行本化、同じ年に劇場アニメ「走れメロス」にレイアウトして参加したのであったか。この仕事は「老人Z」の時に隣の席だった沖浦君が作監をするということだったので、手伝わせてもらったのである。その仕事の最中から動き出したのが、「MEMORIES」でその一本「彼女の思いで」に色々な形で関わることになる。結果的にはシナリオ、設定というクレジットになっているが、美術設定を全部担当したわけではない。私がやった設定は主にロココ風な悪趣味な部屋だの廊下、それと乗組員の二人が「物体」の中へ降りて行くエレベーターのデザインなどであったろうか。これらのシーンに関してはレイアウトのチェックも担当したかしら。作画陣は豪華で頑固者ばかりが揃って、大変胃の痛い仕事であったと記憶している。最終的な仕上がりは大変素晴らしいものであったが、作っている最中はとにかくしんどかったな。
この仕事で設定の巨匠、渡部さんと知り合うことになる。その渡部さんが「彼女の思いで」のスタジオ開きの時、こっそり私に耳打ちするのである。
「今さん、ロボット描ける?」
何であろうか、唐突に。ロボットを描いたことはないが、描けなさそうな気もしないので「描ける……と思うけど」と答えたところ、しばらく後に私は国分寺のスタジオで打ち合わせの席にあったのである。目の前に小さなオッチャンが座っていた(笑)。劇場版「機動警察パトレイバー2」という作品であった。
この仕事は「彼女の思いで」と並行してやった仕事であった。前述したように「彼女の思いで」で胃の痛い思いをしていたこともあり、息抜きとして自宅でこそこそ仕事をしていた。いかにも「お仕事」といった感じだったが、別にそれほど手を抜いたというほどでもない……と思う。
この仕事が縁で受けた仕事で、後に結果大変嫌な思いをするのだがそれはおくとする。「パトレイバー2」、「彼女の思いで」の受け持ちが終わって、そろそろ漫画の企画でも出そうと思って落書きを重ねていたのだが、それだけでは日々の暮らしが心許ないので、半拘束という形でガイナクスに入る。周囲の人間に私には「最も似合わない」といわれた仕事先であったが、意外と楽しく仕事をしていた。この作品は途中でとん挫して完成を見なかったが、この時隣の席に座っていたのが大橋誉志光さんで、最近では「十兵衛ちゃん」等の演出で知られている上手な人であった。そして私の背中側に座っていたのが本田師匠であったか。温泉番長もこの時同じスタジオにいて、以来よく遊ぶようになったのであろう。
結局この「蒼きウル」という作品は、残念ながら制作ストップということになってしまったが、その頃に北久保から「ジョジョの奇妙な冒険」の一本の演出を頼まれたのだったか。作品名を忘れてしまったが(確か何とかかんとかガードレスだったかな)IGから「コンテ・演出」という話もいただいていたのだが、作品内容があまりに私の趣味とはかけ離れていたので、どうせかけ離れているなら派手な方がよいか、ということで「ジョジョ」を選んだ気がする。
これは実に楽しい仕事であった。およそ今後もこれほどバカな仕事場にはお目にかかれない気がする。フィルムの出来だの作品への思い入れなど二の次で、仕事場への思い入れの方がいまだに大きいなぁ。
スタッフが自炊するというだけならさして珍しくもないだろうが、作監と演出が毎日スーパーに買い物行って本格的に飯を作る仕事場というのも珍しかろう。作打ちをこたつで行う、作打ちに酒を持参してきてさらには飲んで泊まる、巨大なタラバガニを食う、ゲームに夢中になる、漫画を連載する……あ、それは私だけか。
この仕事の最中に前述した私の一生の不覚となる嫌な仕事が始まる。受難、というには自分の責任を棚に上げている気もするが、実際過言ではない。自慢ではないが、よほどのことでもない限り私は他人のせいにはしない方だ。
だいたいが連載開始を編集部が勝手に一月繰り上げるという、およそ非常識な事態で幕を切ったこの受難の日々は、何とも実りの少ない仕事となった。もちろんお客に対しての責任がある以上、当方の努力によって何らかの形に結実させ得たのでは、という忸怩たる思いはあるが、いかんせん自分の中にない物は描きようもなく、「や〜めた、っと」という投げやりな気持ちで途中で終わらせることになった。
あれこれと仕事にまつわる記憶の断片を列挙してみたが、何のことはないただの愚痴になったかもしれない。

Q3・業界で、今監督が師と思われる方、もしくは強く影響を受けた人がいますか?

A・多くの人々に、沢山の影響を受けていると思いますが、中でも特に影響を受けたのは、やはり漫画家の手塚治虫氏と大友克洋氏でしょうか。
手塚治虫氏の漫画は子供の頃から愛読しておりました。漫画やアニメーションに興味を持つきっかけとなったのは間違いなく手塚氏のお陰であると思います。手塚治虫氏はやはり日本の漫画の祖であると思います。
漫画に興味を持つきっかけとなったのが手塚治虫氏の作品だとすれば、自分でも描いてみたいと思ったのは大友克洋氏の作品の影響といえると思います。
私がまだ高校生の時から大友氏の一ファンでありましたし、その絵の描写力に大変憧れました。従来の記号的な漫画の絵とは一線を画すものであったと思います。リアリズムですね。他の漫画の絵から模倣するのではなく、現実に存在するものを自分の目で見て描写する。表象的なものは勿論のこと、対象物の内部に切り込む氏の視点は大変に鋭い。
私は氏の作品によって、もっとも基本的なリアリズムの手ほどきを受けた、といえると思います。ですから「絵」そのものの影響はもちろんですが、対象物への関わり方、というか見る態度が大事である、ということを学ばせてもらいました。それは氏の態度を模倣するということではありません。氏の作品とご本人との交流のお陰で、自分なりの態度を形成することを学ばせてもらったわけです。

◆          ◆          ◆
 まったく、どこまで本気で答えてるんだか(笑)
「師」という言葉の響きに抵抗を感じるのだな。どうにも大仰な気がして素直に答えられない気がする。勉強をさせてもらったという意味では、実に多くの人々に教えを乞うた。それらの方々すべてが「師」という気もするので、特に名前を挙げるのは気が引けるのである。それにまたこうした取材に対して、知名度のない人を上げるというのもまた面倒くさい。一々「名はあまり知られていないがこれこれの人である」などと説明を付するのが億劫なのだ。だからこのインタビューでも知名度の高いお二方に登場願ったのだが、それ以外で師と仰ぐ方がいないわけではない。
例えば宮崎駿さんの「カリオストロの城」は色々な意味で勉強させてもらった覚えがある。コンテ集も買って読んだりもしたが、当時はアニメーションの仕事にかかわっているわけでもなかったので、アニメの参考ではなく、漫画のコマ割りをするうえで参考にしたのだと思う。親切な視点誘導とか絵を出す順番であるとか、イメージの対比だとか映像の基本的な文法をこの作品で気付かされたのかもしれない。ここ何年か見返したことがないので確かなことはいえないが、私の印象としてはそうしたごく基本的なことを宮崎さんもか特に大切にして作られていたように思える。

Q4・背景デザインと脚本の仕事から監督に転身しようと決められたのはいつですか?

A・明確に「転身」を意識したことはありません。一応、設問に対する純粋な答えをしておきますと、「パーフェクトブルーの監督をやらないかと誘われたときから」ということになるかもしれません。
先にも申しましたように、元々は漫画家の端くれでしたので、最初から「監督・演出」を意識しておりました。肩書きを大切に思うのは他人であり、私自身としては、どのような肩書きであろうともなすべきことに変わりはありません。
とはいえ、「作品を作りたい」と意思表明したところですぐさま監督の肩書きをくれるものでもありませんし、アニメーションの技術的なノウハウも必要になります。背景デザイン(我々は美術設定と呼びますが)やレイアウトを担当しながらそうした技術を学ばせてもらい、漫画ともっとも違う「スタッフワーク」という点でも多いに勉強をさせてもらいました。
この点が一番重要だったかもしれません。日本のアニメーション業界は、純粋にプロフェッショナルの集団とは言えない側面があります。友人、知人といった横の連帯が非常に重要で、人脈を持たない人間は作品を大成させにくいと思います。元々が賃金の安い業界ですので、仕事を選ぶときの基準はどうしても友人関係や慣れている会社の作品が中心になることが多いようです。作品の魅力でスタッフを連れてくるのは、なかなか難しいようです。
日本のアニメーションの監督業には、「スタッフを連れて来られる」という能力が大いに問われます。その能力によって、少ない予算を有効に役立てることが出来るわけです。その点でいえば私は脆弱ですが、「パーフェクトブルー」では幸運なことに、多くの才能あるスタッフにも恵まれました。

◆          ◆          ◆
 背景デザインとか脚本の仕事から別に「転身」したわけではないんだがなぁ。これまた本当のところを伝えるには、アニメーション業界の人的資源不足の現状から何から説明せねばならないし、私の仕事の成り立ちも詳しく語らねばならないので実に面倒くさい。
マンガにしろ、イラストレーションにしろ、あるいはアニメーションの背景デザインやレイアウト、コンテでも脚本にしろ、どれをとってもやるべきことはそう変わらないと思うのだ。どれでもよいから一点をもって自分の突破口とすると、他のことでもおよそ本質が変わらないことが分かるような気がする。一芸万事に通ず、というと大袈裟かもしれないがつまりはそうしたことだ。もちろん絵を描くとか楽器を演奏すると言った肉体的訓練を要する分野は、本質を理解できたからといっておいそれと身に付くわけではないが。
扱う素材の種類や数が変わっても、自分で設定した要求に対して答えを出して行く過程というのはそれほど変わるわけではないだろう。もし大きく違うことがあるとすれば、一枚絵を描くといった個人のフィールドで済むことと、アニメーションの作業のように他人の価値観が大きく介在してくる分野での、対人関係における把握や予測や対処といったことであろうか。例えて言えば、自分でいい絵を描くことと他人にいい絵を描いてもらうのでは、頭の使い方を少々シフトせねばならないということか。
ただいずれの場合でも目指すべき山の頂点に変わりがあるわけではない。そこへ至るルートの差に他ならない。肝心なのはその到達点を設定する能力と達成する意志の力いうことになるのかもしれない。
何を偉そうに言ってんだか。

Q5・パーフェクトブルーにはどのようなきっかけで関わられたのですか?

A・ある日、この作品の企画書が送られてきたわけです。「監督をやらないか?」という誘いでした。日本のアニメーション業界は、慢性的かつ極度の人材不足です。
経緯をざっと申します。原作“パーフェクトブルー”の小説家・竹内氏が映像化を思い立ち、その企画が巡り巡って私のところに舞い込んできたわけです。原作の小説は読んでいないのですが、原作に近い形だというラフプロット読んだところ、私には向かない内容の話でした。
「アイドルの女の子が、彼女のイメージチェンジを許せない変態ファンに襲われる」という比較的単純なストーリーで、出血の描写も大変多く、映画“パーフェクトブルー”よりも、もっとストレートなアクションホラーと言ったストーリーでした。
この依頼があった当時、私は漫画の連載を抱えて大変忙しかったのですが、プロデューサー及び原作者にお会いして話を聞きましたところ、映像化に当たっての内容の改変は構わないという約束も頂き、また「初監督」という魅力に負けて無謀にも引き受けることにしたわけです。

◆          ◆          ◆
 聞いてくる相手は初めてなのだからいたし方がないが、聞き飽きた質問ではある。
言ってしまえば頼まれたから引き受けた、という身も蓋もないことになるのだ。
まぁはっきり言って「原作をいじって良い」という条件が一番の魅力であったろうか。どんな企画であっても工夫とアイディアの盛り込みようで鑑賞に堪えうる作品になると信じている私としては、ネタの好き嫌いはともかくいかようにも出来るという思い上がりがあったのだな。

Q6・アニメ映画のパーフェクトブルーは竹内義和氏の原作の忠実な復元ですか? もしそうでないなら、どのような変更を加えられましたか? また、その変更はどうして必要だったのでしょうか? 村井さだゆき氏の脚本にはどのくらい監督が関われらましたか?

A・前述したとおり、原作小説と映画とは随分違った内容であります。
映像化に当たっては「アイドルが主人公であること」「彼女の熱狂的なファン“オタク”が登場する」「ホラー作品であること」という大枠をはずさなければ、監督のやりたい方向で構わないということでした。
そこで、まず「映画・パーフェクトブルー」の中核となるモチーフを見つける必要があったのですが、その部分は脚本家に依頼するわけにはまいりませんし、やはり監督が見つけなければならず、いたく苦労いたしました。
原作のモチーフを使って、全く新しいストーリーを作るような気持ちでアイディアを出して形作っていきました。
そうする内に「周りの人間にとって“私”よりも“私”らしい存在」が、主人公本人も知らないうちにネット上で生み出されている、というアイディアが出てきました。その存在は主人公にとって「過去の私」である。そしてネット上にしか存在しなかったはずのその「もう一人の私」が、外的な因子(それを望むファンの意識)や、また主人公自身の内的な因子(過去の方が居心地の良かったかもしれないと思う後悔の念)によって実体化する、というアイディアに育って行きました。そこに、「もう一人の私」と主人公自身が対決するという構図が生まれ、初めてこの作品が「映像作品」として成立するという確信を得ました。
先程原作小説のストーリーを「アイドルの女の子が、彼女のイメージチェンジを許せない変態ファンに襲われる」と要約しましたが、「アイドルの女の子が、急激な環境の変化やストーカーに狙われるうち、彼女自身が壊れていく」という風に考えることにしたのです。
脚本のプロセスは、まず村井氏が第一稿を上げて、それに私がアイディアを付加あるいは削除する形でした。もちろん多くの話し合いの時間を持ちました。その話し合いの中から生まれてきたアイディアも多数ありました。最終的にシナリオは第三稿まで作ったかと思います。
さらにアニメーション制作においては「絵コンテ」という重要なプロセスがあります。絵コンテは私が全カット描いたのですが、ここでシーンやセリフの変更も行ったかと思います。この段階で変更した一番大きな点は、犯人を変えたことでしょうか。
シナリオでは、すべての犯行はエージェントであるルミが行っており、内田というストーカーはただの怪しい人物に過ぎなかったのですが、それを「メールを通じてそそのかされた内田が、犯行に手を染めていた」という風に変更したと思います。もっとも、そうした変更もなるべく脚本の村井氏に相談していたと思いますし、その変更に対して氏からの有用な提言もありました。

◆          ◆          ◆
 読めよ、原作をよ。私は読んだことがないけど。

南方より福来たる

現在(8/9、午後4時)、私は仕事場にいてこの駄文を書き連ねている。

私の机の上は、描きかけの絵コンテと資料、ストップウォッチ、ポータブルMD、琉球王朝と書かれた焼酎のビンとフランスの赤ワイン、BOSEのスピーカーシステムがそれぞれに存在を主張し、間を埋めるように鉛筆や消しゴムのかすが散乱している。そして今それら仕事の断片に混じって、見慣れぬ宅急便の小包が異彩を放って鎮座している。
縦19センチ、横23センチ、厚さ6センチのそのボール箱の表面には「ガラス・ビン・セトモノ」の文字と壊れ物を示すイラストが入ったシールが貼られている。クロネコが子猫をくわえたイラストの付いた伝票のお届け先は、仕事場であるマッドハウス付けの私となっており、依頼主の欄にはネットを通じて知り合った友人の名が記されている。
仮にH君としよう。
H君は当HPをご愛顧いただいている方で、メールでも何度かやりとりをしたこともあり、またかつて催したバカ企画「希望の訛り」にも奮って参加いただき、結果秘密のMOをゲットしていただいたという経緯もある。
さて肝心の伝票に書かれた品名の欄。そこには何と!

「こけももジャム」

おおっ!!あこがれのこけももジャム!
10月12日生まれの私に幸運を運ぶ幻のラッキーアイテムと謳われたこけもものジャム!
何とその甘美にして麗しい響き、こけもものジャム!!
一気にはしゃいでしまったが、当HPヘビーユーザーならともかく故の分からぬ方もおられるかもしれない。そんな貴兄にはお手数ですが「NOTEBOOK/6“運命秘宝館”」をご覧いただきたい。もっとも私という人間に興味のある方も少なかろうと思いますので、読まない方が時間の節約になるでしょう。
簡単に記せば、私の誕生花が「こけもも」(花言葉は「反抗心」)であり、「この日生まれの人は、こけもものジャムを食べると幸せがやってきます」というご託宣なのである。この「NOTEBOOK/6“運命秘宝館”」のバカな文章を記憶してくれていたH君がこの度出張先の九州は熊本でこの運命のラッキーアイテム「こけももジャム」を発見し、ポケットマネーを使って購入し私の元へと送ってくれたのです。何とありがたい。何と嬉しい。あまりの感激にキーボードを涙に濡らしてしまいそうです。
H君、本当にありがとう。
ただ気になるのは「こけもも」という植物は「北半球の寒い地方に広く分布している。 寒帯のハイマツの下や湿地に生える常緑の低い木。大きいものでも、15センチくらいしかない。果実は、赤く熱し、ジャムや果実酒に、葉は「こけもも葉」と呼ばれ、生薬とされています。日本では、別名「フレップ」。これは、アイヌ語が語源です。」というくらいで、北方の産であるというのに、なぜ南国熊本で売られていたのでしょうか。東京で私も何度か探したにもかかわらず見つからなかったというのに。

さて、そんな些細な疑問は放り出して包みを開ける様を実況して行きましょう。
まずは包みの3辺を止めてあったガムテープを丹念にはがしました。さぁ箱を開ける感動の一瞬!
箱の中にはこけもものジャムが割れないように詰めてくれたであろう新聞紙にくるまれて、小振りなビニール包みが二つ、ゆりかごに眠る双子の赤子のように収まっております。そして一通のメモ書きが乗せられていました。
「味の方は私もまだ試していないのでわかりませんが、どうぞご賞味下さい」
何だかまた感激が喉元までせり上がってきてしまいました。ちょっと鼻でもかみましょう。失敬。
緩衝剤として使われていた新聞を広げてみました。
「朝日新聞 1999年7月29日 木曜日 11版 熊本」
やはり熊本から届けられたんですね。ちょっと感動的な気がします。
くしゃくしゃになった新聞を広げるとラジオやテレビの欄には見慣れぬ局名が並んでおります。RKB、TNC、NBC、KTN、NIB、FBS、TVQ、OAB、TOS、OBS、KKB、MBC、STS、NCC……。九州全域の放送局がカバーされているのでしょうか。沢山並んでいます。地元熊本のRKKというラジオ局に注目してみましょう。
朝の7時からは「ハイ圭!朝です」などという安直なタイトルの番組が心地よい目覚めを運んでくれているようですね。続いて9時からは「太田黒浩一のきょうも元気!」午前中の番組はタイトル末に「!」が入っているあたりがいかにも爽やかで元気な振りをしていますね。
午後になると「よかよかアミーゴ!!」が目を惹きますねぇ。「よかよか」という地元表現を大事にする姿勢と、急に「アミーゴ」というラテンの血が入ってくるあたりが肥後もっこすのますらおぶりを感じさせますね。させないよ。
それにしても他の地元局に比べても明らかに「!」が多いですね。やはり熊本は元気の良い土地なのでしょうか。

新聞の裏を返すと、嬉しいではありませんか。地元の記事が載っています。

「くまもと未来国体 3万6000人滞在/宿不足困った/熊本市では最大3500人 民宿頼みの地域も」
受け入れ体制も整えられないというのに、国体を開こうというのも無謀な気もしますね。

 「収穫の夏? ビッグキノコ登場・早くも稲刈り
ええ!?もう稲刈りなの。天草地方では既に早期米の収穫が始まっているんですねぇ。

「九学ウェーブ 本格的練習を開始/高山主将“健康に注意したい”」
健康に注意したいって、随分とまた基本に忠実な人ですね、高山主将は。こういう発言を高校球児らしいということになるのでしょうか。

「県立美術館本館で手塚治虫展が開幕」
へぇ、手塚治虫展そのものより開催場所である「熊本市二の丸の県立美術館」という記述に目が行ってしまいます。二の丸というのは当然熊本城でしょうね。別名“銀杏城”。熊本城は加藤清正公による築城でしたか。日本三名城にも数えられる男らしいといわれる城ですよね。

「かんたん譜/母よ “長電話してたら注意するくせに、自分は平気で長電話。”(第二高二年 橋本慎吾)」
慎吾君てば、それは違うぞ。親のすねをかじっている君が親と同格であるなどと思ってはいけない……おっと。新聞に夢中になってしまいました。

いよいよ本題の包みを開きたいと思います。包みの袋には、

「大自然テーマパーク 阿蘇ファームランド」
“阿蘇ファームランドはくまもと未来国体を応援しています。”

と書かれています。ファームランドも応援する未来国体がまさか「宿不足」だなんて……頑張れ、熊本。
袋の中には小さな包みが入っております。包みの紙袋には、かわいげなイラストが描かれております。漫画風に描かれた多くの牛さんたちがにぎやかにテーブルを囲んで食事をしたり、またテーブルの間をやはり牛さんたちがごちそうを運んでいるのですが、もしかして食しているのは牛肉ではありますまいか……ちょっと怖いな。

farmland
う〜ん、共食いしているようにも見えるのだが……。
 いよいよ取り出しました!感動の一瞬!!
縦5.5センチ、直径4.5センチの小さなガラスビンには、ピンク色の紙がかぶせられ「手作りジャム」の文字。そしてビン側面に貼られたラベルには「こけもも」の文字と小さなイラスト。可愛らしい赤い小さな実を付けた、こけももの絵です。
裏のラベルには品名等が記されています。

品名/こけももジャム
原材料/こけもも、砂糖、水飴、酸味料(ビタミンC、クエン酸)、増粘剤(ペクチン)
内容量/50g 保存方法/開栓後要冷蔵
賞味期限/12.12.10
発売元/有限会社だるまや
大分県大分郡湯布院町大字川上2906-1

 もう一つの包みの中身も同じもののようです。私のラッキーアイテムを覚えていてくれた上に二つも送ってくれるとは、本当に感謝感激。
重ね重ねありがとう、H君。

それではいよいよ食してみることにしましょう。
小さな白い蓋を開けて鼻を近づけてみますと、微かに酸味を含んだ香りがします。普通のジャムに比べると香りは弱い方でしょうか。甘ったるい匂いは苦手な私としては好みです。色はごく普通のイチゴジャムを想像していただければよいでしょうか。それよりも若干くすんでいて、渋い色合いでしょうか。
ここは仕事場でスプーンというものが身近にないので、右手の小指をきれいに拭いてすくって食べてみます。では失礼して。
美味い。美味しいです。
程良い酸味とくどくない甘みです。食べ飽きしない味でしょうか。たっぷりと含まれた果肉と種が手作りの風合いを感じさせますね。トーストというよりは白いパンやロールパンに付けてそのまま食す方が適しているような気がします。
どれもう一口。
口いっぱいにこけももの味と幸運が広がるようです。

あ、なんとこれを一口食した瞬間に、制作の豊田君が帰ってきました。しかもその左手には今まで無くて不便を感じていた大きめの掛け時計が携えられています。すごいですね。たった一口でニューアイテムが!
この小さなビンの中のこけももを食べ終わるまでに、どれほどの幸運が私の元に訪れるのでしょうか。今からわくわくと心躍ります。
大切に食べさせていただこうと思います。

最後にもう一度。ありがとう、H君。

魔のバミューダトライアングル

 

実は随分以前に書いていた駄文なのだが、アップするのを忘れていた。
少々ネタが古いのですがHPのマイナーチェンジを機にアップしておくことにしました。

 


私の住む武蔵野市は東京の西方に位置する。
地方に住む頭の悪い若者たちが憧れる「東京都」には違いないが、いわゆる23区から仲間外れにされた、東京都下、という蔑称を与えられた地域に属する。
23区を旗本だとすれば、都下の諸市は御家人みたいなものか。
東京を貫く大動脈が中央線である。
オレンジ色に輝き、人生に行き詰まった者たちのあの世への扉とも言われるこのJR中央線。その「武蔵境」というのが私の家の最寄り駅である。
武蔵小金井、東小金井、武蔵境という紛らわしい駅の並びのお陰で、その存在感を甚だ阻害されている駅だ。西は国分寺、東は三鷹に挟まれたこの3駅は、名称が紛らわしい上に、駅前には大した店もないということで、なおのこと人気と印象が薄い。しなびた「だんご三兄弟」みたいなものである。余談だがかの「団子三兄弟」もあっという間に消え去ってしまった。今では近所の団子屋で安物のラジカセからループで流れる「ダンゴ三兄弟、ダンゴ三兄弟……」のフレーズがもの悲しさを誘ってくれる。
中央線似たもの三兄弟は歌のように仲が良いわけではなく、それぞれの住民同士の間では、
「武蔵小金井にはナガサキヤがあるし商店街も充実しているから、一番ましだ!」 「何を言うか!?小金井の! 武蔵野市の防人として小金井との国境を固める我々武蔵境が上に決まっておろうが。天下のイトーヨーカ堂を配し、駅前再開発に余念がない武蔵境こそが一番じゃ!!」
「何を言ってるのさ! 東小金井にはね……モスバーガーが有るんだよ」
「すっこんでろ! 小金井市の面汚しが! 夜になると真っ暗になるくせしやがって!」
「ギャハハハ! 小金井同士で仲間割れかい? そんなだから借金だらけになって市の経済まで真っ赤になるのさ。破産寸前だってぇじゃないか?」
「ふん! 日本一高い税金を搾り取られてるやつが、何を言いやがる。自慢の駅前再開発も、バブルの置きみやげで困っているそうじゃないか!?」
「く…何を!!」
等々、血で血を洗うドングリの背比べが繰り広げられているわけだ。ちなみに一番存在感の薄いのは、どう客観的に見ても東小金井駅である。
断っておくが、タイトルにある「魔のバミューダトライアングル」というのはこの影の薄い三つの駅のことではない。団子状に並んだ三つの駅ではいくらなんでもトライアングルにはならない。まぁ読め、続きを。

さて私が「まだましな」武蔵境の住民となって、今年で8年目を数えようとしている。一人暮らしの時に駅の北口側に4年、結婚を期に今度は南口側に移ってきた次第で、何とも芸のない引っ越しをしたのだ。お陰で本籍も武蔵野市ということにもなってしまった。何も決してこの武蔵境が気に入って仕方がない、というわけではないし、ましてや骨を埋める覚悟を固めて来たわけでも、ない。
登山家に曰く「山がそこにあるから登るのだ」というのと同じで、「そこに良い物件があるから住むのだ」という、至って選択範囲の少ない都会の住宅事情によるに過ぎない。
選んだ理由はともかく、8年も居住していると、それなりに愛着も生まれてくるし、年々足の速くなる時の流れというものもひしひしと感じられる。
転居当時にあった店や商店も少しずつ様変わりをするし、あっという間に家は取り壊され、昨日まで何があったかすら覚えていないなどということはざらである。こうした思いはおよそ都会近辺の住民ならば、多かれ少なかれ抱くであろう。
8年住んでみた感想としては、住み心地は悪くないし、概ね快適な方である。都会生活のオアシス、コンビニエンスストアの数も年々増えるし、レンタルビデオ店もある、スーパーもある、駅前でフォークギターをかき鳴らす馬鹿もいない、スケボーで騒ぐガキもたまにしかいないし、風俗店もラブホテルもないので週末騒がしいこともないし、フェロモンも巻き散らかされない。ごく普通の住宅街と言えようか。
ただ、ちょっと外食、というときに手頃な店がないのは玉に瑕であろうか。以前記した「とんかつパブ」を上げるまでもなく、飲食店の数もあるにはあるのだが、誉められた店は片手でも余るほどであろうか。もとい。私にとって好ましい店は少ない。武蔵境は学生が多いということにも起因しているのか、質よりも量を得意技としておるようで、薄味よりも濃いめのおかずを必殺技とする店が多い。外食の折り、てんこ盛りのご飯には縁のない私は、結果腹を空かせた流浪の民となり果てる。
「あうう……どこで食べようかな……」
私は決して「美食家」などという類の徒ではないし、仕事が忙しい折には悪魔のカップラーメンも食すし、顎の筋肉を衰えさせる元凶ともいうべきファーストフードを食べることも間々ある。我が武蔵境には、駅前にファーストキッチンもミスタードーナツもケンタッキーもマクドナルドもロッテリアだって取り揃えている。外食の王様ロイヤルホストだってある。好きじゃないけど。
外食をするに当たって、わざわざまずいものでも喜んで口にするほど変わり者でもない私が行くところといえば、自ずと選択範囲は絞られてしまうわけだ。気に入っている店といえば、まず筆頭はご近所にある鰻を出す居酒屋。ここの白焼きは絶品。味が濃くて食べ飽きする蒲焼きよりも、近年はわさび醤油で食べるこの白焼きの方が口に合うらしい。
やはり近所にある小さな中華料理店もなかなかに美味しいが、一人二人で入っても種類を食べることが出来ないため、そうそう利用する機会がないのが残念。
店構えが立派で、評判も良いらしいエラそうなうどん屋もあるのだが、残念ながら私が行く度に満席だったり貸し切りだったりで、とんと縁がないらしい。
寿司屋は数があるようだが、おいそれとすしを食べ歩くほど財布は豊かではない。一軒美味しい店があるので、自分に褒美を取らせるときにたまに利用したりしている。
お次に控えるのは……次は……と。このあたりで既に列記するに困るあたりが、武蔵境なのである。ああ武蔵境。
もちろん入ったことのない店も多いので、「武蔵境に美味い店無し」などと断ずることは出来ないが、少なくとも私にとって何とも悲しい現実が横たわっていることには違いない。何も近所で飯を食うだけのことでエセグルメを気取る必要がないことぐらいは承知のこと。さして美味くはないといってもやむなく利用するケースも間々ある。美味くはなくともまずくはない、というインプットメソッドに指摘されそうな日本人お得意の曖昧な表現が適した店はある。とりわけ近所にある蕎麦屋は何かと利用することが多い。私は蕎麦が大好きだが、蕎麦の命はこしにあるというのが信条だ。残念ながらここの蕎麦屋の麺にはこしがないあたりが悲しい。それでも「鴨汁蕎麦」はなかなかに美味い。
冷たい蕎麦を暖かい鴨汁で食するのだが、私は普通のざるなどより遙かに鴨汁を愛している。
蕎麦と並んで好ましい麺類にラーメンがある。お酒を大量摂取した後に、締めに食べるラーメンなどは格別である。太るわけだ。
武蔵境にも無論、酔客の友、ラーメン屋も何軒か存在する。冬場には駅前に屋台も出ておるようだし、夜中に客が並んでいる店もある。並んでいるからといって、美味いかといえばこれがそうでもなく、好みの違いはあるかもしれないがおよそ褒められた味ではない。悲しい。何が美味くて行列するのか、まったく住民の中には舌が麻痺したものもいるのかもしれない。ラーメンといえば友人に「ラーメン男」の称号を私が勝手に与えた男がいるのだが、この友人に言わせると、
「駅前のラーメン屋は疑ってかかるの法則」なるものがあるのだそうだ。
確かに然り。「立地で客が入る店より、遠くても繁盛している店は味に信頼がある」というのはなるほど肯ける。
武蔵境において、私が比較的利用するのは踏切の脇に位置するラーメン屋で、近所で食べるラーメンとしてはそう悪くはないと思っている。しかし冒頭に記した「だんご三駅“ラーメン勝負”」では、一番目立たないはずの東小金井に軍配を上げねばなるまい。ここには「にんにく屋」というずば抜けて美味しいラーメン屋があり、いかに武蔵境のラーメンが束になっても端から勝負は見えていよう。武蔵境で美味い麺といえば「珍珍亭」という、うら若き女性が大声で呼ぶには恥ずかしい店があり、ここの「油ソバ」はなかなかに美味である。「珍珍亭」で「油ソバ」をすする女性の姿はかなり卑猥な気がしなくもない。お下劣で申し訳ない。
踏切脇のラーメン屋に話を戻す。
元「ビッグボウル」という牛丼屋であったこの店が、「満州軒」というラーメン屋に変わったのは数年前のことであったろうか。以後、自慢の得意技、トンコツラーメンの他に牛丼、カレーライスなどの小技を繰り出し、集客の努力に怠りがない。もっともそうしたあの手この手も無駄な努力であったらしく、今では豚骨ラーメンと油ソバだけのメニューとなっている。しかしともかくも営業を続けてくれている。
店の回転率が速い武蔵境において健闘を見せていると言っても良いであろう。呉々も断っておくが「店の回転率」である。客の回転率ではない。
つまり潰れるのが早いのである。新装開店、等と花輪が出てから一年ほどの間に消え去った店は数多かろうこの地で、飲食店に限らず定着するのはなかなかに至難の業らしい。その証拠に、去年オープンしたレンタルビデオ屋は早々に撤退を余儀なくされている。
激戦区といえば聞こえはよいが、何のことはない、客の絶対量が少ないのである。絶対量が少ないところに店が増えれば、客の奪い合いになることは必然。下手をすれば共倒れである。かように単純な算数が分かっていても、やはり間違いは起こるらしい。
件のラーメン屋「満州軒」の斜め向かいに「中国餃子」の店ができたのは去年のことであったろうか。4種類ほどの水餃子を出す店である。カウンターだけの小さな店内だが、本場仕込みらしいその餃子はなかなかに美味である。空腹を抱えた流浪の民にとっては、また一つ小さなオアシスが出来たと言えるかもしれない。いかに好きといってもラーメンばかり食していては「小池さん」と後ろ指を刺されかねない。時に餃子も良かろう。私は餃子は好きな方だ。
ラーメン屋にとっては、同じ飲食店としてライバル出現の形になったわけだが、「満州軒」において餃子はメニューには無く、この両店は上手く共存していくのではないかと思われた。
しかし、それはほんの束の間の平和に過ぎなかった。
静かな共存共栄をぶち破る店がにわかに出現した。その出現によって、武蔵境の踏切脇は一気に戦国時代に突入することになったのだ。
ラーメンの「満州軒」の真向かいにして、「中国餃子」の店の隣に出現したその店は、こともあろうに「ラーメンと餃子」を堂々と看板に掲げたチェーン店であった。よりにもよって「ラーメンと餃子」のハイブリッドなのである。既存の2店に対する明確な宣戦布告である。
どちらかと言えば既存の2店に対して肩入れしている私である。潰れてもらっては困る。食べる場所が一つでも失われては私の食生活への影響も大であり、ひいては健康にも悪影響を及ぼしかねないではないか。大袈裟か。
とは言え新規参入の「ラーメンと餃子」のその店にも、のっぴきならない事情があるかもしれない。不況でリストラされた悲しき中年男の意地があるかもしれない。もしかしたら苦節20年、自分の店を持つべくラーメン修行してきた純朴な男の夢に支えられているのかもしれないではないか。
開店の日、花輪に囲まれて、吉岡政次(46歳・仮)の脳裏には苦しかった修行の日々が去来していたことだろう。「ラーメンは心だ!」「餃子は真心を包むんだ!」自分を厳しく育て上げてくれた恩師、徳助の戒めの言葉が甦っていたはずだ。しかしその徳助は政次の晴れの日を見ることなく、去年肝硬変でなくなっているはずだ。政次が止めるのも聞かずに大好きな焼酎を飲み過ぎたに違いない。
「おやじ、とうとうやったぜ!」
亡き徳助に胸を張る政次。その隣には修業時代に知り合い、周囲の反対を押し切って結婚した7歳年上の女房、晴恵の姿もあったろう。
「しっかり働くんだよ! 隣の餃子屋も向かいのラーメン屋も、潰してやればいいんだよ!!」
政次は女房の尻にすっかり敷かれているはずだ。なにぶん開店資金の大半は、晴恵の両親から借り入れているせいもある。そうに違いない。
負けるな、政次!……って、たかだかチェーン店のラーメン屋の開店にそんな背景があるわけないか。まだ入ったことがないので何とも言えないが。
既存の2店もこの暴挙ともいえる侵略に手をこまねいているわけにはいかない。
報復攻撃の手を抗し始めた。
まずラーメン屋「満州軒」においては、「量」のサービスを先陣に押し立て、反撃の糸口とした。大盛りや替え玉は無料であるとか、そういうやつだ。しかし、量、という点では困ったことにもう一店ライバルがあるのだ。実はこの三店が現れる以前から、ごく近くに既にラーメン屋が一軒存在している。定食とラーメンの、安さだけが売りのチェーン店である。
ここまで乱立すると、ラーメン屋そのものの存亡の危機である。危うし。武蔵境からラーメンの灯が消えることになっては一大事だ。
一方「餃子」の店も後れをとるわけに行かない。「ジャンボ焼き餃子」で反撃の口火を切ったようだ。当初の看板であった「水餃子専門」などと悠長なことは言っておられないのだ。
しかしまぁ、サービスが増えるのは消費者としては喜ばしいことではある。潰れない限りは。

かくして武蔵境脇踏切は、正に油で油を洗う戦国時代である。果たして天下統一の日が訪れるのだろうか。はたまた攻防の激化と共に消費者にさらなる恩恵を運ぶのか。
にわかに出来したこのラーメンと餃子をめぐる激しい攻防をとくと見守って行こうと思う。どの店も呉々も油に足を滑らさないことを祈っているぞ。

追記:よくよく考えたら、まずいんじゃないのかしら、「満州軒」というネーミングは。関東軍が無理矢理に現出させた欺瞞の国「満州」を名前に冠することに、どこぞからクレームは来ないのだろうか。百歩譲ってそれがもし倫理上問題が少なかったとしても、その店の斜め向かいにある「水餃子の店」は本場“中国”の味を売り物にしている、おそらくは本場中国の方の手による店と思われる。何かいかんのではないか。