今夜因果の片隅で

年の瀬が近づいてきてせいなのか。また今日も中央線で2件の人身事故があったようだ。
オレンジ色も眩しい中央線は、東京の大動脈であると同時に飛び込みのメッカとしても知られておる路線で、これを日々利用している沿線住民の私としては、ダイヤが乱れてばかりで甚だ迷惑である。
飛び込むなとは言わん。せめて他の路線にも少しは飛び込め。あ、不謹慎な発言であったな。もとい。
死にたければ首でも括れ。自殺するときくらいは他人に迷惑をかけるでない。
ちなみに私は自殺に反対する方ではない。自由に死ぬ権利くらいはあってもよいのではないかと思っている。死にたいやつは勝手に死ね死ね。地球にも優しかろう。
何故に中央線において人身事故の確率が高いのか、車両の輝くオレンジ色が誘蛾灯のように人生に行き詰まった人々を招くのか、はたまた単に高架になっていないために飛び込みやすいポイントが多いのか、その原因究明は特命リサーチ200Xの菅野美穂あたりにでも譲るとしても、だ。この平成大不況が影響してないわけもなかろう。

先日イベントに行った多摩美大の学生などもまだ就職が決まらない人も多いと言っておったし、アニメの制作費も減る一方だろうし、倒産は相次ぎ、リストラの嵐は吹きまくり、終電近い電車の酔っぱらいの背広のおじさんの独り言は増大し、ホームにはお好み焼きの花が咲き乱れるわけだ。不況とは関係はないのだろうが、今日乗った電車の乗客は、三鷹の駅で停車中にホームから線路に向かって立ち小便をしていたが、それはさすがに行き過ぎではないかと思うのだがな。
風が吹けば桶屋が儲かる、とよく言うが、リストラの風はどこに利益を運ぶのであろうか。
近頃のアンケート調査で「夫婦間で不況のことが話題に上がるか?」という問いに、「よくある」「たまにある」を合わせて4組中3組の夫婦が不況を話題にするのだそうだ。不況という単語だけは大忙しだな。
更に「不況が夫婦間に影響を与えるか?」という問いに対しては20パーセントだかの夫婦が「夫婦の絆を強める」などとぬかしているそうだ。ケ。シアワセなもんだよ、まったく。ま、不況にも功罪があるということか。
ガキや年寄りに商品券を配ったところで何の足しにもならないような不景気だ。どのような対策やあがきも全ては、「ボッシュートに」されてしまうのだ、草野仁に。呉々も今はスーパーひとしクンで挑戦する時期ではない。
幸か不幸か私はそれほど不景気を実感した覚えはない。あえて言うなら仕事に就いたときから今までずっと不景気の状態なのだ。バブルは私になんの挨拶もなく迂回して過ぎていき、この平成大不況にも取りたてて痛い思いをしたこともない。
季節と景気の波は窓の外を通り過ぎていく仕事なのだろうか。私だけかな。

景気の好し悪しを最初に感じる職業はタクシーの運転手さんだそうな。さもありなん。好景気なら社用でタクシーで遠くまで行っても経費としてすぐに認められるであろうし、不景気ならタクシー券も出し渋るであろう。一般的に考えても、タクシーを利用するというのは贅沢な部類に入るかと思われる。
そういえば最近はタクシー待ちの人の列も少なくなってきたような気がする。アルコールも電車があるうちに切り上げるわけだな。これが私においては終電が近い時間になってから飲み始めることも少なくない。朝まで飲めば電車は走り出すのだ。せいぜい困ると言えば開いてる店が限られるというくらいだろうか。
店が限られるということは同じ業界に身を置く私と似たような人種の人間と遭遇するケースが多いが、それを良しとするか悪しとするかは遭遇した相手やこちらの状況にもよるところだ。仕事上不義理をしている相手と遭遇するのは折角飲んだ酒を醒ますことにもなりかねない。まぁ酔いが醒めたなら頼めばよいだけなのだが。
「すいません!同じのもう一つ」
 「もう一つ」も5回いえば随分と酔うし、売り上げにも貢献できるわけで、結果景気回復にも一役買っているわけだ。エライぞ、俺。ゴメン、肝臓。
かくしていい気分になってしまうと、更に調子に乗って電車が動いているにもかかわらず店を出て右手を挙げてしまうことになる。
「ヘイ!タクシー」
いや、まさか本当に声に出すわけではないがな。

先日タクシーに乗ったときのことだ。さほど酔っていたわけではなく、この時は単に終電を逃してしまっただけだったのだが。
近頃はイレギュラーの仕事で臨時収入があったせいか、私の財布の紐は甘くなっておるようだ。福沢諭吉の尻も軽いこと軽いこと。2本続いた喋りの仕事のお陰か。悪銭身に付かず。悪銭じゃないって。それはともかく。
「武蔵境って分かりますかね?」と私。
阿佐ヶ谷でタクシーを拾ったのだが、「練馬」や「多摩」ナンバーならこのあたりの道も良く知っていようが、そのタクシーは「足立」ナンバーだったからちょっと聞いてみたのだ。
 「はい、武蔵境ね、五日市街道で行きます?それとも井の頭通りで?」
取り越し苦労であったか。
「お客さん、飲まないんですか、お酒」
「いやぁ今日はたまたま。普段はしこたま飲む方ですけどね」
「ああ、そうなんですか」

まぁタクシーに乗ったときにはありがちな会話である。当然話は作法に則り、タクシー内における正しい話題に転じていく。
「運転手さんはこの辺もよく走ってるんですか?足立ナンバーでしたよね」
「いやぁ、最近はそんなことも言ってられないから。不景気ですからねぇ」

なんだかマンガやドラマに出てきそうな運転手の決まり文句であった。「不景気ですからねぇ」
しかし一度言ってみたいものだな「いいっすよねぇ、景気。もう、ウハウハッすよ」ウハウハとはさすがに言わないか。

その運ちゃんは初老のおじさんで、どうにも話好きのようであった。
現在の中規模なタクシー会社において抱えているドライバーの数や、一人頭が月に稼ぐ金額を具体的な数字をあげて話してくれ、しかも会社の取り分まで心配して、経営が成り立つのかどうかの心配までしだすのだ。詳しくは覚えていないが、車一台あたりに対するドライバーの数の平均は2.6人なんだそうだ。一日2〜3交代なのだろうか。
しかし月間の売り上げの多いドライバーは特別に専用の車を一台割り当ててもらえるのだそうな。つまりその気になれば一日中仕事も出来るわけだ。これは確かに頑張った分の報酬がもらえるわけで、働きたくても車のないドライバーよりも有利であろう。このような実力社会は正しいあり方かと思われる。朝会社に行って、日がな一日机に向かっているだけで報酬がもらえる時代は終焉を迎えた方がよい。ざまぁみやがれ。ヒャッホー。
その運ちゃんのタクシー会社にもやはりそういうモーレツドライバーがいるそうで、月に稼ぐ金額もなかなかのものとか。
「いやぁ、見てるとね、帰らないんですよ、家に。会社で寝泊まりして働いてるんだからねぇ」
何を言いやがる、私も忙しいときは…などと切り返す程私も子供ではない。
「そうやって稼ぎ口があるんだから、まだいいですよね」
「いやぁ、何か本人は相当な借金抱えちゃってて、いつも金がないみたいでね」
「ああ、そりゃ闇雲にでも働かざるを得ないってことですか」
「気の毒だねぇ」
「借金作った本人の自業自得でしょうけどね」

私も別に乗り気で話を聞いているわけではないのだが、タクシーの運ちゃんの機嫌を損ねては、遠回りとか急ブレーキとかどんな意地悪をされるか不安で、いつも愛想をよくしてしまう。客なのにな。昔入院していたときに同じ病室にいたタクシーの運ちゃんから、いやな客を乗せたときに色々意地悪をしたことを聞いたせいもあるかもしれない。話好きな運ちゃんの相手もせねばなるまいよ。
「でも、運転手さん、そういう人たちって、借金があるってのは多分景気のいいときにはそれなりにいい思いをしたんでしょ?きっと」
「まぁそうなんでしょうねぇ、バブルの時にはいい思いをした口なんでしょうけど」

車は環状八号から井の頭通りに入ったあたりに来ていたろうか。道は意外と混んでいる。自宅まではまだ15分やそこらはかかろうか。話を熱心に聞いている風を装いつつ適当に話題を合わせてみる。
「私はバブルの良さも知らないですよ」
「それなりの地位の人間が一転して馬車馬みたいに働かなきゃならなくなるっていうのは、やっぱりしんどいですわねぇ…」

「ですねぇ、でもそうやって結局は帳尻がどこかで合っちゃう、というか自業自得というか、いい思いをした時期があっただけいいんじゃないんすか?」
「そうかもしれませんけどねぇ」

宇宙の収支は常に保たれる、というのが私の考えだ。
「どっかでツケは回って来るんですよ、きっと。因果ってのは見逃してくれませんよね、ホント、ハハハ」
「まったくねぇ…私も会社が倒産するまではねぇ…」

……え?
「私も、これでもね、多い時期には下請けの人間合わせて400人くらいの会社をやってましてね…まぁ中小企業ですよ…」
……しまった。
「ステレオやなんかの部品作ったりとかしてたんですが、不景気で結局倒産…」
…ツケが回ってきたのは運転手さん、あんたもかい!?
「大きな会社の下請けやってたんですけどね、不景気になってあっさり切り捨てられるんですよ、中小なんて……私ね言ってやりましたよ、そこの社長に…」
ああ…因果の網にからめ取られてもがく一人だったのか、運ちゃん。
「私らはダンパーか!!ってね。今までの貢献度なんて一切省みられもしない…借金だけ残っちゃって…」
借金を抱えて馬車馬のように働く同僚の話は他人事ではなかったのか。
しかし道理で一ドライバーが会社の経営状態の心配まで細かにするわけだ。長年染みついた経営者の感覚は消えない物なのだろう。
「お客さん、フィリピンは行ったことありますか?」
「あ、いえいえ、無いですけど…」

せいぜいがフィリピンパブだ。
「いいところなんですよぉ、昔よく行ってた場所があってね、景色もいいところで、そこに行くと街のお偉いさんが歓迎してくれるんですよぉ…色々接待してくれて、軍のヘリコプターにも何度か乗せてもらったりして…」
「へぇ、そりゃあ凄いですネェ…」

あんたこそバブルでいい思いをした口じゃないか。
「みんな私が持っていく日本酒目当てに集まって来るんですよ…酒は一人2本しか持っていけないでしょう?」
「そうですよね、制限があるんですよね」
「だから我先に来るんですよ、酒は菊正宗ね…」

昔を思い返して夢を見るのは構わないが、前だけはしっかり見てくれよ運ちゃん。
 「私のパスポートなんてね、フィリピンの入管のスタンプで埋まってたものですよ」
車が吉祥寺に入る。客待ちのタクシーの列。確かに不景気だ。
「随分行ったけど、現地の言葉はちっとも覚えませんでしたけどねぇ」
「タガログ語ですか、あ、その交差点を左にお願いします」

運ちゃんの話の腰を折らないように道を指示するのも一苦労だ。

武蔵境に着くまで、かつて社長と呼ばれた運ちゃんはありし日の思い出に浸り、私は運ちゃんのご機嫌を損ねまいと熱心に、時には身を乗り出して聞き入ってみたりしたのであった。
喋り続ける運ちゃんはまるで付けっぱなしのラジオのようであったが、さすがに一方的に喋り続けては気まずいと思ったのか、話題を急に客の私に転じた。
「で、お客さんは芸術家?」
長髪イコール芸術家…住んでる時代が違うわな。
「いや、それほどのもんじゃないですけど、まぁ絵を描いたり何かして…」
「絵っていうのは…」
 「あ、そこ右に曲がって、アンダーパスに入らない方の道へお願いします」
「どういう絵を描いてらっしゃるんですか?」
「ええ、アニメーションなんかを作ったりしてまして…あ、そこで左に」
「ああ、今は日本のアニメってのは国際的にも評価されて、いいんじゃないですか?景気の方も」

仕事中に聞いているラジオが情報源であろう。
「いやいや、評価はともかく儲からない仕事ですよ、少なくとも私なんかは、あ、その信号右で、まぁ言ってみれば仕事に就いたときからずっと不景気みたいなもので…あ、このまま真っ直ぐで…」
やっと家の近所だ。
「外から見ると良さげに見えま…」
「あ、ここでいいです」

料金メーターは¥5,140。金額ちょうどをトレイに置くと、
「あ、これはいいですよ」
と、小銭分¥140円をオマケしてくれた。
 「あ、すいませんね」
「いや、もう、こんなに乗ってもらったんですから」

こんなに話を聞いてもらって、も含まれているのかもしれない、と思いながら有り難く小銭を戻す。私は別に借金があるわけじゃないのだがな。ともかくありがとう、運ちゃん。運ちゃんのこれからの人生に幸多いからんことを。因果の巡りは悪いことばかりを運ぶはずではないのだから。さらばだ、運ちゃん、縁があったらまた会おう!

 「あ、領収書貰えます?」

PUBLIC HOUSE

私をご存知の方には申すまでもないが、私はめっちゃ酒を飲むらしい。らしいじゃあないだろ。飲む。
酒の席は確かに多い。そして飲む場所と言えば主に居酒屋と言うことになろうか。ジャパニーズパブである。
先日イギリスBBCの取材を受けたとき、先方の希望で阿佐ヶ谷の居酒屋「鬼無里(きなさ)」の座敷で、いかついビデオカメラと眩しいライトを向けられ、他の一般客の胡散臭そうな視線を我慢しながらインタビューに答えたりもしたのだが、その時イギリス人が居酒屋をして「ジャパニーズパブ」と言っていたのできっとそうなのであろう。しかし何だか妙な感じがするではないか。「パブ」と言って居酒屋を思い浮かべる日本人はそうはいるまい。
今回のテーマとは外れるが、って別に大層なテーマがあってこれを書いているわけでもないのだが、ちなみにこの時は「DopeSheet(通の情報)」とか言う番組の取材で、日本を含め世界各国のアニメ事情を取り上げるという企画であったらしい。他にどんな人に取材したのか聞いたら、「たむらしげる」「宮崎 駿」と言っていたが、どう考えてもそこに「今 敏」を入れるのは食い合わせが悪いと思うのだがな。それ以前に前者二人の組み合わせというのも解せない。一体どういう企画意図なんだか。

さてよく言われることかも知れないが、私にはどうにも「パブ」だの「スナック」、「バー」だのの違いがよく分からない。何か明確な区別が存在しているのであろうか。営業登録を行う上で、例えば席数の制限だとかコンパニオンの有無とか。
しかし中には「パブスナック」などと言うハイブリッドな種別名を冠した店まであるではないか。一体その辺の線引きはどうなっているのだ。
「カラオケスナック」「カラオケパブ」といった合体も多かろうか。「ランジェリー」と「パブ」に合体されると今回の趣旨と外れるのでここでは考えないことにする。いや特に趣旨があって書いているわけでもないのだが。ま、そういう店は行ったことはないがおよそ想像に難くない。あられもない下着姿の若い女性が、酒の相手をしてくれて、背広の男子を悩殺しちゃうのであろう。いいなぁ、悩殺。されてみたいししてみたい、ああ悩殺、悩殺
そういえば「フィリピン」と「パブ」というのも仲の良い合体の形であったろうか。その昔マンガの編集者に連れられて何度か行ったことがある。その編集者にはお目当ての娘がいたようなので、私はいいだしにされてもいたのかもしれないが、それはそれでよい社会勉強でもあった。
私が行った限りではあまり日本語でやりとりできるケースがなかったので、たどたどしい英語でのコミュニケーションとなる。自慢ではないが私は十年あまり受け続けた英語教育の恩恵に浴していない。からきし英語はダメである。これを読んだからといって私の家に英語の教材の案内など送ったりするなよ。
英語は無論のことタガログ語が話せるはずもない。酒飲みのお喋りな男から言葉を取り上げるとあまり愉しい酒にはならないことは想像に難くはあるまい。
一度、非常に可愛らしい、というかいたいけな感じの年若いフィリピンさんが付いてくれたことがあった。たどたどしい英語で聞いてみると昨日日本に来たばかりの17,8だかの娘さんであった。およそ客を楽しくさせる風ではない。私は酔った頭と恥ずかしい英語で色々と質問していたのだが、そのうち彼女は自分の家族の話を始め、そして清い目で私を見てこういうのだ。
「この近くに教会はありますか? 次の日曜日教会に行かなければなりません」
醒めたな、酔い。
確かその店は練馬にあった店だと思うのだが、私は土地勘もないし「この辺に住んでるわけじゃないので、分からない」としか答えてあげられなかったと思う。
しかしそんな話題で弾むか、話が? 冗談でも言えるか?
「俺も君と一緒に行きたいなぁ、日曜日の教会、エヘへ」とか。
彼女は国や家族を思いだしたのか尚更言葉少なになったので、仕方なく私は彼女にこう言ったよ。
「…レッツダンス」

私のマシンのハードディスクに住まう物知りに聞いたところ「PUB」とは「public house」の略だそうで、「英国特有の大衆向けの酒場またはビヤホールで, その地域の社交場の役目もする」のだそうだ。これが日本語の「パブ」で調べても「洋風の居酒屋」であることに間違いはない。
しかし「和風パブ」という種別を冠した店もあったような気はするがな。どうなってるんだろ内部は? カウンターの代わりに掘り炬燵にでもなっているのだろうか。しかしそれでは正にまったき居酒屋としか思えない。謎だ、和風パブ。
これが「サロン」やら「ラウンジ」などと言うと少しだけ高級なお店の種別になるのだろうか。フロアレディやホステスさんなどがいるでのあろうか。やはりよく分からない。
私はほとんど「パブ」や「スナック」という類の店には行かないが、何の間違いかかつてほんの何回かは連れて行かれた覚えもある。数少ない記憶の断片をつなぎ合わせて浮かび上がる「パブ」のイメージと言えば、カウンター席が12,3席で、カウンターの中にはバーテンと化粧の濃いママ、それと良くて若くてあまり綺麗ではないが笑うと愛嬌もあるかな、今度の休みいつなの?アイちゃん、今度の休みは友達と映画見に行く約束があって、つれないなこの間もそう言ってたじゃない、映画好きな友達なんですよぉ、という女の子が一人くらいいて酒を作ってくれたり話し相手をしてくれる、といった感じであろうか。もしかして全然違うのかな? まぁいい、私の「パブ」像はとにかくそういうものだ。これが「スナック」になっても特に変わりはないのだが。
来る客も近所の商店街のオヤジなんかのお馴染みさんばかり、ではないかと思われる。かなり地方色というか田舎臭いイメージが強くなってくるが、どうにも想像はそちら側にしか広がらないのだ。いやいや「その地域の社交場の役目もする」というのだからこれで正しいはずだ。
店の外まで聞こえるオヤジの下手くそなカラオケ、カウンターの端のレジの横には古いピンク色の公衆電話と招き猫、更には「来夢来人(ライムライト)」などと言う店の名前なら完璧であろう。古いか。「灯(ともしび)」とか「馬酔木(あしび)」なんかもムードは満点。札幌の実家の近くにスナック「献身」というのがあったが、なんだか気が重くなりそうだがな。
まぁ、いい。
ともかく私の中での「パブ」だの「スナック」だのはそのようなイメージに向かって暴走しているわけだ。
これが「バー」と言うことになると私も「ショットバー」くらいなら出入りすることもあるので、もう少し想像もしやすい。お腹がいっぱいでお酒だけ飲みたいときに入り、ナッツやチーズの盛り合わせ程度のつまみを頼んで静かに酒を飲むわけだ。
「パブ」にしろ「スナック」にしろそのあたりは大差はないのではないか、と私は主張したい。こういった店は酒飲みにとってその日の一軒目に行く店ではないように思えるからだ。違うか? いや、違うはずはあるまい。アタリメやエイヒレ、ポッキーやチーズで酒を飲む場所に相違あるまい。
だと言うのにだ。
私は最近以上のような私の「パブ像」を覆す店を見つけて驚愕してしまった。それも我が家の近所で、だ。

「とんかつ&パブ」

エエッ!?
「旨いトンカツ」なのだそうだ。堂々と看板にはそう謳ってあるのだ。「旨いトンカツ 楽しいお酒」と言い放っているのだその看板は。しかも「パブサルーン」というこれまたハイブリッドな種別の店なのだそうだ。どういうことだよ? レーザーカラオケもあるのだそうだ。困った!!いや、困ることはないか。いいのか!? いや、ま、そりゃ悪いことは何もないのだが。
常識を根底から覆す謎に包まれた新手の“とんかつ&パブ”「○ォーラム」!! 誹謗中傷するわけではないが、一応伏せ字にしておこう。
JRの駅からほど近い踏切のそばにあるこの店は、外見はこれといって変哲のない「パブ」である。どちらかと言えばそれほど躊躇無く入れる感じの店構えだ。決してぼったくりに遭うような感じではなく、至って明朗な会計をしてくれそうだ。だったら入ってみろ、という話もあるが、謎を解いてしまうと得てしてつまらなくなるものだから、このまま無邪気に楽しんでいたいと思う。
先にも書いたがこうした「パブ」「スナック」そしてこの店が冠した種別名「パブサルーン」も含めて、こうした店は決して一軒目にいく店ではないと思うのだ。な?
例えば友達と飲むことになったとする。
「乾杯! どう最近仕事は? 忙しいの?」
「まぁ、ぼちぼちかな、スケジュールは遅れてるけどね」
このような会話がなされる舞台は食べ物の美味しい居酒屋であったり、もっとしっかり食べたいなら焼き肉屋などと言うことになろう。決して「パブサルーン」ではない筈だ。偏見か? いや、このホームページに公正な意見があるはずもないし、全てが偏見みたいなものだから許されたい。
お腹も一杯になり、酒も回ってきた頃にはこんな事を口にするだろう。
「お勘定」
「さてどうしようっか?」
「食べ物はもういいから、軽く飲めるとこがいいね」
さぁ、ここで出番だろう普通、「パブ」だの「スナック」は。
ほろ酔い加減で歩きながら雨の中次の店を探す二人、っていつの間にか雨が降っている上に二人ということになっているが、それは気にしないでくれ。
「そういや、この先に新しい店が出来てたな」
「行ってみる?」
さあ、二人は雨に追われるように足早にその店に入るわけだ。
おしぼりと突き出しを出され彼らはこういうだろう。
「え〜と、俺ウィスキー水割り」
「ロックで」
出された飲み物を一口二口飲んだところでバーテンが聞くだろう。
「おつまみは何か?」
「そうだな、なんか軽いものでも…メニューある?」
そしてそのメニューを開いたときに最初に目に飛び込んでくるのは何と!!
「当店自慢!とんかつ定食」
しかも豚のマンガキャラが描いてあって、「味自慢!」などと吹き出しが出ているかもしれない。
醒めるな、酔い。
これが男同士ならまだしも、夜の秘め事も視野に入れ期待に胸膨らませている男と女だったら、萎えるな。この日は帰るよ、それぞれの家に。とんかつを食って精力を付けて、さぁひと勝負、とはならんだろ。
どう考えても「とんかつ」と「パブ」じゃ、「合体」できないと思うんだがな、やっぱり。

鬼のよう

 先日のF1第16戦日本グランプリ、ポールポジションを取っていたにもかかわらず、決勝でエンストのために最後尾スタートとなったシューマッハは実に気の毒であった。ワールドチャンピオンをハッキネンと争っていたシューマッハにとってこれは致命的なミス。心の中では最初の再スタートの原因となった、あれはトゥルーリであったか、やつのこと心底憎んだかもしれない。しかしセルフコントロールの鬼、シューマッハはそんな不運にもめげずにスタートから周りの車を牛蒡抜き。先頭を走るハッキネンを目指し、フェラーリのボディのように真っ赤に燃えた鬼神のような走りを見せてくれた。
 タイヤのバーストでリタイアを余儀なくされ、結局ワールドチャンピオンはハッキネンの頭上に輝いたが、それでもシューマッハのあの走りは素晴らしかった。
そう、正しくあの姿こそは鬼のようであった。

 先日自分の部屋で捜し物をしていたら、以前仕事で描いた絵が出てきた。「MEMORIES・彼女の思いで」というアニメーションのために描いた設定で、ヨーロッパのロココ様式風の館の一室が描いてある絵だ。壁の装飾だのシャンデリア、飾ってある絵の額縁や小物の一つ一つを丹念に描いてある。自分の昔の絵に感心したりすることなどほとんどないのだが、久しぶりに自分の絵を見て軽い驚きを覚えた。

 「けぇーっ、鬼のように細かいな」

 ふと口をついて出た言葉に違う意味で驚いた。「鬼」って細かいものか?
 「細かいものを描かせたら彼は鬼だね」
 このような使い方ならともかく、鬼のように細かい、とはかなりおかしい。
 「鬼のように(な)〜だ」
 いわゆる形容の言葉だが、この言い回し実は私が高校生の当時随分と、しかも甚だ不自然に流行ったのである。
 「鬼のように強い」「鬼のようにでかいやつ」「鬼のような顔をして怒る」
 取り立てて珍しい表現ではないし、これは正しい使い方ではないかと思うのだが、言葉というのは得てして勝手に一人歩き出すのは周知のことであろう。何も幻影だけが勝手に一人歩きして、もしも…もしもそれが実体を持ったとしたら……ルミちゃん、私怖い、などというわけではないのである。何のことか分からない人は気にしないで結構。
ともかく「鬼のよう」という言い回し、これはイコール「もの凄く」という事を表現する言葉だったのだろう。ちょっと前にルーズな女子高生の間を席巻した「超〜」という表現と変わらない。いつでもそんな若い気持ちの表現としてそんな言葉が流行るのかもしれない。
 またこれは北海道弁で言うところの「なまら」「なんまら」であり「わや」とか「わいや」でも差し支えあるまい。先の例でも「もの凄く(なまら)強い」「もの凄く(なまら)でかいやつ」「もの凄い顔をして(なまら)怒ってた」と置き換えても何ら違和感はない。とにかくなんまら凄い様を表す、筈だった、最初は。
 しかし以上のような置き換えが成立するからと言って逆もまた真なり、とは限らない。

 この言葉はクラス内の、いやそれを越えて学校周辺の人間の間で流行り言葉のように使われて「もの凄い」事を表現するために色々な言葉の前に無制限に登場し始めたのだ。
 「鬼のように可愛い」「鬼のように足が速い」「鬼のように頭が良い」「鬼のように……」
 鬼が可愛いというのは鬼に対してちょっと失礼な形容であろうし、韋駄天と競う程に足が速かったという伝説もあるまい。桃太郎一人にいいようにあしらわれた鬼がまさか頭が良かったはずもなかろう。頭が切れて細心なのは悪魔と相場は決まっているし、大胆なのは天使の方だろう。

 「今朝のバス、鬼のように混んでてよぉ…」

 どういう表現なんだ、一体。ひしめいているのか、鬼が。

 「夜中まで麻雀しててよ、鬼のように眠いべや」

 完全に間違ってると思うんだがな。こうなると鬼の立場などお構いなしである。しかし当時はごく当たり前に身の回りで頻繁に使われていたのだ。
ちょうどその当時ソニーから今では当たり前となった「ウォークマン」が発売されたりもしたのだが、当時は画期的な商品であった。今の製品とは比べものにならないくらい巨大なウォークマンではあったが、それでもその携帯性に驚いたものである。

 「ウォークマンて鬼のように小さいな!」

 泣くよ、鬼も。小さいとまでいわれた日には。恐ろしいものの象徴と謳われたあの鬼が、小さいものの比喩として使われるなんて、鬼の先祖に顔向けの出来るわけもない。鬼、号泣。

 さて私も来年は鬼のように働きたいと思っている。特に実現の可能性の出て来たアニメーションの新作では前作に劣らぬよう来年は大いに頑張る所存である。
 私の来年の抱負なんか聞いてないって?
 なに、泣いた鬼を笑わせてやろうかと思ってさ。

運命秘宝館

 やれやれ10月の12日をもって私も35歳になりました。
 誕生日おめでとう、俺。

 ホームページ表紙に載せた「パンの日」の情報をくれたY・Kさんによると、同じ誕生日の芸能人には鹿賀丈史さんや真田広之さんがいるそうです。私の記憶が確かなら、真田さんは見たことがあります。去年の東京ファンタスティック映画祭の控え室で見かけましたよ、真田さん。「古代!ここは俺に任せろ!」「真田さん!!」…べたべたなボケで申し訳ない。
 さて北の大地で暮らすメール友達が親切に私の誕生花を知らせてくれました。ありがとうS君。いや、これからは運命秘宝館の主・ブラザーSと呼ばせてもらおう!またの名を「アニメ史研究家」。
 そうです彼は「夏の感謝祭」と題して行った私のバカ企画の中の「希望の訛り」に真っ向から挑んでくれた嬉しくも頼もしい男です。「パンの日」情報のY・Kさんもその節は参加してくれた方です。こういう美味しいネタをもらうと仕事が忙しくてもHP更新の意欲が湧くと言うもの。

 話がそれましたが「こけもも」だそうです、私の誕生花は。
 花言葉は「反抗心」……。おいおい、出来過ぎじゃないのか? 作ってないか?ブラザーS。
 それで「花占い」はと言うと以下の通り。

「悔やんでみても仕方がない恋と、さっぱり忘れられる人。失恋してもくじけないあなたに脱帽します。愛する人が、あなたのくじけない心を見つけたとき、愛は花開くことでしょう。社会の荒波を乗り切るふたりの生活は、くじけちゃならないことばかり。あなたなら、幸せを勝ちとることができます」

 「失恋してもくじけないあなたに脱帽」って…シャッポ脱いだか。私はこう見えても傷つきやすいガラスの30代だぞ。そういうのは真田さんだけにしておいて欲しいな。
しかも「くじけちゃならないことばかり」って、辛いなそれ。

「北半球の寒い地方に広く分布している。 寒帯のハイマツの下や湿地に生える常緑の低い木。大きいものでも、15センチくらいしかない。果実は、赤く熱し、ジャムや果実酒に、葉は「こけもも葉」と呼ばれ、生薬とされています。 日本では、別名「フレップ」。これは、アイヌ語が語源です。 この日生まれの人、こけもものジャムを食べると、幸せがやってきます。」

 救いだな「こけもものジャム」。食わねば。食って幸せを呼ばねば。

親切な彼は更には「生運数」というものまで調べてくれました。それによると私の性格は「悩殺理性型」だそうだ。どういう型なんだよ一体?
超ビキニの下着で片手に広辞苑を持っている姿が浮かんだが、そういうことではないのか。

「あなたは多弁で利発に加えて文筆の才があり、誰とでもうちとける社交生を持ち、他人の説得力も十分で交友関係も多彩です。」

「多弁」…そうなんだよな、喋り過ぎなんだよな、いっつも。それで反感買っちゃうんだよなぁ。
みんなゴメンよぉ!!
それにしても何かただ口の上手い詐欺師みたいだな。

「頭の回転が早く、何をしても無難にこなす器用人間です。知性、機知、独創的なアイデア等、異性に対しても素晴しい才能を持っています。」

そうかぁ、器用貧乏なんだよな、確かに。気になるのは「異性に対する素晴らしい才能」という部分だな。どういう才能なんだろ?一体。

「しかし、ハートがやぶれるほど愛に溺れることができない理性派の面をあわせもっているため、何事にも飽きっぽく中途半端に終わってしまうことが多いはずです。」

そうだよそうだよ、足りないんでしょうよパッションとやらが。それにしても中途半端に終わってしまう、しかも「多いはずです」と断定されてもなぁ。あ、私の漫画連載のことか? そうかぁ、私のせいだったのか…。

「恋愛に際しては、悩殺的な魅力で女性の自制心を水に浮かべた薄紙のごとく、たちまちのうちに溶解させますが、内面は意外にクールで自分の心は決して明かしません。」

 悩殺的な魅力……? しちゃうぞ、悩殺。

「結婚後の毎日が、家事だけの生活には、すぐに退屈するでしょう。趣味や娯楽・スポーツで緊張を緩めることが大切です。」

そうだなぁ、あんまり家事に精を出す方じゃないかな……って、おい、これって女性向けの占いじゃないのか?


 いや失礼。ブラザーSからの追伸によると、性別判断では「男性」をチェックしてくれていたそうだ。世の中は男女平等への道を邁進しているのであったか。スマンスマン。
さてその追伸にはまたしても思い当たるふしがあるというか、興味深い占いが記されていた。恐るべし、ブラザーS!私を占いの呪縛とラーメン屋へと導く運命秘宝館の男!!
知らない方のために、と言うか誰も知らないだろうから付け加えておくと札幌に帰省した折りに、私と妻そして“温泉番長”中山氏がブラザーSと酒の席を共にして楽しい時間を過ごさせてもらい、飲み会のフィニッシュとして土砂降りの雨の中美味しいラーメン屋に連れていってもらった、という故事に基づいているのでした。
美味しかったよ、“山岡家”のラーメン。ちょっとしょっぱかったけど。ありがと。

 話を運命秘宝館に戻そう。私の名前の総画数による運勢だそうだ。
まずは「吉凶指数」という収入に対する吉凶の割合を示す数字があって、これが高くなるほど貧乏だということに…「エンゲル係数」と混じってるか? その年の米の作柄を…それは「作況指数」か。そうじゃない。
およそ数値化するのに困難といわれた吉凶を客観的に分析したのが、この「吉凶指数」だ!って他人に調べてもらっておいて私が偉そうにすることはないか。

「吉凶指数」(最大100最低−100)

 い……一体何を根拠に200段階評価になっているのだ。細かいね、また。お役所の文部省だってもう少し目が粗いってのに。
しかし学期末に通信簿に混じってこんな「吉凶指数簿」を渡されたらちょっと怖いな。
「…木村君、久保君、今君…今君今学期は大分下がってるぞ、次は頑張らないとな」
「げ〜ッ!! 吉凶指数−93!? 学年でビリだよこれじゃ!! が、頑張らないと死んじゃうかもしれないよぉ!!」
頑張ってどうにかなるものではないわな。運命なんだからな。しかし、いるのかな?「−100」なんて絶望的な人とか。親恨むぜ、そんなだったら。
さて私は、と。

「宿命運   50」

 良かったぁ。少なくとも不幸の星の下に生まれたわけではないようだな。推察するにこの「宿命運」というのがいわゆる全体運みたいな物なんだろうな。「50」だもんな。「50点」じゃないんだから、いい方だろ。200段階評価なんだし。

「30歳まで  37.5」

 おいおいおい!「.5」って、「.5」って君!? 200段階評価じゃなかったのか!?一桁増えとるやんか!?
 しかし一段と細かくなってきたな、年代別にも指数を出されるとは。
 ともかく、だ。「宿命運」とやらが「50」であったことを考えると、この「30歳まで」と十把一からげにされた私の大事な大事な青春の時は、全体から見れば平均を下回っているということになるじゃないか。
 そういえば確かに寂しい青春だったような…。パーフェクトにブルーか、そんなひどいこと言うな!
しかし無いよなぁ女子にもてたこともなぁ…学校でも浮いてたしなぁ…A型肝炎で入院もしたしなぁ…漫画も鳴かず跳ばずだったしなぁ…何がダメだったんだろうなぁ…才能が無かったのかなぁ…根気が無かったのかなぁ…あ、無かったのは「こけもものジャム」か!? クソォあの時「こけもものジャム」さえ食っていたら…。
どうせ「37.5」だからな、30歳までは。ところが、一夜空けて31歳になったその時から!!

「30代  50」

 春来る!!ちょっと遅れたけど。「50」!!一気に12.5アップ!!食ったか「こけもものジャム」!? 覚えはないけどな。
 凄いな、しかし。200段階評価ということは「−100」を0とした場合それまでが「137.5」ってことになるから、何と一割近くも指数アップ!!
 ダイエットだってこう劇的に上手くはいかないだろ、エ?
 しかし31歳って何してたときだったっけな…………アレェ?いや、そうだよな、ちゃんと計算してみよう。私は実証主義だ。
 30歳の誕生日は、確か「ジョジョの奇妙な冒険/第5話」にかかった頃であったろうか。「30歳まで」だからこの時はまだ指数「37.5」か。
 それで「セラフィム」という天使を題材にした誰も知らない漫画、しかも副題が2億6661万36の翼」だったことなど誰も知らない知られちゃいけない〜♪デビルマンが誰なの〜か〜♪という連載を始めてしまったのも30歳の時だな。
 それで、と。おそらくは31歳の誕生日は過酷な連載の最中に迎えたであろう。この日を境に私は生まれ変わるわけだな。脱皮、ってやつですか。いよいよ順風満帆!!指数アーーップ!!
 そして31歳を迎えると同時に!……何も無いな。なんだよう。
 いやいや、ローマを一日にして成らず。吉凶も一日にして変わるわけではあるまい。
 この歳は、そうかもう一本連載漫画「OPUS」を始めたのか! よけい辛くなっとるやないか。
 しかもこの31という歳は、とある漫画原作者が逃げ出してひどい目に………オヤ?
 オヤオヤオヤ? ふ〜ん、悪い歳じゃないわな。
 それにこの年に結婚を決めて32歳の誕生日に入籍もしたのだから、そうか指数アップもまんざら、いやかなり信憑性も出てきたじゃないか。
 あ、でもそうか32歳のときに残った漫画連載が雑誌廃刊の憂き目にあうのか。しかしこの後「パーフェクトブルー」に上手くオーバーラップしていって、現在に至るわけだからなぁ。確かに31歳での吉凶指数の上昇というのも否定は出来ないわな、ホントに。

 恐るべし、ブラザーS!!運命秘宝館の男!!って別に彼が占ったわけじゃないのか。でもこれが全部ブラザーSのでっち上げだったら怖いな。当たってて。いや、嘘でも良い!!導けよ私を幸運の彼岸へ!!そして美味しいラーメン屋にも!! 今度帰省したときも宜しく。
 私信はさておき。いや全部が私信なんだけどさ。
 「30歳まで」が「37.5」で一夜空けて一気に「50」だったんだからな。膨らむ夢と期待はそして未来へ!

「40代    50」

「50歳以降  50」

 …良い、ってことなんだろうな、これ。エ? 嬉しいような気もするんだけどさ。
しかし無難な男だな私も。今後の人生山無し谷無しかい。

さてさて運命秘宝館はまだ続く。このブラザーSが告げてくれた占いによると「宿命運・30歳まで・30代・40代・50歳以降」には吉凶指数の他に4段階評価があって、「一番上から“神様・天使・小悪魔・死神”のイラストがそれぞれ出る」と言うのだ。200段階評価から一気に大雑把になったような気がするな。しかも「イラストが出る」って…もしかしてこれCD−ROMか何かなのか? コンピュータにそこまで言われるのは、ちょっとなぁ……。

「今さんの場合見事に“天使”マークが5つズラっと並んでました。」

よし!言ってよし!!パソコンのソフトでもゲームでも良し!そうかそうか並んだか、天使が。

それは微笑んでいたのかい?
瞳は綺麗なブルーだったかい?
羽は優しく羽ばたいていたかい?
天使の頭の輪は黄金色に光っていたかい?
ふぐりは小さかったかい?

この際キリスト教だの仏教だの宗教の違いなんかおいていいんだろう?運命秘宝館の主・ブラザーS。
いやぁホント良かったなぁ。まったく、「天使」じゃあまりいい思い出は無かったんでね。

あとは「こけもものジャム」だな。

パーブルタウン


spinning

 のっけから例え話で恐縮である。 例えばの話、君が昔のバイト先から仕事を頼まれたとしよう。
 既に勤めを辞めている君に頼んできたのは、「その仕事」は他でもない君が一番良く知っている内容だから、という納得のいく理由だ。
 真面目な君は他の仕事があるというのに遊びたい気持ちを抑え、時間を工面し快く引き受けた、としよう。だが明日からの仕事を前に、ふと報酬の話をしていなかったことに思い至り、気になって先方に電話を入れてみる。
 「ギャラ?無いよ。だって君がやっていた仕事なんだから最後までやってよ」
 資本主義の申し子である君は躊躇無く当然にこう言い放つであろう。
 「じゃあ、やらない」
 君を非難する人はいない。だろう?

 もう一つ例え話をする。

 もしも君がアニメの監督だったとしよう。よくある話だ。
 君が監督した作品は当初の条件に反し、無理矢理に「劇場」の二文字を背負わされイバラの道を歩かされてきた。そしてやっとのことで当初の条件通りビデオとなって販売される運びとなった、としよう。よくある話だが、良くない話だ。

 あくまで例え話であるが、状況を生き生きと思い描くための一助として仮にその作品を「パーブルタウン」と名付けよう。神代の昔、八神純子が歌っていた曲とちょっと似たタイトルだ。ニューミュージックなどという物を知らない若者も多かろうが、まぁいい。新しい朝にウーフーフーだ。

 さて君の作品「パーブルタウン」というフィルムはインディーズ劇場アニメとして健闘を見せたものの、残念ながら資本者側の図に乗った目論見には届かない数字に終わった、としてみよう。それでも大躍進には違いない。本来の「ビデオ作品」の宣伝としては十分な効果を上げ、デビュー作の新人監督である君には多くの知り合いをもたらしたてくれた。君とて今更「劇場」の二文字に目くじらをたてる気も無くなりかけていたかもしれない、という設定も付け足しておこう。

 フィルムの賞味期限は過ぎようとしている。商売は年内に限る。そこでフィルムはNTSC信号へと変貌を遂げることになり、当然「フィルム→ビデオ」というプロセスが必要となる。「テレシネ」と呼ばれる通過儀礼だ。

 既に他の仕事に従事している君ではあったが、「パーブルタウン」の「監督」としての立場でそのプロセスを監修する依頼を受けたわけだ。納得のいく理由だ。
 同時に「パーブルタウン」のLD・DVDは音声を2チャンネルステレオからデジタルドルビーというものにバージョンアップするという予定があるとかで、それに伴う再「ダビング」も監督として監修してもらいたいという依頼も受けた、と想像したまえ。間違っても「監修させろ」などと君が言ったわけではないのだぞ。

 想像は出来たであろうか。次へ進むぞ。

 こういった例え話に臨場感を持たせるためには、更にディテールも必要かと思う。
 そこでまずそういった打ち合わせの席があったと想像したまえ。テーブルを囲みスポンサーの担当者、ビデオの発売元、及び販売元の会社の担当者などが居並ぶ。例え話とは言っても、発売元と販売元の二つの会社を想定するあたりが、生き生きとした想像をかき立てる調味料になると思う。

 ビデオ化に当たっての企画書なるものが君の前にある。目玉となる企画は先にも設定したように「デジタルドルビー」での再ダビングである。音のクオリティが上がるのは君にとっても喜ばしいことである筈だ。説明を受けながらパラパラとめくっていた君はギョッとなる。
 LD・DVDは「ビスタサイズ収録」、となっているがビデオは「スタンダードサイズ収録」となっている。
 「ビスタ以外は勘弁して貰いたい」とその事にすぐさま言及した君はこんな答えを聞かされる。
 「ビスタ版は流通に嫌われるからスタンダードにしたい」

 胡散臭い匂いをすぐに君は感じ取る。その話の真偽はともかく、後に知り合いのプロデューサーから「今時そんなわけはない」という話を聞いた君は、「およそLD・DVDとの差別化を図りたいという営業的な意図に過ぎまい」と考えるかもしれない。
 もしもビデオが「トリミング・スタンダードサイズ」に決まったとしたら君は例の言葉を放ったはずだ。
 「じゃあ、やらない」

 君は「無責任」という設定ではない。「ビデオ作品」として受け、作品に見合ったサイズとして選んだ「貧乏ビスタ」なのであり、それをトリミングするなどもってのほか、と君は考えているのだ。詳しい話はともかく「貧乏ビスタ」をさらにトリミングするということは、わざわざテレビアニメ以下の画面のクオリティにして商品化するということなのだ。
 君は一緒に苦労してくれたスタッフの顔を思い浮かべ、何としてもそれを阻止しなければならないと思う。それが叶わぬならばせめてそんなものに協力することだけはしたくないというのが、君の思いなのだ。良いな?

 もっとも当初「どのメディアでもビスタ」と約束した相手は現場のプロデューサーであり、目の前の連中にその経緯を話したところで仕方がないかもしれない、とも思うだろう。幸いにもこの問題は後にビスタ収録というごく当たり前の確約をスポンサーから貰った、筈だ。

 しかし、今となっては君は何一つ信用しないだろう。それも無理からぬ事。

 更に企画書の「スペシャルボックスの印刷物特典」の欄に書かれた一文に君はギョッとなる。「キャラクター原案の人の描き下ろしカラーイラスト」

 頼んだところで相手はどうせ描くわけない、とは思いながらもそんなやつに頼むこと自体を不愉快に思う君は、やはりすかさずその事に言及する。
 「営業的にこういったアイディアがでてくるのは理解しますが、結果的に実制作の邪魔になった人間をこんな時だけ持ち出すような企画には一切協力できない」
 君はあまりに明快である。反省の必要があるほどかもしれない。
 しかし、君は出来るだけ「作品」とそれに付随するイメージをも守らねばならない立場だ。「商品」はスポンサーのものであっても「作品」は作った君たちスタッフのプライドでもある。簡単に、しかもこれ以上傷を付けてもらっては困る、といささか大仰に君は考える。長いものにはなるべく巻かれたくない性分というのが君の設定だ。

 また、その打ち合わせの席上、君が作っているホームページのプリントアウトまで持ち出され、そんな席で聞くには多大な違和感を伴う酒飲み仲間の名前まで俎上に上げられて少々困ったのはご愛敬、という細かい設定もしておこう。

 様々な問題があるとはいえ、一生懸命かつ真摯な態度で作品作りに接している君のことだ、結局テレシネもダビングも引き受けたとしよう。「作品」は分身でもある。
 その後に発売されるというLD・DVDとやらに付属させるらしい「インタビュー」、あるいは「描き下ろしジャケット」だのについても快諾した、ともしよう。
但し、「この時点では」という条件も後に加えられる。
 思えば君はこの時に聞いておくべきだったのだ、「監修の報酬」について。

 増えてきた細かい設定もきちんと踏まえながら次へ行くのだ。

 いよいよテレシネを明日に控えた君は、打ち合わせにおいて議題に上がらなかった「報酬」のことに思い至り、スポンサーの担当者に問い合わせる。
 彼に発売元・販売元の会社に問い合わせてもらったところ、「おまけに付けるインタビュー等については出演料みたいなもの」を考えてはいるが、「テレシネ・ダビングの監修」については「無い」のだそうだ。ギャラは。
 君は如何に考える?

 「従来的にフィルムのビデオ化に当たっては制作会社の方が勝手にやってしまうもの。テレシネも再ダビングも今回は予算もかけて良いものにしたいので“監修”をしてもらいたいが、そういったことに割く予算はない。」
 それが従来のやり方、なのだそうだ。しかも鼻の良い君は「“監修”させてやる」という匂いすら感じるであろう。金が無いなら頼まなければよい。君がやらせてくれと頼んだわけでもない、というのに理不尽な思いは増加する一方の筈だ。
 両方の作業を合わせて10日はかかろうかというのに、無料奉仕をしろという、かなり非常識かつ無理のある設定だが例え話だから我慢して聞いてもらいたい。

 従来がそういうしきたりになっているかどうかを君は知らないが、人に仕事を頼んでおいて金を払わないというのは常識以前だ、と考える君は次へ進め。

 君は雨が降り始めた吉祥寺の、人の往来も激しい道端で携帯電話を耳に当てている。
 「担当者の『良いものにしたい』という気持ちに間違いはないのでそこは汲んでやって欲しい」
 間に入った担当者は言うであろう。笑止。「良いもの」を作るために重たく時に鋭い痛みを代価に払ってきた君には甚だお笑いぐさに聞こえる筈だ。言うはやすし、受けるはきよし。梅雨時のかびの生えた君の頭はそのくらいの冗談が関の山かもしれない。
 「良いもの」は欲しいが代償は払わない。今日日のコギャルだって金が欲しけりゃ股くらい開くというのに、と目の前を行き過ぎる女子高生を目で追いながら君は思うだろう。中には「良い作品」だのといった大儀を掲げるだけに詐欺師よりたちが悪い、と思う君もいるだろう。

 この手の連中は「クリエイター(笑)」を舐めていることが多い、と君は更に考えを鉛色の大空に広げる。短くはない時間、業界を渡ってきた君はそういうことを肌で感じている。
 「好きなことを仕事にしてるんだから、安くてもいいでしょ?」
 幾度と無く感じてきた感覚をまたも味わう君である。
 「そんなわけはない。仕事を尊重している」などと人のいう。笑止。中にはそういう「普通」の考えの人間もおろうが、大概はたかが「お絵描き」一枚に払う報酬を出し惜しむ。憧れるは売れっ子、と君は思うかもしれない。金と権力には縁遠い君だ。
 ましてや有用だが無形の「アイディア」などに対しては無料だと思っている無神経な連中が跳梁跋扈している世の中であることを君は知っていても良い。だからこそ君はいつでも注意していた筈なのだ。

 まったく、と吉祥寺の道端に吐き捨てるように君は思う。「従来」が好きなこういう旧態依然とした連中は「従来通り」のバカアニメと仲良くしていればよいのだ、怒りを静めようと強い言葉を頭に巡らせた君はすぐさまに失敗だったことに気づく。その言葉が近頃眠っていた怒りを揺り動かす結果となる。
 怒りの回転する周期のずれは唸りを生じ、止める手だてもないままに闇雲に増大していった、としよう。

 携帯電話の向こうではスポンサーの担当者が代替案を提案している。
 「検討した結果、そちらの会社からは払うことは出来ないのでテレシネ・ダビングの監修費は当社が負担する」
 火に油を注ぐものではない。貰いさえすればよいというものではないのだ。金も払わずに他人を使おうなどというその了見が気に入らないのだ、と君は思うかもしれない。

 だが明日に控えた仕事だ。君は子供という歳ではないし「じゃあ、やらない」とは既に言えない。君にも多大なミスがある。「従来通り」にうっかり相手を信用してしまったつけが回ってきたのだから。君も人がよい。もしも、その議題を打ち合わせの席上で持ち出していれば事は簡単だったかもしれない。

 「ギャラはでません」
 「じゃあ、やらない」で済んだことなのだ。

 それでは作品に対して無責任、といわれるかもしれないが仕方がない。君は霞を食って生きられるほどの仙術を持ち合わせていない。現在抱えている他の仕事は無論報酬が出ているしそれを休むからには、日々の生活を維持するためにも金銭が必要である。
 君の仕事は趣味ではない。

 「一応了承しますけど」

 含みを残して君は条件を受け入れる。致し方ない。テレシネ・ダビングの監修費はスポンサーから払っていただく、ことにしよう。但し納得したからでは無論、無い。

 君の立場で考えれば「パーブルタウン」を「ビデオ作品」として引き受けたことは今でも変わっていないと思っている、はずだ。作品に対する責任感を持ち合わせている君は「テレシネ」までを含めて「パーブルタウン」として引き受けたはずだ。君はそう考え、自分の中でわずかながらモチベーションを取り戻すだろう。作品は最期まで見届けたい。
が、一方でこうも思い返すはずだ。冒頭の設定にもあったように、「パーブルタウン」は君と関係のない営業的な論理によって「劇場」作品とされ世間的にもそう認知させられた。よってそれをビデオにする、というのはあくまで新しく出来した「仕事」である。
 その「仕事」に払われる報酬が最初から設定されていなかったことを思い返し、ささやかに取り戻したはずのモチベーションは再び唸りを上げ始めた怒りに見事に粉砕される。

 多大な理不尽を背負わされながらも、君は明日からの「テレシネ」には赴くことにした、としよう。

 さて、ここで問題です。
 これが君に起こったことだとしたら翌日仕事へ向かう足取りは軽いでしょうか、重いでしょうか?
 三日間続くこの仕事を君ならどうやって乗り切るでしょうか?
 またその後の「インタビュー」や「描き下ろしイラスト」で気持ちよく協力する気になるでしょうか?
 君なら一体如何なる対処をするでしょうか?

 エ?筆者ならどうかって? 見ていれば分かるさ。

大掃除・パート3

 さて、2回続いたこの無駄話も最終回。更新を休んでいる「パーブル戦記」も次回分はとりあえず出来たので近々アップするつもりではいるよ。では無駄話の続きに入る。

 4月に入ると布教活動も収束を見せ、新宿ロフトプラスワンでの「パーフェクトブルーナイト」という竹内氏との非公式のトークイベントに出たくらいか。

 あと残されたの仕事といえばトレーディングカード10枚という十字架のみ。やる気もないままに放っておいたものの、締め切りも近づき「スチームボーイ」と同じ机で、仕事の合間にこっそりとラフを進める。どういうわけか未麻の裸体が多くなりそうだったので資料と称して、芸能人の女子の写真集などを購入してみた。色々と見ているうちに再確認したのだが、どうにも私は女子の鎖骨が好きなようだ。いや、別に鎖骨を集めるとかいうサイコな趣味じゃあない。
その存在を頑なに主張し、目立つほどに出っ張っている鎖骨は目に好ましい。お気に入りのスタイルの女子の写真集を見つけたので、今後とも参考にすることとする。どなたか他に鎖骨が魅力的な女子の写真集などをご存知の方がいたら教えて下さい。
 元々私が描く女子は決してスタイルの良い方ではなかったのが、この仕事で描きたい体型の嗜好が変わってきたような気がする。近頃は街を歩いていても本当にスタイルのよろしい女子がいたりして、絵にしてリアルに見える体型というのも変わってきたような気がするよ。男子もしかり。
 ここ何年もデッサンなどというのは気にもしないで絵を描いていたが、どれ、一つ初心に戻って観察眼を鍛え直すとするか。ウフ、観察観察。絵の腕もバージョンアップと行きたいものだよ。もっともこの年になると劇的に絵が上手くなるということもあまりないとは思うけど。
トレーディングカードの絵の出来については他人の判断に譲るとしても、取りたてて新しい絵も出てこなかったので「こんなもんかな」という感じでしょうか。

 この月にはなぜか続けて「専門学校」の入学案内の取材が二つ。どちらもクリエイター(笑)を育てる学校のようで、新進アニメ監督から一言、といった感じであろうか。それにしてもたかだかアニメ一本作っただけだというのに、入学案内の担当者は何を勘違いしているのかね。

 5月頭に札幌での舞台挨拶。公開初日というわけでもなく中途半端な感じではあったが、札幌は私の生まれた地。帰省を兼ねて気持ちよく行かせてもらった、のは良かったのだが札幌は寒かった。気温も客の入りも。
 「KINO7」という60席ほどの小さいけれど、出来たばかりとかいうことでとてもきれいで感じの良い映画館での上映であった。こんな小屋で作品をかけて貰えるとは、作品の印象も少しは上がるかもしれない。併設されたオーガニックキッチン「エルフィンランド」という飲食店も居心地の良いお店であったし、支配人も気さくな感じの良い方で、劇場の内装や雰囲気にその人柄がよく反映されているのであろう。そんな真新しい白い壁に「是非」とおだてられてどでかいサイン、というより悪戯描きをしてしまい申し訳なかったかもしれない。
 ここでのパーフェクトブルーの上映はモーニング・レイトの1日2回の上映とかで、私の出番は着いた日の夜の回の前座。舞台挨拶ではなく、地元のCGスタジオ「サテライト」のテクニカルディレクターとの対談といった形式。司会進行は私の古くからの知り合いで北海道大学の助教授をしている男。
 「サテライト」というスタジオはパーフェクトブルー本編でもモニター処理などのCG処理を数カットお願いしたところで、現在は「スチームボーイ」や「メトロポリス」などにも参加しているアニメ業界とは縁が深い。対談相手の方も元々はアニメーター出身だそうで「マンガ日本昔話」などを手がけていたとか。
 客の入りは8〜9割といったところか。アニメの現状やら、アニメとコンピューターの関わりなどについて1時間ほど対談し、その後上映。前出の「エルフィンランド」で酒を飲んで81分をやり過ごし、見終わったお客さん相手に簡単なサイン会といった形になる。最初「たかが数人」とたかをくくっていたのだが、気が付くと人が並んでいるではないか。やめろよ、列は。中には買い求めたパーフェクトブルーグッズのTシャツを広げてここにもサインをしてくれだの、「ワールドアパートメントホラー」の単行本にサインを求める人まで現れ、若干たじろぐ。でもいいさ、ここは札幌、サービスサービス。ポスターの裏にだって書き初めばりに大きく絵を描いてやろうではないか。それにメールをくれた地元の人も来てくれたりなんかして、アルコールの酔いも後押しして大変良い気分を味わったものだよ。

 その後来てくれた高校時代からの先輩と友達と更に酒を重ね、極めつけのデザートにラーメンまで平らげ札幌の夜を楽しんだのであった。

 翌朝ホテルで、抜け切らぬ酒の存在感を感じつつヒジョーに快適な目覚めを迎え、その40分後にはモーニング上映の舞台挨拶に立つという素晴らしい1日の始まりとなる。自分の声とは思えぬガラガラ声に社会人としての自覚の欠如をマッハの速度で思い出す。

 20代の頃にはよく朝まで酒を飲み、通勤ラッシュの戦場に赴くおじさんたちと一緒に駅に向かい、通学途中の女学生さんの隣に座って、西武国分寺線の車内に酒臭い息と共に迷惑と顰蹙を振りまくということもしていたが、基本的には今もたいして変わってないことを痛感する。
 朝の6時に国分寺発東村山行きの電車に乗ったときには空いていたのに、アパートがある二つ先の「鷹の台」駅に着いたときには車両は満杯。それもそのはず時計は8時を過ぎている。酔って居眠りしている2時間で数往復していた、などという経験は少なくい若者、いや馬鹿者であった。

 20代も後半の頃、やはり朝までどろどろに飲んだ帰りにタバコを買おうといつもの自販機にいくと、立入禁止の縄が張ってあった。路面の舗装を直したばかりの様子。これでは買えないではないか、私のタバコが。
酔った頭には迷惑かつ非道な妨害にしか思えない。短くはない足で楽々とまたぎ越え、硬貨を投入する、と近くに止まっていた車のドアが勢いよく開き駆け寄ってくる老人の姿。
 「こら。君君!」
タバコを取ってすっくと向き直る酔っぱらい。「あ?」
「立入禁止と書いてあるだろう!何でルールを守らないんだ。みんなのためにやっている工事なんだ。みんなの迷惑になるようなことをするな」
何だかその老人はこの機会を待っていたかのように生き生きとしている。気に入らない、と思うが早いか言葉は口をついて出ていた。
「みんな、みんなってあんたはみんなの代表か?」
 「私は仕事で頼まれてこうやってあんたみたいな人がそこに入らないように見張っているんだ!」
「見張ってるんなら縄なんか張るんじゃないよ。あんたがこの前に立ってりゃいい。どうせ他に仕事がないんだろ? 世間の代表みたい顔して、朝の6時からこんな見張りの仕事しかないやつに言われたかねぇってんだ。やっと貰った仕事で真面目にやるのは分かるけど、少しは口のきき方を考えろよ」
 お前が少しは考えろ。ひどいやつだよ、まったく。老人は真っ赤になって言葉を無くしていたっけか。私もその時は別なことで虫の居所が悪かったのさ、許せご老体。私も素面になってから真っ赤になって恥じ入ったよ。

 こんな昔話を書いてしまうのも歳をとったということか。というか掃除のときによくあるだろう、出てきた古い手紙や写真につい見入ってしまったりすることが。アレと同じだ。こんな駄文に付き合ってくれている人がいるとは思わないが、度重なる脱線等は勘弁されたい。なにかを表現したくて書いているわけではなく、書くことそのものが「掃除」であるという目的だから。

 話が逸れたが、そんな酒を飲んではろくなことをしないやつがいつの間にか髭を伸ばし故郷の地でえらそうに人前に立っている。そんな私に相応しくお客も半分の入り。
その昔「前略おふくろ様」に主演していた萩原健一が台本のある一文をこう読んだそうな。

「故郷に綿を飾る」

と読めなかったという話。ふとそんなことを思い出した。私も錦とはいかないまでも綿くらいは飾ったかもしれない。その後地元雑誌とスポーツ紙の取材を2件受け、午後にはクリエイターを目指す若者数十人の前に立つときたもんだ。「代々木アニメーション学院」での特別授業というやつ。

 この学校とパーフェクトブルーを上映しているKINO7は同じビルの中にあり、私を札幌に招待してくれたのも両者の協力によるものであった。たいして参考にもならぬことを1時間ばかり喋ったのだが、北の地のクリエイターを目指す若者は北海道の厳しい冬に負けないくらい、どこか閉ざされていたようだ。反応無し。別に期待もしてないけどさ。
がんばれよ。業界で会う機会があれば、北海道出身者は2割り増しで歓迎するぞ。
それにしても、だよ。何を質問してもいいとは確かに言ったが、のっけから「今朝は何を食べましたか?」はないだろう、若者よ。私は珍獣じゃないんだから。

 やっと仕事から解放されて実家に戻り、久しぶりに両親と愛猫の顔を見る。帰る度に月日の流れを改めて知るが、皆元気である。

 愛猫の名は「ラム」という。由来は「ラム酒」から来ている。一時大人気を博したマンガの主人公から取ったわけではないっちゃよ。私が19歳、大学一年の折りに、友人から当時まだ生後三ヶ月でもらい受けた全身灰色の猫である。雑種だが、しなやかで毛並みの大変美しいやんちゃ娘だった。当時帰省する折りに預かり手が見つからず、やむなく北海道までの長旅を共にし、以来札幌の実家で世話をして貰うこととなった。本人だけでなく飼い猫まですねをかじるという、今考えると図々しい息子である。ごめんなさい。

rum
 時間は猫の上にも平等に流れ、生まれて15年のラムも寄る年波には勝てないらしい。かつて対人恐怖のあまり引っ越しの際に買ったばかりの仏壇に慌てて逃げ込んで飾りを壊したり、棚の上をムササビのように飛び回っていたやんちゃ娘もどこへやら、調子の悪そうな左の前足をかばうようにしてひょこひょこと歩くその姿を見ていると、胸の奥からこみ上げてくるものを禁じ得ないっちゃ。

 まだまだ息災に過ごしておくれ。

 北の地での布教活動を終えて一息つくと、いよいよパーフェクトブルー絡みの仕事も減ってくる。公式の仕事としては海外公開とビデオ化に向けての打ち合わせくらいか。英語圏の配給はマンガエンタテインメントという会社で、そのイギリス人が言うことにゃあアメリカでの公開に合わせて監督の渡米もあり得るとかで、ここまできたら毒を喰らわば皿まで、という心意気で「パーフェクトブルー」をあまねく広めるために布教活動に邁進する決意を固める。ウソウソ。アメリカに行ってみたいだけさ。

 ビデオ化に関しては言ってもいいのかな? いいや、秋にはビデオとレーザーが出て、その後DVDとLDスペシャルボックスが出るらしい、くらいにしておこうか。色々な形で協力することにはなってはいるが、予定が狂うことが習わしとなっているパーフェクトブルーのこと故、予断は許さないわな。

 この打ち合わせの後、レックスの事務所でだらだらしていると、Mr.REXから「ラジオ局に遊びに行きますか?」とのお誘い。とあるFM番組の月替わりのDJを岩男さんがつとめるとかで、Mr.REXがゲストに呼ばれているとのこと。仕事したくない症候群が顕著だった私もとりあえずMr.REXの保護者として同伴。岩男さんに「是非」とおだてられてついつい番組にも出てしまったりもした。出たがりなのか、私。

 5/23、大阪での「竹内義和ファンクラブ」主催による「〜Playback〜PERFECT BLUE」というイベントにゲストで参加。岩男潤子さんを招いて竹内氏とのトークというのがメインのイベントである。以下にくすねてきた進行表を載せておく。おおらかな進行の元に進められたイベントであることがお判りになるはず。

shinnkouhyou
 竹内氏ファンの「邪推系」と岩男さんファン「純粋系」という水と油とも思えるような客層に、関係者の一部でもトラブルが懸念されていたようだがそのような不穏なこともあるはずもなく、終始楽しく穏やかにイベントは進行。確かに岩男さんの想像するにあまりあるような苦労話やセイントフォー時代の体験談と、それを語る天然のぼけた味わいのギャップには誰の目にも少なからぬ驚きはあるらしい。

 「J」の事務所の某タレントの秘め事、などといった竹内氏得意の邪推話に始まり、岩男さんを招き入れてのトークでは「女に甘い」竹内氏の素顔が現れ、得意の突っ込みもなく終始岩男さんの話に頷く「よいおじさん」となっていた。以前に編集した12分のパーフェクトブルーダイジェスト版上映の後、私も舞台に出たものの、岩男さんの昔話のネタ振りに回ってこれといったことも話さなかった気がする。面白い話が出来るわけでもなく、それほど主張することがあるわけでもないし、別に私は喋りが仕事ではない。
パーフェクトブルー絡みで随分と人前に立ち喋る機会に遭遇したが、元来が上がり性なのだ。人前に立つというのは昔から苦手であった。
 小学高学年の頃、児童会の書記に立候補して、というよりさせられて、体育館のステージでの選挙演説の折りには随分と緊張で足が震えたのを覚えている。当時は普段、色違いの切り替えが入ったジーンズなどを着用していたのだが、「人前に立つのには正式な服装が望ましい」ということで、ジーパンにデニムのチョッキにジージャンという正式な三つ揃いに身を固めて多くの児童の前に立ったのである。どういうセンスだよ。
 「私が当選した暁には…」というどこで聞きかじったのか、そんなフレーズを間違わないよう懸命に緊張と戦いながら口にしたのを覚えている。札幌の伏見小学校でのこと。
 それが今ではどうだ。人前に出るというのに話すことも考えず、出たとこ勝負の話でお茶を濁し「いいんだよ、それで」とうそぶいて笑う。「緊張」の二文字はどこかに置き忘れてきたような気がする。多分釧路あたりにか。釧路のあまりに厳しい冬の寒さに幣舞橋から川を埋めた氷の上に落としてしまったのかもしれない。中学生の頃のことであったろうか。
 高校受験に際しては、どこもそうであろうが「三者面談」というものがある。本人、親、教師が顔をあわせし暴行について……誤変換だ、本人、親、教師が顔を合わせ志望校について検討するわけだ。貴方にも経験がおありだろう。
 日曜日の午後のことであった。部屋で漫画本でも読んでいた時であったろうか、ふと気が付いて母に言う。
「母さん、確か今日……」
ハッとなる母親。そうだ、今日であった三者面談は。時計を見るととっくに予定の時間は過ぎている。しかも、学生服はクリーニングに出してしまっている。
急ぎタクシーを呼び学校へ向かう。車中母が言う。
「あんたの鼻血が止まらなかったことにしようや。学生服にまで血がかかってしまったからクリーニングに出したことにしてさ。」
 どんな言い訳だよ、それ。
口裏を合わせ、慌てた体を装い2〜3時間遅れて担任の教師の元に行き、用意しておいた若干無理のある言い訳を並べる母。しかし教師の言葉は一言であった。
 「今君は来なくても大丈夫だったのに」
自慢ではないが当時私は学業に不安はなかった。
拍子抜けした母と私であったが、折角来たのだからといった感じで母が一つの不安を口にする。
「あの、先生、うちの子受験当日、上がるってことはないでしょうかね?」
それを先生に聞いてどうするのだ。答える方も答える方だ。
 「今君は、へなまずるいところがあるから上がる心配はないでしょう」
“へなまずるい”? そんな言葉があるのか。仮にも現代国語を教える教師が、いいのかそれで。
確かに私はこの校則の厳しい釧路東中学校で、「緊張」の替わりに「反抗」を身につけた。おかげで先生の言うとおり受験で上がるということもなく、無事高校に進学した。ありがとよ。

 ちなみに児童会書記は当然落選した。

 そんなことまで思い出した「〜Playback〜PERFECT BLUE」は私的には大変楽しいイベントであった。お世話をかけた竹内氏ファンクラブの皆様ありがとうございました。

 さて5月くらいからであろうか、こうした宣伝活動や「スチームボーイ」の仕事の合間に新作の企画ということも割り込んできている。パーフェクトブルーの制作が終わってすぐに考え始めていたのであるが、ここ最近になって真面目に取り組む気になってきたのである。ボツになった場合大変恥ずかしくも悲しい思いをするので、ここで発表するわけにもいかないが、キャラクターだのを描いたりしている。この新作の画策が奏効するかどうかはこれからのさらなる頑張り次第というところか。冗談ではなく「自分の仕事」を作らなければ、この中途半端な精神状態は解消できないかもしれない。ダラダラとこんなことを書いてきてそんな結論でどうするのだ、そんなことは百も承知ではなかったか。いやいや、人間再確認するというのも時には必要なこと。無駄にディスクのゴミになるわけでもあるまいよ。

 しかし世の中不況の強風は今日もやむ兆候はない。どうなることやら。

大掃除・パート2

 恋は曙、と思っていたら恋はブチブチと千切れ、大人の欲にまみれたピーターパンよサヨウナラ、こんにちはYASUKO。

 モアイが結婚? イースター島にも医者はいたのだな。その顔同様幸せも長く続くことだろうよ。
夢の途中でやっぱりさよならは別れの言葉と気が付いたであろうか、それとも「カ・イ・カ・ン」と感じたであろうか。原因は男が安全地帯に逃げ込んだのか、はたまたよその女に玉を置いたせいか。
 ああ、下らない。

 そんなことはさておきもっと下らない前回の無駄話の続きである。断っておくが誰かに読んで貰おうという気もなく書いているので、お付き合いしてくれている方がいたらつまらなくてすいません。

 3月に入ると取材もなくなり、落ち着いた生活が戻ってきたのも束の間、大阪イベントそして大阪公開初日挨拶、となぜか大阪に縁のある月であった。

 ハードディスクを整理してた時に大阪イベントについて当「NOTEBOOK」にアップしようと書きかけていたテキストを見つけたので、旬は過ぎているが遅ればせながら補完してここに載せることにしよう。

-特別付録/愚連隊西へ-
 ♪いーりゃんさんすう、いーりゃんさんすう、いーりゃんさんすう、いーりゃんさんすう、今度はどこだぁ、西か東か南か北か、どこへ行っても鼻つまみ♪という歌声も高らかに3/11、大阪はABCホールでの「パーフェクトブルー・イベント」に行って参りました。原作者・竹内氏、北野誠氏という「サイキック」コンビと、「パーフェクトブルー」の企画を立てた岡本晃一さん、主演声優のお二人岩男潤子さん、松本梨香さん、そして私という面々で関西初の一般上映舞台挨拶に立ちました。イベントチケット発売早々の売り切れという話は聞いてはおりましたが、本当に沢山の客さんに集まっていただいて、関係者一同大喜びでありました。

 何と言っても大阪はパーフェクトブルー発祥の地。大阪で生まれた企画やさかい、東京へはよう行かん、と駄々をこねることもなく、阪神大震災を乗り越えて東京に渡り、こつこつと制作されてカナダ、韓国、スペイン、ドイツ等の映画祭を巡り、東京で公開され、そしてやっと大阪に戻ったわけであります。企画を立てた岡本・竹内両氏の感慨もひとしおであったかと思われる。

 さて、実をいえば私は舞台挨拶に加えて、裏にもう一つ大事な目的があった。スタッフ慰安旅行というお楽しみ。イベントにかこつける形でスポンサーのREXさんにお願いして実現してもらった企画だ。多大なるご厚意に感謝。
参加者は私の他に8名。一番の目的はパーフェクトブルー制作時、非常識極まりなく安い単価で原画をお願いした人を招待することだった。もっともそういった上手な人たちは現在も他の作品で非常に忙しいこともあり、残念なことに参加がかなわない方も多数いた。結局参加願えたメンバーは次の通りで、「パーフェクトブルー戦記」でも登場願った方も多い。

 “師匠”本田 雄、“ピエール”松原秀典、“温泉番長”中山勝一、“ゲーマー”二村秀樹、“ハチ公”垪和 等、“大トラ”鈴木美千代、“パーフェクトブルーの理性”松尾 衡、そして妻と私。苦労をかけたスタッフというよりただの飲み仲間という話しもあるが、ごく内輪のレクリエーションという趣。

 この中では本田君、松原君と垪和君が制作当時特に割りの悪い思いをした面々。劣悪極まる待遇にもかかわらず、いい仕事をありがとう。他はスタジオ内に月拘束という形で関わってくれた人たちだが、苦労したことに変わりはない。ありがとう。

 参加者のパーフェクトブルー内での仕事を紹介してみよう。

 

“師匠”本田 雄         作品の中盤の見せ場、未麻がラジオ局内でもう一人の未麻を見つけて追いかけて行き、トラックに轢かれそうになるまでのシーンの原画を担当してくれました。短いカットを積み重ねてリズムで見せたいと思っていたシーンで、師匠のおかげで思った以上にかっこいいシークェンスになりました。かなり気に入っているところ。作品の予告やダイジェスト版でも随分使われたシーンです。
制作も後半の修羅場で、このシーンから数カット欠番にしたのは残念でなりません。
劇場版「エヴァンゲリオン」のメカ作監とスケジュールがかぶる中仕事をしてくれて本当にありがとう。
“ピエール”松原秀典    キャラクターデザイナーとして“超”が付くほど売れっ子の“ピエール”。自分の仕事を「所詮ギャルアニメッすから」と謙遜していたが、いやいや、色気の漂う動かし方で、原画の腕も素晴らしかったです。
作品終盤のクライマックスで30カット弱、未麻がルミの部屋のベランダから隣に逃げようとしているカットから、屋根づたいに走りアーケードの上からゴミ袋に落ちてアウトするまで。鬼のような枚数の原画を描いてくれてやはり思った以上の素晴らしいシーンにしてくれました。まったく頭が下がります。未麻が向かいの建物に落ちて転がり落ちるカットが特に気に入ってます。痛そうで。
“温泉番長”中山勝一    普段のつきあいでは仕事場より酒の席が多く、よく一緒に遊んで貰っておりパーフェクトブルー戦記でも登場率の高い勝一氏。「ジョジョの奇妙な冒険/5話」の時にも原画をお願いしたのですが、パーフェクトブルーの中でも非常にいい仕事をしてくれました。
担当シーンは二つに分かれていて、作品中盤の脚本家渋谷が殺された後、車の中でテレビを見ている未麻、ルームミラーに映ったカットから隣の車の中にバーチャルの未麻を見かけるあたりを経て、デパート屋上の楽屋で未麻の噂話をしているレイと雪子のシーンまで、がひとつ。雪子が「毛ボーンよ、毛ボーン!」とやるのは勝一さんと飲んでいて出てきたアイディアでした。勝一さんの提案で、積極的な意味での欠番を出したりもできました。
それと勝一さんには作品の、ドラマ的に一番大事なシーンをお願いしています。前述の“ピエール”松原君のちょうど前に当たるところです。撮影所で内田に襲われた未麻をルミが見つけるところから、ルミの車のシーンを経て未麻の部屋へ。そこで自分の部屋ではないことに気づき、「バーチャル未麻-ルミ」が登場、ベランダに逃げた未麻を追ってバーチャルが立ち上がってくるカットまでを担当してくれました。数的にもかなりの量です。このシーンを外したら目も当てられないと言うくらい大事なところを、きっちりといいシーンにしてくれました。「恋はドキドキするけど〜」と歌うルミの原画を見たときは思わずニヤニヤと笑いが出るほど喜んでしまいました。制作も最後の最後の修羅場で原画の直しやこぼれ分なども救って貰い、本当に助かりました。
“ゲーマー”二村秀樹    二ちゃんは最初随分と担当原画を持っていたのですが、仕事が遅くてその大半が他の人に引き上げになってしまい、フィルム上ではあまり数は残っていません。劇中劇「ダブルバインド」内にでてくるファッションショーのシーンはキャラも二ちゃんのオリジナルでお願いしてます。他にも何カットか原画も描いていますが、仕事の印象としては原画よりもレイアウトの直しで随分助けて貰いました。
ちなみに女子にナンパされることもあるくらいの美男子です。
“ハチ公”垪和 等      変わった字面の名字ですが「はが」と言います。“大トラ”の亭主でもあります。村野を殺す悪夢から目覚める未麻のアップから、クロゼットで血の付いた服を見つけ愕然としているところにレポーターが詰めかけてくるところまでを担当してくれました。作品に参加するに当たってわざわざ酒を携えて我が家に来てくれましたが、そんなにたいそうな作品ではなかったのですよ、ヒー君てば。
コンテを描いているときから難しいシーンだなぁと思ってたのですが、丁寧な仕事ぶりでこなしてくれました。タイミングを遅めにとったカットは演出チェックで手を入れちゃいました。ゴメンね。
“大トラ”鈴木美千代    “ハチ公”君の奥様でもあります。よって本名は「垪和美千代」になるのですが、業界的にはやっぱり「鈴木さん」。彼女とは「老人Z」からのつきあいで、「ジョジョ」の時も原画をお願いしたりしてますし、酒の席をご一緒させてもらった数も多い方です。コードネームの由来、「大トラ」に化けたところもお目にかかったことがありますが、私もあまり人のことは言えない方さ。パーフェクトブルーでは未麻の写真集撮影シーンから、二人バージョンのチャムのデパート屋上でのミニコンサートとのカットバック、そして未麻がお風呂で「バカヤロォ」と叫ぶカットまで。歌い踊るという面倒くさいところをキャラも合わせて描いて貰い、作監も随分と助かったみたいです。私的には赤いトイレの中のシーンが気に入っています。担当原画が終わった後も作監の手伝いに回ってくれました。最後に出したカットはフロントクレジットが流れるシーンの、未麻が自転車を押し自動車をやり過ごすというカット112だったと思いますが、その自動車が作監の濱洲さん、未麻を鈴木さんで共作したはず。最後まで頑張ってくれて本当にありがとう。
“パーフェクトブルーの理性”松尾 衡       松尾氏については演出という立場なのでどこを担当、というより全体に見て貰ってます。アニメ技法に拙い監督に替わって色々と説明できないくらい多岐に渡っていい仕事をしてくれました。一部では“真っ赤な”松尾氏という呼び名もありますが、口を開けばデマカセばかりを喋るスタッフが多い中、いかなる事態にも冷静に対処してくれたのでありました故、ここはやはり“パーフェクトブルーの理性”ということにしておきましょう。
私にとって何が面白いのか分からなかった「F1」というモノを、今ではすっかり楽しく見られるようになったのは“ラーメン男”栗尾共々、松尾氏のおかげでありますよ。
“妻”京子         スタッフクレジットに名前はありませんが、タイトルロゴや本編内にでてきた「地下鉄吊り広告」「ピザの箱」は、デザインを本職にしている彼女にお願いしました。もっとも、そういったことよりも制作中日毎に不具合が多くなっていった監督を支えてくれたことに多大なる感謝。ありがとう。

 前置きが長くなったが本題の大阪行状記に戻ろう。

 アニメ関係者には少々つらいと思われる午前11時過ぎの東京駅、時間にはルーズという業界人の常識をうち破り定刻には全員無事集合。天気は快晴だ。
新幹線のホームに移動し、ビールなどを抱え乗り込む一同。岩男潤子さん、そしてまもなく彼女のマネージャさんも到着。パーフェクトブルー宣伝の仕掛け人金子氏、そしてMr.REXを含めた総勢13名で出発。新幹線が動く前からビールを飲み出す者、ビールを飛ばして持参の日本酒を開ける勝一さん。車内は賑やかである。

 新横浜で松本梨香さんとそのマネージャーが乗り込んできて、一段と華やかさも増す。反対に大阪に近づくに従い外の雲行きが妖しくなってくる。
「私が大阪に行くときは絶対雨なんですよぉ」とは私の真後ろに座る岩男潤子さん。
「東京で晴れてても大阪に行くと雨だったりするんです」その通りであった。雨女、だな。
「違うんです、雨女じゃないんです! 他はなんでもなくて大阪だけなんです」それで充分、さ。

 新大阪の駅で自由行動組とお仕事組に分かれる。岩男さん、松本さんたちとタクシーでABCホール近くのホテルのラウンジへ。原作・竹内氏や企画の岡本氏と合流。
私はここで産経新聞の取材を受け、他の二人もそれぞれ取材をこなす。開演が近づき会場へ。楽屋には竹内さん宛に堀ちえみさんからの花束が届いていたっけ。イベントの司会、北野誠氏も到着し簡単なリハーサルをして準備万端。
本番では松本姉さんが舞台に下がった幕の後ろから強引に登場するという冗談が滑ったくらいで、誠さんの、さすがプロといった感じの流れるような仕切りで何事もなくあっという間に終了した。

 一方イベントの間、パーフェクトブルー現場チームは、小糠雨降る御堂筋〜♪を歩いて欧陽菲菲を探しまわった、というはずもなくあちこちと大阪市内見物をしたらしい。
通天閣に上ったり、たこ焼き、麺類を食したり、おもちゃを買う者、大阪に来てまで「バーチャファイター」でストリートファイトを挑む者。さすが“ゲーマー”二ちゃん。岩男さんが降らせた雨にもかかわらず、みんなそれなりに楽しんでくれたようでよかったよかった。

 イベント終了後ABCホール前で合流し、「PERFECT BLUE様」の張り紙も恥ずかしいチャーターバスで雨の中を京都へ。松本梨香さんとマネージャー・工藤さん、“仕掛け人”金子さん、そしてMr.REXも一緒。岩男潤子さんは残念ながら、ここで別れ名残惜しげに東京へ戻って行った。

 ポケモンマスター松本梨香さんが一緒ということもあり、バスの中は賑やかなことこの上ない。陽気で気さくな楽しい人である。病み上がりで体調も万全ではないらしいのに参加してもらい、嬉しい限り。「ビバヒル」ケリーちゃんファンの妻も大喜びだ。
 出発してまもなくとんでもない大失敗に気づく。車内で飲む酒を買い忘れたのだ。しかしそんな非常事態にも関わらず慌てることなくさすが“温泉番長”中山勝一氏。すかさずバッグから日本酒を取り出す。
「お酒ならまだ残ってるよ、飲む? 冷えてないけど」
そうはいってもいきなり日本酒というのも打ち上げの道に反する気もする。
「運転手さん、酒屋の前に着けとくれ」

 わざわざバスを止めてもらいビールを買いに走るMr.REX。勝一氏がすかさずその背中に注文を飛ばす「お酒に入れる氷もね」 松本姉さんもすかさず追い打ちをかける「私は杏酒!」あ、あるのか、そんな商品。
繰り出される難題にも見事に答え戻ってくるMr.REX、さすが宴会部長。こういう仕事になると実に生き生きしているようで、いそいそと立ち働くその姿にアマチュアハードロックバンドでギターを弾いていたありし日の姿は想像できないよ。

 乾杯のビールも二本三本と空き、参加者の紹介を済ませ、松本姉さんの放つ原色のオーラに車内が盛り上がってきた頃には、ライトアップされた京都タワーが見え、まもなく旅館「秀峰閣」へ到着。4部屋に分かれ荷物を置いてすぐに宴会場へ。慰安旅行ですら忙しくも時間が無いのは「パーフェクトブルー」の古式ゆかしい伝統というものか。

 エレベーターを出ると大浴場の暖簾の前に腕組みをする背広の男が二人。

 何事かと思いきや、「女湯」からでてくるジャージ姿の女子数人。自然と視線が後を追う我が一同。おお、そうか、修学旅行か。背広の二人は見張りの先生か。その風呂上がりの女子中、高生であろうか、がエレベーターに乗り込む。ああ、一緒に乗って大きく深呼吸してみたい、と思ったのは私だけではなかったはず。我々の同行者の中には羨ましくも運の良いことに、女学生さんとエレベーターに乗り合わせた者もいたようで、その時交わした会話によると沖縄の学校の生徒さんだとか。わずかな情報に色めき立つ男子。
「沖縄? いいねぇ」なにがいいんだか。「酒くらいもう飲めるんじゃないの?」「泡盛で鍛えてるよ、絶対」どこが絶対なんだか。「お酌の一つもしてくんないかな?」「いいよねぇ、ジャージ。素人っぽくて」素人だって。それにしてもなんとかならんか、このおっさんの下世話な発想は。

 宴会用の大広間は総勢13人の我々一行には広すぎて心なしか寂しさが漂うが、そこは子供心と心意気でカバーだ。偉そうに私が乾杯の音頭をとり、飲めや飲めや飲めやの宴会に突入。夜の9時過ぎの宴会ではさすがに歌は無し。旅館のお姉さん、もっとビールを。

 とりあえず作品スタッフの慰安であるからして、酒をつぎながら皆のところを回って歩く。
 「いやいやいや、どうもどうもその節はお世話になって」
 正しい宴会の日本人の挨拶はかくあらねば。

 作画スタッフは普段からも酒の席をともしているとはいえ、改めて感謝の気持ちが甦る。ここに参加できなかった人たちも含めて、重ね重ね本当にありがとう。
こんな席ででもなければ松本梨香さんと話す機会もないかもしれないと思い、ちょっと話し込んでみたのだが、姉さんのパーフェクトブルーに込めてくれた思いのほどを聞いて鳥肌が、立った。彼女の事情もあろうし、ここではその経緯を記さないが、正にルミ役はこの人しかなかったのだなぁ、と改めて感じ入った。さすが俺。いや、そうじゃない。
 姉さんはルミ役のオーディションの前から「この役は自分しかない」と周りの人間にも言っていたそうだ。そうだその通りだ、色々な人のオーディションテープを聞いたはずだが迷いもなく「松本梨香」に決めた筈だから、ルミ役は姉さんしかいなかったのだと思う。岩男さんの未麻役というのも彼女の経歴から考えても、作品にとってまた彼女にとっても巡り会うべき仕事、のような印象を覚えたが、松本姉さんのルミというのもそれに負けぬほどの、いやもしかしたらそれ以上の「引き合わせ」だったようにも思える。騒がしい宴会の席ではあったが、姉さんと二人、偉大な無意識の呼び声にひたすら感謝したのであった。
 ちなみに「姉さん」と言っても私よりは年は下。そのキャラクターがそう言わしめるのだろうな。

 食べるものも食べ終わり、ひとしきり盛り上がったところで締めて、風呂へ。沖縄から来ている若いつぼみを思いながら男子欲情、いや男子浴場へ行くと他に客はおらず我が一行の貸し切り状態となる。温泉でないのが残念ではあったが、男10人の肉風呂で一日の疲れを流す、って気持ち悪いな。それにしても酔った挙げ句に風呂に入るというのは少々剛気、というよりは無謀か。倒れるものもなく無事に部屋に戻り、また酒となる。

 どうということもない無駄話などしながら、ビールをあおるうちにさすがに疲れたのかMr.REXが布団に大の字になって眠り始める。酒というのは悪戯心を刺激するもので、デジタルカメラを持ったハチ公がMr.REXに忍び寄り、浴衣の裾をめくってパシャリ。
「あ、映ってる」
「エエッ」「ヤダぁ」っと女子から声があがり、松本姉さんが大きな地声で口にする。
「何が何が!?ウソ!?撮ったの?湯葉
 ゆ、湯葉ときたか。「おいなりさん」という表現は聞いたことがあるが、そうかぁ、湯葉か。表現力豊かな声優さんだ。その後も酒を続けたが姉さんのマネージャー、工藤さんは正座を崩さず横になろうともしなかったな。そりゃあそうか。うっかり居眠りでもした日には、自分の湯葉の危機だものな。

 翌日姉さんとマネージャーさんは仕事のため朝の新幹線で東京に戻った。
我々一行11名は小雨降る京都市内観光に出かける。まずは歩いて三十三間堂へ。居並んだ仏像を見てはおよそ罰当たりな発言に笑い転げる一行。やれ「アレ梅宮辰夫に似てる」「ホントだ、辰ちゃん漬け持ってるよ」だの「この仏像ラテン入ってる」だのと、無邪気なもの。今日日のコギャルの不作法を笑う資格は、無い。ゴメンよ、仏様。ラテンはないよな。

 麺類とビールで簡単に昼食を済ませ、Mr.REXが手配してくれていた定期観光バスに乗り金閣寺、清水寺、銀閣寺というショートコースを回る。何処も遙か高校生の修学旅行で回った名所だ。当時は何の知識もなく漫然と見ていたが、歴史小説の一つや二つも読み、名刹古刹の良さも味わえるようになったかと思いきや、やはりそんなわけもなく何を見ても冗談のネタにしかしないのは成長の欠落というものか。いいや、楽しいから。
 深い緑に映え下品に輝く金閣寺、こと鹿苑寺を拝観していたときのことであった。およそ由緒あるお寺には不似合いと思われる、現代人必携アイテム携帯電話が鳴る。“ピエール”松原君のだ。仕事仲間からの電話らしく雨に濡れた小道を歩きながら話し込んでいる。
「え?今? 今は金閣寺の前」どこにいるのか聞かれたのであろう。「ホントだって、10メートル向こうに金閣寺があるんだって」
 そりゃあ相手も俄には信じないわな、普通。

 一カ所30〜40分で回る忙しい観光である。次の清水寺への移動のためにバスに戻ろうとしたとき、約一名が一生の不覚をとった。他愛もない夫婦同士のライバル心から階段を我先にと急ぐハチ公と大トラ。階段は雨に濡れている。誰もが「危ない」と思った瞬間に期待に応えるハチ公。

 ビタン。

 見事に転んだ。よろよろと立ち上がった姿に一安心したものの、階段の角で頭をぶつけた日には、一大事。慰安旅行も台無しではないか。
一同の心配とは裏腹に降りしきる小雨をつんざいて響きわたる笑い声。
「アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!」
大トラの勝利の雄叫びか? 自分の亭主が痛がっているというのに、ツボに入ったのか彼女のよく通る笑い声は高く低く止むことはない。痛みをこらえ、心なしか体を細かく震わせて歩くハチ公の姿はあまりにパーフェクトブルー、その隣の笑い続ける大トラの姿と対照的なことこの上ない。それも夫婦の形の一つなのかもしれないがな。怒るに怒れずやり場のない怒りと痛みに耐えるハチ公の姿を思い出す度、私も笑いがッッハッハッハッハ止まらないよ。すまん。

 後の酒の席で大トラは笑いながら言ったさ、「私じゃなくてホントによかった。私なら立ち直れない」と。
このあたりのことはハチ公のページ内「金閣寺に散る」に詳しいので、自作のアニメ付きで見て貰いたいものだッハッハッハッハッハッハ。

 清水の舞台ではMr.REXがお約束通り飛び降りるはずだったのだが、意外に小心者らしく後込みをし、折角のイベントダイブも雨天中止となる。若干名がはぐれたり時間ぎりぎりまでバスに戻らないという小さなアクシデントもあったが無事に集合、次の銀閣寺に向かうが、帰りの新幹線に間に合わなくることが懸念され、一行はわりと綺麗なガイドさんに別れを告げてタクシーで京都駅へ。
新装された京都駅を初めて見る一行はそのばかばかしいほどの空間の使い方とはったりに目を奪われる。すばらしい。最後にまた一段と良い物を見させて貰ったことだ。

 ということで帰りの新幹線も賑やかに過ごし、東京駅に安着。短い慰安の一時を楽しませて貰ったのであった。

-特別付録/愚連隊西へ・完-
 このイベントの10日ほど後、「パーフェクトブルー」の大阪公開初日に合わせ、“仕掛け人”金子氏とMr.REXと共にまたも大阪へ。新幹線の中、ウナギ弁当で精を付け荷物をホテルに置くが早いか、3人揃って夜の街に繰り出してみる。

 店を物色しながら道頓堀あたりを歩いていたときである。着飾った夜の蝶たちが道行くお兄さんの気を引いている。
と、その一匹がヒラヒラと我々に舞い寄ってきて、20メートルほど付いて来ては盛んに誘いの鱗粉を振りかける。
「おにぃさんどっかで見たことあるわぁ」そんなことはないだろうよ。
「いや、あるある。そうや、おにぃさん歴史上の人物に似てるわ。あ、ホンマ似てるよ。」誰や、それ。
「何て言うたかなぁ、けど歴史上の人物で………あ、教科書にも出てたわ。な?」な?って、言われてもな。そんな客引きがあるか。
 だいたい似ていたからといってどうだというのだ。歴史上の人物に似ているからといって嬉しくなるものか?「あ、俺よくいわれるんだよねぇ、足利尊氏似だって」とか「え?そうかな、そういえば前にも言われたな、人斬り以蔵に似てるって」どんな顔だよそれ。

 私が歴史上の誰に似ているかを確認できなかったのは残念至極。結局、Mr.REXが以前来たことがあるというお店で2時間ばかりビールをあおり、その後金龍ラーメンをすすりおとなしくホテルに戻る。

 翌日ロフトの中にある劇場「テアトル梅田」は満員の盛況と相成った。竹内氏の人気の程も知れようというもの。初回の上映後、2、3回目の上映前の3回の挨拶をさせてもらったと思うが、この劇場、綺麗で感じが良いのはいいにしても、最前列とスクリーンまでが極端に近い。1メートルないほどだろうか。その隙間に私と竹内氏が立つ形となり、我々と最前列のお客さんの膝が触れそうなほど。お客さんの顔が見えるというのは嬉しいものであるが、見えすぎるというのも照れるものだ。緊張したわけではないが、いつもより言葉少なになってしまったよ。それに、だ。多大な偏見とは分かっていながらも頭のどこかには「大阪の人間は普段から漫才のようなコミュニケーションをしているので笑いに厳しい」という圧力がかかっており、迂闊につまらない冗談も言えない、とも思っていた。寒いのはいや。

 初回の上映には在阪のメール友達も顔を見せてくれたりして大変嬉しい思いをさせてもらった。ありがとうよ、M君。

 また、韓国で知り合った“竹内氏のバーチャルストーカー”こと、西川君とも再会して串カツに舌鼓を打ちながら楽しい一時を過ごしたのであった。

 というわけで大掃除パート2はここまで。この続きは更にパート3に続く。

大掃除・パート1

 だからどうした。
 松田聖子が再婚したからどうだというのだ。
カズが代表メンバーから外れたからといってどうしたというのだ。判官贔屓も目に余る。
インドとパキスタンが核実験をしたからといってどうしたというのだ。いやそれは問題だ。やめろよ核は。怖いから。

 「こわい」というのは北海道弁では「疲れた」の意味がある。山登りなどしては山頂にて汗を拭い「いやぁ、こわいこわい」、外出から帰ってきては荷物を下ろししみじみと「こわいねぇ」。知らない人が聞くと何事が出来したかと思われるであろうが、私の愛用する電子辞典「岩波国語辞典第五版」にも「疲れてきつい。へとへとだ。▽東北方言。」という記述がある。

 こわい。こわいんだ、どうも。

 梅雨に入ったせいか。

 北海道に生まれ育ったこの体は、ネイティブの寒冷地仕様ではあるが高温と湿気には極度に弱いらしく、梅雨の時期は行動力思考力共に激減するきらいがある。クロック半減。マルチスレッドな処理などもってのほか。
 毎年6月から7月中旬にかけてはどうにも頭が粘液をかぶったように鈍く重く、そして体はタールのようにだるい。「パーフェクトブルー」が完成して以来どうにも太ったようだし。制作中は62〜3キロに落ちていたこの身の重さが気が付くと70キロ。184センチの身の丈であるから「やせている」ことに変わりないのだが。お腹だけ出てくるのはあまりよろしい形ではない。

 仕事にならん。気持ちでは一生懸命にどの仕事もしたいのではあるが、体は正直者。「口ではそんなことを言っても、ほうら体の方は……ぐへへへ」何だそれは。
朝、いや昼過ぎくらいに起きてコーヒーを飲みながらパソコンの前に座るともう動く気がしない。あれこれと思う予定や仕事のアイディアは浮かぶものの、乱れ飛ぶそれらのパルスは不意に横切る記憶の断片や表を通る竿だけ屋の売り声にかき乱され、まとまった体をなさぬままに無意識の底に消えていく。サイナラ。

 故にこのような愚にも付かないことを書き始めたりする。同じ愚にも付かないなら、早く「パーフェクトブルー戦記」の続きを書けば良いではないか、という話もあるが、あれはあれで気持ちが入らなければ書けない物なのだ。とにかく考えがまとまらない。

 心の乱れは部屋の乱れ。こんな時は掃除だ。35年近い人生経験から学んだ、セルフコントロールの一つの技法が、掃除。
遙か高校時代の担任の教師は、美術部の顧問でもあった。「ちねん」というコードネームで呼ばれたその先生は、放課後美術室に入ってきては、居合わせた部員に「描けよぉ」の低音を喰らわし、そしておもむろに箒を手に掃除を始めることがあった。
「げ、機嫌が悪い」
 一同すぐさまにその気配を感じ取ったものだ。「ちねんの掃除=機嫌が悪い」は定説となったいたが、きっとなにか考え事だのつらいことだの忸怩たる思いや後悔の念などがあったのだろうな。掃除を始めたちねんを後目にさっさと帰ったこともあった私だが、今ならその心境に深く共鳴するよ。

 そんな埃まみれの記憶が頭をよぎるのも何かの不具合のせいなのか。

 よって近頃は部屋の片づけなどに無心な時を過ごしたりしていたのだが、六畳間のメモリを遙かに超えた書籍の類は、随分と処分をしたのだがこれ以上どうにもならぬ。いつかあるかもしれない出番を思うと、資料はおいそれと捨てるわけにもいかないのだ。思い切って捨てた後の仕事に限って必要が生じたりする、とマーフィも言ってるに違いない。

 もう一つの部屋、ハードディスクも整理の必要を感じ不要なファイルや過去の仕事はMOに姿を変えさせる。しかしこれまた整理の下手な私のこと、何にどれが入っているかが分からない状態となり、結局一枚ずつスロットに入れては中身を調べなければならない羽目に陥る。ちゃんと内容を記しておく癖を付けねばならない、と何度も思うのだが、カセットテープやビデオ、MDにしても今までそんな整理が出来たためしがないので、変わりはしないだろうな。

 様々な困難や喜びを共にしてきたこのパソコンも雇い入れて1年半、そろそろ戦力補強を感じてきたので、ハードディスク増設などの措置を考えねばならないな、と思う一方しばらく姿を隠していたはずの物への欲求が最近にわかに浮上し、頭の中には「ノートブックパソコン」の文字がジェンカを踊り始めている。「♪レッツ、キッス、頬寄せて…」燃えろよ燃えろ、キャンプファイア。
 それにしてもどこを押したら「モバイル」などという必要が出てくる仕事だ、とは分かっている。いや、ノらない仕事の最中の手慰みに欲しいのだ。少々値が張る手慰みだな。ノートのジェンカは日増しに迫ってくる。

 大枚をはたくのはまぁ良いとしても、ここにまた別の問題が生じてくる。私のパソコンはリンゴマークなのだが、世の中はゲイツの手中にある。
仕事上これと言ってリンゴマークで不自由を覚えることはないし、周りの人間も9割以上がリンゴ組という、のどかだが大変物価の高い辺境地区に住んでいる。故にノートブックも慣れ親しんでいるリンゴマークを買うのが賢明であるのだが、この辺境の平和が永劫に続くわけではあるまい、という危惧がある。価格の不均衡も度が過ぎている気もするし、ベータのビデオデッキの例に漏れず私の幸せが長く続いた試しはない。更には近頃のリンゴ組の長がやることもどうにも不安が多い。来るべき日に備えて今からゲイツの窓にも出入りする方法を身につけておく必要も感じ、これを機にあまり好ましくないがゲイツ系のパソコンを買うという選択肢が立ち現れてくる。ソニーの「VAIO」ならデザインも許せるし。いやしかしCDプレイヤーの壊れやすさに学んだ筈ではないか、ソニーはやめよう、と。単に私との相性かもしれないが。

 値段が下がり始めた旧型Powerbookもすてがたいし、それにやはり新型G3のデザインは秀逸にしてスペックもすこぶるよろしい。とはいえ値段も随分とよろしいようで、そんな高いノートを買うなら仕事先に一台デスクトップマシンでも買った方が……いやそれなら自宅のマックを新型にして仕事先にこのマックを……などと意に反して選択肢は増殖を続け、判断力の低下した現在の私のCPUには処理が重くなってきている。物欲も満足に果たせないとは情けなや。

 そこで掃除だ。パソコンの中身に続いて今度は私のハードディスクを整理する必要性、大である。最近の仕事や行動を整理して記し、右脳と左脳も大掃除することにした。

 今年に入ってからの仕事といえば、「スチームボーイ」。これをメインにしながら、「パーフェクトブルー」の布教宣伝活動をこなすというのが基本的なシフトになっている。それに加えて最近では新作の画策という、現段階では日本銀行発行の絵はがきが貰えない仕事が加えられ、私のなけなしの集中力と銀行の残高は減る一方で、しかもろくな仕事が出来ていないといった有様だ。

 「スチームボーイ」に関してはまだまだ発表できないことも多かろうし、私の作品ではないのでここで何かを言うようなものではないが、バンダイが威信を懸けた大プロジェクトだ。もう一方の犬プロジェクト、違う大プロジェクト「G.R.M」が制作停止になった現在、「スチームボーイ」は是非成功して欲しいと思うよ。それにしてもいつ完成するのか、まったく予断を許さない超大作である。

 この作品での私の仕事を簡単に紹介しておけば、設定・レイアウトということになる。世紀末のイギリスはロンドンなどが舞台になったりしているのだが、私は少なくとも前世で世紀末のイギリスに住んでいたこともないようだし、あまつさえ現世でイギリスに行ったこともない。大量の資料と格闘しつつ想像力という名のウソで隙間を埋め、舞台となる「万国博覧会場」だの「賑わうロンドン市内」を描いている。描けるかそんなもの。通行人の服装、看板一つ、馬車一つ描くのでもいちいち調べねばならないというのは、なかなかに根気がいるので、貯金していた私の根気も随分と残高が減っているかもしれず、仕事中に突然立ち上がり「キィーーーッ」と叫ぶ日も近いかもしれない。たまにあるんだ、本当にそんな苛立ちが。さすがに実際に声に出して叫んだことはない、と思うが。

 さてパーフェクトブルーに絡んだ仕事というのは多岐に渡っている。覚えている範囲で今年こなした仕事を上げてみる。CDドラマ「ダブルバインド」用にキャラクターの描き起こしたりしたのは去年からの引き続き。この仕事は担当者が魯鈍な男で、しかも現在は会社を辞めたとかでギャラをまだ貰っていない。何とかしてもらいたいよ。
好評をいただいた「交通広告」用の絵を描いたのも今年のことであったろうか。禁じ手にしていた「ブルー」を基調にした絵を描いて、「パーフェクトブルーの仕事は終わり」にしたつもりだったのだが、その後もなにかと描くことになるとは思わなかった。
 「日常に消えて行く未麻」をイメージして描いたこの絵は自分でも割と気に入っている。元々カラーのイラストというのは得手ではないのだが、これを機会に大変興味が湧いてきた気がする。手間のかかる手作業での塗りの労力が、パソコンのおかげで随分と軽減されその分色の選択や配色に神経を集中できるようになったと思う。もっともこのイラストの時は少々ズルをして気に入った写真を取り込んで、それをパレットにして色をサンプリングしている。
そういえば渋谷のパルコ周りに大きめの看板が掲示されたが、そのための「メインビジュアル」のデータの組み直しというのもやったっけか。一時期の渋谷パルコの周辺は歩くのが恥ずかしかったよ。

 一月には「博品館劇場」とやらでの訳の分からないイベントにも引っぱり出され、それ以後また1月末から2月にかけては、公開に向けてまたぞろ色々な取材を受けたはず。BS「真夜中の王国」だの「週間プレイボーイ」、前述の魯鈍男が取ってきた訳の分からない貧乏なラジオ番組、毎日・読売・日経新聞なんかの取材もあったし、新アニメ雑誌「AX」とかいうのもあった。
 2月の半ばには「ベルリン映画祭」にも出張。このことは「ベルリンは燃えているか?」の方に詳しいが、ここでも多くの取材を受け、色々な人と知り合い様々なものを目にすることが出来て、大変良い経験をさせて貰ったことは間違いない。ベルリンの衆よありがとう。

 この頃からは、現在発売中の「パーフェクトブルーリミックス」なる関連書籍の打ち合わせも多かったような気がする。当初は「監修」という名目で関わっていたので、村井さん共々それは数多くのアイディアを出し、メールで済むような打ち合わせにもわざわざ半蔵門くんだりまで嫌な顔半分くらいで出かけたりもしたものだ。岩男さんにも私がインタビューをし、竹内氏・村井氏との鼎談のテープ起こしの原稿を随分修正したのも私。
 担当の編集者は一生懸命にやっていたようだが、諸々の事情であまり宜しくない事態となり「監修」から「協力」という形におさまる。ある程度は仕方ないことではあるが「時間がないから」という口実は本編だけで沢山。
 それに、だ。およそ私が「監修」していながらチェックが行き届かずマヌケな絵をスチルとして使用された日には、アニメ制作に携わってくれたスタッフに申し訳の一つもたちはしない、というのが本当の理由。

 東京での劇場公開をやっと迎えて、前日には岩男さんのラジオ番組に声を出し、公開当日は新宿渋谷と舞台挨拶。もう随分と前の出来事のような気がするが、2/28、まだ3ヶ月ほどしか経ってないのだな。

 この無駄話はまだまだ続く。以下パート2へ。次号は特別付録「スタッフ慰安旅行“愚連隊西へ”」の予定。

 「パーフェクトブルー・リミックス」っていう本が出ているんだって? へぇ。テキスト中心の本らしいけど設定とかも載ってるらしいよ。へぇ。いわゆるアニメムック本とは違った感じを狙ってるらしいんだけどね。へぇ。タイトルとか表紙は監督のアイディアだってさ、悪くはないらしいけど。へぇ。内容的にも随分脚本家や監督がアイディアを出したらしいんだけどね。へぇ。最初は原作者、脚本家、監督の3人が「監修」ということだったらしいんだけど、そういうクレジットにはなってないみたい。いなたい? 違う「ないみたい」。へぇ。
 まぁ、映画の方と同様えらく時間が無かったって噂だから。へぇ。でも対談関係は随分ページを割いてるらしいよ。へぇ。
 主演声優の岩男潤子のインタビューは監督自らやってるし、岩男さんの写真も多いみたい。へぇ。まぁ、「どうせインディーズアニメのムックなんてそんなに売れるわけないよね。岩男さんの写真やインタビューを多くすれば、岩男ファンには売れるんじゃないの?」って監督も打ち合わせで自虐的に笑ってたらしいんだけど。へぇ。監督が自分から言い出したらしいしね、俺が岩男さんに話聞こうかな、って。へぇ。
 で、当日インタビューをとる場所が脚本家の家から近いってこともあって脚本家も同席したらしいし。一時間くらいのインタビューだったらしいけど、岩男さんはもっと話したかったって関係者から聞いたけど。へぇ。でもインタビューアーが前日の夜にある漫画家の巨匠と酒飲んじゃって、聞くことをあんまり考えないで話聞いていたみたい。いなたい?。違うって「いたみたい」。へぇ。そのインタビューの感想は5/29付けの「裏日本工業新聞」にも書いてあったよ。へぇ。
原作者と脚本家と監督の鼎談はページも多いし、読み応えあるってことだけど。へぇ………。まぁ、コンテンツが足りなくてそのページを水増ししてるってこともあるんだろうけどね。へぇ…………。それに聞いた話だと、鼎談の最後の方は後付で監督がでっち上げたらしいけど。へぇ…………。脚本家はその部分をメールで確認して、自分の発言を直したりとかはしたらしいけど、何かズルしてる感じじゃない?。ぇへ。それに何か発言の一部を変に削除して、意味が通らない場所があるって誰かに聞いたな。へぇぇ。
 他にも美術監督と音響監督のコメントも出てるって。へぇ。けど、作画監督のインタビューがないんだよね。へぇ。そういうのをいやがりそうな人ではあるらしいし、忙しいんだろうな。へぇ。ひどい腱鞘炎になってまで頑張っていた人らしいよ、作画監督の人。……へぃ。その辺の話を監督のホームページで早く書いてくれればいいのにね。…………へ。
 他のテキストも割と面白く読めるって話だけど。へぇ。金井覚って人も書いているらしいんだけど、この人が書いた「アイドルバビロン」って本は「パーフェクトブルー」のコンテを描いているときとかに監督が随分参考にしたって聞いたな。へぇ。
 4月だかに新宿ロフトプラスワンでのイベントで、監督が実際に金井覚って人に会ったときには「使わせて貰いました。どうもすいません」って頭下げてたって。へぇ。そういや本編にでてくる「ホームページ・未麻の部屋」のモデルになったホームページがあるらしくてさ、そのイベントの時にそのページの作者も来てたとかいう。……へぇ。「ひらちれのお部屋」っていうホームページで、コスプレックスっていう3人組のアイドルの一人だって。へぇ。パーフェクトブルーのオフィシャルサイトのBBSで作品を観たひらちれさんが「私のページに似てる!」とか書いてあって、それを読んだ監督がメールを出したんだって「すいません。似てるどころではなくて“パクリ”ましたって」。…へぇ。そういや他にも聞いたな。へぇ?。監督がいつも聴いている音楽で平沢進とかP-modelとかっていうのがあるらしいんだけど、作品内のあちこちに監督がお遊びでそういうキーワードを散らしていたんだって。……へぇ。よくあるだろ?漫画家とかが背景の街の看板とかにそういう好きなものとか人に関することを描くのってさ。まぁ漫画家が自分で背景描くケースは少ないからアシスタントが描いてるんだろうけど。で、そんな調子でパーフェクトブルーもオリジナルビデオならいいや、って感じで監督も遊んでたらしいんだけど、ほら、無理矢理劇場公開されたもんだから。へい。そういうファンの人たちにも目に止まったとかで、日本コロンビアの人からメールが来たとか来ないとか。へぇ。怒られるかと思ったら好意的に作品も見てくれていたとかで、監督は喜んでいたらしいけど。へぇ。凄いね、劇場って。へぇ。
 話が逸れちゃったな、「アナザーサイド・オブ・パーフェクトブルー」の話だったっけ? 「その後の未麻」って感じの話らしいんだけど、あれは監督は関係ないみたい。へぇ。何か表紙のことでは監督はえらく文句を言ってたらしいけど。へぇ。まぁその本の表紙っていうのが……あれ?「リミックス」って本の話じゃなかったっけ?。へぇ。まぁ、いいや、ノベライズに関しても紆余曲折があったとかって話らしいよ。へぇ。最初は違う人が書いたらしいんだけど、それは本編をそのまま水増しして書いたような小説とも言えないような代物だったんだって。へぇ。しかも、何て言ったっけかな、本編にでてくる未麻のマネージャーで、ああ、田所とルミだっけ?あの二人が「デキてる」ってのはいいにしても、本編にでてくる会話シーンをルミが田所のアレをナニしながら、みたいな下劣にもほどがあるって感じの内容だったらしくて……。へぇ。滅茶苦茶怒ったらしいよ、監督は。へい。で、編集側もこの内容じゃまずいだろってことになったとかならないとかで、結局ノベライズの話は流れたみたいだけど、CD-ROMでテキスト書いてた人がいいんじゃないかって、話が持ち上がって今の形になったみたい。へぇ。そういえば「パーフェクトブルー」のいわゆるアニメムックも出るはずだったんだって。へぇ。それが出版元が潰れたとかで出版されなくなったとかって。へぇ。インタビューとかも随分取ってたみたいなんだけどね。へぇ。まぁ、チラッと内容を見た人の話によると、監督のホームページからまんまパクって来たような記事とかもあったって言うから、編集してた連中の頭の悪さもしれようってものだけど。へぇ。そうそう「リミックス」だけど、定価¥1、300だって。へぇ。内容に見合うかどうかは読者次第、ってところ? 売れればいいけど立ち読みですます人が多いんじゃないかなぁ、っていうより部数が少ないみたいだから本屋で見つけるのも難しいかもしれないね。へぇ………………で、なんでカズはダメだったの?

思えば遠くに来たもんだ、あるいは完全変態PERFECT BLUE

 2/28、「パーフェクトブルー」公開初日。新宿・渋谷とも予想以上の客の入りに、配給・宣伝スタッフ共に大喜びであった。もちろん私も大喜び、というより驚いてしまいました。
それにしても何と長い道のりであったことか。思えば、3年前に「不審な企画書」を受け取り、「つい」私が監督を引き受けてしまった「ビデオアニメ作品」が、優秀なスタッフの力を得て制作が始まったものの、無能な輩に足を引っ張られた上に、「政治的」な思惑で勝手に「劇場作品」の十字架を背負わされ、無謀なスケジュールとずさんな管理と赤貧とも思える資金難に遭い、作監を重度の腱鞘炎に追い込み、つぎはぎだらけでぼろぼろになりながらも艱難辛苦を乗り越えて、昨年夏に「ゼロ号」にたどり着き、更には勝手に海を越えカナダの地で「一等賞」をゲットした頃に、ようやく「初号完成版」の試写を迎えるものの、公開はまだ遙かに遠く、国内での宣伝も始まる前にゼロ号は韓国の映画祭へと暴走してその役目を終え、地道な試写会を続ける初号はプレスの好評を獲得しつつ、 11月の東京ファンタスティック映画祭で初の国内一般客へのお披露目をして多くの支持を得ることに成功、その余波は「監督」に取材の連投を強要する一方、ゼロ号の遺志を継いだ初号・英語字幕付きは海外の映画祭の転戦を続け、あげくに「ベルリン映画祭」にまで食い込み好評を得ただけには飽きたらず、世界英語圏、フランス語圏での「劇場公開」と「ビデオ販売」まで勝ち取り、更にはドイツ、イタリア、スペインなどでの販売も確定させる頃には、お膝元の日本では堂々と「劇場アニメ映画」を名乗り、渋谷パルコの回りをそのポスターで浸食し、雑誌、新聞、テレビ等では百数十件の作品紹介の機会を賜り、単館の筈の公開は新宿まで手を伸ばし、大阪、札幌、名古屋はじめ全国12カ所での上映の野望を胸に秘め、遂に2/28の公開を迎えたわけである。

 2/27夜、「パーフェクトブルー」主演声優・岩男潤子さんのラジオ番組に、公開前最後の告知と宣伝のために出演。主題歌を歌ってるM- VOICEのミサちゃんも一緒だ。事前に番組内で告知してあったらしく、「監督」に対する結構な数の質問ファックスが届いている。「見所は?」だの「何故岩男さんを選んだのか?」「何故このタイトルなのか?」、あるいは「パーフェクトブルー」を取り上げた新聞記事のコピーや、整理券を求めて渋谷に並ぶ人たちの写真などなど。そんな可愛らしい質問や報告に混じって、大笑いしたものがあった。「アンノカントクと仲が悪いって本当ですか?」
ちょっと待ち給えよ、君君。「〜って本当ですか?」というそのニュアンスだと、庵野さんと私が仲が悪いという噂が既にあるようではないか。なんでやねん。少なくとも私は庵野さんと仲が悪いつもりはないぞ、向こうはどうか知らないけど。
 このファックスは本番中にも紹介され、私は以上のように答えたのだが、更に進行役の荘口さんに、ファックスには書いていない質問で追い打ちをかけられ、少々虚を突かれて口ごもってしまった。「押井 守さんとは仲が悪いんですか?」
 ははは、公共の電波で答えにくいことをよくも聞いてくれる。少なくとも私は押井さんと仲が悪いつもりはないぞ、向こうはどうか知らないけど。
 ただ、もしも偉そうな態度で他人に仕事を頼んでおいて、自分の思い通りにならないと、仕事を途中で無責任かつわがままに放り出し、陰に回って「漫画は難しい」などと意味不明な文句をたれてる人間がいたら、ひどく嫌いになるだろうな。

 翌日の舞台挨拶に備えて、スポンサー・REXの人間と共に新宿のビジネスホテルに泊まり、そして迎えた公開初日朝、眠気とだるさも拭い切れぬまま新宿初回挨拶へと向かう。インディーズ・アニメ映画「パーフェクトブルー」は、その格に相応なキャパ50席という新宿ピカデリー3での公開なのだが、この回のみキャパ250ほどの新宿ピカデリー2での上映であった。
 上映が始まり、控え室では舞台挨拶に出る岩男潤子さん、M-VOICEのミサちゃん、司会進行の荘口さん、そして私という前夜のラジオでの面子と同じ4人をはじめ各関係者が顔を揃え、公開にこぎ着けるまでの苦労話などに花を咲かせる。客の入りは8割程らしい。
 上映終了後、荘口さんの紹介で舞台へ。さすがにニッポン放送アナウンサー、テンションが高い。その割にお客さんのリアクションはおとなしめで、嫌な予感が走る。「面白くなかったかな?」
 何を喋るかなど、事前に考えもせずいつも「出たとこ勝負」の私は、若干とまどいつつも喋り出す。話した内容を良く覚えていないが、「どうだったんでしょうか?」という私からの問いかけに、拍手で応えてくれたことを考えれば、大変優しいお客さんであったようだ。徹夜で並んだ人もいたそうで、本当に有り難う。

 特に不具合もなく新宿の舞台挨拶を済ませ、渋谷へ。3台のタクシーに分乗しての移動だったのだが、後で聞いたところによると、岩男さんはタクシーの運転手にも映画の宣伝をして、「見に行こうかな」とまで言わしめたそうな。そういう草の根宣伝活動の積み重ねが大事。
控え室で出番を待つ間、岩男さんの「セイントフォー」時代やアルバイトの話に笑わせてもらう。彼女の立場でどのくらい世間にオープンにしているのか分からないので詳しくは書かないが、それにしても彼女の外見からはおよそ想像できないほど、多くの経験をして来ているようで、笑いを通り越して感動すら覚えた。ボケとひたむきさのバランスが彼女の持ち味なんだろうな。ただ何事にも一生懸命に取り組む態度は素晴らしいけど、度を超すと危ないと思うがな。岩男さん、くれぐれも健康には気をつけるようにして下さい。

 さて出番。初回、2回目とも会場は立ち見を含めてキャパいっぱいの300人が入っていたらしく、本当に嬉しかった。心から礼を言いたい。有り難う、俺。じゃなくて、皆様有り難うございます。
 岩男さんを見たい、というお客さんが大半を占めたのだろうが、それにしても多くのお客さんを目の前にして、「作品」を作るということへの責任を痛感させられたな。言いたい事情など掃いて捨てるほどあるが、それを口にするのは高いお金を払ってきているお客さんに失礼というもの。作品が全て、と改めて思い至った次第である。小さな机の上で作った、決して大きくない作品だが、色々な意味で動かす者や物はあまりに大きく、細部に至るまで無責任なことは出来ないし、気を抜いてはならないものだなぁ、などとたまには素直に感じ入ったのである。その気持ちをしっかりと心に刻んでおくためにも、次回上映に並ぶお客さんや安くはないグッズを次々と買っていく人々を、渋谷の最終上映が終わるまでロビーで見ていた私は、「お客さんの顔を見られる」という実に嬉しくも、貴重な経験をさせてもらいました。
 劇場に足を運んでくれた皆様、これから見に行って下さる方々、重ね重ね本当に有り難うございます。